虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

子どもの体験と学びを、拡げる 深める 1

2017-02-28 08:10:08 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

教室では、毎回のレッスンで、子どもが体験と学びを拡げたり深めたりするための

ちょっとした工夫を行っています。

活動中、子どもの心に引っかかったり、響いたりしたことを、

より高度なレベルの学びにつなげたり、

その子が体験したことがない別の世界の扉を開くきっかけにしたりするのです。

 

 

このは年長のAちゃんと年中のBちゃんのレッスン日。

最初に、魔法学校のボードゲーム(『ポーション エクスプロージョン』をしてから、

工作をすることにしました。

Bちゃんは教室に着くなり、「2階建てのお家が作りたい」と言っていました。

Aちゃんは、「わたしもお家」と同意したものの、

それほど家作りに興味がないようでした。

 

そこで、教室で人気の『ハウス』という図鑑絵本を見せてあげたところ、

『泡の家』というドーム型(半球)の形をした家に興味を持って、「これ、作りたい」と言いました。

そこで、食事カバーに紙をあてて、どうしたら半球形の家が作れるか

見当をつけたところ、おうぎ形をいくつかあわせると、近い形が作れることがわかりました。

そこで、コンパスを使って、おうぎ形を作ろうとしたのですが、

コンパスをいっぱいいっぱい広げても、食事カバーの表面をおおう

サイズの円の半径には足らなかったので、コンパスを手作りすることにしました。

長い紙にふたつ穴をあけたら、手作りコンパスのできあがりです。

 

おうぎ形は4ついりそうに見えたのに、

3つつなげると、下の写真のような形ができあがりました。

上部と下部にいくつか切り込みを入れると、ドーム型の家に近づきました。

 

この形、移動式住居のゲルやパオに似ていると思ったので、

先日、民博で購入した『遊牧民の暮らし』という小冊子を出してくると、

Aちゃんがゲルの入り口部分の布を巻き上げて開閉する扉に興味を持ちました。

仕事がていねいなAちゃんは、ドーム型の家に入り口の切り込みを入れてから、

裏に柄物の紙を貼ってから、くるくる巻き上げて、お家をゲル風に作っていました。

 

 

家の床部分の円は、コンパスを使って描くことができました。

 

2階のある家を作っていたBちゃん。

教室でよくしている基本の家の作り方から、一部を折り曲げて、

2階をつないでいました。

気に入っていた仕切りのある箱(本当はこれをお家にしようと思っていたのですが室内が小さいので断念)

を貼り付けて、2階にしました。

 

Bちゃんは、工作が大好きな子です。

基本の作り方は自分でサッサと再現できるようだったので、

よく作る「紙の階段」に切り込みを入れると柵ができることを教えると、

ベランダを作って喜んでいました。

こうした学びや展開図をかく活動への下地となっています。

 

この日の算数では、コンパスを使って面白い計算クイズを作って

遊びました。

また、最レベ問題集1年のひき算の応用問題を自分で絵を描きながら解きました。

「15こあるお菓子を友だちふたりに6こずつあげると、いくつ残るか」といった問題です。

AちゃんもBちゃんもきちんと解けました。

四角すいを上から見た図と横から見た図を選ぶ問題で間違えていたので、

東京タワーのフィギュアを観察して、見え方を確かめました。

 

Aちゃんがゲルに関心を寄せていたので、

マップすという本を見て、メキシコの地図を見ておしゃべりした後で、

100年に一度花を咲かせるというメキシコのマゲイの花の蜜をなめました。

 

 

この日、AちゃんとBちゃんと

『ホワット イズ ディス? むずかしいことをシンプルに言ってみた』

という本をいっしょに読みました。

最初に「木」のページを見たことで、「面白そう」という思いが生じ、

他の難しそうなページみ見て楽しんでいました。

 

「こんなことしました」と書き出していくだけでは、

つながりがわかりにくいのですが、

子どもたちの心の中で、気づいたことが拡がり、深まっていく

のを実感しています。

 

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後々まで影響する時期ごとの接し方 2

2017-02-26 22:36:28 | 幼児教育の基本

 

 

上の写真は1歳3ヵ月のAちゃんの写真です。

1年生のお兄ちゃんがいるので、写真のクラッシュアイスゲームを購入したところ、

お兄ちゃんとお母さんがピースをはめて氷面をセッティングして、

Aちゃんが氷面を一撃で壊すという関係が繰りかえされているそうです。

教室でお家と同じクラッシュアアイスゲームを見つけたAちゃんは、

氷のピースをお母さんとわたしに手渡しては、早く氷面を完成させるよう

催促していました。

 

1歳の子たちは、「はい、どうぞ」とお母さんや身近な大人に何かを手渡すこと

1歳ちょうどの子たちは、自分の持っていたものを相手の手に落としていくか、押し付けていくような感じですが、

1歳3ヵ月くらいになると、はいどうぞ」と手渡すと、相手がそれをどう扱うかよく知っていて、

それを期待して渡すようになります。

Aちゃんの場合、「いくつもいくつもピースを渡すうちに

お母さんが順番にそれをはめていくので、

最終的に氷の面ができがって自分がそれをたたいて遊べるな」とかなり先のことまで見通した上で

遊んでいます。

Aちゃんのように相手からフィードバックを期待して働きかけるようになる時期、

子どもが何を期待しているのか、こちらの行動から何を読み取っているのかに

思いをはせながらていねいに接していると、

その後の他者から学ぶ力に大きな影響を与えるのを感じています。

 

 

上の写真は、1歳1か月のBちゃんが

自分の靴下をくつの中に入れようとしているところです。

Bちゃんのお姉ちゃんのひとりが、いったん脱いだ靴下を、なくならないように靴の中に入れておく

習慣があるそうなのです。

それで、Bちゃんも自分の靴下を手にすると、玄関の靴に向かっていくのです。

こうした真似っこは、繰り返すうちに、次第に真似する相手の意図を読み取りつつ模倣する

という一ステップ進歩したものへ変化していきます。

 

↑えんぴつでらくがき。

 

1歳前半の子たちは、小さいものをつまんで、ひっぱるのが大好きです。

↑の写真は、Bちゃんのために作った「ひっぱるおもちゃ」で遊ぶ

Bちゃんとお母さんの姿です。

こういういたずらのような遊びは、「遊んでいるな」と、

ただ見守る場合が多いと思うのですが、大人が返すフィードバックと環境(主に情報を減らして、

子どもが違いや用途に気づくようにすることです)

をわかりやすいものにすると、

1歳児さんたちは、大人とのやり取りに興じながら、相手の考えていることに

関心を寄せ始めます。

「こっちは長い」「こっちは短い」「こっちはストローをさしておいて引き抜く。なぜなら、そういう形だから」

「こっちは指で押さえる。」といったことを、模倣しながら理解していくだけでなく、

相手の行動と理由の結びつきに敏感になっていきます。

子どもたちの育ちを観察していると、

この時期の関わり方が、3歳頃の理由への関心や問題解決能力に影響を及ぼしている

のではないかと感じています。

 

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後々まで影響する時期ごとの接し方 1

2017-02-25 20:09:41 | 幼児教育の基本

 

 子どもの月齢や発達の時期によって、後々まで影響を及ぼすような大事な接し方があると

感じています。

3歳の子たちは、いろいろな形で自分の頭を使いはじめるものの、

常識の伴わないでたらめともいえる考え方をします。

人は、「重要そうに見えて正しいこと」は、尊重するけれど、

「無意味に見えること」「どうでもいいような思いつき」「つじつまがあわない考え」

などは、軽んじたり、適当に受け流したりしがちです。

また、3歳の子が口にすることよりも、

世間一般で良いとされていることや大人にとって価値があることを

優先することが多々あります。

 

でも、この時期は、無意味に見え、どうでもいいことばかりで、つじつまのあわない考え方をするからこそ、

まだ生まれたばかりの思考の芽として、その弱さを守ってあげなくてはならないと

実感しています。

大人が軽んじて無視すれば、子どもは自分が考えようとしていたことすら忘れて、

大人の思考の誘導に従ってしまうからです。大人が否定すれば、

ただイライラする感情だけが残って、ぐずってイヤイヤいうことに終始するかもしれません。

3歳の子たちの知恵がどのようなもので、どうやってそれを守るのか(これまでも何度も書いてきていますが)は、

次の機会に書くことにして、

今回は、4歳の子たちに大事だと思う接し方について書こうと思っています。

 

上の写真は、もうすぐ年中になる子たち、4歳になってまだ日が浅い子たちの

工作風景です。

この時期の子と接していると、模倣が新しい段階に入ったのを感じます。

それまね大人や友達の真似をしてきた経験の蓄積ゆえか、多くの子が、

相手の行動を見るだけで、それは自分にできそうか、理解できるレベルの活動かを

判断するようになるのです。

この時期に、技術面や理解の面で、その子の能力の許容量(キャパシティ)を

超えるものをたくさん目にすると、

「できない」「ママ、やって」「先生、やって」とすぐに大人を頼るように

なることがよくあるのです。

そこで、お手本を見せる時は、子どもがわかるレベルで、できそうだと感じ、

やってみたいという気持ちがそそられるように気をつけています。

 

3歳が頭を使い始める時期だとすると、4歳は頭と体の両方を使う活動を始める時期と

いっていいかもしれません。

 

 

自分で、「こういうことをやってみよう」と思ってやりはじめて、

それに考えを乗せていきます。

行動こそ似ているようでも、それまでは、絵を描きだしたら、描く作業に

気を取られてそれだけで終わるか、「こうしたい」「こうだよ」とアイデアを出す時は、

しゃべることに夢中で、大人の手助けがないと、何をしらいいのか思いつかなくなる子が

ほとんどなのです。

でも、4歳の子らは、自分の「やりたい」に何が必要なのか、どんな手順で何をしていけばいいのか

手本を見ながら読み取るようになります。

といっても、体と頭を統合させる活動をしはじめる時期ですから、

それも身近な人が気遣ってあげないと、まだそれは簡単に摘み取られてしまう

新芽の段階です。

上のしゃしんは、4歳の子がうずまきを描いて、「ぺろぺろキャンディー」を作っていた

時の写真です。切り取った「ぺろぺろキャンディー」をお家の階段の横に

貼り付けて、

「ぺろぺろキャンディーみたいだったけど、ぺろぺろキャンディーの

すべりだいみたいになった」と言っていました。

次回に続きます。

 

 

 

 

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「自分の中心」「自分自身の土台」作りを目指して 続きです。

2017-02-25 08:44:04 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

前回の記事に書いた

ユースホステルでのひとこま。

 

この日、初めて会ったばかりの年長のAちゃんとBちゃんが、

手に手をとって、ひとりで部屋にいたわたしのもとに現れました。

ふたりはお互いに思い詰めたように見つめあったり、

ワクワクする気持ちではちきれそうな表情を浮かべたり、

何やら小声で耳打ちしあったりしながら、

しばらくもじもじしていました。

「なぁに?何か話たいことがあるの?」とたずねると、

Aちゃんが決心したようにBちゃんの手をにぎって、

「ねっ、先生にだけは秘密を話しちゃおうか?」とささやきました。

Bちゃんは「うーん」と答えを渋っているにも関わらず、そのキラキラ輝いている瞳には

こちらに対する信頼感と親愛の気持ちが揺らいでいるように見えました。

 

「秘密があるの?」と聞くと、

AちゃんもBちゃんも意味ありげに目配せしあいながら、こっくりします。

「先生に秘密を教えてくれるの?」と問うと、

Aちゃんが、「ねっ、話しちゃお」と言ったかと思うと、

わたしの耳に口を近づけて、「あのね……」と話しだしました。

 

それは、ちょっとした冒険でした。

最初に話を聞いた時、わたしが、「えっ、でも、上の階に勝手にふたりだけで行ったりしたら危ないわ。

知らない人が声をかけてくるかもしれないし……もし、どうしても秘密を実行したいなら、

先生がそっと後ろからつけていくけどそれでもいい

……?」と言いかけると、

ふたりはびっくりしすぎて尻もちでもつきそうなほどあわてて、わたしの勘違いを正しました。

「上の階に行くんじゃないよ。2段ベッドの上のこと……それで……」

 

よく聞いてみると、危険度ゼロのかわいらしい冒険でした。

 

「それは面白いことを思いついたわね。でも、○○は大丈夫なの?」

「うん、ちゃんと○○して○○するから絶対大丈夫」とのこと。

新しい秘密の共有者であるわたしに

目だけで真剣なメッセージを伝えながらふたりは帰っていきました。

 

AちゃんやBちゃんのように目で語る子たち……。

よくものがわかっているのに控えめで言葉が少ない子もいるし、

多種多様な溢れるような感情をうまく扱えなくて、つんけんした

あまのじゃくな態度を取ってみたりする子もいるし、

表情やすることからは利発さがうかがえるのにこれといったアウトプットがない子もいるけれど、

その瞳や雰囲気から感受性の豊かさやメタ認知力の高さが感じられるという子たちについて……

最近、わたしの中で新しいちょっとした発見がありました。

 

これまで、子どもの「暗黙の了解をやり取りする力」とか「感受性の豊かさ」や「メタ認知力の高さ」といったものは、

自分の勘や感情で捉えるしかなかったのですが、

実は、今年、『ディクシット』というボードゲームを購入して以来、

( 『DiXit』は、ドイツ年間ゲーム大賞を受賞し、

世界中に“コミュニケーション・ボードゲーム”のブームを巻き起こしたされる有名なゲームです。)

このゲームに夢中になる小学2、3年生というのはたいてい、幼い頃から目で語っていた子たち

だと思いあたりました。

また、このタイプの子たちには、小学2年生くらいで高学年向けの物語を手放さなくなる子もけっこういます。

 

 

「2段ベッドの上へ……」と秘密をささやいていたAちゃん、Bちゃんは、

翌日、ユースホステルの部屋を工作で再現していました。

創る上で、ベッドは必須の様子。

モールでていねいにはしごを取りつけていました。

 

このところ、課題の提出が続いている息子が、ふっと、

「どうしようかと迷っていたけど、やっぱり自分が今、やりたいと思うことを一番に据えることにしたよ」と

言いました。

話をよくきいてみると、以前は、「何はともあれプログラミング」というスタンスだった息子が、

最近は本を読むのが楽しくてたまらなくて、活字ならいくら読んでも苦にならない

そうなのです。難しいと思っていたものもスッと頭に入ってくるそう。

そういえば、この2、3ヶ月、大学の図書館でたくさん本を借りてきては

読みふけっていたし、口を開けば

読んだ本についての話をしていたな……と思い当たりました。

 

息子が何を迷っていたのかといえば、自分の今の気持ちに響くことに力を注ぐべきか、

これまで積み上げてきた得意を死守すべきかといったことでした。

プログラミングの能力には刹那的な一面があって、

ピアノの練習を怠けると、あっという間に指が思うように動かなくなるのと同じで、

ちょっと怠けるとたちまち腕が鈍るので、

どんなに周囲から群を抜いてできていたとしても、しばらく他のことにかまけていると、

すぐにがんばっている人に追いつかれてしまうようです。

少し前まで、ササッと済ませることができたプログラミングの課題に

思いの外、時間がかかってしまっていたことに焦って、

「あちこちより道せずに、ひたすらプログラミングに打ち込むべきか」と

悩んでいたようです。

 

じっくり考えたあげく、「これからもずっと、ぼくにとってプログラミングは大事だし、好きなことに変わりはないけど、

誰にも負けたくないからと、ひとつのことだけ極めようとするのはぼくの性にあってないな。

迷ったけど、今、読書が面白くてたまらなくて、何よりそれを優先したいって感じるなら、

自分の感情を信じてもいいかな 」と結論を出した模様。

 

息子は理系に進んでいることもあって、少し前までは、読書の8割方はプログラミングや数学関連の本で、

文学書や哲学書に関心はあって、時々手に取ってはいましたが、

それらに没頭するということはありませんでした。

が、ゼミの教授と話をしていた時に、ゼミでの研究と哲学の現象学との関連を知って以来、

それまで心のどこかで設けていた理系と文系の壁がなくなったようで、

哲学書に熱中するようになりました。

特に分析哲学は、子どもの頃から抱いていた疑問に対する

考え方の指南を与えられるようです。また、暇さえあったら、読んでいる『ワイアード』という

雑誌に、「書きたい」気持ちを掻き立てられている様子。

 

そんな息子の姿を眺めながら、

「自分の今の気持ちに響くことに力を注ぐべきか、

これまで積み上げてきた得意を死守すべきか」という選択は、

どの子も、誰もが、大きく揺れる悩みで、

(特に今後、大学入試のあり方が変わって、高校在学中に少しの回り道も許さないような形になればなおさら)

実際にそれに直面する当事者とすると、簡単に答えが出せるものでは

ないのだろうな、と思いました。

どちらかに正解があるものではなく、その都度、どちらを選ぶべきか

「自分の中心」といったものと真剣に向き合って、

結論を導くべきものなのでしょう。

 

自分のことだと近すぎて気づかないけれど、

子どもを育てていると、成長して大人の仲間入りをする年になっても

幼い子らと似た敏感期と呼んだらいいような時期があるんだな、と感じます。

 

「興味」と「衝動」と「学び習得する力」が

同期して急速に高まるような時期のことです。

 

そうした時期に「興味」と「衝動」に従って、

自分にとって大切なものを学び習得することは、

意外に難しいことなのかもしれません。

 

一度、競争の波に呑み込まれたら、

その時、自分にとって大事そうだと響くものに出会っても、

勝ちを競争相手に譲って、

まだ海のものとも山のものともわからない何かに

関わる勇気はなかなか持てないでしょうから。

 

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「自分の中心」「自分自身の土台」作りを目指して

2017-02-24 14:31:03 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

過去記事です。

いつも寄らせていただいている『マイコー雑記』というブログで

『一対一で過ごす時、より根本的な調整』というタイトルの記事を

読みました。

 

思春期の娘さんと「ふたりきり」の買い物。

一対一で過ごす中で、少しきしむことのあった歯車が、

潤滑油を足されたようにスムーズに回りだした、という話が綴られていました。

忙しい日々の中で、子どもへの対応が対処的なものだけに傾きがちなのは、

子どもの年齢を問わず、どの家庭も同じなのでしょう。

 

ただ、そちらのブログにあった、

<二人だけの時を楽しみ、普段なかなか出来ない話をする時というのは、

より「根本を調整」してくれる。

そしてこうした一対一の時とは、幼い子でも、ティーンであっても、

 パワフルに有効なのだなと、しみじみ感じている。>

 という気づきを得るのは、誰でもできることでは

ないのかもしれません。


実は、昨日、ユースホステルでのレッスンから帰ってきて、

その余韻を味わいながら、

先のブログで目にした「根本を調整」してくれる、という言葉について

ずっと思いをめぐらせていました。

 

ユースでは、子どもたちとは、昼も夜も翌朝も、遊んで遊んで、食べて、おしゃべりして、

作って、勉強して、あれこれ思いめぐらして、計画して、また遊んで、ごたごたして、おしゃべりして……を

エンドレスに繰り返しています。

そうして密に長い時間いっしょに過ごし、合間合間に、子どもと一対一で関わると、

子どもとの関係や大人も子どもも内面の風景が非常に深い部分で変容していくのを感じます。

ひとりひとりの子の個性と付き合っていくことについて、時間の許す限り、親御さんと言葉を交わすことも

そうした変容を支えているのかもしれません。

まさに「根本を調整」してくれるという言葉が、しっくりくる感じです。

 

今回のユースホステルには、まだ虹色教室に通うようになって日が浅い

小1のAちゃんが参加していました。

Aちゃんは社交的で積極的で友だちが多い一方、ひとりで活動するのも好きな

外向的でも内向的でもある凛とした女の子です。

Aちゃんのお母さんはAちゃんを頭の回転が速い魅力的な子だと思っているものの、

「あまり考えずに行動することが多いのでは?」「考えるのを面倒がることも……」と

気にかけていました。

 

Aちゃんは物作りが好きで、教室での活動はいつも工作を選びます。

作るものに工夫を凝らすよりも、さまざまな素材を試し、その素材について

他の子らや大人に使い方を説明することに最も熱心です。

 ユースホステルでも、Aちゃんは珍しいタイプのビーズ手芸や

パステルでの重ね塗りの仕方を他の子や大人たちに紹介していました。

いの一番に目新しい素材の使い方をマスターし教えているとはいえ、その後は、

それらを使って何か自分の作りたいものを作る……という発展はなく、

素材で遊んでみる、素材を使ってみるというレベルから、すぐに次の新しい素材を使うことに

気持ちが移るようでもありました。

勉強においても同様で、覚えもよく物分かりもいいし、学校で習ったことを他の子らに説明するのは

好きだけれど、応用問題となると、たちまち興味が失せるようでした。

 

わたしはAちゃんを「あまり考えようとしない子」という目で眺めるのは、

時期尚早だと考えています。(まぁ、もっと先になっても、そうしたレッテル貼りに意味があるとは思えませんが……。)

それよりも、Aちゃんの旺盛な好奇心と創造的な遊びが好きなところ、他人に説明するのが好きなところ、

素材に興味があって精通しているところなどの長所をどんどん支援して、

それがもっともっと豊かに膨らんだ頃に、

「じっくり考える」という態度が追いついて育ってきたら

どんなに素敵だろう、などと考えています。

 

教室にはAちゃんと似たタイプの3年生の子がいます。

他の子の真似でやってみたり、ちょっと触りだけやってみるのは好きだけど、

発展させるほどじっくり関わりはせずに、それを紹介することに熱心という子です。

低学年のうちは、少し考え方に固いところやあまり深く考えないところがあったけれど、

3年生になるころには、ゆっくりと考える力が身についてきました。

そうして、いざ、考える力が高まってくると、

それまで他の子らに

説明するのが好きだった時期に鍛えに鍛えた言葉での表現力が、

遊びの場でも学習の場でも、

「何ごとも理路整然と相手がわかるように説明できる能力」として輝きはじめました。


「説明するのが好き」をたくさん実行に移すうち、

少し苦手だった「じっくり考える力」が育ってきて、

「何ごとも理路整然と相手がわかるように説明できる能力」を発揮しはじめた3年生の女の子。

Bちゃんとします。

Bちゃんの成長の道筋は、

子どもの「苦手」や「弱点」にどう関わるべきか、

子どもの「好き」「強み」「得意」「癖」「特徴」「個性」をどう支えたらいいのか、

考えさせてくれます。

 

ユースホステルでの大人向けの勉強会で、Aちゃんのお母さんとのやり取りから、

そんな子どもの得手不得手への対応についての話題に話が流れました。

 

子どもの「好き」に気づくと、すぐさま、それに関連する

習い事に通わせて、「好き」を「子どもの特技」に変えてあげなくてならないと考える方は多いです。

子どもの個性を大切にするということは、その子の才能にいち早く見つけて、

周囲に評価してもらえるレベルまで高めてあげることだと捉えている方も少なくありません。

 

習い事をさせるべきか、させない方がいいか自体は、わたしがとやかく口を挟める話ではないのですが、

「ピアノが好きそうだから、ピアノを上達させてくれると評判の教室に通わせよう」

「絵が好きだから、賞を取っている子が多くいる教室に通わせよう」などと、

安易にそれを伸ばすことだけに走るのには、「ちょっと、待った」を入れています。

 

「好き」や「得意」なことを通して、子どもが開拓していく

その子の資質は、最初に見えていた表面的な「好き」や「得意」の背後に隠れていること

ほとんどだからです。

 

前回の話を蒸し返すようですが、

Bちゃんが最初に「好き」になったのは、

工作でした。「持って帰れるものが作りたい」が口癖で、本に載っている見本通りに、

パパッと作って、他の子やわたしに作り方を教えるのを楽しんでいました。

 

そこでこちらも、工作につきあいながらも、「どんな順序で作ったの?」

「どうして、こっちを先に作ってから、貼り合わせなきゃいけないの?順番を変えたら、まずいことでもあるの?」

「その作品の一番のセールスポイントはどこ?」

「これを作る際の急所というか、最重要ポイントだと思う点をみんなに教えてあげてよ」など、

質問を投げかけて、Bちゃんがどんな質問も真剣に咀嚼して、いきいきと答える姿を見守ってきました。

 

次にBちゃんが夢中になったのは手品です。

教室に着くと、必ずひとつふたつ手品を披露してくれます。

皆が驚くと、さっそく種明かし。手品の演じ方をていねいに説明するBちゃん。

そこで、教室でも手品の道具を作ってみたり、科学手品を教室の遊びの

ひとつに加えたりしました。

 

そうするうちに、勉強では、あまり考えもせずに、「わからない」と言いきったり、

型通り解くものの応用となるとやりたがらなかったBちゃんに、

思考力がついてきました。

と、そのとたん、Bちゃんがレッスン中、一番いきいきとしているのは、

算数中、「なぜ、そのように考えたのか」

「どうやって答えを導きだしたのか」を順序立てて解説していく時となりました。

 

Bちゃんに対して、「工作が好きそうだから、造形教室」「手品が好きそうだから、手品を教えてくれるところはないかと探す」

といった対応では、「最初は喜んで通っていたけれど、しばらくすると飽きて行きたがらなくなった」

という結果に終わっていたかもしれません。

それなら、どのように関わるといいのでしょう。

わたしは、「好き」そうだから、その「上達」だけを目指すのではなく、

それを通して、最初に思っていたのと異なる芽がその土壌から顔を出すのを許すくらいの

余白や遠回りやその子という個を見つめるまなざしが必要だと考えています。

 

また、苦手にしても、「○○という方法」で無理矢理に解決を目指すよりも、

「得意」にスポットライトを当てながら、

その子がくじけずに自分の苦手に向き合えるよう支援し続けることが重要だと感じています。

 

話を前回のAちゃんに戻しますね。

Aちゃんは「お風呂とトイレがついているユースホステルの和室」を作っていました。

Aちゃんは、お風呂の前にぶらさげる「シャワーカーテン」に、ポンポンを作る時に使う

薄いポリひもを使うことを思いつきました。

ポリひもは簡単にひだを作ることができるし、安価ではさみで切りやすく、透き通っていてシャワーカーテンに

これほど適した素材はないことを伝えると、真剣に話を聞いて、顔を輝かせていました。

 

その後、Aちゃんは薄緑の紙をじゃばらに折ったものに切り込みを入れて広げると

竹とそっくりになることを発見しました。

他の子たちが忍者屋敷を作っていたため、これは大好評。

忍者ブームの教室としても画期的な発見です。

竹の完成に気を良くしたAちゃんは、次は他の子らがパンチでハートなどを

抜きとった後の紙ゴミの裏に別の色を貼って、新しいタイプの壁材を作りだしました。

そして、嬉々としてそれら作り方を説明していました。

素材について説明するのが大好きだったAちゃんは、

いつの間にか、新しい素材を作り出して、その作り方や使い方について

懇切ていねいに説明するようになっていました。

気づくと、Aちゃんの作品も、これまでよりずっと工夫を凝らした

面白いものになっていました。

 

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