[6月20日10:00.JR秋葉原駅→都営地下鉄岩本町駅 稲生ユウタ&威吹邪甲]
〔あきはばら〜、秋葉原〜。ご乗車、ありがとうございます〕
秋葉原駅に到着する京浜東北線南行。
その先頭車から、ユタと威吹が降りてきた。
「えーと、ここから岩本町駅まで少し歩くから」
「承知。なるべくなら、街中は外れて歩きたいんだけどね……」
威吹はそう言った。
「分かってるよ。昭和通り口から出て、昭和通りを歩けば大丈夫だと思うよ」
ユタはそう答えた。
どういうことかというと、前に電気街に遊びに行った時、羽織袴姿の威吹に外国人観光客が集まりだし、何枚も写真を撮られたからである。
ユタが宥めすかしていなければ、
『南蛮人!無礼者!』
と、隠し持っていた刀を抜いていただろう。
「そうか……」
「京都の舞妓さんは、街中でも頼めば写真撮らせてくれるから、その延長だと思ったんだよ」
「ここは京の都ではないだろう。京には京の、江戸には江戸の事情というものがある」
「いや、江戸じゃなくて東京ね」
と、ユタは訂正した。
「そうか。秋葉原は堂々と江戸の区域内か。渋谷や池袋は違うみたいだけど……」
昭和通り口を出て、昭和通りを南に向かう。
途中に神田川があり、そこに架かる和泉橋を通るが……。
「威吹は江戸時代、この辺、歩いたことある?」
ユタの質問に、
「いや、無いな。そもそも江戸自体、1度しか行ったことが無い」
「1回は行ったんだ?」
「さよう」
威吹は頷いた。
「何しに?」
「まあ……さくらの護衛かな」
「威吹の初恋の人!」
「新たにできた寺社奉行に出向く必要があったついでに、その他の寺社を回ったものだ」
「へえ……」
初めて聞いた話だった。
今まで威吹は封印前、江戸時代の話をあまりしなかったのだが……。
「奉行所に出向くって、何かやらかしたの?」
「いや、さくらが巫女として霊術を駆使し、凶悪な妖怪を調伏したというので、その報告に向かっただけだ」
「凶悪な妖怪って……」
「ふふ……」
当時、青梅街道を荒らし回っていた人喰い妖狐、威吹のことだ。
「江戸市中において、さすがに手ぶらで歩くわけには行かなかったからね」
「なに……?」
その時、たまたま犬の散歩をしている住民の近くを通った。
人間と似た姿をしておきながら、そうではない臭いに警戒した犬は威吹に吠える。
飼い主が慌てて、リードを引っ張った。
「まあ、あんな感じだ」
と、威吹。
最初は眼力で、吠えて来た犬を怯ませていたが、今は勝手に吠えさせている。
「え?」
何だろう?さくらは威吹に首輪を付け、リードで歩かせたのだろうか。
「江戸時代からあったんだ。BDSM」
「何を想像しているか分からんが、何故興奮する?」
威吹は不審な顔をした。
[同日10:30.東京都墨田区菊川 藤谷ビル 稲生ユウタ&威吹邪甲]
「ここか。藤谷組の本社ビルって……」
新大橋通り沿いにあるそのビルは、そんなに高いビルでは無かった。
ざっと見た限り、7階建てくらいだろう。
それでも自社ビルだというのだから、なかなか経営状態の良い中堅(?)ゼネコンのようだ。
ほんの数年前に、足立区から移転したという。
ここにユタ達が来たのは、藤谷春人に呼ばれたからである。
まだ就職活動の時期でもないのだがとユタは疑問を投げたのだが、そうではないと。
ちょっと手伝って欲しい事案があるのだ、と。
普通の私服で構わないから、威吹と共に来てくれと頼まれたのだった。
「ちょっとした城だな」
と、ガラス張りのビルを見上げた威吹は呟いた。
「まあ、今の都内のビルはだいたい城の天守閣くらいあるだろう」
ユタ達は正面の自動ドアから、ビルの中に入った。
セキュリティはしっかりしているらしく、入るとその先にエレベーターホールがあるのだが、その手前はオートロックの自動ドアで塞がれていた。
小さなビルなので、別に警備員が立っているわけでもないし、受付嬢がいるわけでもない。
入口に内線電話があり、そこで相手と連絡を取るという方式のようだ。
「えーと……藤谷班長に直に連絡取れるのかな???」
ユタは内線電話の前にある番号表を見た。
受話器を取り、そこから藤谷班長がいると思われる番号に掛けようとすると、
「ごめんごめん!2人とも、こっちこっち!」
エレベーターから当の藤谷が降りてきて、自動ドアを開けた。
「そのまま入って!」
「は、はい。失礼します」
「出迎えの時機が少し遅れたようだな?」
威吹はエレベーターに乗りながら、藤谷を見据えた。
「悪い悪い。ちょっと、顧客から電話があってさ……。ちょっと話がおしちゃって……」
藤谷はばつが悪そうに頭をかいた。
エレベーターは途中の4階で降りる。
そこは会議室フロアのようだった。
こぢんまりとした会議室に案内されると、既にそこには入口側に椅子が2つ並び、その奥に長机が1つ置いてあって、更にその後ろに椅子が3脚並べられていた。
明らかに、面接試験の様相である。
「まあ、座って座って」
藤谷は椅子を勧めた。
「あのな、藤谷班長よ」
威吹は不機嫌そうな顔をした。
「ユタはまだお前の店(会社)に入ると決めたわけではないぞ。ユタに何をするつもりだ?」
「あ、違う違う。これ、別に入社試験じゃないから」
と、藤谷。
「は?」
「それに、稲生君に座ってもらう席はここじゃなくて、そこだよ」
「は!?」
藤谷が指さした場所は、3人席の方。
つまり、試験官側だ。
「お茶もそこにポットと茶碗があるから適当に飲んでいいからね」
「あの、僕に何をしろと?僕は面接を受ける方はあっても、今の段階で受けさせる方にはならないと思いますが……」
「うん。実はこれから起こることを話そう。確かに採用試験ではないけど、これからここで面接はある。キミ達にはその立会人になってもらいたいんだ」
「こりゃまた面妖な……。本来無関係であるユタとオレを何かの事案に巻き込もうとは……」
「申し訳ない。もちろん謝礼は沢山するからね。これからここに面接に来る人に質問するのは、もちろん俺だ。キミ達はそのやり取りを見てくれてるだけでいい」
「一体、何を目的とした、どんな面接なんですか?」
「それだ。まだ少し時間がある。それまでに、この資料に目を通してほしい」
「雪女郎連合会?雪女の……コミュニティ団体ですよね?」
ユタはそう言った。
前にその話を聞いた時、組織概要がまるで法華講連合会だと思ったので覚えていたのだ。
いや、法華連というよりは顕正会の組織に似ているかも、と……。
「そう。そして、これから面接に来るのはこのコ達だ」
「履歴書!本当は藤谷組の採用面接なんじゃないですか?」
「だったら、俺以外の役員や人事担当が来るよ」
「この雪女、あれじゃないのか?藤谷班長に“獲物”になるよう、接近している者では?」
「そうなんだ。さすがにあそこまでされたら、俺も話くらい聞いてやろうと思ってな」
「いい加減、締結書にサインしてあげましょうよ」
ユタはニヤけた顔で言った。
「ダメだ。相手はヘタすりゃ人殺しも辞さない妖怪だぞ?そう簡単にサインしてたまるかってんだ」
「まあ……考え方は賢明であるが……だからと言って、何もユタやオレに出張らせる必要は無いだろうが。妖狐が関わったなんてなったら、話がデカくなって却って面倒だぞ」
威吹は再び不機嫌になる。
「だから謝礼はするって。お得意さん用に用意する御中元の高級なヤツ、そっちに回すからさ」
「だってさ、威吹」
「ったく……。で、これから来る雪女が2人ってどういうことだ?一部の例外を除いて、雪女もまた獲物は1人につき、人間の男が1人という掟だと聞いたぞ?」
「この氷奈ちゃんってコの保護者だってさ。親ではないみたいだけど……」
「ふーん……。まあ、あいつらの繋がりはオレもよく分からん」
「じゃあ、オレが真ん中に座るから、あとは適当に両隣に座ってくれ」
「はーい」
「あいよ」
こうして、面接の時間が刻々と迫ってくる。
一体、何が起こるのだろうか。
緊張感が高まる人間2人に対し、威吹はのんきにお茶を啜っていた。
(この茶、ヌルい……)
〔あきはばら〜、秋葉原〜。ご乗車、ありがとうございます〕
秋葉原駅に到着する京浜東北線南行。
その先頭車から、ユタと威吹が降りてきた。
「えーと、ここから岩本町駅まで少し歩くから」
「承知。なるべくなら、街中は外れて歩きたいんだけどね……」
威吹はそう言った。
「分かってるよ。昭和通り口から出て、昭和通りを歩けば大丈夫だと思うよ」
ユタはそう答えた。
どういうことかというと、前に電気街に遊びに行った時、羽織袴姿の威吹に外国人観光客が集まりだし、何枚も写真を撮られたからである。
ユタが宥めすかしていなければ、
『南蛮人!無礼者!』
と、隠し持っていた刀を抜いていただろう。
「そうか……」
「京都の舞妓さんは、街中でも頼めば写真撮らせてくれるから、その延長だと思ったんだよ」
「ここは京の都ではないだろう。京には京の、江戸には江戸の事情というものがある」
「いや、江戸じゃなくて東京ね」
と、ユタは訂正した。
「そうか。秋葉原は堂々と江戸の区域内か。渋谷や池袋は違うみたいだけど……」
昭和通り口を出て、昭和通りを南に向かう。
途中に神田川があり、そこに架かる和泉橋を通るが……。
「威吹は江戸時代、この辺、歩いたことある?」
ユタの質問に、
「いや、無いな。そもそも江戸自体、1度しか行ったことが無い」
「1回は行ったんだ?」
「さよう」
威吹は頷いた。
「何しに?」
「まあ……さくらの護衛かな」
「威吹の初恋の人!」
「新たにできた寺社奉行に出向く必要があったついでに、その他の寺社を回ったものだ」
「へえ……」
初めて聞いた話だった。
今まで威吹は封印前、江戸時代の話をあまりしなかったのだが……。
「奉行所に出向くって、何かやらかしたの?」
「いや、さくらが巫女として霊術を駆使し、凶悪な妖怪を調伏したというので、その報告に向かっただけだ」
「凶悪な妖怪って……」
「ふふ……」
当時、青梅街道を荒らし回っていた人喰い妖狐、威吹のことだ。
「江戸市中において、さすがに手ぶらで歩くわけには行かなかったからね」
「なに……?」
その時、たまたま犬の散歩をしている住民の近くを通った。
人間と似た姿をしておきながら、そうではない臭いに警戒した犬は威吹に吠える。
飼い主が慌てて、リードを引っ張った。
「まあ、あんな感じだ」
と、威吹。
最初は眼力で、吠えて来た犬を怯ませていたが、今は勝手に吠えさせている。
「え?」
何だろう?さくらは威吹に首輪を付け、リードで歩かせたのだろうか。
「江戸時代からあったんだ。BDSM」
「何を想像しているか分からんが、何故興奮する?」
威吹は不審な顔をした。
[同日10:30.東京都墨田区菊川 藤谷ビル 稲生ユウタ&威吹邪甲]
「ここか。藤谷組の本社ビルって……」
新大橋通り沿いにあるそのビルは、そんなに高いビルでは無かった。
ざっと見た限り、7階建てくらいだろう。
それでも自社ビルだというのだから、なかなか経営状態の良い中堅(?)ゼネコンのようだ。
ほんの数年前に、足立区から移転したという。
ここにユタ達が来たのは、藤谷春人に呼ばれたからである。
まだ就職活動の時期でもないのだがとユタは疑問を投げたのだが、そうではないと。
ちょっと手伝って欲しい事案があるのだ、と。
普通の私服で構わないから、威吹と共に来てくれと頼まれたのだった。
「ちょっとした城だな」
と、ガラス張りのビルを見上げた威吹は呟いた。
「まあ、今の都内のビルはだいたい城の天守閣くらいあるだろう」
ユタ達は正面の自動ドアから、ビルの中に入った。
セキュリティはしっかりしているらしく、入るとその先にエレベーターホールがあるのだが、その手前はオートロックの自動ドアで塞がれていた。
小さなビルなので、別に警備員が立っているわけでもないし、受付嬢がいるわけでもない。
入口に内線電話があり、そこで相手と連絡を取るという方式のようだ。
「えーと……藤谷班長に直に連絡取れるのかな???」
ユタは内線電話の前にある番号表を見た。
受話器を取り、そこから藤谷班長がいると思われる番号に掛けようとすると、
「ごめんごめん!2人とも、こっちこっち!」
エレベーターから当の藤谷が降りてきて、自動ドアを開けた。
「そのまま入って!」
「は、はい。失礼します」
「出迎えの時機が少し遅れたようだな?」
威吹はエレベーターに乗りながら、藤谷を見据えた。
「悪い悪い。ちょっと、顧客から電話があってさ……。ちょっと話がおしちゃって……」
藤谷はばつが悪そうに頭をかいた。
エレベーターは途中の4階で降りる。
そこは会議室フロアのようだった。
こぢんまりとした会議室に案内されると、既にそこには入口側に椅子が2つ並び、その奥に長机が1つ置いてあって、更にその後ろに椅子が3脚並べられていた。
明らかに、面接試験の様相である。
「まあ、座って座って」
藤谷は椅子を勧めた。
「あのな、藤谷班長よ」
威吹は不機嫌そうな顔をした。
「ユタはまだお前の店(会社)に入ると決めたわけではないぞ。ユタに何をするつもりだ?」
「あ、違う違う。これ、別に入社試験じゃないから」
と、藤谷。
「は?」
「それに、稲生君に座ってもらう席はここじゃなくて、そこだよ」
「は!?」
藤谷が指さした場所は、3人席の方。
つまり、試験官側だ。
「お茶もそこにポットと茶碗があるから適当に飲んでいいからね」
「あの、僕に何をしろと?僕は面接を受ける方はあっても、今の段階で受けさせる方にはならないと思いますが……」
「うん。実はこれから起こることを話そう。確かに採用試験ではないけど、これからここで面接はある。キミ達にはその立会人になってもらいたいんだ」
「こりゃまた面妖な……。本来無関係であるユタとオレを何かの事案に巻き込もうとは……」
「申し訳ない。もちろん謝礼は沢山するからね。これからここに面接に来る人に質問するのは、もちろん俺だ。キミ達はそのやり取りを見てくれてるだけでいい」
「一体、何を目的とした、どんな面接なんですか?」
「それだ。まだ少し時間がある。それまでに、この資料に目を通してほしい」
「雪女郎連合会?雪女の……コミュニティ団体ですよね?」
ユタはそう言った。
前にその話を聞いた時、組織概要がまるで法華講連合会だと思ったので覚えていたのだ。
いや、法華連というよりは顕正会の組織に似ているかも、と……。
「そう。そして、これから面接に来るのはこのコ達だ」
「履歴書!本当は藤谷組の採用面接なんじゃないですか?」
「だったら、俺以外の役員や人事担当が来るよ」
「この雪女、あれじゃないのか?藤谷班長に“獲物”になるよう、接近している者では?」
「そうなんだ。さすがにあそこまでされたら、俺も話くらい聞いてやろうと思ってな」
「いい加減、締結書にサインしてあげましょうよ」
ユタはニヤけた顔で言った。
「ダメだ。相手はヘタすりゃ人殺しも辞さない妖怪だぞ?そう簡単にサインしてたまるかってんだ」
「まあ……考え方は賢明であるが……だからと言って、何もユタやオレに出張らせる必要は無いだろうが。妖狐が関わったなんてなったら、話がデカくなって却って面倒だぞ」
威吹は再び不機嫌になる。
「だから謝礼はするって。お得意さん用に用意する御中元の高級なヤツ、そっちに回すからさ」
「だってさ、威吹」
「ったく……。で、これから来る雪女が2人ってどういうことだ?一部の例外を除いて、雪女もまた獲物は1人につき、人間の男が1人という掟だと聞いたぞ?」
「この氷奈ちゃんってコの保護者だってさ。親ではないみたいだけど……」
「ふーん……。まあ、あいつらの繋がりはオレもよく分からん」
「じゃあ、オレが真ん中に座るから、あとは適当に両隣に座ってくれ」
「はーい」
「あいよ」
こうして、面接の時間が刻々と迫ってくる。
一体、何が起こるのだろうか。
緊張感が高まる人間2人に対し、威吹はのんきにお茶を啜っていた。
(この茶、ヌルい……)