[7月28日20:00.天候:晴 東京都八王子市某所 八王子中央ホテル]
愛原:「その画商の詳細は分かりますか?」
オーナー:「絵を買い取った時の領収証に書いてあったはずです。その領収証は……多分、取ってあると思うのですが……」
愛原:「是非とも見せてもらいたいのです。『白井画廊』って、白井伝三郎と何か関係はありますか?」
オーナー:「全く知りません」
愛原:「その画商、下の名前は?」
オーナー:「それもちょっと……。まさか、このタイミングで聞かれるとは思いもしなかったので……」
だが、名前さえ分かれば、あとは何とかなる。
ネットで調べればヒットするだろう。
愛原:「一応、白井画廊の方の名刺や領収証が見つかったら、見せてもらえませんか?」
オーナー:「分かりました」
愛原:「今週末にまたお邪魔します。その時でよろしいですか?」
オーナー:「分かりました。その時までに探しておきましょう」
愛原:「ありがとうございます。因みに、オーナーが最近買った絵ってのは見られませんか?」
オーナー:「いいですよ。それならお持ちしましょう」
愛原:「飾ってないんですか?」
オーナー:「うーん……。私としては押し売りされたようなものですし、何とも不気味な絵なので、飾りたくないんですよ」
オーナーは困った顔をして言った。
オーナー:「今、持って来ますので、ちょっとお待ちください」
オーナーはそう言うと、エレベーターの鍵を取り出した。
それでインジゲーターの下にある鍵穴に差し込む。
このホテルは地下室もあって、エレベーターでも行けるようになっているのだが、地下は倉庫や機械室がある関係で、宿泊客は行けないようになっているのだという。
オーナーはエレベーターに乗って、地下1階まで下りて行った。
その間、私達はソファに座って待つ。
高橋:「先生、ここで白井に関する手掛かりが出てきましたね?」
愛原:「まさか、絵画で繋がるとはな……」
リサ:「そういえば私、美術部から絵のモデルを頼まれたことがあった」
絵恋:「ええっ!?」
高橋:「おい、まさか脱ぐのか?」
絵恋:「ええっ!?」
リサ:「そうとは聞いてない。あと、映研部から自主製作映画の出演依頼来た」
絵恋:「ええっ!?」
高橋:「ラスボスの役か。適任だな」
愛原:「さっきから高橋、ちょっとズレてないか?」
リサ:「脱がないし、役も主人公だから」
絵恋:「是非観たいです!それと、リサさんの絵、100万円で買った!!」
愛原:「こういうのが市場価格を吊り上げてしまうのです。皆さん、気を付けましょう」
絵恋:「欲しいものに関しては、金に糸目をつけないのがセレブってものですわ?欲しかったら、金を用意しなさい」
高橋:「出た。高飛車御嬢様」
絵恋:「何よ!?」
そんなことで盛り上がっていると、エレベーターのドアが開いた。
そこからオーナーが降りて来る。
また、閉まる時にブーとブザーが鳴った。
挟まれ防止の注意喚起とはいえ、こういちいち鳴られては耳障りである為か、平成に入ってからは新規にブザー付きのエレベーターは販売されなくなった。
代わりにチャイムや音声で知らせるタイプが出回るようなり、現在に至る。
オーナー:「お待たせしました」
オーナーは布に包まれた絵を台車に乗せて運んで来た。
サイズはA1ほどある。
埃被った布を取ると、それは人物画だった。
それは少女の絵だが、階段の踊り場や廊下に飾ってあるものとは確かに異色の雰囲気を放っていた。
そしてその絵を見たリサは、その人物が誰かすぐに分かった。
リサ:「エブリンだ!」
真正面にこちらに向かって無邪気な笑顔を見せているが、しかしその笑顔はどこか不気味だった。
リサもたまにこんな笑顔をすることがある。
10歳くらいの少女で、ウェーブの掛かったショートヘアー。
黒いワンピースに黒いブーツを履いていた。
オーナー:「2017年の作で、正にタイトルは『エブリン』です。御存知でしたか」
愛原:「御存知も何も……。てか、この絵の作者って誰なんです?」
オーナー:「日本人画家だと聞きました。タダ同然で引き取ったものです」
愛原:「作者名も知らないで買ったんですか?いくらタダ同然とはいえ……」
オーナー:「前のオーナーが生きてらっしゃったら、絶対にこれを買うだろうと言われたんですよ。前のオーナーの供養の為にも、これは絶対に買っておくべきだとまで言われましたね」
愛原:「凄い営業だ」
私は呆れた。
愛原:「そこまで凄い営業をされたのなら、もう少し覚えていらっしゃっても良かったんじゃないですか?」
オーナー:「仰る通りです。30代後半くらいの男性で、中肉中背、メガネは掛けていない紺色スーツの男性でした」
愛原:「その人が画廊の社長さん?」
オーナー:「……とのことです」
随分若い社長だ。
白井伝三郎には子供がいないから、別の兄弟の子供だろうか。
オーナー:「すいませんね。こんなことになるなら、もっと名刺や領収証を大事に保管しておくべきでしたよ」
愛原:「どちらが見つけやすいですか?」
オーナー:「五十歩百歩といったところですか。領収書は経費の計算に使いますし、名刺は顧客管理に使いますし……。ただ、白井画廊さんについては、顧客ではないので……」
むしろ、白井画廊の方がこのオーナーを顧客として扱う側だろう。
愛原:「分かりました。後でまたお伺いしますので、その時までにお願いします」
オーナー:「はい、必ず見つけておきます」
私達はエレベーターに乗り込んだ。
4階に行く前に3階に寄って、そこの自販機コーナーに向かう。
寝酒代わりにと、缶ビールとおつまみを買った。
リサ達はスナックとジュース。
愛原:「それじゃキミ達、夜更かしするなよ?」
リサ:「はーい」
絵恋:「分かりましたー!」
私は少女達と別れ、高橋と一緒に自室に入った。
高橋:「先生、もうもう少し布団くっつけていいっスか!?」
愛原:「アホ。余計なことすんな」
高橋:「……サーセン」
私は座卓の上に缶ビールやおつまみを置いて座った。
愛原:「それより、あのオーナー、どう思う?」
高橋:「ホントは何か情報知ってんじゃないスかね?でも、隠してるって感じっス」
愛原:「オマエもそう思うか」
高橋:「何でしたら、ボコして吐かせますか?」
愛原:「いや、いい。白井画廊という名前が出て来ただけでも重要な情報だ」
私は手持ちのノートPCを立ち上げ、LANケーブルを繋いでネットにアクセスした。
このホテルにはWi-Fiは無いが、一応LANケーブルを繋げばネットが使えるようにはなっている。
それで白井画廊を検索してみると、全国に何件かヒットとした。
一番近いところでは、中央区銀座に画廊がある。
だが、代表者の名前を見ると、どうも違うような気がした。
30代の男性が白井画廊の社長だとすると、もう少しカジュアルな内容の公式サイトになっているかもしれない。
愛原:「……ダメだ。分からん」
高橋:「ダメですか」
愛原:「どれも怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくない」
高橋:「そもそもあのオーナーがウソついて、適当な名前を言っただけかもしれないですしね」
愛原:「そ、そうか」
高橋:「やっぱりボコして締め上げます?」
愛原:「いや、いいよ、警察沙汰はマズい。取りあえず、藤野の後でまた寄ってみよう。実は正直な話なんだとしたら、ちゃんと帰りには情報が手に入るということだからな」
高橋:「はあ……」
だが、確かに私も高橋の言う事には一理あるとは思った。
ウソはついていないとは思う。
ただ、まだオーナーは全てを話したわけではないというのが一番近いのではないだろうか。
さっき地下の倉庫から持って来たのだって、あれ一枚とは限らない。
オーナーは数年前に一枚買ったと言っていたが、もしかしたら前のオーナーが既に売買契約を結んでいたものだったのかもしれないし。
ほら、よくあるだろう。
有名な画家が新しく絵を書いたら、それをすぐに買いますとかいう話。
その画家が新しい絵を描き上げるのに、例え数年掛かろうが構わないから他の誰にも売らず、自分に売ってくれというものだ。
可能性は低いが、しかしそれかもしれないし。
愛原:「とにかく、このホテルにバイオハザード絡みの絵が飾ってあると分かっただけでも儲けものだと思うね」
高橋:「そうっスね」
この時、私はすっかり忘れていた。
テロリストの存在を……。
愛原:「その画商の詳細は分かりますか?」
オーナー:「絵を買い取った時の領収証に書いてあったはずです。その領収証は……多分、取ってあると思うのですが……」
愛原:「是非とも見せてもらいたいのです。『白井画廊』って、白井伝三郎と何か関係はありますか?」
オーナー:「全く知りません」
愛原:「その画商、下の名前は?」
オーナー:「それもちょっと……。まさか、このタイミングで聞かれるとは思いもしなかったので……」
だが、名前さえ分かれば、あとは何とかなる。
ネットで調べればヒットするだろう。
愛原:「一応、白井画廊の方の名刺や領収証が見つかったら、見せてもらえませんか?」
オーナー:「分かりました」
愛原:「今週末にまたお邪魔します。その時でよろしいですか?」
オーナー:「分かりました。その時までに探しておきましょう」
愛原:「ありがとうございます。因みに、オーナーが最近買った絵ってのは見られませんか?」
オーナー:「いいですよ。それならお持ちしましょう」
愛原:「飾ってないんですか?」
オーナー:「うーん……。私としては押し売りされたようなものですし、何とも不気味な絵なので、飾りたくないんですよ」
オーナーは困った顔をして言った。
オーナー:「今、持って来ますので、ちょっとお待ちください」
オーナーはそう言うと、エレベーターの鍵を取り出した。
それでインジゲーターの下にある鍵穴に差し込む。
このホテルは地下室もあって、エレベーターでも行けるようになっているのだが、地下は倉庫や機械室がある関係で、宿泊客は行けないようになっているのだという。
オーナーはエレベーターに乗って、地下1階まで下りて行った。
その間、私達はソファに座って待つ。
高橋:「先生、ここで白井に関する手掛かりが出てきましたね?」
愛原:「まさか、絵画で繋がるとはな……」
リサ:「そういえば私、美術部から絵のモデルを頼まれたことがあった」
絵恋:「ええっ!?」
高橋:「おい、まさか脱ぐのか?」
絵恋:「ええっ!?」
リサ:「そうとは聞いてない。あと、映研部から自主製作映画の出演依頼来た」
絵恋:「ええっ!?」
高橋:「ラスボスの役か。適任だな」
愛原:「さっきから高橋、ちょっとズレてないか?」
リサ:「脱がないし、役も主人公だから」
絵恋:「是非観たいです!それと、リサさんの絵、100万円で買った!!」
愛原:「こういうのが市場価格を吊り上げてしまうのです。皆さん、気を付けましょう」
絵恋:「欲しいものに関しては、金に糸目をつけないのがセレブってものですわ?欲しかったら、金を用意しなさい」
高橋:「出た。高飛車御嬢様」
絵恋:「何よ!?」
そんなことで盛り上がっていると、エレベーターのドアが開いた。
そこからオーナーが降りて来る。
また、閉まる時にブーとブザーが鳴った。
挟まれ防止の注意喚起とはいえ、こういちいち鳴られては耳障りである為か、平成に入ってからは新規にブザー付きのエレベーターは販売されなくなった。
代わりにチャイムや音声で知らせるタイプが出回るようなり、現在に至る。
オーナー:「お待たせしました」
オーナーは布に包まれた絵を台車に乗せて運んで来た。
サイズはA1ほどある。
埃被った布を取ると、それは人物画だった。
それは少女の絵だが、階段の踊り場や廊下に飾ってあるものとは確かに異色の雰囲気を放っていた。
そしてその絵を見たリサは、その人物が誰かすぐに分かった。
リサ:「エブリンだ!」
真正面にこちらに向かって無邪気な笑顔を見せているが、しかしその笑顔はどこか不気味だった。
リサもたまにこんな笑顔をすることがある。
10歳くらいの少女で、ウェーブの掛かったショートヘアー。
黒いワンピースに黒いブーツを履いていた。
オーナー:「2017年の作で、正にタイトルは『エブリン』です。御存知でしたか」
愛原:「御存知も何も……。てか、この絵の作者って誰なんです?」
オーナー:「日本人画家だと聞きました。タダ同然で引き取ったものです」
愛原:「作者名も知らないで買ったんですか?いくらタダ同然とはいえ……」
オーナー:「前のオーナーが生きてらっしゃったら、絶対にこれを買うだろうと言われたんですよ。前のオーナーの供養の為にも、これは絶対に買っておくべきだとまで言われましたね」
愛原:「凄い営業だ」
私は呆れた。
愛原:「そこまで凄い営業をされたのなら、もう少し覚えていらっしゃっても良かったんじゃないですか?」
オーナー:「仰る通りです。30代後半くらいの男性で、中肉中背、メガネは掛けていない紺色スーツの男性でした」
愛原:「その人が画廊の社長さん?」
オーナー:「……とのことです」
随分若い社長だ。
白井伝三郎には子供がいないから、別の兄弟の子供だろうか。
オーナー:「すいませんね。こんなことになるなら、もっと名刺や領収証を大事に保管しておくべきでしたよ」
愛原:「どちらが見つけやすいですか?」
オーナー:「五十歩百歩といったところですか。領収書は経費の計算に使いますし、名刺は顧客管理に使いますし……。ただ、白井画廊さんについては、顧客ではないので……」
むしろ、白井画廊の方がこのオーナーを顧客として扱う側だろう。
愛原:「分かりました。後でまたお伺いしますので、その時までにお願いします」
オーナー:「はい、必ず見つけておきます」
私達はエレベーターに乗り込んだ。
4階に行く前に3階に寄って、そこの自販機コーナーに向かう。
寝酒代わりにと、缶ビールとおつまみを買った。
リサ達はスナックとジュース。
愛原:「それじゃキミ達、夜更かしするなよ?」
リサ:「はーい」
絵恋:「分かりましたー!」
私は少女達と別れ、高橋と一緒に自室に入った。
高橋:「先生、もうもう少し布団くっつけていいっスか!?」
愛原:「アホ。余計なことすんな」
高橋:「……サーセン」
私は座卓の上に缶ビールやおつまみを置いて座った。
愛原:「それより、あのオーナー、どう思う?」
高橋:「ホントは何か情報知ってんじゃないスかね?でも、隠してるって感じっス」
愛原:「オマエもそう思うか」
高橋:「何でしたら、ボコして吐かせますか?」
愛原:「いや、いい。白井画廊という名前が出て来ただけでも重要な情報だ」
私は手持ちのノートPCを立ち上げ、LANケーブルを繋いでネットにアクセスした。
このホテルにはWi-Fiは無いが、一応LANケーブルを繋げばネットが使えるようにはなっている。
それで白井画廊を検索してみると、全国に何件かヒットとした。
一番近いところでは、中央区銀座に画廊がある。
だが、代表者の名前を見ると、どうも違うような気がした。
30代の男性が白井画廊の社長だとすると、もう少しカジュアルな内容の公式サイトになっているかもしれない。
愛原:「……ダメだ。分からん」
高橋:「ダメですか」
愛原:「どれも怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくない」
高橋:「そもそもあのオーナーがウソついて、適当な名前を言っただけかもしれないですしね」
愛原:「そ、そうか」
高橋:「やっぱりボコして締め上げます?」
愛原:「いや、いいよ、警察沙汰はマズい。取りあえず、藤野の後でまた寄ってみよう。実は正直な話なんだとしたら、ちゃんと帰りには情報が手に入るということだからな」
高橋:「はあ……」
だが、確かに私も高橋の言う事には一理あるとは思った。
ウソはついていないとは思う。
ただ、まだオーナーは全てを話したわけではないというのが一番近いのではないだろうか。
さっき地下の倉庫から持って来たのだって、あれ一枚とは限らない。
オーナーは数年前に一枚買ったと言っていたが、もしかしたら前のオーナーが既に売買契約を結んでいたものだったのかもしれないし。
ほら、よくあるだろう。
有名な画家が新しく絵を書いたら、それをすぐに買いますとかいう話。
その画家が新しい絵を描き上げるのに、例え数年掛かろうが構わないから他の誰にも売らず、自分に売ってくれというものだ。
可能性は低いが、しかしそれかもしれないし。
愛原:「とにかく、このホテルにバイオハザード絡みの絵が飾ってあると分かっただけでも儲けものだと思うね」
高橋:「そうっスね」
この時、私はすっかり忘れていた。
テロリストの存在を……。