[4月25日08:20.天候:晴 長野県白馬村 白馬八方バスターミナル]
屋敷からは車でバスターミナルまでやってきた。
稲生:「シーズンオフになったから、それよりはバスは空いていると思いましたが……」
一瞬、バスに乗り遅れたのかと思うほど、チケットカウンターに乗客の姿は無かった。
稲生:「すいません。今度のバスで、長野駅まで大人3枚ください」
係員A:「はい、ありがとうございます」
時刻表を何度も見たが、全く乗り遅れたわけではなかった。
それほどまでに、乗客が少なくなったのだ。
長距離バスは軒並み運休。
県内移動の特急バスでさえ、一部に運休が発生しているほどだった。
乗車券を購入して程なく、バスが入線してくる。
車種は高速バスで使用されているものと同じだが、トイレが無く、シートピッチも通常の狭さである。
要は貸切観光バスに、運賃箱や運賃表、自動放送装置などを付けたものと思えば良い。
運転手:「長野駅東口行きです」
稲生:「あ、はい。乗ります」
乗り場の係員がバスの荷物室のドアを開ける。
悲しいかな、それを利用するのはマリアだけである。
イリーナ:「どこでもいいんだっけ?」
稲生:「はい。このバスは全席自由です」
イリーナ:「そう」
イリーナは頷くと、真ん中辺りの席に座った。
一番広いのは一番後ろの席だが、後輪の更に後ろにある為に揺れやすく、寝にくいからだという。
マリア:「相変わらず、寝る気満々ですね」
目上の者は目下の者の前の席に座る。
自動車とは逆である。
こうすると、後ろの席に気兼ね無く座席が倒せるからである。
イリーナ:「あなたこそマリア、ショッピングする気満々じゃないの?」
マリア:「そんなことないですよ」
イリーナ:「勇太君に、首都圏のショッピングセンターやモールは軒並み休業だって言われたでしょ?」
マリア:「分かってますって」
〔「お待たせいたしました。8時20分発、長野駅東口行き、発車致します」〕
稲生:「うわ……誰も乗ってない」
バスは扉を閉めて定刻に発車した。
イリーナ:「こんな時に遠出するのは、不要不急でない外出か、私達くらいのものよね」
イリーナはそう言うと、座席をリクライニングしてローブのフードを被った。
あえてカーテンまでは閉めないのがイリーナ流。
因みにマスクはしている。
もっとも、今品薄の不織布とかアベノマスクみたいな現代のマスクではない。
占い師として活動する際にも着用する、紫色の布マスクである。
魔道師としてのイリーナを狙う者もいる為、マスクで顔を隠すのである。
鼻から下が隠れる。
今はどのような用途で着けているのか、それは分からない。
恐らくウィルス対策用と覆面用の両方であろう。
一応、稲生とマリアもマスクを着けている。
稲生:「日本の文化、『同調圧力』です」
マリア:「文化なのか、これ?」
どちらも不織布だが、稲生は白で、マリアは黒だった。
イリーナ:「マリアはともかく、勇太君はまだ悪魔の守護が無いから着けておいた方がいいわね」
マリア:「私はいいんですかね?」
イリーナ:「日本人からの冷たい視線に晒されたければどうぞ」
稲生:「マリアさん、どこで教会の連中が見ているか分かりませんから……」
マリア:「分かったよ」
マリアは一度外した黒いマスクをもう一度着けた。
稲生:(黒いマスクを着けたマリアも、なかなか雰囲気が変わっていいな……)
黒いローブに黒いマスクは却ってマッチするということだ。
もちろんその下はダークグリーンのブレザーに、グレーのプリーツスカートをはいていた。
ブレザーだけいつもと違うが、これは以前上京した際に、ルーシーと一緒に原宿で買ったものである。
何故かイリーナが水晶玉でステータス表を出すと、市販のブレザーのはずなのに、前のよりも防御力が上がっているのだが。
稲生が喜ぶ服装だからというのもあるが、小柄で童顔なのを利用して、どこかの学校に紛れ込んだ留学生のフリをできるというメリットもあることに最近気づいた。
マリア:「うちのママが暴れてくれたせいで、教会の動きが活発になってるみたいだから、正体がバレないようにしないとね」
稲生:「いざとなったら、僕の日蓮正宗信徒としての顔を出しますよ。向こうは外道、こっちは内道ですから」
マリア:「……私を巻き込まないでよ?」
稲生:「分かってます」
[同日09:35.天候:晴 長野県長野市 JR長野駅]
バスはだいたい時刻表通りに長野駅東口に到着した。
運転手:「ありがとうございましたー」
稲生:「お世話さまでした」
バスの乗客は、稲生達を除いてたったの2~3人。
有り得ない数字である。
稲生:「いつもなら、空いてても半分くらいは席埋まってたのに……」
バス停のベンチに捨てられていたのか、それとも忘れられていたのか不明だが、今朝の朝刊がポツンと置かれていて、『Stay Home週間』とかいう見出しが見えた。
イリーナ:「日本の場合は暴動が起きないからいいわね。スワット隊が出て来て鎮圧するまでもない」
稲生:「それは多分、いいことなんでしょうね?」
イリーナ:「え?悪いことだと思うの?だったら、私が先導して暴動起こさせようか?」
稲生:「やめてください!他所の国でそんなことするのは!」
マリア:「師匠、それにそんなことしたら、教会にロックオンされるじゃないですか」
イリーナ:「冗談よ。いくら私でも、そんな魔法は使えないわよ」
マリア:(暴動を直接起こさせる魔法は使えなくても、外堀埋めて、人脈使ってきっかけ作りはできるんだよなぁ……)
マリアは複雑な顔をした。
運転手から荷物のキャリーバッグを受け取る。
稲生:「それじゃ、行きましょうか。次は新幹線です」
イリーナ:「この分だと、新幹線も空いてるわね」
稲生:「ガラガラですよ。先生がお乗りになるグリーン車なんか、先生の貸し切りなんじゃないですか」
イリーナ:「寂しいわね。私もエコノミークラスにしようかしら」
マリア:「あなたは立場上、ビジネスクラスに乗ってください。(勇太と2人で乗りたい!)」
因みにファーストクラス(新幹線ではグランクラス)には、大師匠ダンテが乗ることになっている。
その為、例え大魔道師であっても、ダンテの弟子の身分である以上はそのクラス席に乗ることは許されない。
但し、ダンテの引率で同乗する場合はこの限りではない。
その為、拡大解釈されて、師匠が弟子を引率する場合は同クラスに同乗して良いという不文律ができている。
今回は稲生がアテンドするという名目になっているので、先ほどのバスのようなモノクラス以外は分乗することになるのだ。
魔道士の世界が、如何に上下関係の厳しい所かが分かるというものである。
屋敷からは車でバスターミナルまでやってきた。
稲生:「シーズンオフになったから、それよりはバスは空いていると思いましたが……」
一瞬、バスに乗り遅れたのかと思うほど、チケットカウンターに乗客の姿は無かった。
稲生:「すいません。今度のバスで、長野駅まで大人3枚ください」
係員A:「はい、ありがとうございます」
時刻表を何度も見たが、全く乗り遅れたわけではなかった。
それほどまでに、乗客が少なくなったのだ。
長距離バスは軒並み運休。
県内移動の特急バスでさえ、一部に運休が発生しているほどだった。
乗車券を購入して程なく、バスが入線してくる。
車種は高速バスで使用されているものと同じだが、トイレが無く、シートピッチも通常の狭さである。
要は貸切観光バスに、運賃箱や運賃表、自動放送装置などを付けたものと思えば良い。
運転手:「長野駅東口行きです」
稲生:「あ、はい。乗ります」
乗り場の係員がバスの荷物室のドアを開ける。
悲しいかな、それを利用するのはマリアだけである。
イリーナ:「どこでもいいんだっけ?」
稲生:「はい。このバスは全席自由です」
イリーナ:「そう」
イリーナは頷くと、真ん中辺りの席に座った。
一番広いのは一番後ろの席だが、後輪の更に後ろにある為に揺れやすく、寝にくいからだという。
マリア:「相変わらず、寝る気満々ですね」
目上の者は目下の者の前の席に座る。
自動車とは逆である。
こうすると、後ろの席に気兼ね無く座席が倒せるからである。
イリーナ:「あなたこそマリア、ショッピングする気満々じゃないの?」
マリア:「そんなことないですよ」
イリーナ:「勇太君に、首都圏のショッピングセンターやモールは軒並み休業だって言われたでしょ?」
マリア:「分かってますって」
〔「お待たせいたしました。8時20分発、長野駅東口行き、発車致します」〕
稲生:「うわ……誰も乗ってない」
バスは扉を閉めて定刻に発車した。
イリーナ:「こんな時に遠出するのは、不要不急でない外出か、私達くらいのものよね」
イリーナはそう言うと、座席をリクライニングしてローブのフードを被った。
あえてカーテンまでは閉めないのがイリーナ流。
因みにマスクはしている。
もっとも、今品薄の不織布とかアベノマスクみたいな現代のマスクではない。
占い師として活動する際にも着用する、紫色の布マスクである。
魔道師としてのイリーナを狙う者もいる為、マスクで顔を隠すのである。
鼻から下が隠れる。
今はどのような用途で着けているのか、それは分からない。
恐らくウィルス対策用と覆面用の両方であろう。
一応、稲生とマリアもマスクを着けている。
稲生:「日本の文化、『同調圧力』です」
マリア:「文化なのか、これ?」
どちらも不織布だが、稲生は白で、マリアは黒だった。
イリーナ:「マリアはともかく、勇太君はまだ悪魔の守護が無いから着けておいた方がいいわね」
マリア:「私はいいんですかね?」
イリーナ:「日本人からの冷たい視線に晒されたければどうぞ」
稲生:「マリアさん、どこで教会の連中が見ているか分かりませんから……」
マリア:「分かったよ」
マリアは一度外した黒いマスクをもう一度着けた。
稲生:(黒いマスクを着けたマリアも、なかなか雰囲気が変わっていいな……)
黒いローブに黒いマスクは却ってマッチするということだ。
もちろんその下はダークグリーンのブレザーに、グレーのプリーツスカートをはいていた。
ブレザーだけいつもと違うが、これは以前上京した際に、ルーシーと一緒に原宿で買ったものである。
何故かイリーナが水晶玉でステータス表を出すと、市販のブレザーのはずなのに、前のよりも防御力が上がっているのだが。
稲生が喜ぶ服装だからというのもあるが、小柄で童顔なのを利用して、どこかの学校に紛れ込んだ留学生のフリをできるというメリットもあることに最近気づいた。
マリア:「うちのママが暴れてくれたせいで、教会の動きが活発になってるみたいだから、正体がバレないようにしないとね」
稲生:「いざとなったら、僕の日蓮正宗信徒としての顔を出しますよ。向こうは外道、こっちは内道ですから」
マリア:「……私を巻き込まないでよ?」
稲生:「分かってます」
[同日09:35.天候:晴 長野県長野市 JR長野駅]
バスはだいたい時刻表通りに長野駅東口に到着した。
運転手:「ありがとうございましたー」
稲生:「お世話さまでした」
バスの乗客は、稲生達を除いてたったの2~3人。
有り得ない数字である。
稲生:「いつもなら、空いてても半分くらいは席埋まってたのに……」
バス停のベンチに捨てられていたのか、それとも忘れられていたのか不明だが、今朝の朝刊がポツンと置かれていて、『Stay Home週間』とかいう見出しが見えた。
イリーナ:「日本の場合は暴動が起きないからいいわね。スワット隊が出て来て鎮圧するまでもない」
稲生:「それは多分、いいことなんでしょうね?」
イリーナ:「え?悪いことだと思うの?だったら、私が先導して暴動起こさせようか?」
稲生:「やめてください!他所の国でそんなことするのは!」
マリア:「師匠、それにそんなことしたら、教会にロックオンされるじゃないですか」
イリーナ:「冗談よ。いくら私でも、そんな魔法は使えないわよ」
マリア:(暴動を直接起こさせる魔法は使えなくても、外堀埋めて、人脈使ってきっかけ作りはできるんだよなぁ……)
マリアは複雑な顔をした。
運転手から荷物のキャリーバッグを受け取る。
稲生:「それじゃ、行きましょうか。次は新幹線です」
イリーナ:「この分だと、新幹線も空いてるわね」
稲生:「ガラガラですよ。先生がお乗りになるグリーン車なんか、先生の貸し切りなんじゃないですか」
イリーナ:「寂しいわね。私もエコノミークラスにしようかしら」
マリア:「あなたは立場上、ビジネスクラスに乗ってください。(勇太と2人で乗りたい!)」
因みにファーストクラス(新幹線ではグランクラス)には、大師匠ダンテが乗ることになっている。
その為、例え大魔道師であっても、ダンテの弟子の身分である以上はそのクラス席に乗ることは許されない。
但し、ダンテの引率で同乗する場合はこの限りではない。
その為、拡大解釈されて、師匠が弟子を引率する場合は同クラスに同乗して良いという不文律ができている。
今回は稲生がアテンドするという名目になっているので、先ほどのバスのようなモノクラス以外は分乗することになるのだ。
魔道士の世界が、如何に上下関係の厳しい所かが分かるというものである。