[9月10日10:00.天候:濃霧 冥鉄汽船スターオーシャン号 船橋(ブリッジ)]
サンモンド:「御乗客の皆様、船旅のほどは如何お過ごしでしょうか?」
サンモンドが船内の放送設備を使って、船内放送を行っている。
サンモンド:「船長のサンモンド・ゲートウェイズより、皆様にお知らせを申し上げます。この船は間もなく、黄泉の国の海域へと入ります。ただいまこの船を取り巻く霧は白いものとなっておりますが、これが黄色くなりましたら黄泉の国へ入ったというお知らせになります。そこで、皆様に1つご注意を申し上げます」
サンモンドが放送している様子を後ろで見ていた稲生だった。
サンモンド:「……航行中の窓の開放並びにデッキへ出ることは固く固くお断り申し上げます。以上、大事なことですので2度申し上げました。……」
サンモンドの放送が終わると、稲生が口を開いた。
稲生:「あの、船長……」
サンモンド:「どうしたね?キミ達の部屋のチェックは早目に済ますよう、係の者に伝えておこう」
稲生:「あ、いえ、そういうことじゃなくて……」
サンモンド:「ん?」
稲生:「今も霧の中を通っていますけど、このまま船ごと霧に巻かれて最悪……なんてことは無いですよね?」
サンモンド:「はっはっはっ!どうしてそんなこと聞くんだい?」
稲生:「黄色い霧に巻かれただけで海に引きずり込まれるなんて……」
サンモンド:「もちろんこれが他の船だったら、船ごと海の藻屑と化すだろう。しかし何度も言ってるように、黄泉の国海域においては冥鉄汽船のみ航路を設定することができた。航路が正式に通っているのに、海に引きずり込まれることは無いよ。文字通り、大船に乗ったつもりでいたまえ」
稲生:「はい」
一等航海士:「船長、黄泉の国側のコールサインが入りました!」
サンモンド:「うむ。こちら側もコールサインを読み上げろ」
一等航海士:「はっ!」
稲生は寒気がした。
黄泉の国側はどういった者が管制を行っているのかは分からない。
だが寒気がしたところを見ると、やはり人外が行っているのだろう。
サンモンド:「向こうさんは死者の国の者だ。ゆっくりと伝達するんだ。伝わらなかったりでもしたら……」
稲生:「怖っ!」
サンモンド:「ああ、稲生君。キミはそろそろここを出た方がいい。もし万が一仮に黄泉の国海洋警備隊が襲撃に来るようなことがあったら、真っ先に狙われるのはここだから」
稲生:「さらっと怖いこと言わないでください!」
[同日10:15.天候:濃霧 同船内・船首甲板(ラウンジ)]
稲生は船橋からエレベーターで下りた。
エレベーターはプロムナードまで下りることができるが、稲生はあえて途中の選手甲板で降りた。
もちろん今は甲板に出ることはできない。
エレベーターを降りて、すぐの所にあるラウンジまでしか行けないようになっている。
稲生:「わあ……」
ラウンジの外は黄色い霧に包まれていた。
外は殆ど見えない。
これでは確かに霧の中から見えない手が現れて、海の中に引きずり込まれてもおかしくないかもしれない。
しばらく稲生が見惚れていると、スマホが鳴り出した。
稲生:「はいはい」
モニタを見ると、イリーナからだった。
稲生:「はい、もしもし?」
イリーナ:「ダー、私よ。今、どこにいるの?まさかデッキってことは無いよね?」
稲生:「ええ、もちろん。今、船首ラウンジにいます」
イリーナ:「そう。マリアを連れ戻して来たから、あなたも見に来る?」
稲生:「あ、はい。……見に来る?えっと……それはどういう?」
イリーナ:「詳しい説明を聞きたければ、医務室まで来て。医務室の場所は分かるでしょう?」
稲生:「はい……」
稲生は電話を切った。
稲生:(マリアさん、何かあったのかな……?)
稲生は医務室への行き方を頭の中で検索した。
クイーン・アッツァーの時は、カジノで大勝した船医からコールドコインを手に入れた思い出がある。
ここからだと……。
稲生:「はっ!?(デッキを通って、船尾に行くルートしか知らん!バカス!)」
稲生は一瞬、外に出ようとしたドアの取っ手に手を掛けたところでそう気づいた。
[同日10:45.天候:濃霧 黄泉の国の某海域上を航行する冥鉄汽船スターオーシャン号 医務室]
カジノの近くに医務室があったことを思い出した稲生。
取りあえず先ほどのエレベーターでプロムナードへ下り、そこから大時計のある大ホールを通ってカジノへ向かった。
カジノの裏手に医務室はある。
そこに医務室がある理由は、カジノが1番トラブルが発生しやすい場所であり、泥酔者やケンカなどによるケガ人を収容しやすいからだろう。
もっとも、クイーン・アッツァーの時、泥酔者の幽霊は客室エリアにいたのだが(但し、カジノとは何の関係も無かった)。
稲生:(この裏手にはVIPルームがあるんじゃなかったかな……)
と、稲生は思った。
稲生:「失礼します」
入るとすぐ小さな待合室があり、その奥に診察室がある。
その診察室で稲生は船医と会話を交わしたのだ。
もちろんここにいる船医はアッツァーのそれと違い、れっきとした生きている(?)船医である。
イリーナ:「ああ、ユウタ君。こっちよ」
イリーナが手招きして入れた所は処置室。
アッツァーの時、稲生が世話になった部屋でもある。
イリーナ:「先生」
処置室のベッドにマリアは寝かされていた。
そして、意識は無い。
稲生:「先生、これは一体どういうことですか?」
イリーナ:「黄泉の国には瘴気が充満してるの。船の周りの霧も毒霧なんだけどね」
稲生:「毒霧!?」
イリーナ:「もっとも、そんなこと言ったら船がパニックになるだろうから、さしものサンモンドも正直には言わなかったみたいね」
しかしお茶を濁したままだと、乗客の納得は得られない。
パニックは押さえつつ、しかし乗客が納得する話術をサンモンドは発揮したようだ。
ある程度怖い話はしておくことで、乗客には適度な緊張感を持ってもらう。
パニックにならない程度にする為には、乗客として注意すべきことを提示し、あとはこちらに任せてくれという感じにしたというわけだ。
乗客として注意すべきことを守ってくれたら、あとは安心・安全ですみたいな感じ。
稲生:「ひえー……」
イリーナ:「で、マリアなんだけど、向こうの瘴気を吸い込んでしまったから、多少のダメージは食らってるのよ。私が回復魔法は掛けたけど、それだけでは足りないから、ポーリンの薬をもらって、投与してるってわけ」
エレーナが所属するポーリン組は、魔法薬の製造を行うジャンルである。
稲生:「それで、いつ治るんですか?」
イリーナ:「今日はずっと苦しい状態が続くかもしれない。意識は……それまでに戻るとは思うけど……」
船医:「中和剤はここにも積んであります。それも投与すれば大丈夫ですよ」
稲生:「少なくとも、命の心配はしなくていいということですね?」
船医:「そういうことです。意識が戻るまでは、ここで安静にしておく必要がありますが……」
稲生:「分かりました」
船医:「意識が戻りましたら、お知らせしますよ」
稲生:「よろしくお願いします」
稲生はホッとした。
稲生:「……?」
だが、ふとイリーナの顔を見ると、いつもは目を細めている彼女が緊張の面持ちで目を開いている状態だった。
稲生の視線に気づいたイリーナは、すぐにまた元の細目に戻ったが。
サンモンド:「御乗客の皆様、船旅のほどは如何お過ごしでしょうか?」
サンモンドが船内の放送設備を使って、船内放送を行っている。
サンモンド:「船長のサンモンド・ゲートウェイズより、皆様にお知らせを申し上げます。この船は間もなく、黄泉の国の海域へと入ります。ただいまこの船を取り巻く霧は白いものとなっておりますが、これが黄色くなりましたら黄泉の国へ入ったというお知らせになります。そこで、皆様に1つご注意を申し上げます」
サンモンドが放送している様子を後ろで見ていた稲生だった。
サンモンド:「……航行中の窓の開放並びにデッキへ出ることは固く固くお断り申し上げます。以上、大事なことですので2度申し上げました。……」
サンモンドの放送が終わると、稲生が口を開いた。
稲生:「あの、船長……」
サンモンド:「どうしたね?キミ達の部屋のチェックは早目に済ますよう、係の者に伝えておこう」
稲生:「あ、いえ、そういうことじゃなくて……」
サンモンド:「ん?」
稲生:「今も霧の中を通っていますけど、このまま船ごと霧に巻かれて最悪……なんてことは無いですよね?」
サンモンド:「はっはっはっ!どうしてそんなこと聞くんだい?」
稲生:「黄色い霧に巻かれただけで海に引きずり込まれるなんて……」
サンモンド:「もちろんこれが他の船だったら、船ごと海の藻屑と化すだろう。しかし何度も言ってるように、黄泉の国海域においては冥鉄汽船のみ航路を設定することができた。航路が正式に通っているのに、海に引きずり込まれることは無いよ。文字通り、大船に乗ったつもりでいたまえ」
稲生:「はい」
一等航海士:「船長、黄泉の国側のコールサインが入りました!」
サンモンド:「うむ。こちら側もコールサインを読み上げろ」
一等航海士:「はっ!」
稲生は寒気がした。
黄泉の国側はどういった者が管制を行っているのかは分からない。
だが寒気がしたところを見ると、やはり人外が行っているのだろう。
サンモンド:「向こうさんは死者の国の者だ。ゆっくりと伝達するんだ。伝わらなかったりでもしたら……」
稲生:「怖っ!」
サンモンド:「ああ、稲生君。キミはそろそろここを出た方がいい。もし万が一仮に黄泉の国海洋警備隊が襲撃に来るようなことがあったら、真っ先に狙われるのはここだから」
稲生:「さらっと怖いこと言わないでください!」
[同日10:15.天候:濃霧 同船内・船首甲板(ラウンジ)]
稲生は船橋からエレベーターで下りた。
エレベーターはプロムナードまで下りることができるが、稲生はあえて途中の選手甲板で降りた。
もちろん今は甲板に出ることはできない。
エレベーターを降りて、すぐの所にあるラウンジまでしか行けないようになっている。
稲生:「わあ……」
ラウンジの外は黄色い霧に包まれていた。
外は殆ど見えない。
これでは確かに霧の中から見えない手が現れて、海の中に引きずり込まれてもおかしくないかもしれない。
しばらく稲生が見惚れていると、スマホが鳴り出した。
稲生:「はいはい」
モニタを見ると、イリーナからだった。
稲生:「はい、もしもし?」
イリーナ:「ダー、私よ。今、どこにいるの?まさかデッキってことは無いよね?」
稲生:「ええ、もちろん。今、船首ラウンジにいます」
イリーナ:「そう。マリアを連れ戻して来たから、あなたも見に来る?」
稲生:「あ、はい。……見に来る?えっと……それはどういう?」
イリーナ:「詳しい説明を聞きたければ、医務室まで来て。医務室の場所は分かるでしょう?」
稲生:「はい……」
稲生は電話を切った。
稲生:(マリアさん、何かあったのかな……?)
稲生は医務室への行き方を頭の中で検索した。
クイーン・アッツァーの時は、カジノで大勝した船医からコールドコインを手に入れた思い出がある。
ここからだと……。
稲生:「はっ!?(デッキを通って、船尾に行くルートしか知らん!バカス!)」
稲生は一瞬、外に出ようとしたドアの取っ手に手を掛けたところでそう気づいた。
[同日10:45.天候:濃霧 黄泉の国の某海域上を航行する冥鉄汽船スターオーシャン号 医務室]
カジノの近くに医務室があったことを思い出した稲生。
取りあえず先ほどのエレベーターでプロムナードへ下り、そこから大時計のある大ホールを通ってカジノへ向かった。
カジノの裏手に医務室はある。
そこに医務室がある理由は、カジノが1番トラブルが発生しやすい場所であり、泥酔者やケンカなどによるケガ人を収容しやすいからだろう。
もっとも、クイーン・アッツァーの時、泥酔者の幽霊は客室エリアにいたのだが(但し、カジノとは何の関係も無かった)。
稲生:(この裏手にはVIPルームがあるんじゃなかったかな……)
と、稲生は思った。
稲生:「失礼します」
入るとすぐ小さな待合室があり、その奥に診察室がある。
その診察室で稲生は船医と会話を交わしたのだ。
もちろんここにいる船医はアッツァーのそれと違い、れっきとした生きている(?)船医である。
イリーナ:「ああ、ユウタ君。こっちよ」
イリーナが手招きして入れた所は処置室。
アッツァーの時、稲生が世話になった部屋でもある。
イリーナ:「先生」
処置室のベッドにマリアは寝かされていた。
そして、意識は無い。
稲生:「先生、これは一体どういうことですか?」
イリーナ:「黄泉の国には瘴気が充満してるの。船の周りの霧も毒霧なんだけどね」
稲生:「毒霧!?」
イリーナ:「もっとも、そんなこと言ったら船がパニックになるだろうから、さしものサンモンドも正直には言わなかったみたいね」
しかしお茶を濁したままだと、乗客の納得は得られない。
パニックは押さえつつ、しかし乗客が納得する話術をサンモンドは発揮したようだ。
ある程度怖い話はしておくことで、乗客には適度な緊張感を持ってもらう。
パニックにならない程度にする為には、乗客として注意すべきことを提示し、あとはこちらに任せてくれという感じにしたというわけだ。
乗客として注意すべきことを守ってくれたら、あとは安心・安全ですみたいな感じ。
稲生:「ひえー……」
イリーナ:「で、マリアなんだけど、向こうの瘴気を吸い込んでしまったから、多少のダメージは食らってるのよ。私が回復魔法は掛けたけど、それだけでは足りないから、ポーリンの薬をもらって、投与してるってわけ」
エレーナが所属するポーリン組は、魔法薬の製造を行うジャンルである。
稲生:「それで、いつ治るんですか?」
イリーナ:「今日はずっと苦しい状態が続くかもしれない。意識は……それまでに戻るとは思うけど……」
船医:「中和剤はここにも積んであります。それも投与すれば大丈夫ですよ」
稲生:「少なくとも、命の心配はしなくていいということですね?」
船医:「そういうことです。意識が戻るまでは、ここで安静にしておく必要がありますが……」
稲生:「分かりました」
船医:「意識が戻りましたら、お知らせしますよ」
稲生:「よろしくお願いします」
稲生はホッとした。
稲生:「……?」
だが、ふとイリーナの顔を見ると、いつもは目を細めている彼女が緊張の面持ちで目を開いている状態だった。
稲生の視線に気づいたイリーナは、すぐにまた元の細目に戻ったが。