“ユタと愉快な仲間たち”より。後日談というか、前回の続きだな。
[翌日07:00. 仙台市内のビジネスホテル 稲生ユウタ]
「南無妙法蓮華経ー、南無妙法蓮華経ー、南無妙法蓮華経……」
ユタは部屋で朝の勤行をしていた。
こういう時、威吹は部屋の外に出ている。家の場合だと庭で素振りでもやってるか何かしてるのだが、ホテルだと必然的に部屋の外……ロビーまで行ってることが多い。
(東向きの部屋で良かった。すぐに東がどこか分かるもんな)
ユタの心の中のつぶやきの意味は、恐らく顕正会畑しか歩いていない現役顕正会員には分かるまい。
[同時刻 近隣の部屋 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]
「るりらーるりらーと響く歌ー♪……」
「……それじゃ、本当にボーカロイドだろ。……あれ?」
目覚まし時計のように、時間になったら突然歌い出した、初音ミクによく似た人形。
「ん……?もう朝……?」
カーテンが閉じられた窓から、朝日が差し込んでいるのが分かる。
「……全部♪揃った時に♪」
「もういい」
マリアはポンとミク人形の頭を軽く叩いた。すると、人形は歌うのをやめて開いていた目を閉じた。
(ここ最近、アンジェラの夢を見なくなったな……)
最近というのは、いつからだろう。
(稲生氏と会ってから……?)
[07:30. ホテル1階ロビー 威吹邪甲]
「……確率は高いですが、用心するに越したことはないかと」
「そうか……」
威吹はロビーのソファに座っていた。その向かいに座るのは、着物に袴の威吹とは対照的にスーツ姿の男。
威吹と同じ系統の髪をしているが、威吹が白銀なら、相手の男はシルバー・アッシュと言った方がいいか。
「威吹先生は、今まで予知夢のようなものは?」
「いや、無い。うちのユタはよく見る。そして、それはよく当たる」
「なるほど。恐らく先生のお連れ様が霊力の高い“獲物”と魔道師であるのなら、可能性は高いですね」
「オレみたいに妖力しか取り柄の無い奴でも、感化されて予知夢を見ると?」
「そういうことです」
「しかしなぁ……。確かにオレがあの魔道師を倒す理由はあるにはあるが、それを実行しようものなら“獲物”に嫌われることを意味する。いかにオレでも、そんな短慮な行動をするかどうか……」
威吹は首を傾げた。
「……取りあえず、話はここまでにしましょう。また何かありましたら、ご連絡ください」
「分かった。ありがとう」
2人はエレベータから接近してくる強力な気配に気づくと、話を切り上げた。
相手の男がホテルのエントランスから外に出ると同時に、エレベータのドアが開く。
「あ、やっぱり威吹ここにいた」
「やあ、御両人」
威吹は微笑を浮かべた。エレベータから降りてきたのは、ユタとマリアだった。他に、宿泊客が数名同乗していた。
「誰か来ていたのか?強力な妖気の“残り香”がある」
マリアは不快そうな顔で言った。右手で口元を押さえる。
「この近くに住んでいる、オレの知り合いさ。なに、オレがこの町に泊まっていることを知って、面会に来ただけだ。他意は無い」
威吹は平然とした顔で、そう答えた。
「ふーん……」
マリアは全く信用していない顔だった。そして、そっと耳打ち。
「お前など、魔道師の私は殺せない」
「なに……!?」
威吹は大きく目を見開いた。
「魔道師、お前も見たのか?」
「『も』ってことは、あんたもか……。稲生さんも見たそうなんだ」
ユタが割って入る。
「だからさ、休戦してくれないかな?もっとも、今現在そんな状態のようなものだけど……」
「ユタがそういうのなら従うよ」
「マリアさん、威吹に勝手なことはさせませんから、マリアさんも収めて頂けませんか?」
「収めるも何も、私はこの妖狐に何もしていないから」
「では、それでよろしくお願いしますよ。じゃ、朝食でも……」
ユタ達は朝食会場に向かった。
[10:00. JR仙台駅新幹線ホーム 稲生ユウタ、威吹邪甲、マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]
11番線に行くと、既に10両編成の列車は入線していた。しかしまだ車内整備中なのか、ドアは開いていない。
〔「11番線に停車中の電車は10時21分発、“やまびこ”134号、東京行きです。……」〕
「師匠から連絡があった。東京駅で落ち合いたいらしい」
「東京駅で?そこからどうするつもりなんでしょう?」
「恐らくは私の屋敷へ向かうつもりだろう。私の魔力が落ちているので、私を連れてくれるみたいだ」
「なるほど」
東京駅で瞬間移動するつもりか。大騒ぎにならなければいいが……。
10分後。
〔「お待たせ致しました。11番線、まもなくドアが開きます。乗車口までお進みください。業務連絡、11番1134B、準備できましたらドア操作願います」〕
駅員の大きな構内放送の後で、エアの音がするとドアが開いた。今のところ、東北新幹線にはドアチャイムが無いようだ。
「やっと帰れるな……」
「結局何しに行ったんだろうね、ボク達……」
「それは言わない方がいいぞ」
ドアが開くと3人は10号車に乗り込み、指定された席に座った。
〔「ご案内致します。この電車は10時21分発、東北新幹線“やまびこ”134号、東京行きです。停車駅は福島、郡山、宇都宮、大宮、上野、終点東京の順に止まります。……」〕
「何か飲み物買ってこよう」
威吹がそう言った。
「ああ、頼むよ。これで買ってきて。マリアさんの分も……」
ユタはそう言って、Suica定期券を渡した。定期券だが、中に数千円くらいの残金があったことを思い出した。
威吹はユタからカードを受け取ると、列車を降りた。
「稲生さんは、よく夢を見る方?」
マリアの方から話し掛けてきた。基本的に自分から話し掛けることはないが、ユタは例外のようだ。
「そうですね。毎日というわけではないですが」
「そう。師匠と同じだね」
「イリーナさんも?」
「師匠の予知夢は必ず当たる。師匠も、あなたの魔力には注目しているくらいだから」
「でも、震災は当てられなかったようですが……」
「それには別の理由が考えられてる。けど、稲生さんは知らない方がいい。どうしても知りたかったら、魔道師になる?」
「いやいや……」
マリアの膝の上には、ミク人形が乗っかっている。
ユタが来る前は、ただ1つだけ、ぜんまいの付いた緑色の髪の人形というだけだったが、今では強い魔力が備わって、人形達のリーダーにまでなっている。
(全く。もう少し、色つやな話でもしたらいいのに……)
飲み物を買いに外に出た威吹は、外からユタとマリアの様子を見て、苦笑した。
[同時刻 東京都某区内 日蓮正宗寺院 藤谷春人]
「ああ、そう。じゃ、しばらくレンジャー連中はシャバに出られそうに無いってことか。了解了解。……」
藤谷はケータイで仙台にいる父親の藤谷秋彦と話をしていた。
「稲生君達はこっちに向かってるんだね。ああ。今、ニュースでやってるよ」
寺院内にある休憩室のテレビでは、ちょうどケンショーレンジャーについてのニュースをやっていた。
〔「……ケンショーレンジャーと自称する5人組の容疑者は、依然として黙秘を続けており、警察では宗教法人顕正会と何らかのつながりがあると見て、捜査を続けています」「尚、宗教法人顕正会では、『担当者不在』を理由に取材拒否を続けています。特に、ケンショー・イエローと称する容疑者は、現会長の浅井昭衛氏によく似ていると言われているんですが……」〕
「……何か、本部から尻尾切りにされそうだぞ」
[12:24. JR東京駅 ユタ、威吹、マリア、イリーナ]
列車が東京駅東北新幹線ホームに滑り込む。定刻通りに到着した列車から、ぞろぞろとホームに降り立つ乗客達。その中に、ユタ達の姿があった。
「えーと、あっちの改札口か……」
新幹線改札口から、丸の内中央口に出る。
「お疲れちゃん」
改札口の外には、イリーナが立っていた。フード付きの紺色のコートを着ており、相変わらず悠然とした雰囲気だ。
「お疲れちゃんじゃないよ」
威吹が真っ先に文句を言った。
「あんたのせいで、こっちは奥州くんだりだ」
「ゴメンゴメン。でも、薩摩くんだりよりはマシじゃない?」
「まあ、そりゃそうだが……って、そういう問題じゃない!」
「一体、イリーナさんは何を目的としていたんですか?」
ユタが当然の質問をした。
「んっふっふー。これよ、これ」
イリーナはコートのポケットから、3つのビー玉を出した。
「何ですか、このビー玉は?」
「稲生さん、ビー玉じゃなく、水晶玉」
マリアが代わりに言った。
「こんな小さな水晶玉、何に使うんですか?」
「まあ、この価値は私達にしか分かんないよねー」
イリーナは弟子に振った。
「え、ええ。(私も全部は分かってない……)」
マリアは多少引っかかる返事をした。
「おおかた、魔術の実験か何かに使うのか?」
威吹は髪と同じ白銀色の眉毛を潜めた。
「そうね。そう捉えてもらっても結構よ。そうだ。ユウタ君、マリアが世話になったみたいだから、お礼に1つあげる」
「え?大丈夫ですかね?」
「だーいじょーぶだって!危険物じゃないし、謗法でもないから」
「はあ……。(よく謗法って言葉知ってるな)」
ユタはビー玉サイズの水晶玉を受け取った。
「……ユタ。なんでもかんでも、受け取らない方がいいよ」
威吹は相変わらず警戒心を解かないまま言った。
「まあ、せっかくだからさ」
「それじゃ、また会う機会があったら、よろしくね」
「はい」
ユタはさり気なく右手をマリアに差し出した。が、代わりに握手をしてきたのはミク人形だった。
「…………」
ユタは目が点になったが、
「あっ、改札の向こうに“ふなっしー”がいる!」
イリーナの声に、反射的に反対方向を向くユタと威吹。で、視線を戻すと……。
「いない……」
「ベタな消え方しやがって!」
威吹の言う通り、いかにも魔道師らしい消え方である。
「まあ、いいや。時間あるから、お寺行く?」
「付き合うよ」
「藤谷班長が気にしてるみたいだからね」
「ケンショーレンジャーとかいう、似非妖怪退治屋か……」
「えーと……せっかくだから、丸ノ内線に乗ってみるか」
2人は東京メトロ乗り場に足を向けた。
「ん?」
ユタは別れたはずのマリアの声がしたような気がした。
「この水晶玉?」
ユタはポケットから、ビー玉サイズの水晶玉を取り出した。そこから微かに、
「それじゃ、また。稲生さん」
というマリアの声が聞こえた。
「あまりいい物じゃないな」
威吹は不快そうな顔をする。
「さよなら、マリアさん」
ユタは水晶玉に向けて言った。
その後、また水晶玉をポケットに入れる。
ユタの脳裏には、ミク人形を抱えて微笑を浮かべるマリアの姿が残っている。
そして、ポツリと呟いた。
「マリアさん、また会いたいな……」
その呟きを聞いた威吹は、ふと気づく。
(もしかして、その水晶玉は……)
だが、すぐに打ち消した、
(まさか……な)
ユタと威吹の姿もまた、東京駅の雑踏の中に消えて行った。
終
[翌日07:00. 仙台市内のビジネスホテル 稲生ユウタ]
「南無妙法蓮華経ー、南無妙法蓮華経ー、南無妙法蓮華経……」
ユタは部屋で朝の勤行をしていた。
こういう時、威吹は部屋の外に出ている。家の場合だと庭で素振りでもやってるか何かしてるのだが、ホテルだと必然的に部屋の外……ロビーまで行ってることが多い。
(東向きの部屋で良かった。すぐに東がどこか分かるもんな)
ユタの心の中のつぶやきの意味は、恐らく顕正会畑しか歩いていない現役顕正会員には分かるまい。
[同時刻 近隣の部屋 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]
「るりらーるりらーと響く歌ー♪……」
「……それじゃ、本当にボーカロイドだろ。……あれ?」
目覚まし時計のように、時間になったら突然歌い出した、初音ミクによく似た人形。
「ん……?もう朝……?」
カーテンが閉じられた窓から、朝日が差し込んでいるのが分かる。
「……全部♪揃った時に♪」
「もういい」
マリアはポンとミク人形の頭を軽く叩いた。すると、人形は歌うのをやめて開いていた目を閉じた。
(ここ最近、アンジェラの夢を見なくなったな……)
最近というのは、いつからだろう。
(稲生氏と会ってから……?)
[07:30. ホテル1階ロビー 威吹邪甲]
「……確率は高いですが、用心するに越したことはないかと」
「そうか……」
威吹はロビーのソファに座っていた。その向かいに座るのは、着物に袴の威吹とは対照的にスーツ姿の男。
威吹と同じ系統の髪をしているが、威吹が白銀なら、相手の男はシルバー・アッシュと言った方がいいか。
「威吹先生は、今まで予知夢のようなものは?」
「いや、無い。うちのユタはよく見る。そして、それはよく当たる」
「なるほど。恐らく先生のお連れ様が霊力の高い“獲物”と魔道師であるのなら、可能性は高いですね」
「オレみたいに妖力しか取り柄の無い奴でも、感化されて予知夢を見ると?」
「そういうことです」
「しかしなぁ……。確かにオレがあの魔道師を倒す理由はあるにはあるが、それを実行しようものなら“獲物”に嫌われることを意味する。いかにオレでも、そんな短慮な行動をするかどうか……」
威吹は首を傾げた。
「……取りあえず、話はここまでにしましょう。また何かありましたら、ご連絡ください」
「分かった。ありがとう」
2人はエレベータから接近してくる強力な気配に気づくと、話を切り上げた。
相手の男がホテルのエントランスから外に出ると同時に、エレベータのドアが開く。
「あ、やっぱり威吹ここにいた」
「やあ、御両人」
威吹は微笑を浮かべた。エレベータから降りてきたのは、ユタとマリアだった。他に、宿泊客が数名同乗していた。
「誰か来ていたのか?強力な妖気の“残り香”がある」
マリアは不快そうな顔で言った。右手で口元を押さえる。
「この近くに住んでいる、オレの知り合いさ。なに、オレがこの町に泊まっていることを知って、面会に来ただけだ。他意は無い」
威吹は平然とした顔で、そう答えた。
「ふーん……」
マリアは全く信用していない顔だった。そして、そっと耳打ち。
「お前など、魔道師の私は殺せない」
「なに……!?」
威吹は大きく目を見開いた。
「魔道師、お前も見たのか?」
「『も』ってことは、あんたもか……。稲生さんも見たそうなんだ」
ユタが割って入る。
「だからさ、休戦してくれないかな?もっとも、今現在そんな状態のようなものだけど……」
「ユタがそういうのなら従うよ」
「マリアさん、威吹に勝手なことはさせませんから、マリアさんも収めて頂けませんか?」
「収めるも何も、私はこの妖狐に何もしていないから」
「では、それでよろしくお願いしますよ。じゃ、朝食でも……」
ユタ達は朝食会場に向かった。
[10:00. JR仙台駅新幹線ホーム 稲生ユウタ、威吹邪甲、マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]
11番線に行くと、既に10両編成の列車は入線していた。しかしまだ車内整備中なのか、ドアは開いていない。
〔「11番線に停車中の電車は10時21分発、“やまびこ”134号、東京行きです。……」〕
「師匠から連絡があった。東京駅で落ち合いたいらしい」
「東京駅で?そこからどうするつもりなんでしょう?」
「恐らくは私の屋敷へ向かうつもりだろう。私の魔力が落ちているので、私を連れてくれるみたいだ」
「なるほど」
東京駅で瞬間移動するつもりか。大騒ぎにならなければいいが……。
10分後。
〔「お待たせ致しました。11番線、まもなくドアが開きます。乗車口までお進みください。業務連絡、11番1134B、準備できましたらドア操作願います」〕
駅員の大きな構内放送の後で、エアの音がするとドアが開いた。今のところ、東北新幹線にはドアチャイムが無いようだ。
「やっと帰れるな……」
「結局何しに行ったんだろうね、ボク達……」
「それは言わない方がいいぞ」
ドアが開くと3人は10号車に乗り込み、指定された席に座った。
〔「ご案内致します。この電車は10時21分発、東北新幹線“やまびこ”134号、東京行きです。停車駅は福島、郡山、宇都宮、大宮、上野、終点東京の順に止まります。……」〕
「何か飲み物買ってこよう」
威吹がそう言った。
「ああ、頼むよ。これで買ってきて。マリアさんの分も……」
ユタはそう言って、Suica定期券を渡した。定期券だが、中に数千円くらいの残金があったことを思い出した。
威吹はユタからカードを受け取ると、列車を降りた。
「稲生さんは、よく夢を見る方?」
マリアの方から話し掛けてきた。基本的に自分から話し掛けることはないが、ユタは例外のようだ。
「そうですね。毎日というわけではないですが」
「そう。師匠と同じだね」
「イリーナさんも?」
「師匠の予知夢は必ず当たる。師匠も、あなたの魔力には注目しているくらいだから」
「でも、震災は当てられなかったようですが……」
「それには別の理由が考えられてる。けど、稲生さんは知らない方がいい。どうしても知りたかったら、魔道師になる?」
「いやいや……」
マリアの膝の上には、ミク人形が乗っかっている。
ユタが来る前は、ただ1つだけ、ぜんまいの付いた緑色の髪の人形というだけだったが、今では強い魔力が備わって、人形達のリーダーにまでなっている。
(全く。もう少し、色つやな話でもしたらいいのに……)
飲み物を買いに外に出た威吹は、外からユタとマリアの様子を見て、苦笑した。
[同時刻 東京都某区内 日蓮正宗寺院 藤谷春人]
「ああ、そう。じゃ、しばらくレンジャー連中はシャバに出られそうに無いってことか。了解了解。……」
藤谷はケータイで仙台にいる父親の藤谷秋彦と話をしていた。
「稲生君達はこっちに向かってるんだね。ああ。今、ニュースでやってるよ」
寺院内にある休憩室のテレビでは、ちょうどケンショーレンジャーについてのニュースをやっていた。
〔「……ケンショーレンジャーと自称する5人組の容疑者は、依然として黙秘を続けており、警察では宗教法人顕正会と何らかのつながりがあると見て、捜査を続けています」「尚、宗教法人顕正会では、『担当者不在』を理由に取材拒否を続けています。特に、ケンショー・イエローと称する容疑者は、現会長の浅井昭衛氏によく似ていると言われているんですが……」〕
「……何か、本部から尻尾切りにされそうだぞ」
[12:24. JR東京駅 ユタ、威吹、マリア、イリーナ]
列車が東京駅東北新幹線ホームに滑り込む。定刻通りに到着した列車から、ぞろぞろとホームに降り立つ乗客達。その中に、ユタ達の姿があった。
「えーと、あっちの改札口か……」
新幹線改札口から、丸の内中央口に出る。
「お疲れちゃん」
改札口の外には、イリーナが立っていた。フード付きの紺色のコートを着ており、相変わらず悠然とした雰囲気だ。
「お疲れちゃんじゃないよ」
威吹が真っ先に文句を言った。
「あんたのせいで、こっちは奥州くんだりだ」
「ゴメンゴメン。でも、薩摩くんだりよりはマシじゃない?」
「まあ、そりゃそうだが……って、そういう問題じゃない!」
「一体、イリーナさんは何を目的としていたんですか?」
ユタが当然の質問をした。
「んっふっふー。これよ、これ」
イリーナはコートのポケットから、3つのビー玉を出した。
「何ですか、このビー玉は?」
「稲生さん、ビー玉じゃなく、水晶玉」
マリアが代わりに言った。
「こんな小さな水晶玉、何に使うんですか?」
「まあ、この価値は私達にしか分かんないよねー」
イリーナは弟子に振った。
「え、ええ。(私も全部は分かってない……)」
マリアは多少引っかかる返事をした。
「おおかた、魔術の実験か何かに使うのか?」
威吹は髪と同じ白銀色の眉毛を潜めた。
「そうね。そう捉えてもらっても結構よ。そうだ。ユウタ君、マリアが世話になったみたいだから、お礼に1つあげる」
「え?大丈夫ですかね?」
「だーいじょーぶだって!危険物じゃないし、謗法でもないから」
「はあ……。(よく謗法って言葉知ってるな)」
ユタはビー玉サイズの水晶玉を受け取った。
「……ユタ。なんでもかんでも、受け取らない方がいいよ」
威吹は相変わらず警戒心を解かないまま言った。
「まあ、せっかくだからさ」
「それじゃ、また会う機会があったら、よろしくね」
「はい」
ユタはさり気なく右手をマリアに差し出した。が、代わりに握手をしてきたのはミク人形だった。
「…………」
ユタは目が点になったが、
「あっ、改札の向こうに“ふなっしー”がいる!」
イリーナの声に、反射的に反対方向を向くユタと威吹。で、視線を戻すと……。
「いない……」
「ベタな消え方しやがって!」
威吹の言う通り、いかにも魔道師らしい消え方である。
「まあ、いいや。時間あるから、お寺行く?」
「付き合うよ」
「藤谷班長が気にしてるみたいだからね」
「ケンショーレンジャーとかいう、似非妖怪退治屋か……」
「えーと……せっかくだから、丸ノ内線に乗ってみるか」
2人は東京メトロ乗り場に足を向けた。
「ん?」
ユタは別れたはずのマリアの声がしたような気がした。
「この水晶玉?」
ユタはポケットから、ビー玉サイズの水晶玉を取り出した。そこから微かに、
「それじゃ、また。稲生さん」
というマリアの声が聞こえた。
「あまりいい物じゃないな」
威吹は不快そうな顔をする。
「さよなら、マリアさん」
ユタは水晶玉に向けて言った。
その後、また水晶玉をポケットに入れる。
ユタの脳裏には、ミク人形を抱えて微笑を浮かべるマリアの姿が残っている。
そして、ポツリと呟いた。
「マリアさん、また会いたいな……」
その呟きを聞いた威吹は、ふと気づく。
(もしかして、その水晶玉は……)
だが、すぐに打ち消した、
(まさか……な)
ユタと威吹の姿もまた、東京駅の雑踏の中に消えて行った。
終