日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

小川洋子著「ミーナの行進」を読んで

2009-07-06 13:46:24 | 読書

帯の「懐かしさといとおしさが胸にせまる」に、そんな思いにさせて貰えるとは嬉しいこと、とこの本を手にとってみた。

1972年3月15日、主人公の女の子、朋子が小学校を卒業の日に山陽新幹線新大阪―岡山間が開通し、その翌日、彼女は岡山駅から一人で新幹線に乗り新神戸にやって来る。お迎えはベンツを運転してきた伯父さんで、連れて行かれたのは17も部屋のある芦屋の山手に建てられた豪邸、この家に一年間あずけられることになったのである。となるとこれから一年間、そこで展開される彼女の生活をかいま見たくなるのが人情で、この文庫本を買ってしまった。カラーの挿画に私の未だ衰えない想像力がかき立てられたこともある。

 阪急芦屋川駅の北西、芦屋川の支流高座川に沿って、海抜二百メートルのあたりまで山を登った地に屋敷を建てたのは、伯父さんの父親だった。

GoogleEarthで眺めてみると、なるほど、現在は会社の寮とマンションになっているのであるが、それとおぼしき場所が見つかるのが面白い。私も高校生の頃、精道町にあった伯母の家を足場にこの辺り一帯をよく歩き回っていたものだから、その意味でも郷愁を誘われたのである。

朋子が仲良しになるのは一年下の従妹のミーナ、本名は美奈子である。このミーナがある事情で、遙か下の方にある小学校へは河馬の背中に乗って往き帰りするのである。その河馬のポン子をミーナはこう説明する。

「正確に言えば、コビトカバ。偶蹄目カバ科コビトカバ属。普通のカバよりはうんとちっちゃくてかわいいの。おじいちゃまが西アフリカのリベリアから買ってきたんよ。その頃日本の動物園にはまだ一頭もいなくて、車十台分くらいの値段がしたんだって」

朋子とミーナとのふれあいを中心に、朋子の目から見た伯母家族の生活の描写が、今でも御影、芦屋あたりに点在する木立に囲まれた大邸宅でかって繰り広げられていた人生模様をうかがわせるもので、覗き趣味旺盛の私の好奇心を、十二分に満足させるものだった。時代は異なるが「細雪」の醸し出すイメージと重なるところがあるのも面白かった。

こういう話が出てくる。

 一家は六甲山ホテル開業以来の常連だった。特におじいさんが生きている間は、避暑やダンスパーティー、取引先の接待、家族のお祝い事などでしょっちゅうホテルを利用していた。(中略)

「ねえ、どうしてホテルの人が来るの?」
私はミーナに尋ねた。
「おばあちゃまが六甲山ホテルの洋食がお好きやからね。時々、出張して来てもらうの」

私がこの六甲山ホテルをある国際会議に利用したのは、その6年後になるんだなあ、と個人的な感慨を覚えた。昔をたっぷり持っている熟年世代より上のほうが、この本を読む楽しみをじっくり味わえそうである。