木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

聖書は宗教でもキリスト教でもない叡智の書

2024-03-25 00:57:36 | 随想
聖書とは宗教ではありません。
それぞれの宗教が聖書の一部分を布教に
都合よく利用しているだけです。
また聖書はキリスト教の事でもありません。

聖書の筆者は誰なのか。

限りなく原文を口語訳したものを一度全て
通読してみたいと思い、原文校訂による分厚い
聖書を購入しました。
古代ヘブライ語で記されたオリジナルが
ギリシャ語やローマ語、英語に翻訳されていく
に連れて内容が変わっていきます。
オリジナル聖書は白人のものではありません。
本当はどうなのかという事を私は知りたいですね。

今まで様々に様々な専門家が聖書を語っていた
ものを見た事もありますが、最初から読み始めると
内容が違います。
一部分だけを切り取った解説ばかりが世に溢れ
時に意味が違って流布しているのではないかと
感じました。

早速、昨夜は旧約聖書の創世記第1部の
世界と人間の起源から読み始めました。
面白いです。
思わず時間の経過も忘れて辞書のような分厚い
ページをめくりました。
なるほど、と感じる箇所もありました。

辞書並みに分厚いですから時間はかかりますが
必ず全てを通読したいと思います。
3000年以上前に何者かが記したこの聖書が
今も世界中で読み継がれている事には何か大きな
理由がある筈です。
その謎解きを私もしてみたいという知的好奇心が
湧いてきました。

繰り返しますが聖書は宗教ではありません。
キリスト教でもありません。
それぞれの宗教が都合よく聖書を利用している
だけです。
日本人は聖書に疎いと言われます。
しかし日本人は最も聖書的かも知れません。

そもそも聖書という日本語訳そのものが何か
違いますね。
聖なる書ではなく、時にリアルで、時に驚愕で
時に理解に苦しむ内容が記されています。
また人間離れした内容もあります。
聖書という呼称ではない言い方をすればもっと
日本人にも浸透するかも知れません。

聖書という叡智に1人の日本人として向き合いたい
と思います。
日本の本当の事を理解するためには、
・古史古伝
・聖書
・ギリシャ神話
を把握する必要があると言われます。
先ずはその1つ、聖書を通読します。


コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする