Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
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ポプラ社の「最後の皇帝」

2014-05-09 15:33:44 | 日本
先月末、知人から突然の訃報がメールで届いた。

ポプラ社の前社長、坂井宏先氏の死の知らせだった。亡くなったのは先月の18日だというが、メールが届いたのは30日。同社で何度も一緒に本をつくった編集者がなぜもっと早く知らせてくれなかったのか少々訝しげに感じたのだが、その彼女が社長の死を知ったのも10日以上たったあとだったとい う。告別式にも参列できなかったそうだ。

坂井社長が身体の不調を理由に職を退いたのが昨年11月。この人事に関しての社内の事情や、なぜ社員が知るまでそんなに時間がかかったのか、僕には知る由もない。ただ、そんなに具合が悪かったとは思っていなかったので、この知らせにはショックを受けた。

坂井社長には色々お世話になった。なかでも忘れることの出来ない思い出が、11年前に初めての本「ぼくの見た戦争」を出版したときのことだ。2003年、イラクに侵攻した米軍に従軍して撮った写真を、児童書として「写真絵本」のかたちでまとめたものだった。戦争というものを、当たり前の平和にどっぷり浸かっている日本の子供達に視覚的に感じてもらおうという、かなり斬新な試みだった。しかし、死体など残酷なシーンもあえて含めたので、出版 直前に営業部からクレームがついた。「これでは児童書としては売れません」と。一緒に本をつくった編集者もその圧力に妥協させられ、一般書としての発行を余儀なくされそうになっていた。そのときに鶴の一声をあげたのが、坂井社長だった。
「これは児童書としてだすから意味があるんだ。ぼくがすべて責任をとるから出版しなさい!」

結果的に「ぼくの見た戦争」はこの分野では異例の発行部数をあげ、10年以上たつ現在も増版され続けている。その後も、アフリカの少年兵や震災をあつかった、売りにくい硬いテーマのものを、僕のような一介の報道写真家に目をかけ、坂井社長は採算を度外視して児童書として出版してくれたのだっ た。坂井社長は、編集者時代に「かいけつゾロリ」や「ズッコケ三人組」シリーズなどのミリオンセラーを生み出したが、楽しいものだけではなく、「子供のための本」としてなにが必要なのか、強い信念を持っていた人だったと思う。

「もう、あのように思い切ったことをしてくれる人はいません。ほんとうに心から悲しく思います」
編集者からのメールにこう綴ってあった。僕もまさに同感だ。大企業が理念を忘れ、採算ばかりを気にするようになってしまった今の日本で、あれだけの啖呵を切れる経営者がどれほどいるのだろうか。坂井社長のワンマン経営に対する批判も少なくはなかったと聞くが、そんな強引さがあったからこそ、 ポプラ社がここまで成長したともいえるはずだ。会社のことは何も知らない外部者の僕ではあるが、坂井社長は「最後の皇帝」のような存在だったのかな、とも思う。
合掌。

(この記事はヤフーニュースブログにも掲載してあります)

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