結局風邪がこじれて、2日ほど寝込むはめになった。昨日からようやく身体が楽になったが、まだ咳がでる。Tシャツで歩けた温暖なインドからいきなり雪のシカゴだもんなあ。。。
それはそうと、インドは実に面白かった。
十代の頃から行きたいと憧れていた国だったので、いわば夢が叶ったともいえるが、正直なところ密かに期待していたほど喧噪と混沌に惑わされる事はなかった。やはり齢40もすぎ、すでにいろいろなものを見すぎたか。。。これが20代の頃だったら、もっと強烈なカルチャー・ショックを受けたのだろうな、とも思う。
アッサムでは少数民族の分離主義者グループの軍事キャンプを、カルカッタではスラムを取材してきたが、それとは別にデリーやカルカッタの市内を歩きながら、つくづくここはあらゆるものが混在して成り立っている国だなあと実感。至る所でつきまとってくる物乞いたち、徘徊する野犬に路地裏から大通りまで気ままに歩く牛、ホーンを鳴らし続け歩行者などおかまいなしに強引にすり抜けていくバイクに自転車、リキシャにオート3輪。。。動くものがすべておなじ空間を共有して入り交じっている。さらに少し広い道路では、像の姿までも見かけるほどだ。
貧富の差も極端に激しい。近年開発の激しいムンバイやカルカッタなど都市部では裕福層がさらなる富を蓄え、貧民との格差を一層広げている。
しかし、スラムなどの貧困層と接しているうち、彼らの態度がアフリカなど他地域の貧民達と少し違っている事に気づかされた。
インドの貧民達は、あきらめというべきか、彼らの経済状況をそれなりに受け入れて生活しているようなのだ。不満がないとはいわないだろうが、アフリカなどの貧困層と違って、「俺たちは経済発展の恩恵を受けていない」とか「金持ちの犠牲になっている」とかいうような被害者意識や不平等感などを彼らは口にしなかった。
これはやはりカースト制が原因なのだろうか。法的にはすでに撤廃されているとはいえ、カーストというのは現在も人々の意識の中に根強く残っている。それで下位カーストである貧民達も、貧乏なのは自らの運命だとそれを許容しているふしがある。
そのために、端から見るとこれだけの貧富の格差があるにも関わらず、大きな摩擦がおこる事もなく清濁ひとまとめなった社会がそれなりにうまく機能しているように見えるわけだ。これは国を統治する政府や権力者たちとってまことに都合にいい仕組みである。
しかし、いくらカーストが人々の生活に根付いているとはいえ、近代化が進み、 西洋の価値観が浸透していくにつれて、それに伴う変化は避けられないだろう。実際に僕が接した20代の若者達の多くは、結婚相手のことなどにしても、すでにカーストなどあまり気にしないと言っていた。
そう考えると、そう遠くない将来、市民達がリベラルになり貧困層達がカーストの呪縛から解き放たれたとき、この国に大きな転換期が訪れるかもしれない。経済的、社会的平等を求めて立ち上がった貧困層による武力行動で、国内が混乱に陥る事も考えられないことではないからだ。
なんだか硬い話になってしまったが、とりあえずはこのインドという国、僕の肌に合い、おおいに楽しめた。聖地バナラスをはじめ、行きたかったがかなわなかった場所もまだまだ多いので、近いうちにまた訪れる事ができればと思う。
それはそうと、インドは実に面白かった。
十代の頃から行きたいと憧れていた国だったので、いわば夢が叶ったともいえるが、正直なところ密かに期待していたほど喧噪と混沌に惑わされる事はなかった。やはり齢40もすぎ、すでにいろいろなものを見すぎたか。。。これが20代の頃だったら、もっと強烈なカルチャー・ショックを受けたのだろうな、とも思う。
アッサムでは少数民族の分離主義者グループの軍事キャンプを、カルカッタではスラムを取材してきたが、それとは別にデリーやカルカッタの市内を歩きながら、つくづくここはあらゆるものが混在して成り立っている国だなあと実感。至る所でつきまとってくる物乞いたち、徘徊する野犬に路地裏から大通りまで気ままに歩く牛、ホーンを鳴らし続け歩行者などおかまいなしに強引にすり抜けていくバイクに自転車、リキシャにオート3輪。。。動くものがすべておなじ空間を共有して入り交じっている。さらに少し広い道路では、像の姿までも見かけるほどだ。
貧富の差も極端に激しい。近年開発の激しいムンバイやカルカッタなど都市部では裕福層がさらなる富を蓄え、貧民との格差を一層広げている。
しかし、スラムなどの貧困層と接しているうち、彼らの態度がアフリカなど他地域の貧民達と少し違っている事に気づかされた。
インドの貧民達は、あきらめというべきか、彼らの経済状況をそれなりに受け入れて生活しているようなのだ。不満がないとはいわないだろうが、アフリカなどの貧困層と違って、「俺たちは経済発展の恩恵を受けていない」とか「金持ちの犠牲になっている」とかいうような被害者意識や不平等感などを彼らは口にしなかった。
これはやはりカースト制が原因なのだろうか。法的にはすでに撤廃されているとはいえ、カーストというのは現在も人々の意識の中に根強く残っている。それで下位カーストである貧民達も、貧乏なのは自らの運命だとそれを許容しているふしがある。
そのために、端から見るとこれだけの貧富の格差があるにも関わらず、大きな摩擦がおこる事もなく清濁ひとまとめなった社会がそれなりにうまく機能しているように見えるわけだ。これは国を統治する政府や権力者たちとってまことに都合にいい仕組みである。
しかし、いくらカーストが人々の生活に根付いているとはいえ、近代化が進み、 西洋の価値観が浸透していくにつれて、それに伴う変化は避けられないだろう。実際に僕が接した20代の若者達の多くは、結婚相手のことなどにしても、すでにカーストなどあまり気にしないと言っていた。
そう考えると、そう遠くない将来、市民達がリベラルになり貧困層達がカーストの呪縛から解き放たれたとき、この国に大きな転換期が訪れるかもしれない。経済的、社会的平等を求めて立ち上がった貧困層による武力行動で、国内が混乱に陥る事も考えられないことではないからだ。
なんだか硬い話になってしまったが、とりあえずはこのインドという国、僕の肌に合い、おおいに楽しめた。聖地バナラスをはじめ、行きたかったがかなわなかった場所もまだまだ多いので、近いうちにまた訪れる事ができればと思う。
カルカッタに1週間ほど滞在したあと昨日デリーにでてきた。2日後にはシカゴに戻る予定なので、ここでは少しゆっくり観光などしてみようかなどと思っている。
カルカッタでは鉄道の線路沿いに広がるスラムを主に撮影していたのだが、まったくここの子供達には閉口させられた。
「写真撮ってくれ、チョコレートくれ、金くれ!」の3拍子で、とにかくしつこい。はじめのうちは僕も笑顔で相手をしていたのだが、腕やシャッツはひっぱるわ、カメラは掴んでレンズに指紋をつけるわで、まともに相手をしていたら全然撮影ができない。しかし、かれらは無視しようが追い払らおうが、決して諦めずに僕がそこにいる限り延々とついてくるのだ。
そのうえ、赤ん坊を抱いた母親たちまでもが、子供達に混ざって僕を追いかけてくる。アフリカでのスラムなら結構慣れているが、こんなにしつこくまとわりつかれるのは初めての経験だった。
インドのスラムの子供達はみなこうなのか、それともここだけの話なのかは定かではないが、知り合いになった地元のカメラマンの話では、ここのスラムはムンバイのダラビ(インド最大規模のスラム)などと違って、個人個人が勝手に掘建て小屋をたてて住み着いているだけなので、スラム自体に確立したコミュニティーが存在しない。それで、スラムのリーダーのような人もいないし、子供達をコントロールできる大人もいないのだ、というようなことを言っていた。
それでもまとわりついてくる子供達を振り切りながらなんとか撮影してきたが、通過する列車すれすれでの彼らの生活は写真としては面白いにしても、やはり危険な事このうえない。住民の話では、子供が撥ねられたりする事故はかなり頻繁におこっているようだ。
録音したサウンドと合わせて、シカゴに戻ったらスライドショーを作成しようと思っている。
カルカッタでは鉄道の線路沿いに広がるスラムを主に撮影していたのだが、まったくここの子供達には閉口させられた。
「写真撮ってくれ、チョコレートくれ、金くれ!」の3拍子で、とにかくしつこい。はじめのうちは僕も笑顔で相手をしていたのだが、腕やシャッツはひっぱるわ、カメラは掴んでレンズに指紋をつけるわで、まともに相手をしていたら全然撮影ができない。しかし、かれらは無視しようが追い払らおうが、決して諦めずに僕がそこにいる限り延々とついてくるのだ。
そのうえ、赤ん坊を抱いた母親たちまでもが、子供達に混ざって僕を追いかけてくる。アフリカでのスラムなら結構慣れているが、こんなにしつこくまとわりつかれるのは初めての経験だった。
インドのスラムの子供達はみなこうなのか、それともここだけの話なのかは定かではないが、知り合いになった地元のカメラマンの話では、ここのスラムはムンバイのダラビ(インド最大規模のスラム)などと違って、個人個人が勝手に掘建て小屋をたてて住み着いているだけなので、スラム自体に確立したコミュニティーが存在しない。それで、スラムのリーダーのような人もいないし、子供達をコントロールできる大人もいないのだ、というようなことを言っていた。
それでもまとわりついてくる子供達を振り切りながらなんとか撮影してきたが、通過する列車すれすれでの彼らの生活は写真としては面白いにしても、やはり危険な事このうえない。住民の話では、子供が撥ねられたりする事故はかなり頻繁におこっているようだ。
録音したサウンドと合わせて、シカゴに戻ったらスライドショーを作成しようと思っている。
数日前にアッサム地方の山をでて、現在カルカッタに来ています。毎日スラムの撮影におわれている上、ネットカフェがいつも旅行者(そういう僕もその一人。。。)で混んでいるので、ゆっくりブログのアップなどしていられないのですが、ジェームスのスライドショーと、アフガニスタンの難民キャンプでのスライドショーがトリビューンのサイトにアップされたようなので、とりあえずお知らせします。
(アフガン)
http://www.chicagotribune.com/news/nationworld/chi-081122-afghan-camp-html,0,4910902.htmlpage
(ジム)
http://www.chicagotribune.com/morrison
10代の頃からずっと訪れてみたかったカルカッタですが、残念ながら予想していたほど強烈な印象は受けませんでした。もっと混沌としていると思ったのに。。。しかしインドは路上犯罪が少ない上、人が気さくなのでアフリカや中東に比べてとても撮りやすいかな。
週末にデリーに移動し、来週早々シカゴに戻る予定です。寒いシカゴに戻るのが憂鬱。。。
(アフガン)
http://www.chicagotribune.com/news/nationworld/chi-081122-afghan-camp-html,0,4910902.htmlpage
(ジム)
http://www.chicagotribune.com/morrison
10代の頃からずっと訪れてみたかったカルカッタですが、残念ながら予想していたほど強烈な印象は受けませんでした。もっと混沌としていると思ったのに。。。しかしインドは路上犯罪が少ない上、人が気さくなのでアフリカや中東に比べてとても撮りやすいかな。
週末にデリーに移動し、来週早々シカゴに戻る予定です。寒いシカゴに戻るのが憂鬱。。。
アフガニスタンでの2週間の取材を終え、先日インドに出てきた。
今回は従軍ではなく、難民やドラッグ関係などの米軍とは別の取材をおこなったのだが、2週間で7つのストーリーを手がけたのでかなり忙しいスケジュールだった。
この国を訪れたのは3年ぶりだが、残念な事に治安は以前に比べだいぶ悪化してきたようだ。頻発する誘拐のために、特に首都のカブルを離れ地方に出るのが極端に難しくなった。それでも従軍しなければほとんど外に出る事もできないイラクの状況よりはまだましで、カブルなら通訳と2人で歩き回って撮影するのは十分に可能だった。
アフガニスタンにはハザラというモンゴル系の民族が多く住んでいるので、僕のような顔つきをした男達はよく見かける。おかげで僕はあまり人目を引かずに行動できるので取材がしやすいのだ。これがイラクだとひと目で外国人だとわかるので、誘拐の巻き添えを恐れるドライバーが僕を乗せることさえ嫌がる。
来年大統領に就任するオバマがすでに公言しているように、この先アフガニスタンへの米軍増兵が現実になると、誤爆や誤射による一般市民の犠牲は増えるし、それに伴い人々の反米感情は増すことは目に見えている。アフガニスタンの人たちと話をしても、僕の知る限り米兵が増える事を望んでいる人など皆無に近い。米軍に対抗するため国外の武装原理主義者たちがアフガニスタンに侵入し、戦闘が激化すると考えられるし、近いうちカブルがバグダットのようになってしまう恐れも十分にあると思う。
こういう悲しい予想が現実にならないように、オバマにはインフラ援助および対話を中心としたアフガニスタン政策を期待したいが、果たしてどうなることか。。。
今日から民族分離主義グループたちの取材でインドの山奥にはいるので、またしばらくブログの更新はできなくなると思います。
今回は従軍ではなく、難民やドラッグ関係などの米軍とは別の取材をおこなったのだが、2週間で7つのストーリーを手がけたのでかなり忙しいスケジュールだった。
この国を訪れたのは3年ぶりだが、残念な事に治安は以前に比べだいぶ悪化してきたようだ。頻発する誘拐のために、特に首都のカブルを離れ地方に出るのが極端に難しくなった。それでも従軍しなければほとんど外に出る事もできないイラクの状況よりはまだましで、カブルなら通訳と2人で歩き回って撮影するのは十分に可能だった。
アフガニスタンにはハザラというモンゴル系の民族が多く住んでいるので、僕のような顔つきをした男達はよく見かける。おかげで僕はあまり人目を引かずに行動できるので取材がしやすいのだ。これがイラクだとひと目で外国人だとわかるので、誘拐の巻き添えを恐れるドライバーが僕を乗せることさえ嫌がる。
来年大統領に就任するオバマがすでに公言しているように、この先アフガニスタンへの米軍増兵が現実になると、誤爆や誤射による一般市民の犠牲は増えるし、それに伴い人々の反米感情は増すことは目に見えている。アフガニスタンの人たちと話をしても、僕の知る限り米兵が増える事を望んでいる人など皆無に近い。米軍に対抗するため国外の武装原理主義者たちがアフガニスタンに侵入し、戦闘が激化すると考えられるし、近いうちカブルがバグダットのようになってしまう恐れも十分にあると思う。
こういう悲しい予想が現実にならないように、オバマにはインフラ援助および対話を中心としたアフガニスタン政策を期待したいが、果たしてどうなることか。。。
今日から民族分離主義グループたちの取材でインドの山奥にはいるので、またしばらくブログの更新はできなくなると思います。
取材を終えて、今日の午後シカゴに戻ってきた。
僕は日本人でありながら、カメラマンとして仕事をはじめたのがアメリカだったし、取材先の多くがアフリカか中東ということもあって、これまでほとんどアジアを訪れれたことがなかった。タイに一度いったことがあるだけで、恥ずかしながら隣国である韓国も中国も知らないのだ。勿論フィリピンを訪れるのも今回が初めてだったので、滅多にない東南アジアでの経験を楽しみにしていたのだが、僕は期待していた以上にこの国を好きになった。
深い緑に覆われたミンダナオ島の自然も素晴らしかったのだが、なによりもフィリピン人は人が好い。他人であろうがすれ違いであろうが、こちらが微笑みかけるとほぼ例外なくいい笑顔が返ってくる。その笑顔がまた自然なのだ。
大都市のマニラでも、タクシーの運ちゃんや店の店員もみな愛想がいいし、非常に接しやすい。交通量の多い街の中心部で撮影していても、人が集まってくるわけでもなく、至る所にいる警備員や警官たちも全然煩くない。これがアフリカや中東だったら、3分もしないうちに「なんだなんだ」の人だかりになって、まともに撮影ができなくなるところだ。特にイスラム教の土地では、「なんの目的で写真とってるんだ」という質問攻めにあうことになり、その説明に苦心させられることが多い。
今回はイラク・プロジェクトの一環で訪れたので、貧困を含めたフィリピンの「暗部」に接する機会がなく、半ば観光客のようにこの国の表面的な部分しかみることができなかった。それで安易にいい印象だけ受けて帰ってきたのだが、これが「アジアの国」であったことはやはりおおきな理由のひとつだと思う。
ある日出店で安いながらも実に旨いフィリピン流焼き鳥を堪能しながら、自分が妙にリラックスしていることに気づいた。
行き慣れている中東やアフリカでも、どんな状況においても緊張感から開放されることはない。いつもどこからかの視線を感じずにはいられないし、常に外国人として意識をさせられてしまう。地元の人々の間に自然に溶け込むというということは非常に難しいのだ。
それがフィリピンでは、特に意識したわけでもなく、身体がこの土地に馴染んでいったようだった。
確かに同じアジア人だから顔つきも似ているし、中国系も多いので日本人とほとんど変わらない風貌のフィリピン人も少なくない。そんな部分でもかなり気楽だったし、僕らが訪れた場所はそれほど治安の問題もなく、極端に言って僕の住むシカゴよりも居心地が良かったともいえる。
いずれにしても、この国は僕がこれまで訪れた国のなかで、もっとも「人の好い」土地だったのは確かだ。いつになるかはわからないけど、また訪れることが楽しみな国が一つ増えた。
僕は日本人でありながら、カメラマンとして仕事をはじめたのがアメリカだったし、取材先の多くがアフリカか中東ということもあって、これまでほとんどアジアを訪れれたことがなかった。タイに一度いったことがあるだけで、恥ずかしながら隣国である韓国も中国も知らないのだ。勿論フィリピンを訪れるのも今回が初めてだったので、滅多にない東南アジアでの経験を楽しみにしていたのだが、僕は期待していた以上にこの国を好きになった。
深い緑に覆われたミンダナオ島の自然も素晴らしかったのだが、なによりもフィリピン人は人が好い。他人であろうがすれ違いであろうが、こちらが微笑みかけるとほぼ例外なくいい笑顔が返ってくる。その笑顔がまた自然なのだ。
大都市のマニラでも、タクシーの運ちゃんや店の店員もみな愛想がいいし、非常に接しやすい。交通量の多い街の中心部で撮影していても、人が集まってくるわけでもなく、至る所にいる警備員や警官たちも全然煩くない。これがアフリカや中東だったら、3分もしないうちに「なんだなんだ」の人だかりになって、まともに撮影ができなくなるところだ。特にイスラム教の土地では、「なんの目的で写真とってるんだ」という質問攻めにあうことになり、その説明に苦心させられることが多い。
今回はイラク・プロジェクトの一環で訪れたので、貧困を含めたフィリピンの「暗部」に接する機会がなく、半ば観光客のようにこの国の表面的な部分しかみることができなかった。それで安易にいい印象だけ受けて帰ってきたのだが、これが「アジアの国」であったことはやはりおおきな理由のひとつだと思う。
ある日出店で安いながらも実に旨いフィリピン流焼き鳥を堪能しながら、自分が妙にリラックスしていることに気づいた。
行き慣れている中東やアフリカでも、どんな状況においても緊張感から開放されることはない。いつもどこからかの視線を感じずにはいられないし、常に外国人として意識をさせられてしまう。地元の人々の間に自然に溶け込むというということは非常に難しいのだ。
それがフィリピンでは、特に意識したわけでもなく、身体がこの土地に馴染んでいったようだった。
確かに同じアジア人だから顔つきも似ているし、中国系も多いので日本人とほとんど変わらない風貌のフィリピン人も少なくない。そんな部分でもかなり気楽だったし、僕らが訪れた場所はそれほど治安の問題もなく、極端に言って僕の住むシカゴよりも居心地が良かったともいえる。
いずれにしても、この国は僕がこれまで訪れた国のなかで、もっとも「人の好い」土地だったのは確かだ。いつになるかはわからないけど、また訪れることが楽しみな国が一つ増えた。
取材で初めてのフィリピンに来ている。
イラク・プロジェクトで追っていた部隊のフィリピン人兵士が現在休暇で家族の元に帰っているのだが、彼が取材に同意してくれたことで、家族と過ごす様子を取材できる機会に恵まれたのだ。
11月に部隊から従軍中止を言い渡され、そこでプロジェクトも終わったはずだったが、これは思っても見なかった起死回生のチャンスとなった。尤もイラクでこの部隊に従軍できる可能性はほぼゼロなので、僕にとってはこれがイラク・プロジェクトのための最後の取材になるだろうけれど。。。
この兵士、ヤカピン軍曹は同じアジア人ということもあって、僕とは部隊の中でも最も気の会う存在だった。パトロールや作戦にでるときも、僕はほとんどいつも彼のトラックに同乗させてもらっていたし、暇な時間にも一緒にDVDで映画を観たりしたものだった。彼と奥さんの間には、年の明ける少し前にちょうど2人目の子供が生まれたばかりだ。
シカゴ、デトロイト、そして名古屋と乗り継いで、正味18時間以上のフライトの末ようやく昨夜遅くにマニラに到着。今日彼らの住むミンダナオ島のカガヤンに飛ぶ予定だったのだが、なんと悪天候のため飛行機がすべて欠航になってしまった。
明日の午後に行われる新生児のための洗礼の儀式はどうしても撮らなければならないので、なんとか明日の早い便に座席を確保しようと現在空港の中にあるチケットオフィスにいるのだが、ここがまた大混雑。もう2時間近くも待っているのに、整理券番号298番の僕らの順番はまだまだ先だ。これは先が思いやられると、時間つぶしにブログを書き始めた次第。。。
ーーー
結局3時間待った挙句ようやく午後の座席を予約したが、それでは洗礼の儀式に間に合わなく恐れがあるので、明日の朝の便からキャンセル待ちのスタンバイをすることにする。
というわけで明日は午前3時起き。昨夜も時差ぼけでほとんど寝られなかったので、もうベッドにはいることにしよう。
イラク・プロジェクトで追っていた部隊のフィリピン人兵士が現在休暇で家族の元に帰っているのだが、彼が取材に同意してくれたことで、家族と過ごす様子を取材できる機会に恵まれたのだ。
11月に部隊から従軍中止を言い渡され、そこでプロジェクトも終わったはずだったが、これは思っても見なかった起死回生のチャンスとなった。尤もイラクでこの部隊に従軍できる可能性はほぼゼロなので、僕にとってはこれがイラク・プロジェクトのための最後の取材になるだろうけれど。。。
この兵士、ヤカピン軍曹は同じアジア人ということもあって、僕とは部隊の中でも最も気の会う存在だった。パトロールや作戦にでるときも、僕はほとんどいつも彼のトラックに同乗させてもらっていたし、暇な時間にも一緒にDVDで映画を観たりしたものだった。彼と奥さんの間には、年の明ける少し前にちょうど2人目の子供が生まれたばかりだ。
シカゴ、デトロイト、そして名古屋と乗り継いで、正味18時間以上のフライトの末ようやく昨夜遅くにマニラに到着。今日彼らの住むミンダナオ島のカガヤンに飛ぶ予定だったのだが、なんと悪天候のため飛行機がすべて欠航になってしまった。
明日の午後に行われる新生児のための洗礼の儀式はどうしても撮らなければならないので、なんとか明日の早い便に座席を確保しようと現在空港の中にあるチケットオフィスにいるのだが、ここがまた大混雑。もう2時間近くも待っているのに、整理券番号298番の僕らの順番はまだまだ先だ。これは先が思いやられると、時間つぶしにブログを書き始めた次第。。。
ーーー
結局3時間待った挙句ようやく午後の座席を予約したが、それでは洗礼の儀式に間に合わなく恐れがあるので、明日の朝の便からキャンセル待ちのスタンバイをすることにする。
というわけで明日は午前3時起き。昨夜も時差ぼけでほとんど寝られなかったので、もうベッドにはいることにしよう。