「マウルタッシェン」- ドイツの郷土料理、侮ることなかれ

2016年04月27日 | ドイツ・ヨーロッパの「食」

南ドイツ・シュトゥットガルト地方、シュバーベン地方の名物は
何と言っても「マウルタッシェン」(Maultaschen)


イタリアのラビオリと中華の水餃子がドイツで歴史的な出逢いをして、
世紀の大恋愛から産まれた、日本ではあまり人には知られぬ、
隠し子のような傑作パスタです。

南ドイツのシュバーベン地方は、昔から手工業が盛んで勤勉かつ創造力に富み、
文学ではヴィルヘルム・テルやベートーベンの第九の歓びの歌で有名
な文豪シラー、或いは産業面ではドイツの自動車史を担ってきたベンツ、
ポルシェ、アウディ、ボッシュ等の老舗企業を生み出してきた地域ですが、
その地の人々全てに愛されてきた「マウルタッシェン」。僕も大好物です。

小麦粉に卵をたっぷり入れて、生地をこねて伸ばすところから
はじめます。

中の肉あんももちろん自家製です。
各家庭にそれぞれのレシピがあります。

今晩はこの傑作料理、シュバーベンの特許付きの秘蔵レシピを、
南ドイツ出身の友達夫婦のお母さんから直接伝授してもらいました。
それはそれは感動的な味でした。

少し武骨ですが、その味は天下一品です。



付け合わせはもちろん、マヨネーズは一切使わない、マスタードと
玉ねぎ、それに隠し味のブイヨンが決め手の南ドイツならでは
ポテトサラダです。合いの手は昔からのうすにごりの自然派ビールか、
きりっとした酸味と甘みのバランスが程良い、ドイツならではの
すっきりした白ワインです。



免許皆伝まで、これから何度も作って、自分の手中に収めたい料理です。
実に楽しい一晩でした。
ドイツの郷土料理、本当に侮るこそなかれですよ‼


「花冷えの一日 ー ドイツでも日本でも、毎日のご飯は野菜が一番」

2016年04月23日 | 日本の「食」

日本から帰った後、ドイツ国内の長期出張で外食、肉食に片寄った
一週間のあと、野菜たっぷりの夕食。お腹も体もホッとしました。





メインディッシュの白アスパラとグリーンアスパラのピラフ風炊き込み
御飯に、庭のブロッコリーの花とローズマリーのスミレのような花弁を
散らしてみました。アスパラが少し柔らかすぎたのと、アスパラのストック
の旨味が足らなかったので、明日もう一度作ってみようと思っています。





ドイツは今、ほうれん草が走りで、行者ニンニクが盛り、そして白アスパラ
がこれから旬に向かいます。



野菜料理はあまり手を加えずに作って食べても美味しいなあ、
楽しいなあとよく思います。



ドイツ風の野菜天ぷら。
(日本から持ち帰ったものも少し入っています。)

 

今日は花冷えのする一日でした。 でも、体は温まりました。


「ドイツの4月、春爛漫のモーゼル川」

2016年04月20日 | ドイツ・ヨーロッパの「旅」

フランスからルクセンブルクを伝ってドイツ中部へ流れるモーゼル川、
今年最初の訪問は4月中旬、まさに春爛漫。





日本から戻ってきて約一週間。モーゼル川の遅咲きの桜、春爛漫の
景色は、見事なほど美しく、のどかな風景でした。



今日で、6日間のドイツ国内出張、ミュンヘンで3日間、モーゼル川中流
のミュールハイム&ベルンカステルで3日間、約一週間の旅が終わりました。
最終日自宅に戻る前の午前、2時間のフリータイムが出来ました。
ホテルの自転車を借り出し、モーゼル川の川岸を走ってみました。



川向こうに拡がる南斜面のぶどう畑を望みながら自転車を走らせました。







ドイツの白ワインの代表的な葡萄種「リースリング」から産まれる
モーゼルの伝統的ワインは酸味の中に程良い甘さがあり、その上品な
甘さ感は、ドイツ語で「ファインヘアプ」と表現されます。
辛口で繊細なニュアンス或いはハッキリしたストラクチャーを
求める現代的な白ワインとは異なった趣き、優雅な中にも懐かしい
美味しさがあります。


どんなに素敵な風景の中に居ても、大概の場合は帰れる所があってこそ
の愉しさ、美しさなのかと思います。長い仕事で疲れた体には、この
美しさは心地良いものです。若い頃に求めた漂白者の美学からは
遠くかけ離れています。





モーゼルの旅の終わり、もう白ワインは口にせずに、昔からの庶民の
飲み物、薄にごりの伝統的なビールで喉を潤しました。


 


「モーゼル川の村、地方と景観を守るドイツの姿」

2016年04月19日 | ドイツ・ヨーロッパの「旅」

ドイツ、モーゼル川の春。



モーゼル川、年に数回仕事でやってくるミュールハイムの
小さなホテル「白熊/Weißer Bär」の朝食です。
朝食ルームの窓から、春のモーゼル川、向こう岸には一面に広がる
葡萄畑がよく見えます。











朝食の後、仕事の前に30分ほど時間があったので、自転車で散歩に
出ました。

ホテルからすぐ前の川岸、一昨日からの雨で、大分増水しています。
普段なら川沿いの散歩をしたり、自転車で走ったりできるところです。

ミュールハイムの村の朝の風景です。昔からの石造りの家が
ここかしこにあります。



春の花。



ホテルから自転車で3分も走れば、こんな風景が広がっています。





モーゼル川を越えて、南斜面の葡萄畑が向こうに見えます。
多分、リースリングの上級ワインの畑でしょう。



こんなのどかで風光明媚な場所に、ヨーロッパでも有数のアスファルト
プラントメーカーがあったり、隣町にはドイツ指折りの冷凍食品メーカー
があったりします。大きな工場ですが、周囲の景観を著しく損なうような
建て方はめったにされていません。
仕事柄、ドイツ全国各地に約30年間出張を繰り返してきましたが、
どの地域に行っても、このような景観への配慮、住民の暮らしを守る
ことをきちっと考えた用地計画が感じ取れます。
そういう時には、地域分散型のドイツの社会、地方自治体や住民の力が
しっかりと守られている国の、プラス面を実感として感じます。 
日本と比べると尚更の事です。 


「ミュンヘンの日曜日、30年間忘れていたこと」

2016年04月17日 | ドイツ・ヨーロッパの「旅」




2016年4月17日 ①  

今日は春の雨、ミュンヘンの日曜日です。







バイエル王国の興隆の歴史、
19世紀の南ドイツの中心拠点、文化、芸術の街ミュンヘンの姿は
なかなか魅力があります。



仕事の方々と一緒にミュンヘン市内一周のバス巡りをしています。
約3時間のコース、とてもお勧めです。
一方で、毎日、夜中に目が覚めてはFBで日本の地震の状況を確かめて
います。海外にいても後発の地震が本当に心配です。
こんな中、川内原発を止めずにいること、まさに狂気の沙汰、
それ以外の言葉がないように思います。
 

2016年4月17日 ②



春の雨の南ドイツ、ミュンヘン、ニンフェンブルク城に着いたところです。
若い頃、自分の心の中でひそかに想いを寄せていた日本の若いピアニスト
の女性と、初夏の夕方、そのオレンジ色の空がやがて蒼く透き通った
闇に移り変わる頃、二人でこの王宮公園を長く散歩をしたことを
数十年経って、不意に思い出しました。もう三十年以上も前のことです。
ドイツでの僕の人生は、家族との日常と自営業者としての仕事の時間ばかり
のように思い込んでいましたが、自分にもその前の時代があったのだ、
そして、ずいぶん長くこの地で生きてきたのだと虚を突かれた気持ちです。

2016年4月17日 ③

雨のミュンヘン。まるで印象派の絵のようなバスの車窓からの風景。



上の写真は、20世紀前半のドイツを風靡した芸術家とボヘミアンの街、
シュヴァービングからレオポルド通りへの風景です。
シュヴァービングと言えば、トーマス・マンやハインリッヒ・マン、
カンディンスキー、あるいはナチスへの抵抗運動を目論み殺された
ショル兄妹の名前が浮かんできます。
一方、ミュンヘンの歴史を刻んだレオポルド通りも今日ではむしろ、
ドイツサッカーの強豪バイエルン・ミュンヘンの優勝パレードの通り
として有名です。 

2016年4月17日 ④



ミュンヘンの美術館「ノイエピナコテーク」の斜め向かいにある、
昔からのブラッセリー&カフェ。









たまたま通りがかりの初めてでしたが、それは実に良い雰囲気でした。



20世紀初頭から前半までの街の伝統を漂わせつつ、大人から子供連れ
まで、人と集う愉しさ、自由でくつろいだ空気、次回は妻や家族と一緒に、
もっとゆっくりと過ごそうと思いました。

ドイツはビールとソーセージの国などとよく言われますが、そんな勘違い
をしていると、ちょっと照れ臭いだけでなく、ドイツ旅行も一回限りの

人生もあまり楽しくなりません!

「百聞は一見にしかず!」
いつも自分の目で確かめよう、想像しよう。


2016年4月17日 ⑤

多分、30何年振りかに訪ねたミュンヘンのノイエピナコテーク。
実に素晴らしかった。沢山のことが僕の心を掴んできた。













石造の堅固なデザインの巨大な建物の中、一つ一つの展示室が広々と
していて、天井からの自然光が柔らかく程良く明るく、見る者の気持ち
がほどけ出す、解け出していく。





一つの絵に集中し、何度も近づいたり離れたり。

或いは知らず知らず一人物思いにふけって自分の過去を彷徨い、
立ち返っては、目の前の絵画の中にとどめられたドイツ・ヨーロッパ近代
の精神に物事の理を尋ねてみたり。

あっという間の閉館の後、外に出れば春の夕方、そこはかとなく降り続く
春の雨。ああ、人生のこんな時間は、何と静かで豊かなことだろう。











ずいぶんと長く、何十年と自分の本来の関心をおろそかにしてきたと思う。
それは別に絵画鑑賞のことではない。
自分にとって本当に大切なこと、その一つ一つに集中し、一日一日が愉しい
ということ。
一つの大きな転機、自らへの回帰の時が来ていると思う。


「ミュンヘン・オクトーバーフェストの広場でちょっと考えたこと」

2016年04月15日 | 社会

ドイツ国内出張初日、ミュンヘンの朝。肌寒い春の日です。



ミュンヘンの昔からの建物を見上げながら、仕事の前に
チンタラのんびりジョギングをしています。

戦前の南ドイツのブルジョアジーが建てた邸宅を見上げながら、
[今は大企業相手の弁護士、会計士などが事務所のステータス
としてよく使っています。]
ゆるゆると走っていくと、有名なオクトーバーフェストの広場に
着きました。



「だだっ広~い!!!」の一言に尽きます。



明日からはここで蚤の市と移動遊園地「キルメス」が開かれる
そうです。
日本からドイツに戻ってくると、最初の何週間かは、どこを見ても
何につけても体の大きい、スペースの大きい人たちだと改めて
思います。



さて、ミュンヘン・オクトバーフェストの会場は、ドイツ語では
「Theresienplatz」(テレージエンプラッツ)と呼ばれ、
バイエルン王国当時のババリアの女神像が建立されています。

 

かってのバイエルン王国の偉大と統一の象徴とのこと。
空に向かい聳え立つ、なかなかの威容ではありますが、僕は
こんなマッチョな男性美学で歪曲された女性像より、自然な姿
の3人の女性ランナーの方がずっと自然体で美しいと思いました。



何時の時代でも、国家の大袈裟な美学にはあまり良いことは
ありません。

今回の東京オリンピックの誘致騒ぎでも、その後の国立競技場
のデザイン騒動でも、このマッチョな男性論理の担ぎ手達が
大きな災いをもたらしているのは明らかです。
そのくせ、彼らはバイエルン王国を作ったドイツの当時の男性達に
比べると、やること、なすこと、体も器もスケールも小さい人達です。
日本は、世界に稀なる文化と美しさを有していた国です。
小さな東洋の一国で全然構わないはずです。

島国根性の誇大妄想症を約150年間続けてきた国、日本。
もういい加減にした方がいいと思います。

 


「ドイツの春と日本の春 ー 二つの椅子、二つの桜」

2016年04月13日 | 随想

曇り空の中、2週間の日本、京都からドイツに戻りました。

今回の旅は数年後に振り返れば、より大きな意味を持つのかもしれ
ません。今後の人生の大きな転機の一つ、僕一人だけでなく、家族皆の
日本との関わり方にも大きな節目になるように思います。

デュッセルドルフの空港に降り立つ前、ちょうどライン川が下に見えました。
この川岸に初めて立ったのは、自分がまだ23歳の時。東京の大学院を
第一学期、三ヶ月で休学し、ドイツに自費留学、日本人音楽家夫妻の
ベビーシッターとしてスタートした時です。



桜満開の京都、今回の旅は本当にいろいろなことがありました。
二週間振りにドイツの家に戻ると、庭にはまだ名残の桜。
こんな時は、僕の中の二つのふるさとが重なったり、離れたり
します。





毎年の春の風景。ちょうど一年前、去年の4月の同じ頃、
こんなことを書いていました。

夏の夜空に浮かぶ天の川、
それは大きな生命体の結晶のよう。
春の桜吹雪は白昼夢。過ぎ行く恋の道行。儚くも痛切な夢。
桜の花びら一枚一枚は風に舞い、水に落ち、再び一つと
なる、私達一人一人の人生のよう。」 

今年の桜はそれほどセンチメンタルにはなりません。
それは多分、今、過去よりも未来に自分の眼が向いているから
だろうと思います。



さて、ドイツに戻って初日の夕飯は、飛行機の中の徹夜で
くたくたな体にムチ打ち、次男に日本から持って帰ったナメコ
で彼の好物のお味噌汁を作りました。



最後に今回求めた器を開梱し、明日からの料理をまた楽しみに
日本からドイツへ24時間ぶりの「お休みなさい!」



 


PS:

さて、今回の京都での経験は、これからも夢の中に沢山出てきそうです。
そのように個人にとって大切なことはその夢の中には現れても、
文章にはなかなか表現しにくいことだと思います。

下の写真はそんな夢の種の一つ一つです。











僕の暮らしの中にある二つの椅子。どちらかに座らなければと
思っていた時もあった。今でも時々どちらに座っているのか
分からず、どちらにも座れない時もある。

揺れる心よ、それでもそれが僕の今までの暮らし、生きている
形なのだろう。

ドイツの春と日本の春。そこには本当は魂の大きな違いは
ないのかもしれない。でも、其処まで行き着いた人は殆どいない。



 

京都・鞍馬で見た桃の花。

 

 

二つの色が一つになっている。 


「2016年4月 京都の春」③

2016年04月12日 | 京都の一日

2016年4月4日

夜の高野川。
今日成すべき一日の仕事を終えて、少しの酒食に満足し、出町の銭湯
の湯につかり、ゆっくりと体をほぐす。今日の宿、修学院まであと
数キロはあるだろう。東大路通をしばらく北へ、そして川の水を求めて
西方向へ。
春の雨に濡れて、春の雨音に包まれて、小さな自転車に身を預け、
夜の高野川をひたすらに走る。水辺に白く浮び上る桜の技々を次から
次へと、闇夜の中の春が僕の全身を包む。



なんと幸せなことなのだろう。


2016年4月12日

今、京都からドイツに戻る途中です。今回は友人、知人の方々、
そして新しい友人、知人に本当にお世話になりました。
皆様、どうもありがとうございます。
突然のヤーパンハウスプロジェクト、家族一同びっくりしています。
でも、とても楽しみです。
五月末にまた、京都に戻ってきます。初夏の緑の頃かと思います。

 

(2016年4月 ドイツに戻る前日、春の白川の流れ) 


「2016年4月 京都の春」②

2016年04月02日 | 京都の一日

2016年4月2日

桜満開の春の日。仕事の日。

五条通りは観光の車やタクシーでいつもの渋滞。
左右の歩道も清水の観光名所に向かう老若男女で窮屈な景色。
そんな中、日差しを避けて偶然足を踏み入れた、東山郵便局斜め
向かいの古風なカフェ。



ホッとして一息。耳を澄ませば、静かな明るい空気の中に響く
ヨーロッパの古典音楽。



京都の人はこんな時には「一人でほっこり」とでも言うの
だろうか。

店の名はナガサワTearoom 。老年のマスターが丁寧に入れる
焙煎コーヒーのアイスカフェオレがとても美味しかった。





2016年4月3日


古都、京都の春。



白川通今出川の桜の名所にて。現代日本を伝える二つの風景。



庶民の町屋は朽ちかけるまま、高級外車のガレージ代わり。
これが、戦後70年がたどり着いた「美しい日本」の姿なの
だろう。
着物を着た外人さんと記念写真を撮りたがる若者達。



ハメルーンの笛吹きの音を耳にするような感覚。