「僕がドイツで和食を作りながら、考えること」

2013年08月26日 | 日本の「食」


今日の夕食。 甘みを抑えた寿司酢でチラシご飯。
しいたけ、ニンジン、庭の紫蘇に、この前作った新生姜の甘酢漬けを細かく
刻んで加え、磯の香りのもみ海苔を細かく振りかけた。最後に今年の春、
梅酢に漬けて桜色に染まった新生姜の細い千切りを天盛りにする。 

その他は、
小茄子と胡瓜のお新香。冷蔵庫の糠床はこのところ調子がいい。
香り爽やか。酸味と塩気の按配も良し。
ドイツのコールラビというカブと木綿豆腐のお味噌汁。今年初めて作った味噌が
本当に良く出来た。手前味噌の意味が初めて分かったと思う。吸い口には日本から
持ち帰った茗荷を散らす。もう残り僅かだ。

その後、急いで
鮭の切り身の塩麹漬け、朝、庭で穫れた青唐辛子のオリーブオイル
塩焼き、味噌漬けにしていたイカと豆腐と生姜の炒め物。

長男がオランダに帰る前にまともなご飯を腹に納めて、明日からしっかり過ごせる
ように。
 

今年は家族の御飯を毎日のように作っている。
何年振りかで北海道の天然真昆布も15kg買い込み、出汁も再び、毎日しっかり
とれるようになった。

ドイツに30年。人生の半分が過ぎた。故郷にはならずとも、もう異国の土地では
ないのだろう。母国語程ではないにしろ右脳と左脳の両方で、自分のドイツ語が
浮かんでくる。妻との喧嘩も仲良しも、大人になろうとする子供達への人生訓も
冗談も、未だに拙いドイツ語で考えたり、感じたりしながら話している。
 

いつまでこうして暮らしていけるのだろう。僕が多分、人生で一番大切にしてきた
ことは自分の生き方の自由な選択、それを守る意思、妻と子供達の生活とその楽しさ、
日本の食への関わりであったと思う。 

収束どころか、更なる破滅への道を歩み続ける福島の事故、止めどもない汚染、
人の命を疎かにして声高に経済の優先を国づくりと勘違いして来た戦後日本社会の
上層部の人達。それを支えてきた多くの人達。そういう人達が国民の大半だったの
かもしれない。

日本人の食を何百年も支えてきた昆布ももう数年後には口にすべきではないモノに
なりかねない。福島第一の建屋の基礎が更に脆弱化し
倒壊することは十分あり得る。
隠蔽され続ける内部被爆の問題。 

この国は、本当に行き着くところに行き着くまで、この歪んだ道を進んでいく
のだろうか。多くの心ある人達、賢く、勇気のある人達が希望の言葉を、なお語り
続けている。
それだけの時間がまだ残っているのだろうか。
僕には狂気の力の方が大きいように思う。
とんでもない悲劇が僕たちの国にやがて
来ることを思う。それはもう間近のことかもしれない。もちろん、その時にも国土の
全てが失われることはないだろう。しかし、その時に失われるもの、一人ひとりの生命と
人生の中身はとんでもないものだろう。

 

ドイツで日本の食事を作りながら、いろいろなことを考える。20才過ぎの頃から、
この日本の国、正確にはこの日本の社会にはとても住めない、自分の生き方をそこまで
ないがしろ
にしては暮らしてはいけないと思っていた。
それは今も変わらない。 

そんな中で自分が日本に関わって、家族、友人に伝えること、伝えたいことが本当に有ると
よく思う。
自分が生を享けた国だからだろう。
この希有なる文化の一端でも自分の人生の
事柄として、伝えていきたいのだと思う。この国の文化が消えていくことがあろうとも。

夜の闇の中でそこまで思うことがある。それは偶然のことでも
異国に住むことに
なった末の妄想でもないと思う。


2013年8月 日常の小さなメモ

2013年08月18日 | 随想

201381

今日、ドイツに戻る。
まずは健康が第一。運動と少量の良い食事。野菜と果物をたっぷり。
毎日、早寝早起き。明日からは朝5時に起きようと思う。
(4ヶ月後のメモ:未だ達成出来ず。夜までの仕事とその後のワインが僕の
この10年間の悪習である。そのことに最近、大分気が付いてきた。
変えようと思う、変えられると思う。2014年の毎日の基本。)
 

201382

料理の仕事と書く仕事。どちらも達成度が物差しではない。それ自体が
愉しいこと。自他の役に立つこと。


2013
816

夜九時。まだ外は明るい。久し振りの金曜日の晩。ドイツの夏もあと
数週間で
終わる。妻は二泊三日で自転車の小旅行。せっかく仕事が早く
終わったのだから、今日は娘と二人でゆっくり食事に行こう。
Miyaの好きなお鮨を食べに行こうか、子供達の思い出のイタリアンに行くか、
アドリアーノのカウンターで娘を待ち
ながら。隣では如何にもお金持ちそうな
ドイツ人の、昔の言葉で言えばお婆さん達が三人、派手な化粧。とても高価な
貴金属を
身体のあちこちに身につけて、有っても無くてもいい話をしている。
皆、
良く日に焼けて陽気な振る舞いだけど、眼の奥は各々に哀しそうな人達だ。


もうすぐ娘がやって来る。まもなく中央駅に着く頃だろう。Miya 18才。
彼女の前には海のように大きな
人生が広がっている。Kota,Ken,Miya,
僕は三人の子供達がそれぞれに良く育っていることを本当に有難い。
嬉しいと思う。今日は良い夏の晩だ。