知人宅の物置に眠っていたアンティークミシン。外観のみですがレストアしてみました。なかなか由緒ある生い立ちのミシンです。
1953年頃に製造された漆黒のボディーに金色のロゴや模様が映えるリズムミシン。そのルーツは「中島飛行機」。戦後社名を「富士産業」に変更したものの、終戦後のGHQによる財閥解体によって「富士産業」も解散し、そののち「富士重工業」へと発展しました。
リズムミシンを製造していた「富士産業」の浜松工場は「富士精密工業(1950~1961年)」となり、自動車部品を手がける「プリンス自動車工業」~「日産自動車」を経て現在は「THKリズム」として自動車部品の製造を続けています。2002年からは全株式をJPモルガン・パートナーズが取得して日産グループから離脱しています。
1953年頃に製造された漆黒のボディーに金色のロゴや模様が映えるリズムミシン。そのルーツは「中島飛行機」。戦後社名を「富士産業」に変更したものの、終戦後のGHQによる財閥解体によって「富士産業」も解散し、そののち「富士重工業」へと発展しました。
リズムミシンを製造していた「富士産業」の浜松工場は「富士精密工業(1950~1961年)」となり、自動車部品を手がける「プリンス自動車工業」~「日産自動車」を経て現在は「THKリズム」として自動車部品の製造を続けています。2002年からは全株式をJPモルガン・パートナーズが取得して日産グループから離脱しています。