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貨幣経済史黒書(連載第4回)

2017-12-03 | 〆貨幣経済史黒書

File3:古代ローマ/中国の悪貨インフレーション

 貨幣経済が暮らしにもたらす悪影響の中でも、物価の上昇を伴うインフレーションは特に暮らしを直撃する悪弊であるが、大規模なインフレーションは東西二大帝国であるところのローマと中国で最初に経験されている。
 古代ローマは貨幣制度に関しても先行のギリシャのそれを踏襲し、紀元前211年から鋳造開始されたデナリウス銀貨が広く定着した。また、マルクスがやや誇張的に「貨幣制度は元来ローマ帝国で、ただ軍隊の中で完全に発達していたに過ぎない」と述べたとおり、古代ローマは兵士の給与を貨幣で支給する給与制の先駆けでもあった。
 しかし、純度の高い統一通貨を鋳造する能力の欠如ゆえに金銀複本位制を採用したことに加え、帝国の拡大に伴う支出増からもデナリウス銀貨の純度は低下の一途をたどり、悪貨の増大による貨幣インフレーションが定在化した。
 そこで、カラカラ帝は215年、デナリウス貨の二倍相当の価値を持つアントニニアヌス貨を導入したが、これはデナリウスよりいっそう銀保有量の少ない低質貨幣であり、最終的にはほとんど青銅貨となっていった。悪貨増大によるインフレは止まらず、ディオクレティアヌス帝は往年のデナリウス銀貨と同等の銀保有量を持つアルゲンテウス貨幣を導入した。
 さらに、帝はインフレ抑制のため、財やサービスの上限価格を法定する最高価格勅令を発し、物価統制を図ったが、市場経済において物価統制を貫徹することは不可能であり、この政策も失敗に終わった。こうして、インフレーションはローマ経済の恒常的な特質となり、その内部からの衰退を促進した。
 一方、古代中国では秦による統一に際して度量衡も統一され、半両銭と呼ばれる銅銭が統一通貨となった。しかし、より持続的な統一通貨は前漢の武帝が紀元前118年に発行した五銖銭である。この通貨自体は後漢の時代を越えて唐代初期に廃止されるまで幾度かの中断をはさんで発行が継続された息の長い通貨であった。
 しかし、ローマと同様、純度の高い統一通貨を鋳造する能力の欠如から悪貨が流通し、インフレーションを招いた。ことに、後漢末、実権を掌握した軍人の董卓は五銖銭を董卓小銭と呼ばれる質の悪い硬貨に改鋳し、深刻なインフレーションを引き起こした。
 その後、魏晋南北朝時代に五銖銭の発行が再開されても、銅不足から布帛、穀物、塩、さらには鉄片、革、紙までもが物品貨幣として使用される原初的貨幣経済が並存し、混乱を招いたことが、唐以前の中国経済の特徴となった。
 こうした古代ローマ/中国における悪貨インフレーション自体は、当代随一の帝国といえども純度の高い貨幣鋳造能力が欠如していた時代の産物であり、やがて中国に発祥する紙幣の発明により、一つの区切りがつけられる。


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