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比較:影の警察国家(連載第24回)

2020-11-27 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

[概観]

 イギリスは「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の正式国名のとおり、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという四つの連合構成体が連合して単一国家を形成している。
 この四つの連合構成体はアメリカ合衆国の連邦を構成する州ほどに分権が徹底した小邦ではないが、歴史の過程でイングランドに征服・併合されていったウェールズ以下の三つの連合構成体は自治権を有するため、警察制度もまたこれら連合構成体ごとに別々に構制されている。
 イギリスの中心を成すイングランドは近代警察制度発祥地の一つでもあり、1829年に創設された首都警察(Metropolitan Police Service)―日本における通称ロンドン警視庁―は、世界における首都警察の範となってきた。
 しかし、19世紀以前のイングランドにおける治安は地域の自警組織や地域名望家から選任される治安判事に委ねられることが基本であり、近代警察の時代に遷移して以降も、全土を管轄する集権的な国家警察の制度は発達しなかった。
 そのため、現在でもイングランド及び法体系上イングランドと一体的なウェールズにおける警察は、地域(市または郡)ごとに設置・運営される。その点では、イングランドの制度が移民により持ち込まれたアメリカと類似する点も多い。
 スコットランドにおける警察もかつては同様の構制であったが、2013年にスコットランド全域を管轄するスコットランド警察に統合された。
 これに対して、かつて分離独立武装闘争が激しく展開され、今もくすぶる北アイルランドにおける警察は王立アルスター保安隊という重武装の警察軍に近い組織であったが、和平合意後の2001年に、北アイルランド全域を管轄する北アイルランド警察として再編された。
 一方、イングランド伝統の自治体警察主体の警察制度は、1990年代まで続いた北アイルランド武装闘争や2005年のロンドン同時爆破テロ事件などを経て次第に揺らぎ、警察機能の強化の観点からも、治安に関わる中央行政を担う内務省(Home Office)の役割が強化され、同省が総合的治安官庁として、アメリカの国土保安省に近い存在となっている。
 また、今日でも中央集権的な国家警察を持たないことではアメリカと同様ながら、2013年には組織犯罪や人身売買、サイバー犯罪、麻薬密輸などの全国的な重大犯罪を捜査する機関として、アメリカのFBIに相当するような国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)が設置された。
 こうした国家警察機能を持つ機関は主に内務省系の機関であるが、他に鉄道省、国防省、ビジネス・エネルギー・産業戦略省、法務総監府などの系列機関も存在している。
 また、本来は諜報機関であるが、形式上内務大臣の管轄下にあり、国内公安諜報活動に特化した保安庁(Security Service:通称MI 5)も、かねてより対テロリズム諜報業務を行っており、ロンドン爆破事件以降、「テロとの戦い」がイギリスにも及ぶ中、広義の警察機関としての機能を強めている。
 これら国家レベルの警察諸機関はいまだ例外的ではあるも、21世紀以降、増加・増強される傾向にあり、それらの全体がアメリカの連邦警察集合体に相当する中央警察集合体を形成し、影の警察国家化を促進する要素となっている。
 その他、イギリスでも、アメリカと同様、企業体や大学などの自律的な部分社会が固有の小規模な警察組織を擁していることがある。
 全体として見ると、イギリスにおける影の警察国家化は、内務省が緩やかに統括する各地方警察を主力としながら、中央警察集合体が必要性に応じて増殖する形で、分散型警察国家として発現していると言える。


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