ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

近代革命の社会力学(連載第483回)

2022-08-30 | 〆近代革命の社会力学

六十七 ウクライナ自立化革命

(5)革命の帰結
 2014年の革命は中和的な結果に収斂した一方で、ウクライナに深刻な内憂外患をもたらすことなった。その要因として、革命を通じてウクライナ民族主義が大きく台頭したことがある。
 ウクライナ民族主義はソ連邦解体以後、独立ウクライナの根底に常在していた要素ではあるが、ロシアからの自立を志向した2014年革命の原動力ともなったことで、前面に浮上してきた。とりわけ、言語政策である。
 親露派ヤヌコーヴィチ政権はロシア語その他の少数言語を地域言語として承認する多言語法を制定していたところ―その最大の眼目はロシア語の承認にあった―、2014年革命はこの法律の廃止を導き、ウクライナ語を唯一の公用語とする単一言語政策への転換が図られた。
 こうしたウクライナ至上主義は、ロシア語話者の多いクリミア半島や東部ドンバス地方の強い反発を招いた。元来、これらの地域は西部の親欧派主導による革命に否定的であったが、革命後は明確に反革命派の拠点となった。
 中でも、元来からロシア系住民が多いため、ウクライナからの分離志向が強く、自治共和国としての特別な地位が認められていたクリミアの離反は決定的となり、革命直後から分離主義勢力が蜂起し、地方庁舎などを占拠した。
 3月には、クリミア議会が革命を支持した自治共和国首相を罷免し、親露派首相にすげかえると、ロシア軍がロシア人保護を名目として軍事介入する中、ロシアへの編入の是非を問う住民投票が実施され、96パーセントの賛成多数をもってロシアへの編入が決定された。
 しかし、このロシアの介入下での住民投票には公正さに疑問も持たれ、その後の併合プロセスを含め、ウクライナ中央政府と国際社会はクリミアのロシア編入を承認していない。
 一方、東部ドンバス地方はクリミア半島ほどではないが、やはりロシア語話者ないしロシア系住民の多いところで、ヤヌコーヴィチ前政権の支持基盤でもあったため、2014年革命には反発が強く、3月以降、親露派の反革命武装勢力が蜂起した。
 中でも、ドネツク州とルガンスク州の武装勢力は州庁舎を占拠して事実上の地方政権の樹立に成功、それぞれ「人民共和国」を称して実効支配を開始した。「人民共和国」といっても、実態はロシアの傀儡政権であり、最終的にはロシアへの編入を目指していると見られる。
 しかし、ウクライナ政府としても、石炭や鉄鋼などの産業基盤があるドンバス地方の分離・ロシア併合を容認するわけにはいかず、政府軍を投入して掃討作戦を展開したが、奪回できず、「ドンバス戦争」と呼ばれる長期内戦に突入した。
 一方、ポロシェンコ政権は「浄化政策」と銘打って、ヤヌコーヴィチ前政権下の高官の追放、さらには独立以前の旧ソ連共産党幹部の遡及的な追放にも及ぶ大々的な公職追放政策を断行したうえ、NATO加盟方針に傾斜した。こうした反露政策は、当然にもロシアを刺激した。
 ポロシェンコは周辺での汚職疑惑も響いて、再選を目指した2019年の大統領選では、ドンバス分離勢力への宥和政策も示したウォロディミル・ゼレンスキーに敗れたが、ゼレンスキーも対露関係の改善には成功せず、2022年からのロシアによるウクライナ侵略戦争につながっていく。
 こうして、2014年革命はウクライナに一定の民主主義を樹立したが、かえって国の地域分断と亡国危機を招き、世界情勢にも影響する地政学的な不安定要因を作出する結果となった。


コメント    この記事についてブログを書く
« 近代革命の社会力学(連載第... | トップ | 近代革命の社会力学(連載第... »