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戦後ファシズム史(連載最終回)

2016-08-17 | 〆戦後ファシズム史

第四部 現代型ファシズムの諸相

4‐5:アメリカン・ファシズム??
 本連載の最後は、アメリカン・ファシズムの可能性という意外すぎるテーマで締められる。従来、アメリカは個人主義と自由主義の国とされ、全体主義の極点とも言えるファシズムとは世界で最も相容れないとするのが通念であった。
 実際、アメリカにも従来、歴史的な人種差別を軸とした白人優越主義団体やナチスに共鳴するネオ・ナチ集団などは存在してきたが、これらが政党化されるようなことはなく、伝統的な共和/民主二大政党政の枠組みに大きな変化は見られない。
 ただ、21世紀に入って二大政党政内部で、元来右派を形成してきた共和党に変化の兆しが見えている。その岐路となったのは、アメリカ史上初めて本土中枢が攻撃された2001年の9・11事件である。
 この衝撃的事件の後、当時の共和党ジョージ・ブッシュ大統領は議会と協働してテロ対策に関する連邦法執行機関の権限を大幅に拡大する大規模な法律(テロリズムの阻止と回避のために必要とされる適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律)を策定した。
 この長大なタイトルを持つ法律は、通称「愛国者法」とも称されるように、9.11事件で喚起された愛国感情に依拠して、秘密裏の情報監視・取得や移民・外国人に対する監視と収容・送還を容易にする憲法上際どい法律であり、実質上は合衆国憲法の部分的停止法と言ってもよい内容を持つ秘密警察法規であった。
 そうした危険性から、当該法律をナチスが独裁制を固める土台とした「国民と国家を保護するための大統領令」になぞらえる向きさえあった。政令と法律の相違を無視したこの比喩はいささか大袈裟であったが、ブッシュ政権はこの法律とともに、これまたアメリカ史上初となる国内治安管理専門の官庁として国土保安省を設置して、治安管理政権としての性格を明確にした。
 これだけでブッシュ政権をファシズムと結びつけることはできないが、とはいえ、これほど管理主義的な政策を実行した米政権は過去になく、アメリカ史上異例の政権だったと言える。しかし、続く民主党バラク・オバマ大統領は2011年、実際上の観点から愛国者法の重要条項を4年間延長する法律の制定を主導しつつ、その期限切れを迎えた15年、通称米国自由法(正式名称は長大なため省略)の制定を主導し、愛国者法に大幅な修正を加え、人権上の配慮を行なった。
 愛国者法自体はオバマ政権下でも廃止されていないとはいえ、大きな修正が加わったのは、アメリカにおける伝統的な「自由主義」の牽制力が働いたためとも言えるが、これに対する反動として出現したのが、「不動産王」ドナルド・トランプが巻き起こす「トランプ現象」であった。
 現時点で共和党大統領選候補者に決定しているトランプは、テロ対策のための強硬な移民排斥を軸とする煽動的な主張で支持を集め、共和党の大統領候補者指名選挙を勝ち抜き、指名を獲得した。トランプは二大政党政の片割れである共和党から立候補しているものの、実質的には伝統的な共和党指導層の外部にある無党派的な立場であり、エリート支配に対する民衆―とりわけ白人労働者階層―の反感を巧みに刺激する形で、大統領候補者にのし上がったと言える。
 トランプはしばしば人種差別的な言動で波紋を呼んできたが、身内にユダヤ教徒がいることからも、反ユダヤ主義は封印しており、大衆の不安が強いテロや麻薬犯罪と結びつけた反イスラーム主義・反ヒスパニック主義を前面に押し出している。彼の反移民・米国第一主義の政策綱領は文字どおりに実現されれば、欧州における反移民国粋ファシズムの流れと呼応したものとなることは確実であり、「トランプ政権」の成立は欧州にも多大の影響を及ぼすだろう。
 実際のところ、「トランプ政権」の小さな予行演習とも取れる「政権」がすでにアリゾナ州に現れている。09年に州知事に就任した共和党ジャン・ブリュワー知事(女性)の下、不法移民の疑いがある者を官憲が職務質問、拘束することができることを軸とした全米でも最も厳格な移民法を成立させたのだ。
 この州法は12年に合衆国最高裁で違憲と判断され、15年にはブリュワー知事も任期切れをもって退任したが、当然にもブリュワーはトランプの移民政策を高く評価し、トランプ支持を表明している。
 アメリカン・ファシズムとも言うべき「トランプ政権」が現実のものとなるかどうか、現実のものとなったとして、その政策綱領を修正なしに実行できるかどうかは、アメリカにおける「自由主義」の牽制力がどこまで働くかにかかっているだろう。(連載終了)

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