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良心的裁判役拒否(連載第18回)

2012-01-20 | 〆良心的裁判役拒否

実践編:裁判役を拒否する方法を探る

第9章 超法規的に拒否する方法(続き)

(3)良心的守秘義務違反
 
今回は、本来の主題からは外れますが、裁判員経験者が自らの良心に従い、あえて守秘義務に違反して評議の秘密等を公表する「良心的守秘義務違反」の問題に触れておきたいと思います。
 裁判員制度施行後現在までのところ、このような事例は生じていないようですが、自らが関わった有罪判決に冤罪の疑いが生じてきた、あるいは冤罪として再審無罪が確定してしまったといった場合に、一審裁判当時無罪意見を述べながら有罪の多数意見に押し切られた元裁判員が良心の呵責を感じて自分は無罪意見を述べたという事実をメディアなどに公表し、自らも関与させられた有罪判決を批判するといった行動に出ることはあり得ます。
 しかし、理論編でも述べたように、守秘義務は自分自身を含む評議時の「裁判員の意見」から「事実の認定の当否」にも及ぶのですから、元裁判員が上のような行動に出れば、守秘義務違反の罪に問われ、最大で6ヶ月の懲役刑に処せられることになります。
 実は、裁判員制度施行前の職業裁判官裁判の時代に、同様の事態が生じたことがあります。元プロボクサーの袴田巌氏が勤務先であった会社の専務一家を殺害し金品を奪ったとして、強盗殺人等の罪に問われ、最高裁でも死刑判決が確定しながら、現在では戦後の代表的な冤罪事件として再審開始が待たれている「袴田事件」をめぐって、この事件の第一審死刑判決(昭和43年静岡地裁判決)に陪席裁判官として関与した元判事の熊本典道氏が、当時自分は無罪の意見を述べたが、2:1の評決で有罪・死刑判決の結果となったという事実を記者会見して公表したのです。そのうえで、熊本氏は当時の一審判決は誤りだったとも明言し、同事件の再審支援を表明しました。
 ちなみに、袴田氏は昭和55年に死刑判決が確定した後、精神に変調を来たし、正常なコミュニケーションができない状態が現在も続いているということで、冤罪の重圧が当事者の精神障碍まで引き起こした点でも最も悲劇的な冤罪事件の一つです。
 さて、このような異例の、しかし良心的な行動に出た熊本元判事は守秘義務違反の罪に問われないのかというと、何の咎めもありません。職業裁判官は裁判員のような形で法律上守秘義務を課せられていないからです。これも不公平な話ですが、職業裁判官の場合は評議の秘密を一生涯守り通すことが職業上の不文律となっており、わざわざ罰則を置いて取り締まるまでもないと考えられているようです。
 ただ、法律上守秘義務を課せられる裁判員の場合にあっても、良心的守秘義務違反は、良心的裁判役拒否と同様に、思想良心の自由の発露ですから、形式上守秘義務の罪を構成するからといって、直ちに処罰されるべきではありません。金銭目的などでなく、真摯な気持ちから自らの良心に従ってあえて守秘義務を破ったと認められる限り、社会的にも正当な行為として、そもそも不起訴とされるべきでしょう。
 同様に、そのような元裁判員に接触して談話を取り、公表に協力したジャーナリストその他の表現者も共犯の罪に問われるべきではありません。

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