先般、家内と高台寺を訪れました。
ここ高台寺は、秀吉の菩提を弔うため、北政所(ねね)が
1606年(慶長11年)に開創したお寺です。
高台寺の西側に「ねねの道」があります。
この地で余生を送った、北政所ねね様が歩いた道です。
今ではこの道は、観光客でいっぱいです。
時々、舞妓さんの姿も見かけます。
若い娘さんが、舞妓さんの衣装を着て街歩きを楽しんでいるようです。
高台寺を入ってすぐの所に、お茶席「遺芳庵」があります。
風雅な腰掛待合。
こちらは重文の開山堂です。
高台寺第一世の住持、三江禅師を祀る塔所です。
開山堂の格子天井には、
秀吉の御座船の天井が使われているそうです。
方丈から見たお庭。
こちらは開山堂と霊屋を結ぶ階段です。
龍の背中に似ている所から、臥龍廊と呼ばれています。
臥龍廊を上から見た図です。
昔この階段を歩いた覚えがありますが、
今は老朽化しており、通行禁止になっていました。
さすがに豊臣家ゆかりのお寺です。
瓦には、きっちり五七の桐が彫られています。
秀吉とねねを祀る霊屋の東に、重文のお茶席「傘亭」があります。
利休の意匠によるお茶席で、伏見から移築されたものだそうです。
この入り口は、小船を着けるためのものだそうです。
伏見では川沿いに建てられていたのでしょうか。
同じく国の重要文化財の、お茶席「時雨亭」です。
珍しい2階建てのお茶室です。
出口近くに、現役のお茶席がありました。
シュウメイ菊が、頼りなさそうに揺れていました。
ここ高台寺は、秀吉の菩提を弔うため、北政所(ねね)が
1606年(慶長11年)に開創したお寺です。
高台寺の西側に「ねねの道」があります。
この地で余生を送った、北政所ねね様が歩いた道です。
今ではこの道は、観光客でいっぱいです。
時々、舞妓さんの姿も見かけます。
若い娘さんが、舞妓さんの衣装を着て街歩きを楽しんでいるようです。
高台寺を入ってすぐの所に、お茶席「遺芳庵」があります。
風雅な腰掛待合。
こちらは重文の開山堂です。
高台寺第一世の住持、三江禅師を祀る塔所です。
開山堂の格子天井には、
秀吉の御座船の天井が使われているそうです。
方丈から見たお庭。
こちらは開山堂と霊屋を結ぶ階段です。
龍の背中に似ている所から、臥龍廊と呼ばれています。
臥龍廊を上から見た図です。
昔この階段を歩いた覚えがありますが、
今は老朽化しており、通行禁止になっていました。
さすがに豊臣家ゆかりのお寺です。
瓦には、きっちり五七の桐が彫られています。
秀吉とねねを祀る霊屋の東に、重文のお茶席「傘亭」があります。
利休の意匠によるお茶席で、伏見から移築されたものだそうです。
この入り口は、小船を着けるためのものだそうです。
伏見では川沿いに建てられていたのでしょうか。
同じく国の重要文化財の、お茶席「時雨亭」です。
珍しい2階建てのお茶室です。
出口近くに、現役のお茶席がありました。
シュウメイ菊が、頼りなさそうに揺れていました。
昼間の姿しか知りませんでしたのでその幽玄の世界を堪能いたしました。
また私ごとで申し訳ありませんがkiteさまのロンドンのページをほとんど全部読ませていただきました。私の娘がやはりロンドンの郊外に2年間住んでいた時(3年前です)何度も一人で訪れてあちこち歩いた日のことを懐かしく思い出しながら写真に見惚れました。
結婚式をベイスウォーター教会で挙げそのあとサボイホテルで食事会をしました。
ハーマジェスティーシアターで何度もミュージカルを見たり・・・
本当に楽しかった日々がよみがえりました。記憶の扉を開けてくださったことに心から感謝いたします。有難うございました。
結婚式の後の食事がSavoyとは豪華ですね。名門中の名門ホテルですね。私はEmbankment Gardenの木の間越しに、恐る恐る眺めただけです。
ピカデリー・サーカス界隈にはHer Majesty's他沢山の劇場が並んでいますね。ミュージカルが理解出来ない私は、このあたりも劇場の看板をただ見て歩くだけでした。
ごん魔女さんのお陰で、楽しかったロンドンの思い出に飛ぶ事が出来ました。こちらこそ感謝です。