コンサルタントのためのコンサルタントが、長年の経験に基づき、経営やコンサルティングに関し、毎日複数のブログでお役立ち

戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本で最初にできた「経営士」資格付与と育成の経営コンサルタント団体

【カシャリ!ひとり旅】 福島 吾妻連峰を借景に池泉廻遊式日本庭園「浄楽園」を巡る

2022-05-19 15:58:58 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島 吾妻連峰を借景に池泉廻遊式日本庭園「浄楽園」を巡る

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

■■ 福島県福島市 温泉と果物の街

 

   https://www.city.fukushima.fukushima.jp/

■ 地理


 福島市は、福島県の北東部に位置し、猪苗代湖から北東へ約50km、東京から北へ約260kmのところに位置しています。

 福島県中通りの北部に位置する市で、県庁所在地であり、中核市に指定されています。

 西側の奥羽山脈と東側の阿武隈高地に挟まれた福島盆地の南西部分とその周辺の山岳・丘陵地域が主な市域です。市内からは西に吾妻連峰を、南西に安達太良山を仰ぐことができます。

 北流する阿武隈川を中心に福島盆地を形成していていて、奥羽山脈を源とする摺上川、松川、荒川等がそれぞれ市西部に扇状地をつくりながら東流し阿武隈川に注いでいます。

 福島市は日本海側と太平洋側の中間の気候であり、夏と冬で気温差の激しい盆地特有の内陸性気候の特徴を示しています。

■ 歴史
 

 江戸時代以前より、福島城(杉妻城、大仏城)の城下町として町並みを形成してきました。福島藩時代には、幕府直轄領、本多家(徳川四天王本多忠勝の一族)、堀田家(老中を多く輩出した家)と藩主が変わりました。

 江戸中期になると徳川将軍家との関係が深い重昌流板倉家が治めることになり、福島藩は会津藩に次ぐ石高を有しました。

■ 産業
 

 明治以降の福島は蚕種、生糸、織物の集散地として栄え、日本銀行の支店を函館に続き東日本で2番目(全国7番目)に開設しました。

 1990年代には、東北新幹線と山形新幹線が福島駅で分岐することになり、また2020年代には東北自動車道と東北中央自動車道が交わるという、交通の要所でもあります。

 第一次産業の面では、福島県内第1位の農業産出額です。特に全国有数の収穫量を誇る桃をはじめ、梨など果樹の栽培が盛んで「果物王国」の異名を持っています。

 観光の面では山の名所が点在し、個性ある温泉街を複数抱えています。東北地方唯一のJRA福島競馬場を有し、経済面で寄与しています。

 日本一の大きいわらじを担ぐ祭事の信夫三山暁まいり(わらじまつり)が有名です。

 山の名所としては、国立公園にも指定を受けている浄土平から福島のシンボルともいえる吾妻小富士のお鉢巡りがあります。市街地からほど近くで福島盆地を見渡せる信夫山や、花見の名所でもあり「福島に桃源郷あり」とも唄われる花見山公園もあります。

 福島市内に代表的な温泉街が3か所あります。その代表が、ヤマトタケルが残る古い歴史を有する古湯である飯坂温泉です。また、全国有数の高濃度硫黄泉で知られる高湯温泉、伝統工芸品のこけし発祥地として有名な土湯温泉があります。

 令和初期の時点で福島市で唯一の名誉市民であり、昭和時代に数多くの行進曲、応援歌、校歌を手掛けた作曲家である古関裕而の出身地としても知られています。

 

■ アクセス

 

【東北新幹線】東京から:1時間32分 仙台から:25分
【山形新幹線】山形から:1時間

【東北自動車道】浦和ICから福島西ICまで:3時間

 

■ 「浄楽園」 吾妻連峰を借景に池泉廻遊式日本庭園

   http://www.jyourakuen.jp/

 

 福島市街地から、車で20分ほどの所に位置します。

 

 福島県の名峰・吾妻連峰の四季を背景にした室町時代の趣をもつ池泉廻遊式庭園です。

 

 約2万5千平方メートルの広大な敷地に赤松、五葉松、さくらなどの樹木とあやめ、睡蓮、石楠花など花々にいろいろな形状の石を主体にした庭園です。


 野鳥の声を聞きながら、四季折々の花を鑑賞できます。

 

 〒960-2151 福島県福島市桜本字荒神38(アクセス)
 TEL 024-591-1304

◆開園期間 3月20日(年により異なる)~11月30日 (※開園期間中は無休)
◆開園時間 9:00~17:00(10月以降は16:30)
◆入場料 大人 500円 団体割引(20名様以上)450円 子供及び障害者 250円

アクセス

バス:JR福島駅西口バスターミナルより
   →福島交通(水保・土船行き)→原の町下車→徒歩10分
   →福島交通(高湯・上姥堂行き)→中谷地下車→徒歩15分

車 :東北自動車道 福島西ICから約15分
   国道115号線を土湯方面へ、フルーツラインを右へ入り進行方向左側
   看板を目印においでください。
 

 

 

 遠くに、雪をかぶる吾妻連峰を背景に、福島を代表するももの花、

それにアクセントを付けているのがレンギョウです。
 浄楽園には、福島西ICから車で約15分で行けます。

国道115号線を土湯方面へ向かい、フルーツラインを右折しますと

進行方向左側に浄楽園を示す看板があります。
 

 

浄楽園の案内板に従って道を折れますと、

遠くに桜がこんもりと茂っているのが見えます。

大型バスも駐車できる、広く、桜に囲まれた駐車場が、

浄楽園の人気を物語っています。

 

 

 浄楽園は、福島三桜の一つに数えられる桜の名園でもあります。
 入口を入ると正面に立派なしだれ桜がデンと構えて、

思わず「おー」という声を漏らしてしまいました。

 福島の三大桜というのは、ここ浄楽園のほか、

白河の南湖や松川の桜が含まれます。

福島市内には、花見山公園や信夫山公園、

また、福島市の東には、

日本三大桜のひとつであります「三春の滝桜」があります。
 

 

 浄楽園のハイライトであります、たくさんの石を擁した、

廻遊式の池に続く道には、

石楠花をはじめ、いろいろな花が、道端を飾っています。
 

面積約25.000平方メートルに赤松・五葉松・石を主体にした、

池泉廻遊式純日本庭園です。

金閣寺などを手がける一流庭師により、

十余年の歳月をかけて完成したそうです。
 

 

 

立派な建物の四阿や、休憩所には、

赤い傘や赤毛氈が敷かれています。
休憩所で、お菓子のついたお抹茶を一服いただきました。

 

 休憩所の前には、筧がかかり、苔むした岩に流れ落ちています。

流れ落ちる音が、心に安らぎを醸し出してくれました。


 緑の松や四季折々の花を愛でながら、野鳥の声も楽しめます。

さらに奥に進みますと、いろいろな形をした石が水辺に配されています。
 

 

 池を半周したあたりから、先ほど一服のお茶を嗜んだ休憩所や四阿が、

チラリチラリと姿を現します。
 松と池だけでも、日常の風景とは異なり、心が安らぎますのに、

その上、松、岩、池にこれらの建物の組み合わせが次々と変化し、

絵になる景色の連続をもたらせてくれます。

 

 

 

 池の広いところに出てきました。
 空の青と、松の緑が水面に映っています。

 いろいろな形をした石が、処々に配されています。
 オヤッと、思う様な形をした、大きな石も見えます。

浄楽園は、金閣寺の庭園を手がけたりしている

玉根徳四郎さんが作庭したからでしょうか、

室町時代的な池泉廻遊式庭園の良さを感じさせてくれます。
 

 

福島の名峰・吾妻連峰を借景とした浄楽園も見納めです。

 

 

池泉廻遊式庭園「浄楽園」

↑ クリック

 

100数十枚の写真や動画を10余分にまとめ

ユーチューブにアップロードしました。

 

 

 

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島県 飯坂温泉 東京から二時間半 奥州三名湯の一つ

2022-05-14 13:17:02 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島県 飯坂温泉 東京から二時間半 奥州三名湯の一つ 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 温泉と果物の街

 

   https://www.city.fukushima.fukushima.jp/

■ 地理


 福島市は、福島県の北東部に位置し、猪苗代湖から北東へ約50km、東京から北へ約260kmのところに位置しています。

 福島県中通りの北部に位置する市で、県庁所在地であり、中核市に指定されています。

 西側の奥羽山脈と東側の阿武隈高地に挟まれた福島盆地の南西部分とその周辺の山岳・丘陵地域が主な市域です。市内からは西に吾妻連峰を、南西に安達太良山を仰ぐことができます。

 北流する阿武隈川を中心に福島盆地を形成していていて、奥羽山脈を源とする摺上川、松川、荒川等がそれぞれ市西部に扇状地をつくりながら東流し阿武隈川に注いでいます。

 福島市は日本海側と太平洋側の中間の気候であり、夏と冬で気温差の激しい盆地特有の内陸性気候の特徴を示しています。

■ 歴史
 

 江戸時代以前より、福島城(杉妻城、大仏城)の城下町として町並みを形成してきました。福島藩時代には、幕府直轄領、本多家(徳川四天王本多忠勝の一族)、堀田家(老中を多く輩出した家)と藩主が変わりました。

 江戸中期になると徳川将軍家との関係が深い重昌流板倉家が治めることになり、福島藩は会津藩に次ぐ石高を有しました。

■ 産業
 

 明治以降の福島は蚕種、生糸、織物の集散地として栄え、日本銀行の支店を函館に続き東日本で2番目(全国7番目)に開設しました。

 1990年代には、東北新幹線と山形新幹線が福島駅で分岐することになり、また2020年代には東北自動車道と東北中央自動車道が交わるという、交通の要所でもあります。

 第一次産業の面では、福島県内第1位の農業産出額です。特に全国有数の収穫量を誇る桃をはじめ、梨など果樹の栽培が盛んで「果物王国」の異名を持っています。

 観光の面では山の名所が点在し、個性ある温泉街を複数抱えています。東北地方唯一のJRA福島競馬場を有し、経済面で寄与しています。

 日本一の大きいわらじを担ぐ祭事の信夫三山暁まいり(わらじまつり)が有名です。

 山の名所としては、国立公園にも指定を受けている浄土平から福島のシンボルともいえる吾妻小富士のお鉢巡りがあります。市街地からほど近くで福島盆地を見渡せる信夫山や、花見の名所でもあり「福島に桃源郷あり」とも唄われる花見山公園もあります。

 福島市内に代表的な温泉街が3か所あります。その代表が、ヤマトタケルが残る古い歴史を有する古湯である飯坂温泉です。また、全国有数の高濃度硫黄泉で知られる高湯温泉、伝統工芸品のこけし発祥地として有名な土湯温泉があります。

 令和初期の時点で福島市で唯一の名誉市民であり、昭和時代に数多くの行進曲、応援歌、校歌を手掛けた作曲家である古関裕而の出身地としても知られています。

 

■ アクセス

 

【東北新幹線】東京から:1時間32分 仙台から:25分
【山形新幹線】山形から:1時間

【東北自動車道】浦和ICから福島西ICまで:3時間

 

■ 飯坂温泉 奥州三名湯の一つ

     https://iizaka.com/

 

 飯坂温泉は、奥羽(東北)地方有数の古湯であり、古くは「鯖湖の湯」と呼ばれました。鳴子・秋保とともに「奥州三名湯」に数えられています。

 その歴史をたどりますと、すでに2世紀頃には日本武尊が東征の折に、また、1689年には、俳聖・松尾芭蕉が、奥の細道の途中に立ち寄ったと伝わる歴史と伝統のある温泉地です。

■ 飯坂温泉へのアクセス
 

 福島市内から、福島電鉄飯坂線に20分強乗り、終点の飯坂温泉駅で下車します。東京駅から東北新幹線を利用した場合でも、乗り換え1回で到着です。スムーズな乗り継ぎですと、2時間半程のアクセスの良さも特徴の一つです。

 車では、福島市内から約20分、東北自動車道福島飯坂インターチェンジから約15分と、車でも便利です。

 

■ 飯坂温泉街観光

 

 飯坂温泉といいますと、知名度は結構高いですが、温泉街は、それほど広くはありません。花ももの里や医王寺など、温泉街から少々離れた場所を覗けば、徒歩で充分に回りきれます。

 健脚な方はレンタサイクルを利用するという方法も考えられます。飯“坂”温泉は地名の通り、坂の多い街ですが、電動アシスト自転車もありますので、体力にあまり自信がないひとでも、なんとかなるかもしれません。

 逆に、脚に自信のない方は、温泉街がそれほど広くはありませんので、点と点をタクシーで結ぶという方法も良いでしょう。

 


 

飯坂温泉駅

 

 飯坂温泉へは、JR福島駅から福島交通飯坂線「いい電」で約25分で到着します。電車の本数は多くありませんので、時刻表で確認しておきますと待ち時間を抑えることができます。

 ラッシュ時以外は、二両編成など短い編成の電車が単線を走ります。車窓からはレトロな駅舎や民家の玄関に直接繋がるかのような、遮断機のない踏切も見られるほど、沿線住民には身近な交通手段です。

 車窓からは、田園や桜並木などが見え、都会ではなかなか見ることのできない風景の中を駆け抜けていきます。

 医王寺など沿線の場所にもよりたいという人には、「1日フリー乗車券」がお薦めです。同行する子供の運賃が含まれている切符もあります。入浴券とセットになっている乗車券や観光地の一部がセットになっているものもあります。目的に応じて、どの様な切符が良いのかを検討することをお薦めします。
 

飯坂温泉駅前広場・観光協会

 飯坂温泉駅前広場では、松尾芭蕉の銅像がお出迎えをしてくれます。温泉街の中にのも、芭蕉ゆかりの史跡が点在しています。

 あまり大きな温泉街ではありませんが、駅前広場前の交差点にはす向かいにある観光協会で、飯坂温泉の地図をいただくとよろしいでしょう。
 

十網橋 とつなばし


 飯坂温泉駅に着くと、まず眼に入るのが、阿武隈川の支流の一つ、摺上川にかかる十綱橋とその下流にある堰です。十綱橋は、大正4年に建設された日本最古級の鋼製アーチ橋で飯坂温泉のシンボル的な存在です。

 十綱橋完成前には、10本の鉄線で支えられた吊り橋が架かっていました。それが、十綱橋命名の原点だそうです。

 

飯坂温泉駅前広場に立つ松尾芭蕉像

奥が十綱橋(とつなばし)

 

鯖湖湯・鯖子神社・足湯

 

 飯坂温泉には、複数の共同浴場があります。飯坂温泉のシンボルともいえる「鯖湖湯(さばこゆ)」が、駅を起点に徒歩で10分も行かないところにあります。明治時代の造りを再現した外観は、一見の価値があります。脱衣所と浴場に仕切り扉がない内観も、昔ながらの湯治場の雰囲気が抜群で趣があると言われています。

 ここ鯖湖湯は、松尾芭蕉が入浴したとも伝えられ、また飯坂温泉の発祥の地でもあります。

 ただし、源泉の温度は51度で、浴槽の平均湯温は46~47度あります。ちょっと無理かなという人は、隣にあります「あ-しあわせの湯」という足湯がお薦めです。

 足湯のすぐ隣には鯖湖神社があり、飯坂温泉発祥の地碑も建っています。
 

 

左:鯖湖湯 右:鯖子神社・足湯

 

旧堀切邸

 旧堀切邸は、江戸時代から続いていた豪農・豪商の旧家です。

 県内最古の土蔵であります「十間蔵」をはじめ、歴史的価値の高い建物が無料開放されていて、間近で見学することができます。

 邸内には源泉掛け流しの「足湯・手湯」もあり、リラックスしながらのんびり美しい庭園を眺めることができます。

 主屋に隣接する「新蔵」「中の蔵」「道具蔵」には展示スペースもあり、文化伝承の場となっています。

 また、邸内には車いすのかたも利用できる「足湯・手湯」があり、源泉掛け流しの温泉でリラックスしながら、美しい庭園を眺めることができる憩いの場所となっています。

 他にも、年間を通して色々なイベントが開催されているので、是非チェックしてみてください。
 

 

旧堀切邸 表門

 

波来湯 はこゆ

 温泉街をぐるりと回り、駅の方向に向かって歩き出しますと、神社仏閣風の和風の外観をした、ユニークな建物が見えてきました。平成23年(2011年)に改築されました。

 共同浴場の「波来湯(はこゆ)」です。飯坂温泉駅からは、5分足らずで来ることができます。

 波来湯は、開湯以来1,200年もの歴史があるとされています。おおよその開業年代が分かる共同浴場としては、飯坂温泉最古の共同浴場といっても過言ではないでしょう。

 熱めの湯が特徴的な飯坂温泉ですが、ここは飯坂ならではの45度くらいの源泉掛け流しの熱い湯と、適温に調整された42度くらいの温かい湯の2つの湯船があります。

 他の共同浴場で熱いお湯に挑戦したけど、熱過ぎて入れないという人でも、ここなら入ることができるでしょう。浴室は、地下1階にあり、摺上川(すりかみがわ)の流れる音を聴きなから温泉を楽しめます。

 波来湯の隣には波来湯公園もあり、波来薬師や乙和の清水といった史跡の他、足湯もできます。
 

 

共同浴場 波来湯

 

花ももの里
  https://iizaka.com/join/hanamomonosato/

『飯坂温泉花ももの里』は、元宇都宮大学農学部教授・吉田雅夫氏の指導により、同大学との共同研究として、平成15年秋に市有地を借り受けたのが、開園の契機です。

 吉田氏が世界中から集めた40品種を、40アールの敷地に約200本植栽し、平成19年にオープンしました。

 令和4年3月現在、敷地80アール、花桃の本数約300本にまで規模が拡大しました。

 いろいろな樹姿や色、花弁をしたももの樹があります。
 

 

 

医王寺 いおうじ
   https://www.iou-ji.or.jp/

 医王寺(醫王寺:いおうじ)は、山号を瑠璃光山といい、薬師如来の別称であります「医王」を寺号としています。

 飯坂温泉駅から2つ福島駅よりの無人駅です。駅からは、ほぼ一直線で、20分ほど歩きますと医王寺の道しるべを右折してすぐのところにあります。

 平安時代天長三年(八二六)に開基されました。奈良県の長谷寺を総本山とする真言宗豊山派の寺院です。弘法大師をおまつりし、古くより鯖野薬師と呼ばれ親しまれています。

 奥州藤原氏の一門であり、飯坂をおさめていた佐藤一族の菩提寺でもあります。奥州三十三観音特別霊場にもなっています。

 医王寺境内には、弘法大師(空海)御作の薬師如来をまつった本堂や薬師堂をはじめ、松尾芭蕉の句碑、また平安時代末の信夫荘司佐藤基治公、乙和御前、佐藤継信・忠信兄弟の墓石や、源義経、武蔵坊弁慶、佐藤継信・忠信兄弟にまつわる寺宝などもあります。奥の院薬師堂には、薬師如来がお祀りされています。

 福島市飯坂町に温泉を発見した鯖湖親王を祭るお宮があったので、このあたりの地域名が鯖野になりました。この薬師如来は、「鯖野の薬師様」と呼ばれ、古くから数多くの人々の信仰を集めているそうです。
 

 

 

 

 私は、温泉旅館で一泊しましたが、福島駅から日帰りでも楽しむことができます。ただし、飯坂温泉を訪れたら欠かすことができないのが、温泉街からはちょっと離れていますが、医王寺や花ももの里なども訪れることをお薦めします。こちらも回るには、是非、飯坂温泉に一泊して、温泉も楽しんでほしいです。

 時間的に無理な方は、鯖湖湯など、温泉街に数カ所あります日帰り温泉に浸かって日頃の疲れを癒やしていただきたいと思います。

 

■ カシャリ! ひとり旅

 

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」14 花見山を下る 

2022-05-13 16:13:54 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」14 花見山を下る 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 桃源郷「花見山公園」

   http://www.hanamiyamakoen.jp/

 

 

 日本を代表する写真家 故 秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と言って、毎年訪れるほどの花の名所です。

 1926(大正15)年に、阿部伊勢次郎は、養蚕農家の副業として花の栽培を始めました。昭和11年、「雑木山を花の山にしたい」と思うようになり、少しずつ植え続け、いつしか人に見せたいと思うほどの山になりました。

 ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 頂上での吾妻連峰と花々のコントラストは、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 個人の生計のためが、いつしか人々に花を愛でて欲しいという気持ちに変わり、その強い思いが、花を見る山「花見山公園」に変わったのです。

■ アクセス
 

 花の季節には、臨時の直行バスが走り、多くの人を運んでいます。一方、その他の季節は、路線バスで行き、バス停からは徒歩で行かなければなりません。訪れる時期と愛でる花の種類、バスサービスとの関係を事前に調べることをお勧めします。

 

 臨時直行便バスに乗りますと15分程で到着し、そこから歩きます。

 路線バスの場合には、福島駅東口乗り場「8番」で福島交通05-0系統に11分乗り、花見山入口で下車し、徒歩で25分ほどかかります。

 

 

体力と時間にあわせて3つのコースから選べます

 

花見山公園は、サクラの名所です。

しかし、桜だけではありません。

ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、

レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、

百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 

花見山の展望所

 

 

花見山は、コースにより見学時間が異なります。

短いコースですと30分くらいで回れますが

脚に自信のない方はゆっくりと回ることをお薦めします。

長いコースは、頂上制覇の60分。

右の白いサクラは、紅葉李という珍しい品種

 

桃源郷から下界が見えるところまで下ってきました。

 

蓮池

サクラの季節には何もありませんが、

6~7月には蓮や睡蓮が咲くそうです。

 

蓮池の下はチューリップ畑

 

チューリップ畑には、鯉のぼり

風の穏やかな日でしたので、

泳がずにひなたぼっこをしてました。

 

花見山公園の入口の日本庭園に戻ってきました

 

 

宝船の乗った七福神の石像

 

レンギョウとサクラのコントラストを見ながら帰りの道です。

 

車道を通って駐車場方向へ

 

再び、下界にもどると

そこもまた桃源郷のように花が咲いていました。

 

花見山公園をお楽しみいただけましたでしょうか。

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」13 花見山公園に入る

2022-05-10 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」13 花見山公園に入る 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 桃源郷「花見山公園」

   http://www.hanamiyamakoen.jp/

 

 

 日本を代表する写真家 故 秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と言って、毎年訪れるほどの花の名所です。

 1926(大正15)年に、阿部伊勢次郎は、養蚕農家の副業として花の栽培を始めました。昭和11年、「雑木山を花の山にしたい」と思うようになり、少しずつ植え続け、いつしか人に見せたいと思うほどの山になりました。

 ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 頂上での吾妻連峰と花々のコントラストは、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 個人の生計のためが、いつしか人々に花を愛でて欲しいという気持ちに変わり、その強い思いが、花を見る山「花見山公園」に変わったのです。

■ アクセス
 

 花の季節には、臨時の直行バスが走り、多くの人を運んでいます。一方、その他の季節は、路線バスで行き、バス停からは徒歩で行かなければなりません。訪れる時期と愛でる花の種類、バスサービスとの関係を事前に調べることをお勧めします。

 

 臨時直行便バスに乗りますと15分程で到着し、そこから歩きます。

 路線バスの場合には、福島駅東口乗り場「8番」で福島交通05-0系統に11分乗り、花見山入口で下車し、徒歩で25分ほどかかります。

 

 

体力と時間にあわせて3つのコースから選べます

 

花見山公園は、サクラの名所です。

しかし、桜だけではありません。

ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、

レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、

百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 

次第に高さを増してきますと

桃源郷に入って来た実感が高まります。

 

 桃源郷(とうげんきょう)とは、俗界を離れた他界・仙境のことで、陶淵明の作品『桃花源記』が出処になっています。

 

 一度踏み込んだ桃源郷へは、二度と訪れることができないと言われています。

 

 しばしばユートピアとの比較をされますが、桃源郷は、ユートピアとは似て非なるものと言われています。

 

  ユートピアは、トマス・モアの思想書に由来します。ユートピアは、遠く離れた島国という設定ですが、全く到達不可能な夢幻としてではなく、到達可能なものとして描かれています。すなわち、理想社会を実現しようと努力すれば実現可能であるという考えです。それが、社会主義国家であると説いています。

 

 それに対して、桃源郷は、「理想社会の実現は不可能である」という考えが基本です。中国史上稀に見る混乱期の中、人々は苦悩と悲劇に満ちた現実から逃避しようとします。しかし、そこから逃れることはできないと陶淵明は言っています。

 

 桃源郷に至れば、すばらしい新世界を見ることができるのでしょうが、二度と現世に戻ることはできないそうです。

 

あなたは、桃源郷に踏み込みますか?<笑い>

 

随所に休憩できるところがあります。

 

赤やピンク、白、薄い緑など、種々の桜

 

モクレンの白は、桜の白とはまた異なります。

 

 

椿も、いろいろな色をしています。

 

可愛い花ですね。

色は異なりますが、高山植物のコマクサを

一回り大きくしたような花です。

 

福島市街地でもレンギョウが多数見られます

 

 

高さを増してきますと、向かいの峰野桜も見えるようになります。

 

桜越に吾妻連峰も見えてきました。

 

雪をかぶる吾妻連峰

 

雪の下の道は、下りの始まりです

 

右の白いサクラは、紅葉李という珍しい品種

 

さらに下りますともも林が、

濃いめのピンクで迎えてくれました。

遠くで鶯が、ホーホケキョ

 

 

< 花見山公園は続きがあります >

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」12 桃源郷の入口付近 

2022-05-08 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」12 桃源郷の入口付近 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 桃源郷「花見山公園」

   http://www.hanamiyamakoen.jp/

 

 

 日本を代表する写真家 故 秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と言って、毎年訪れるほどの花の名所です。

 1926(大正15)年に、阿部伊勢次郎は、養蚕農家の副業として花の栽培を始めました。昭和11年、「雑木山を花の山にしたい」と思うようになり、少しずつ植え続け、いつしか人に見せたいと思うほどの山になりました。

 ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 頂上での吾妻連峰と花々のコントラストは、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 個人の生計のためが、いつしか人々に花を愛でて欲しいという気持ちに変わり、その強い思いが、花を見る山「花見山公園」に変わったのです。

■ アクセス
 

 花の季節には、臨時の直行バスが走り、多くの人を運んでいます。一方、その他の季節は、路線バスで行き、バス停からは徒歩で行かなければなりません。訪れる時期と愛でる花の種類、バスサービスとの関係を事前に調べることをお勧めします。

 

 臨時直行便バスに乗りますと15分程で到着し、そこから歩きます。

 路線バスの場合には、福島駅東口乗り場「8番」で福島交通05-0系統に11分乗り、花見山入口で下車し、徒歩で25分ほどかかります。

 

 

体力と時間にあわせて3つのコースから選べます

 

花見山公園は、サクラの名所です。

しかし、桜だけではありません。

ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、

レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、

百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 

 

桃源郷への道を進み、花見山公園の入口近くになりますと

桜の数も増えてきました。

全山、桜のピンク

 

サクラと菜の花の組み合わせは、双方を引き立てますね

 

モクレンも、桜に負けずに競い合っていました。

 

花見山公園の入口にようやくたどり着きました。

赤い橋が、景色をもり立てています。

 

入口を入ると日本庭園が迎えてくれました。

赤い橋は、その一部です。

 

石灯籠は、日本庭園らしさを強めてくれます。

 

鈴木正治の句碑

正治は、福島県現代俳句協会の重鎮

 

 

トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノなど

さまざまな桜が植えられていますが、

しだれ桜は、やさしさを加えてくれます。

 

 

< 花見山公園は続きがあります >

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」12 桃源郷の入口付近 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 桃源郷「花見山公園」

   http://www.hanamiyamakoen.jp/

 

 

 日本を代表する写真家 故 秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と言って、毎年訪れるほどの花の名所です。

 1926(大正15)年に、阿部伊勢次郎は、養蚕農家の副業として花の栽培を始めました。昭和11年、「雑木山を花の山にしたい」と思うようになり、少しずつ植え続け、いつしか人に見せたいと思うほどの山になりました。

 ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 頂上での吾妻連峰と花々のコントラストは、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 個人の生計のためが、いつしか人々に花を愛でて欲しいという気持ちに変わり、その強い思いが、花を見る山「花見山公園」に変わったのです。

■ アクセス
 

 花の季節には、臨時の直行バスが走り、多くの人を運んでいます。一方、その他の季節は、路線バスで行き、バス停からは徒歩で行かなければなりません。訪れる時期と愛でる花の種類、バスサービスとの関係を事前に調べることをお勧めします。

 

 臨時直行便バスに乗りますと15分程で到着し、そこから歩きます。

 路線バスの場合には、福島駅東口乗り場「8番」で福島交通05-0系統に11分乗り、花見山入口で下車し、徒歩で25分ほどかかります。

 

 

体力と時間にあわせて3つのコースから選べます

 

花見山公園は、サクラの名所です。

しかし、桜だけではありません。

ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、

レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、

百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 

 

桃源郷への道を進み、花見山公園の入口近くになりますと

桜の数も増えてきました。

全山、桜のピンク

 

サクラと菜の花の組み合わせは、双方を引き立てますね

 

モクレンも、桜に負けずに競い合っていました。

 

花見山公園の入口にようやくたどり着きました。

赤い橋が、景色をもり立てています。

 

入口を入ると日本庭園が迎えてくれました。

赤い橋は、その一部です。

 

石灯籠は、日本庭園らしさを強めてくれます。

 

鈴木正治の句碑

正治は、福島県現代俳句協会の重鎮

 

 

トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノなど

さまざまな桜が植えられていますが、

しだれ桜は、やさしさを加えてくれます。

 

 

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■ カシャリ! ひとり旅

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島市 浄楽園 東北を代表する水・緑・花の池泉廻遊式庭園

2022-05-07 10:56:47 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 浄楽園 東北を代表する水・緑・花の池泉廻遊式庭園 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 温泉と果物の街

 

   https://www.city.fukushima.fukushima.jp/

■ 地理


 福島市は、福島県の北東部に位置し、猪苗代湖から北東へ約50km、東京から北へ約260kmのところに位置しています。

 福島県中通りの北部に位置する市で、県庁所在地であり、中核市に指定されています。

 西側の奥羽山脈と東側の阿武隈高地に挟まれた福島盆地の南西部分とその周辺の山岳・丘陵地域が主な市域です。市内からは西に吾妻連峰を、南西に安達太良山を仰ぐことができます。

 北流する阿武隈川を中心に福島盆地を形成していていて、奥羽山脈を源とする摺上川、松川、荒川等がそれぞれ市西部に扇状地をつくりながら東流し阿武隈川に注いでいます。

 福島市は日本海側と太平洋側の中間の気候であり、夏と冬で気温差の激しい盆地特有の内陸性気候の特徴を示しています。

■ 歴史
 

 江戸時代以前より、福島城(杉妻城、大仏城)の城下町として町並みを形成してきました。福島藩時代には、幕府直轄領、本多家(徳川四天王本多忠勝の一族)、堀田家(老中を多く輩出した家)と藩主が変わりました。

 江戸中期になると徳川将軍家との関係が深い重昌流板倉家が治めることになり、福島藩は会津藩に次ぐ石高を有しました。

■ 産業
 

 明治以降の福島は蚕種、生糸、織物の集散地として栄え、日本銀行の支店を函館に続き東日本で2番目(全国7番目)に開設しました。

 1990年代には、東北新幹線と山形新幹線が福島駅で分岐することになり、また2020年代には東北自動車道と東北中央自動車道が交わるという、交通の要所でもあります。

 第一次産業の面では、福島県内第1位の農業産出額です。特に全国有数の収穫量を誇る桃をはじめ、梨など果樹の栽培が盛んで「果物王国」の異名を持っています。

 観光の面では山の名所が点在し、個性ある温泉街を複数抱えています。東北地方唯一のJRA福島競馬場を有し、経済面で寄与しています。

 日本一の大きいわらじを担ぐ祭事の信夫三山暁まいり(わらじまつり)が有名です。

 山の名所としては、国立公園にも指定を受けている浄土平から福島のシンボルともいえる吾妻小富士のお鉢巡りがあります。市街地からほど近くで福島盆地を見渡せる信夫山や、花見の名所でもあり「福島に桃源郷あり」とも唄われる花見山公園もあります。

 福島市内に代表的な温泉街が3か所あります。その代表が、ヤマトタケルが残る古い歴史を有する古湯である飯坂温泉です。また、全国有数の高濃度硫黄泉で知られる高湯温泉、伝統工芸品のこけし発祥地として有名な土湯温泉があります。

 令和初期の時点で福島市で唯一の名誉市民であり、昭和時代に数多くの行進曲、応援歌、校歌を手掛けた作曲家である古関裕而の出身地としても知られています。

 

■ アクセス

 

【東北新幹線】東京から:1時間32分 仙台から:25分
【山形新幹線】山形から:1時間

【東北自動車道】浦和ICから福島西ICまで:3時間

 

 

■ 浄楽園 東北を代表する名園の一つ
 

 福島県の名峰・吾妻連峰の四季を背景にした室町時代の趣をもつ池泉廻遊式庭園です。

 

 約2万5千平方メートルの広大な敷地に赤松、五葉松、さくらなどの樹木とあやめ、睡蓮、石楠花など花々にいろいろな形状の石を主体にした庭園です。


 野鳥の声を聞きながら、四季折々の花を鑑賞でき、心表れる思いをしてきました。

 

遠くに、雪をかぶる吾妻連峰を背景に、

福島を代表するももの花、

それにアクセントを付けるレンギョウ

 

浄楽園には、福島西ICから車で約15分で行けます。
   国道115号線を土湯方面へ向かい、

フルーツラインを右折しますと

進行方向左側に浄楽園を示す看板があります。

須川にかかる須川橋を渡ると

右側に入口の道があり、

300m程先、右側に駐車場があります。

 

右側の桜が浄楽園の駐車場です。

福島駅からは、西口バスターミナルで

福島交通バス、水保・土船行きに乗り、

原の町で下車しますと、徒歩で10分ほどです。
   高湯・上姥堂行きのバスですと、中谷地で下車します。

フルーツラインの交差点を左折して、

徒歩15分のところです。

 

浄楽園は、福島三桜の一つに数えられる

桜の名園でもあります。

入口を入ると正面に立派なしだれ桜が

デンと構えて、

思わず「おー」という声を漏らしてしまいました。

 

入口を左に入りますと、

緑に囲まれた浄楽園の池が見えてきます。

池泉廻遊式庭園ですので

歩を進めてゆくに従い、風景が変わります。

 

右回りに進みますと、池に張り出した舞台式のあづまやがあります。

赤い毛氈に敷かれ、ここでお茶を楽しめるようです。

その向かいには、茶屋がありましたので

和菓子付きの抹茶をいただきました。

 

吾妻連峰を借景にした庭園は

一段とスケールの大きさを感じさせてくれました。

 

浄楽園は、石の庭園としても知られています。

 

庭園内には、俳句や短歌の板版や石碑もあります。

 

ゆっくりと一周して、

入口の桜の方に歩いて庭園に別れを告げました。

 

 

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 浄楽園 東北を代表する水・緑・花の池泉廻遊式庭園 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 温泉と果物の街

 

   https://www.city.fukushima.fukushima.jp/

■ 地理


 福島市は、福島県の北東部に位置し、猪苗代湖から北東へ約50km、東京から北へ約260kmのところに位置しています。

 福島県中通りの北部に位置する市で、県庁所在地であり、中核市に指定されています。

 西側の奥羽山脈と東側の阿武隈高地に挟まれた福島盆地の南西部分とその周辺の山岳・丘陵地域が主な市域です。市内からは西に吾妻連峰を、南西に安達太良山を仰ぐことができます。

 北流する阿武隈川を中心に福島盆地を形成していていて、奥羽山脈を源とする摺上川、松川、荒川等がそれぞれ市西部に扇状地をつくりながら東流し阿武隈川に注いでいます。

 福島市は日本海側と太平洋側の中間の気候であり、夏と冬で気温差の激しい盆地特有の内陸性気候の特徴を示しています。

■ 歴史
 

 江戸時代以前より、福島城(杉妻城、大仏城)の城下町として町並みを形成してきました。福島藩時代には、幕府直轄領、本多家(徳川四天王本多忠勝の一族)、堀田家(老中を多く輩出した家)と藩主が変わりました。

 江戸中期になると徳川将軍家との関係が深い重昌流板倉家が治めることになり、福島藩は会津藩に次ぐ石高を有しました。

■ 産業
 

 明治以降の福島は蚕種、生糸、織物の集散地として栄え、日本銀行の支店を函館に続き東日本で2番目(全国7番目)に開設しました。

 1990年代には、東北新幹線と山形新幹線が福島駅で分岐することになり、また2020年代には東北自動車道と東北中央自動車道が交わるという、交通の要所でもあります。

 第一次産業の面では、福島県内第1位の農業産出額です。特に全国有数の収穫量を誇る桃をはじめ、梨など果樹の栽培が盛んで「果物王国」の異名を持っています。

 観光の面では山の名所が点在し、個性ある温泉街を複数抱えています。東北地方唯一のJRA福島競馬場を有し、経済面で寄与しています。

 日本一の大きいわらじを担ぐ祭事の信夫三山暁まいり(わらじまつり)が有名です。

 山の名所としては、国立公園にも指定を受けている浄土平から福島のシンボルともいえる吾妻小富士のお鉢巡りがあります。市街地からほど近くで福島盆地を見渡せる信夫山や、花見の名所でもあり「福島に桃源郷あり」とも唄われる花見山公園もあります。

 福島市内に代表的な温泉街が3か所あります。その代表が、ヤマトタケルが残る古い歴史を有する古湯である飯坂温泉です。また、全国有数の高濃度硫黄泉で知られる高湯温泉、伝統工芸品のこけし発祥地として有名な土湯温泉があります。

 令和初期の時点で福島市で唯一の名誉市民であり、昭和時代に数多くの行進曲、応援歌、校歌を手掛けた作曲家である古関裕而の出身地としても知られています。

 

■ アクセス

 

【東北新幹線】東京から:1時間32分 仙台から:25分
【山形新幹線】山形から:1時間

【東北自動車道】浦和ICから福島西ICまで:3時間

 

 

■ 浄楽園 東北を代表する名園の一つ
 

 福島県の名峰・吾妻連峰の四季を背景にした室町時代の趣をもつ池泉廻遊式庭園です。

 

 約2万5千平方メートルの広大な敷地に赤松、五葉松、さくらなどの樹木とあやめ、睡蓮、石楠花など花々にいろいろな形状の石を主体にした庭園です。


 野鳥の声を聞きながら、四季折々の花を鑑賞でき、心表れる思いをしてきました。

 

遠くに、雪をかぶる吾妻連峰を背景に、

福島を代表するももの花、

それにアクセントを付けるレンギョウ

 

浄楽園には、福島西ICから車で約15分で行けます。
   国道115号線を土湯方面へ向かい、

フルーツラインを右折しますと

進行方向左側に浄楽園を示す看板があります。

須川にかかる須川橋を渡ると

右側に入口の道があり、

300m程先、右側に駐車場があります。

 

右側の桜が浄楽園の駐車場です。

福島駅からは、西口バスターミナルで

福島交通バス、水保・土船行きに乗り、

原の町で下車しますと、徒歩で10分ほどです。
   高湯・上姥堂行きのバスですと、中谷地で下車します。

フルーツラインの交差点を左折して、

徒歩15分のところです。

 

浄楽園は、福島三桜の一つに数えられる

桜の名園でもあります。

入口を入ると正面に立派なしだれ桜が

デンと構えて、

思わず「おー」という声を漏らしてしまいました。

 

入口を左に入りますと、

緑に囲まれた浄楽園の池が見えてきます。

池泉廻遊式庭園ですので

歩を進めてゆくに従い、風景が変わります。

 

右回りに進みますと、池に張り出した舞台式のあづまやがあります。

赤い毛氈に敷かれ、ここでお茶を楽しめるようです。

その向かいには、茶屋がありましたので

和菓子付きの抹茶をいただきました。

 

吾妻連峰を借景にした庭園は

一段とスケールの大きさを感じさせてくれました。

 

浄楽園は、石の庭園としても知られています。

 

庭園内には、俳句や短歌の板版や石碑もあります。

 

ゆっくりと一周して、

入口の桜の方に歩いて庭園に別れを告げました。

 

 

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 


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【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」11 桃源郷へ続く道 

2022-05-05 11:48:24 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

 

  【カシャリ!ひとり旅】 福島市 桃源郷「花見山公園」11 桃源郷へ続く道 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 福島県福島市 桃源郷「花見山公園」

   http://www.hanamiyamakoen.jp/

 

 

 日本を代表する写真家 故 秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と言って、毎年訪れるほどの花の名所です。

 1926(大正15)年に、阿部伊勢次郎は、養蚕農家の副業として花の栽培を始めました。昭和11年、「雑木山を花の山にしたい」と思うようになり、少しずつ植え続け、いつしか人に見せたいと思うほどの山になりました。

 ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 頂上での吾妻連峰と花々のコントラストは、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 個人の生計のためが、いつしか人々に花を愛でて欲しいという気持ちに変わり、その強い思いが、花を見る山「花見山公園」に変わったのです。

■ アクセス
 

 花の季節には、臨時の直行バスが走り、多くの人を運んでいます。一方、その他の季節は、路線バスで行き、バス停からは徒歩で行かなければなりません。訪れる時期と愛でる花の種類、バスサービスとの関係を事前に調べることをお勧めします。

 

 臨時直行便バスに乗りますと15分程で到着し、そこから歩きます。

 路線バスの場合には、福島駅東口乗り場「8番」で福島交通05-0系統に11分乗り、花見山入口で下車し、徒歩で25分ほどかかります。

 

 

体力と時間にあわせて3つのコースから選べます

 

花見山公園は、サクラの名所です。

しかし、桜だけではありません。

ウメ、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノ、

レンギョウ、ボケ、ハナモモなど約70種類もの花々が、

百花繚乱のごとく一斉に咲き競う山です。

 

駐車場・バス停

 

駐車場からトイレの前の小径を歩いて行きます。

小径は、くるみ川に沿っていますが、

わかりづらいところにあります。

左側の自動車道(ふもとは自動車道)と間違えやすいです。

 

桃源郷への期待が高まります。

 

レンギョウや菜の花が桜を引き立てていました。

 

菜の花とレンギョウの黄色のアンサンブル」

 

もちろん、ももや桜も黄色軍団には負けません。

 

川端には水仙も黄色軍団として頑張っています。

 

可憐な○○スミレも仲間に加わります。

 

< 花見山公園は続きがあります >

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 


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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-2 上杉謙信公祠堂跡

2021-02-14 12:02:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-2 上杉謙信公祠堂跡

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 3-2 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
上杉謙信公祠堂跡

上杉家初代・上杉謙信の墓が納められていました。

現在は、墓所は、上杉家廟所に移されています。


舞鶴橋を渡ってすぐ左側
石段を登ると謙信公祠堂跡




祠堂跡への登り口



石段を登り詰めますと、まず目に入るのが大きな招魂碑です。



戊辰戦争の戦没者等を弔うための招魂碑



↑ 拡大




↑ 拡大




上杉謙信公祠堂跡

 明治9年(1876年)上杉謙信の霊柩を御廟所中央に奉遷するまで
ここに安置されていました。
明治24年(1896年)祠堂跡に遺跡碑が建立されました。
 ここからは伝国の杜を見下ろすことができます。



公祠堂跡に立つ碑



祠堂碑の北隣に植えられたサクラ





桜の横にある登ってきた石段を下ります。
中央には、松岬神社角の大銀杏が見えます。
その手前は、舞鶴橋です。



上杉謙信公祠堂跡から見た上杉博物館
 
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-1 上杉神社へのアプローチ

2021-02-13 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-1 上杉神社へのアプローチ

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 3-1 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
上杉神社へのアプローチ


↑ 拡大



舞鶴橋

松岬神社の前の参道を上杉神社方向に歩んでゆきますと濠があります。
その濠を越えるのが舞鶴橋です。



多数の鴨が濠を誇らしげに泳いでいました。



落ち葉と共に漂うかも



舞鶴橋



舞鶴橋たもとより、北西方向を見る
中央の黄紅葉がある部分に上杉謙信像が立っています。



濠の北側



結構幅の広い濠です







濠の北側
 
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-4 松岬神社 上杉家が祀られる

2021-02-09 13:32:04 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-4 松岬神社 上杉家が祀られる

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-4 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
米沢市 松岬神社
■ 松岬神社(まつざきじんじゃ)

 明治35年、上杉神社に上杉謙信とともに祀られていた上杉鷹山が、松岬神社に分祀されました。鷹山の功績の大きさを示すといえます。

 大正元年に新殿が造営され、9月28日遷座祭が斎行され、神社格式で県社にランクされています。

 また、その時に、新饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうぐしんじんじゃ)に指定されています。



↑ 拡大

ピンボケで済みません


県社格の神社であることが石柱からもわかります



神社鳥居左にある池



池の奥に立石灯籠



松岬神社拝殿



松岬神社扁額と錫

2020年から流行しだした新型コロナの対策から、
錫の紐は取り払われています



手水場もコロナの対策からひしゃくがありません



↑ 拡大

鷹山の伝国の辞


  「伝国の辞(でんこくのじ)」は、鷹山が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した、3条からなる藩主としての心得です。


一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にして君の為に立たる国家人民にはこれ無く候
右三条御遺念有間敷候事天明五巳年二月七日  治憲 花押
  治広殿  机前


意訳は、以下の通りです。


一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり、“君主のために存在・行動する国・国民”ではない。

この三ヶ条を心に留め忘れることなきように。

 伝国の辞は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで、代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承されました。



松岬神社境内のもみじ



観光客を当時の装束を身につけた人が迎えてくれています



松岬神社前の錦の絨毯



松岬神社角に立つ大銀杏
 
 
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-3 上杉鷹山像

2021-02-08 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-3 上杉鷹山像

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-3 

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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
米沢市 上杉鷹山像


私が尊敬する人

経営コンサルタントのあり方にも通ずる実績



↑ 拡大


 ■ 上杉 鷹山 

 うえすぎ ようざん 上杉 治憲(うえすぎ はるのり)
 寛延4年7月20日(1751年9月9日)- 文政5年3月11日(1822年4月2日)


 江戸時代中期の大名で、出羽国(山形県)米沢藩9代藩主でした。

 初代藩主上杉謙信という名門の家柄でしたが、領地返上寸前の財政難に陥っていました。その米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。

 諱は初め勝興、後に治憲となりますが、藩主隠居後の号である鷹山の方が著名です。




鷹山像台座に刻まれた上杉家家紋



鷹山像前のもみじ
 
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-2 上杉家が祀られる上杉神社参道・城跡

2021-02-07 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-2 上杉家が祀られる上杉神社参道・城跡

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-2 

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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
米沢市 上杉神社へのアプローチ
 
米沢市 上杉神社参道



左手が、米沢市上杉博物館



紅葉真っ盛り

正面に鳥居が見えます。上杉神社の入口です。

右手が上杉城苑、上杉鷹山の銅像他が配置



↑ 拡大


行在所遺跡

あんざいしょ

 



行在所(あんざいしょ)遺跡

明治14年10月、明治天皇が東北巡幸をなされた。
その際の米沢での宿所であった行在所の跡地
上杉城史苑の一角に立つ



秦逸三の胸像

日本で最初の人造絹糸(レーヨン)の製造に成功した
帝国人造絹糸(帝人)の創業者
もともとは三原工場にあったものが平成27年に米沢市へ寄贈

 

地方都市の多くが、寂れてきています。

そのような中で、民間企業による貢献は有難いですね。

 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-1 上杉神社へのアプローチ 伝国の杜

2021-02-06 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-1 上杉神社へのアプローチ 伝国の杜

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-1 

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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
米沢市 上杉神社へのアプローチ

米沢市 伝国の杜

■ 伝国の杜・米沢市上杉博物館

 米沢藩の歴史・文化を中心テーマとした博物館のある一帯を「伝国の杜(でんこくのもり)」といいます。

 「伝国の杜(でんこくのもり)」」は、平成13年9月29日、山形県米沢市に博物館・文化施設として誕生しました。

 博物館には、国宝「上杉本洛中洛外図屏風」や「上杉家文書」など、数千に及ぶ米沢藩や上杉家にゆかりの文化財が収蔵されています。この施設は県立の「置賜文化ホール」と、市立の「米沢市上杉博物館」の2つが合築されました。 「置賜文化ホール」では音楽、演劇など催しものを開催しております。

 常設展示室には、上杉の歴史と文化を中心とした「江戸時代の置賜・米沢」を主軸に展示されています。


 営業期間
  開館:9:00~17:00 入館は16:30まで
  休館:4月~11月 第4水曜日、12月~3月 月曜が休日の場合はその直後の平日
      12月29日~1月3日 (年末年始)、館内整理日(不定)

所在地 〒992-0052 山形県米沢市丸の内1-2-1

交通アクセス
 米沢駅からバスで12分


■ 伝国の杜 でんこくのもり

 上杉鷹山の「伝国の辞(でんこくのじ)」をもとに命名されました。

 伝国の辞とは、鷹山(藩主の時は「治憲」)が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した、3条からなる藩主としての心得です。


一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候

一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候

一、国家人民の為に立たる君にして君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

 右三条御遺念有間敷候事

 天明五巳年二月七日  治憲 花押  <鷹山の花押(署名)>

  治広殿  机前  <鷹山から次期藩主・上杉治広へ>


 意訳は、以下の通りです。

一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり、“君主のために存在・行動する国・国民”ではない。

この三ヶ条を心に留め忘れることなきように。

 伝国の辞は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで、代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承されました。




米沢市上杉博物館



博物館正面玄関上の看板


上杉謙信公祠堂跡からみた伝国の杜・上杉博物館





↑ 拡大

 

旧米沢高等工業学校は山形大学工学部の前身で

米沢市民の誇りでもあるようです

 

 

 
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-2 米沢市概要 米沢駅前

2021-02-02 11:32:32 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-2 米沢市概要 米沢駅前

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 
 
山形県 米沢市 1-2 
公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より


 山形県米沢市 
 米沢 上杉神社周辺東 伝国の杜・松岬神社・鷹山像 
 米沢 上杉神社参道 謙信像・謙信公祠堂跡・鷹山像
 米沢 上杉神社境内・附属社 本殿・福徳稲荷神社・稽照殿 
 米沢 上杉神社周辺南 上杉記念館・文化伝承館・餐霞館 
 米沢 上杉神社周辺北 白子神社
 米沢 上杉家墓所 
 米沢 法音寺・千勝院 
 米沢 法泉寺 
 米沢 旧米沢高等工業学校・林泉寺 
 米沢 東光酒造 
 米沢 市内寺社(米沢駅南西) 皇大神宮
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 関興庵・東源寺
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 長命寺・我妻記念館
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 高国寺
   
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 山形県 米沢駅前
 
 
 
 
 
 

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■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-1 米沢市概要

2021-02-01 12:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-1 米沢市概要

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 
 
山形県 米沢市 1-1 
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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より


 山形県米沢市 
 米沢 上杉神社周辺東 伝国の杜・松岬神社・鷹山像 
 米沢 上杉神社参道 謙信像・謙信公祠堂跡・鷹山像
 米沢 上杉神社境内・附属社 本殿・福徳稲荷神社・稽照殿 
 米沢 上杉神社周辺南 上杉記念館・文化伝承館・餐霞館 
 米沢 上杉神社周辺北 白子神社
 米沢 上杉家墓所 
 米沢 法音寺・千勝院 
 米沢 法泉寺 
 米沢 旧米沢高等工業学校・林泉寺 
 米沢 東光酒造 
 米沢 市内寺社(米沢駅南西) 皇大神宮
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 関興庵・東源寺
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 長命寺・我妻記念館
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 高国寺
   
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 山形県 米沢市


東京駅を出発



米沢駅に到着



米沢駅

駅舎デザインは、、旧米沢高等工業学校本館を模しています。



駅前のペイブメント

米沢牛は欠かせません
福島に近いこともあり、リンゴも特産品です。
上杉神社には多数の鯉もいます。



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