経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 10 祠堂殿・仏舎利殿

2022-07-01 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 10 祠堂殿・仏舎利殿

 

    

思い立ったらカシャリ!

 

へたの横好きで撮った写真をここにまとめておくことにより、必要なときに見やすいようにと考え、単なる思いつきで着手しました。

他人様に見ていただくというより、自分の作品を整理するためのページです。

 

 福井県 永平寺
   https://daihonzan-eiheiji.com/
http://zen-eiheiji.jp/
 関連資料

 永平寺(えいへいじ)は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の仏教寺院です。神奈川県横浜市鶴見にある總持寺と並ぶ、日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です。

 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

参考資料

 

 

 

 

 

 

   永平寺の写真は、以下のサイトでもご覧いただけます。

  永平寺 ←クリック

  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/fukui/fukui-eiheiji.htm
 


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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 09 法堂 説法の道場

2022-06-30 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 09 法堂 説法の道場

 

    

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 福井県 永平寺
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 永平寺(えいへいじ)は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の仏教寺院です。神奈川県横浜市鶴見にある總持寺と並ぶ、日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です。

 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

参考資料

 

 

 

 

 

 

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 08 大庫院 お寺の台所

2022-06-29 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 


  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 08 大庫院 お寺の台所


 


    


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 永平寺(えいへいじ)は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の仏教寺院です。神奈川県横浜市鶴見にある總持寺と並ぶ、日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です。

 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 


 


 


参考資料



 



 





 





 



 



 



 



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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 07 仏殿 七堂伽藍の中心的建物

2022-06-28 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 


  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 07 仏殿 七堂伽藍の中心的建物


 


    


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 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 


 


 


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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 06 唐門 仏殿を回廊で結ぶ

2022-06-27 20:03:53 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 06 唐門 仏殿を回廊で結ぶ

 

    

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 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺05  鐘楼堂・松平公廟所

2022-06-26 18:26:24 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺05  鐘楼堂・松平公廟所

 

    

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺04 山門 永平寺最古の建物

2022-06-25 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

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 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺03 僧堂・東司・浴室の三黙道場

2022-06-24 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺02 傘松閣 参拝者のための施設

2022-06-23 10:40:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

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 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺01 神聖域に繋がる参道

2022-06-22 10:03:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺01 神聖域に繋がる参道

 

    

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 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。中国の禅寺に習って、日本で最初に、山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍の寺院ができました。
 
 
 

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【カシャリ!ひとり旅】 岐阜県ひだ白川郷 合掌造りの民家 ユネスコ世界文化遺産

2022-06-21 10:54:50 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸


【カシャリ!ひとり旅】 岐阜県ひだ白川郷 合掌造りの民家 ユネスコ世界文化遺産 





 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。



 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。



 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。



 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・



 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。





名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道




■■ 岐阜県ひだ白川郷 合掌造りの民家 ユネスコ世界文化遺産 



白川郷(しらかわごう)

 岐阜県内の庄川流域の呼称です。大野郡白川村と高山市荘川町(旧荘川村)および高山市清見町(旧清見村)の一部に相当し、白川村を「下白川郷」、他を「上白川郷」と呼びます。今日では白川村のみを指すことが多いようです。

 白川郷の荻町地区は合掌造りの集落で知られていて、一般的に「白川郷」といいますと、ここを指すことが多いようです。

 独特の景観をなす集落が評価され、1976年重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。1995年には五箇山(相倉地区、菅沼地区)と共に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されたのです。

 白川郷の荻町地区は、今も実生活の場として使われているところに価値があり、それが他地域の合掌民家集落と違うところです。毎年1月と2月頃の週末には夜間ライトアップが行われます。ただし、2019年以降、ライトアップ見学は完全予約制となっていますので注意が必要です。(【Wikipedia】を基に作成)



■ アクセス




◆ 金沢方面から 所要時間 約1時間10分
  北陸自動車道 約1時間5分 白川郷IC 国道156号線約5分 ひだ白川郷


◆ 東京方面から 所要時間 約5時間15分
  中央自動車道約2時間20分 岡谷JCT 長野自動車道約40分 松本IC 国道158号線~東海北陸自動車道 約2時間10分 白川郷IC 国道156号線 約5分

公共交通機関
◆ 金沢駅 所要時間 約1時間30分
  高速バス 約1時間20分 白川郷バスターミナル


◆ 東京駅 所要時間 約5時間15分
  北陸新幹線 約2時間15分 富山駅 高速バス 約1時間20分 白川郷バスターミナル















合掌造りの屋根裏






  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm





  ■ カシャリ! ひとり旅




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【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 曹洞宗大本山 そのすべて

2022-06-19 14:33:32 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!一人旅】 福井県 永平寺 曹洞宗大本山 そのすべて

 

    

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 福井県 永平寺
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 永平寺(えいへいじ)は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の仏教寺院です。神奈川県横浜市鶴見にある總持寺と並ぶ、日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です。

 山号を吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏です。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)です。

 初め、越前国の波多野義重(はたのよししげ)の勧めにより、義重の領地である越前国志比庄(しひのしょう)に移り、大佛寺を建立しました。

 1244年(寛元2年)、道元禅師が47才の時に開祖として永平寺と改められた坐禅修行の道場です。道元禅師は修行僧を指導し、修行僧が守るべき規則となる清規(しんぎ)を定めていて、現在も当時のまま、その修行生活が続けられています。 

 13世紀後半、懐弉禅師の頃、弟子義介禅師(ぎかいぜんじ)を宋へ送り、中国五山を見学させ、今日の七堂伽藍の基本が整えられ、永平寺の基盤が築かれたのです。山門、仏殿、法堂(はっとう)、大庫裡(くり)、僧堂、浴室、東司(とうす)の七つの堂が揃った七堂伽藍が立ち並んでいるのです。


 
 
 
 参考資料
参  道

 


■ 瑠璃聖宝閣 るりしょうぼうかく
 2002年(平成14年)、道元禅師750回大遠忌の記念事業の一つとして改築した展示場と収蔵庫を兼ねた宝物館です。なかでも「普勧坐禅儀(ふかんぜんぎ)」は、道元禅師が宋での修業を終えて帰国後に禅の奥儀を記した書で、禅師が自ら書いたものと伝えられ、国宝に指定されています。その他にも重要文化財や書・絵画・書籍・器物など永平寺に伝わる宝物数千点、古文書など貴重な収蔵品が多数収められています。

■ 傘松閣 さんしょうかく
 道元禅師の750回大遠忌の記念事業の一環として、1993年(平成5年)から2年の歳月をかけて再建されました。1階は参拝の方々のための控室や研修・宿泊のための部屋となっています。2階は156畳敷きの大広間で、1930年(昭和5年)建築当時の天井絵を修復し、はめこんでいます。この大広間は別名「天井絵の大広間」と呼ばれ、花や鳥などを描いた230枚の絵は、昭和5年当時の著名な画家144名によるものです。

■ 祠堂殿・舎利殿しどうでん・しゃりでん
 祠堂殿は一般の方々の納骨や供養などの法要を行う殿堂です。1930年(昭和5年)に新築され、堂内には全国の信者から納められた位牌が安置されています。
 舎利殿は祠堂殿の奥にある納骨堂で、1863年(文久3年)に改築されました。建物は寄棟造りで、中央には「地蔵菩薩」が祀られています。

■ 東司 とうす
 一般にいうお手洗いです。禅宗では三黙道場の一つでもあり、正面には「烏蒭沙摩明王(うすさまみょうおう)」を祀っています。道元禅師は身も心も清らかにする作法を示されるとともに、国土の清浄までお示しになっています。

■ 鐘楼堂 しょうろうどう
 鐘楼堂とは鐘撞き堂のことです。1963年(昭和38年)に改築され、除夜の鐘で有名な大梵鐘が吊るされています。大梵鐘の重さは約5トン。朝・昼・夕方・夜の4回、修行僧が鐘を撞いています。一撞きごとにお拝をして撞かれる梵鐘の音は深く響き、心に清らかな安らぎを与えてくれます。

■ 僧堂 そうどう
 僧堂は修行の根本となる堂です。「雲堂」「坐禅堂」とも呼ばれ、この建物で、坐禅・食事・就寝を行います。浴室、東司(お手洗い)と並ぶ三黙道場の一つで、約82人が就寝でき、164名もの雲水が坐禅修行をすることができます。堂内中央には智慧の象徴である文殊菩薩を安置し、そのまわりに坐禅のできる「単」と呼ばれる席が設けられています。なお、現在の建物は、1902年(明治35年)の改築されたものです。

■ 承陽殿 じょうようでん
 道元禅師の御真廟、いわばお墓にあたり、1881年(明治14年)に改装されました。日本曹洞宗の発祥の根源であり、曹洞宗の聖地ともいえる場所です。奥の本殿は1981年(昭和56年)に改修されたもので、中央に御開山道元禅師の御尊像と御霊骨を安置し、左右に2代から5世までの御尊像を祀っています。階段下の拝殿には6世以降の永平寺歴代住職の位牌、左側には永平寺の開基波多野義重公の御尊像や道元禅師生家である久我家の位牌、全国の曹洞宗寺院住職の位牌などが祀られています。

■ 法堂 はっとう
 1843年(天保14年)に改築された禅師様の説法の道場です。一般の寺院でいうと本堂にあたり、朝のお勤めなどの各種法要がこの建物で行われます。380畳敷の堂内は、中央に本尊「聖観世音菩薩」をお祀りし、階段の左右には阿吽の白獅子が置かれています。七堂伽藍の最も高いところに位置し、四季折々の美しい景色が眺められます。

■ 仏殿 ぶつでん
 七堂伽藍の中心に当たる建物です。1902年(明治35年)の改築で、屋根は中国宋時代様式の二重屋根に、床は石畳となり、建築美が際立つ伽藍となっています。須弥壇(しゅみだん)と呼ばれる壇の中央には本尊の釈迦牟尼仏(お釈迦様)が祭られ、右に未来弥勒仏、左側に過去阿弥陀仏の三世如来を祀っています。欄間には禅宗の逸話が図案化された十二枚の彫刻がはめこまれています。

■ 大庫院 だいくいん
 一般の寺院でいう庫裡(くり)に当たる建物です。1930年(昭和5年)に改築され、1階には修行僧や参籠者の三度の食事を作る「典座寮」と呼ばれる台所があります。道元禅師は食事の作法を尊んでおられ、その精神に準じて食事が作られています。
玄関正面には足の早いことで有名な守護神「韋駄尊天」を祀っています。庫院前に掛けられた「擂粉木(すりこぎ)」は、永平寺の名物として知られています。
2階は来賓接待の間、3階は和室の150畳敷の「菩提座」と呼ばれる大広間となっており、多人数の宿泊から上膳(あげぜん)、時には法話、講義も行われます。

■ 山門 さんもん
 1749年(寛延2年)8月に再建された永平寺最古の建物です。修行僧が正式に入門する際に通る永平寺の玄関に当たり、正面の両側には「ここより先は厳しい出家修行の道場であり、求道心の在る者のみ門をくぐることが許される」という意味の言葉が記されています。中国唐時代様式の楼閣門で、両側には仏教の守護神である四天王を祀り、上部には吉祥山永平寺の命名の由来である「吉祥の額」、2階には五百羅漢(ごひゃくらかん)が安置されています。

■ 浴室 よくしつ
 一般でいうお風呂場にあたります。浴室には水により悟りを開いたといわれる「跋陀婆羅菩薩(ばつだばらぼさつ)」を祀っています。三黙道場の一つで、水を大切に使い、身も心も清めるための大切な修行であるという考えのもと、入浴は作法に従って厳粛に行われます。禅宗では月のうち、四と九の付く日(四九日、しくにち)が入浴日と定められています。その他、夏場などには淋汗(りんかん)と称して沐浴が許されています。
 

 

   永平寺の写真は、以下のサイトでもご覧いただけます。

  永平寺 ←クリック

  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/fukui/fukui-eiheiji.htm
 


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【カシャリ!ひとり旅】 新潟県南魚沼市 コシヒカリの本場と巻機山山麓

2022-06-17 10:59:43 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!ひとり旅】 新潟県南魚沼市 コシヒカリの本場と巻機山山麓 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 新潟県南魚沼市 巻機山山麓 

                              https://m-uonuma.jp/
 

■ 新潟県南魚沼市

 南魚沼市(みなみうおぬまし)は、新潟県中越地方に位置する市です。平成の大合併により南魚沼郡の六日町、大和町、塩沢町の3町が合併して誕生しました。市役所は、旧六日町におかれています。

 主な産業としては、魚沼産コシヒカリとして知られる稲作です。「コシヒカリ」として知られるお米の本家本元は、南魚沼市六日町のコシヒカリのことなのです。

 八色スイカとして知られる果物の栽培もさかんです。「雪国まいたけ」もこの地の特産品です。農業だけではなく、塩沢紬、本塩沢、越後上布という伝統的な織物の産地でもあります。

 米所、酒所の新潟を代表する日本酒のひとつが、922年(大正11年)の創業の「八海山」で、本社は南魚沼市にあります。ここでは、日本酒や焼酎だけではなく、ワイン、ビール、ウィスキー、梅酒、みりんなども醸造しています。

 観光面では、スキー場や温泉もあります。


■ 六日町・八海山地区

 コシヒカリの米所、日本酒などアルコールの酒所の中心地が、六日町・八海山地区です。

 JR六日町駅から魚野川を挟む六日町温泉および国道17号周辺は商店街や飲食店などが集積し、いわゆる六日町の中心地を形成しています。

 かつてこの辺りを治めた上杉景勝と直江兼続を偲ぶ史跡や城跡も点在し、戦国時代を今に伝えるコンパクトな街です。

 1,500~2,000メートル級の壮大な峰々と長閑な田園風景のコントラストが印象的な歴史探索と登山・トレッキングに最適のエリアです。

 観光客にも人気のある笹団子は、ホンモノの笹の葉を3枚使っていて、笹の香りが豊富で、素朴な味を引き立てています。


■ 巻機山(まきはたやま)

 「まきはたやま」と読める人は少ないかも知れませんが、新潟県南魚沼市と群馬県利根郡みなかみ町の境、三国山脈にある標高1,967mの山です。日本百名山のひとつに選ばれています。

 スキー大国新潟の流れを受けて、巻機山にもスキー場建設の話が起こりました。地元の人達は、自然を守ると断固反対し、新潟を代表する山としては、数少ない、スキー場のない山です。本峰山頂に、山頂の標識すら作らないという徹底ぶりの自然重視には頭が下がります。

 登山道も整備され、南西側の南魚沼市清水から通じている登山道がもっともよく知られています。

 巻機山のふもとには、「雲天」という民宿があります。古い民家を、そっくり移築し、いまだに囲炉裏があり、宿泊者を迎えています。東大の学生や卒業生の愛用の宿としても知られています。ここでは、てんこ盛りに盛られた山菜料理が自慢です。

 

 ずいぶん以前に亡くなられましたが、ここの女将は名物女将として知られていました。ラジオの人生相談にレギュラー出演し、そのユニークな回答に勇気づけられた相談者や聴講者が多数いるといわれています。

 

 現在は、元気な若女将の代になっていますが、若い学生さん達のアイドルとして人気だそうです。


 

■■ 新潟県南魚沼市 巻機山山麓 ■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

■ カシャリ! ひとり旅


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【カシャリ!ひとり旅】 富山県 五箇山 白川郷とならぶ合掌造りの村 

2022-06-16 16:50:25 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!ひとり旅】 富山県 五箇山 白川郷とならぶ合掌造りの村 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

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■■ 富山県 五箇山 ごかやま 

     https://gokayama-info.jp/

     http://www.g-ainokura.com/
 

 富山県の南西端に位置する五箇山(ごかやま)地方は、1500m級の山々に囲まれ、冬には2、3mの積雪がある豪雪地帯で、岐阜県白川郷とともに合掌造りの地として知られています。す。

 清流庄川(しょうがわ)(飛騨高地から日本海へ流れる115kmの一級河川)沿いの谷間に40の集落が点在し、そのうちふたつの集落、相倉合掌造り集落と菅沼合掌造り集落が1995年(平成7年)に、岐阜県白川郷荻町とともにユネスコの世界遺産に登録されました。

 五箇山の地名が初めて見られるのは室町時代です。1513年(永正10年)本願寺第9世実如の裏書に始まります。名前の起こりは5つの谷間(やま)(赤尾谷・上梨谷・下梨谷・小谷・利賀谷)から構成された集落群の総称と云われ、加賀藩政時代には約70の集落がありました。

 現在は、共に世界遺産の相倉集落を有する旧平村、菅沼集落を有する旧上平村を総じて「五箇山」と呼びます。

 居住の歴史は古く、縄文時代に遡り、古代、中世、近世を通じ、平野部とは地理・自然条件が大きく異なるため、独特の文化を形成してきました。(公式サイトを基に作成)


住所    〒939-1915 富山県南砺市相倉 0763-66-2123(相倉合掌造り集落保存財団)
営業時間    8:30~17:00
休業日    無休
駐車場    普通・軽自動車:500円 
問い合わせ先:五箇山総合案内所 TEL:0763-66-2468
観光ガイド:2,000円一週間前までに要予約(詳しくはWebで https://gokayama-info.jp/)
 

 

■ アクセス


 JR城端線城端駅から世界遺産バスで25分「相倉口」下車徒歩5分
 JR高岡駅前から世界遺産バスで1時間15分「相倉口」下車
 東海北陸自動車道五箇山ICから車で約20分(国道156号線経由)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 


 

■ カシャリ! ひとり旅


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【カシャリ!ひとり旅】 石川県金沢市 加賀百万石の街を散策

2022-06-15 10:45:20 | 【カシャリ!ひとり旅】 北陸

 

  【カシャリ!ひとり旅】 石川県金沢市 加賀百万石の街を散策  

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

■■ 石川県金沢市 

     https://www4.city.kanazawa.lg.jp/

 金沢市(かなざわし)は、石川県のほぼ中央に位置し、石川県の県庁所在地です。圏内最大の都市であり、中核市に指定されています。地理区分としては、中部地方、北陸地方、北信越地方に属します。

 2000年以降、人口は横ばいを続けていて、46万人ほどの状態が続いています。

  江戸時代には、江戸幕府(約800万石と言われる)を除いて、大名中最大の102万5千石の石高を領した加賀藩(「加賀百万石」)の城下町として栄えました。人口規模では、江戸・大坂・京の三都に次ぎ、名古屋と並ぶ大都市であったほどの繁栄ぶりでした。

 第二次世界大戦中に、米軍の空襲を受けず、市街地に歴史的風情が今なお残っています。その顕著な例として、長年の都市文化に裏打ちされた数々の伝統工芸が残っていることです。

 日本三名園の一つとして知られる兼六園や、加賀藩の藩祖・前田利家の金沢入城に因んだ百万石まつり、さらに庶民文化(加賀宝生や郷土料理の治部煮等)などが代表的で、観光都市として知られています。

 2009年には、神戸市、名古屋市に続く3番目の、ユネスコの創造都市に認定されました。クラフト&フォークアート部門ではアジア初です。

 北陸三県を管轄する国の出先機関が置かれ、大企業の「北陸支社」「北陸支店」も金沢市に置かれることが多いのも、金沢の今日の繁栄に繋がっています。。


 地形面でみますと、南東部は山地で、金沢市の最高峰・奈良岳(1,644m)があり、市内を流れる犀川の水源となっています。
 

 

 

金沢川から望む北アルプス

 

 

北アルプス 飛驒山脈(ひださんみゃく)

 富山県、新潟県、岐阜県、長野県に跨って連なる山脈です。木曽山脈(中央アルプス)、赤石山脈(南アルプス)と共に日本アルプスと呼ばれます。

 山脈の主要部分は、中部山岳国立公園に指定されていて、山脈の最高峰は、標高3,190mの奥穂高岳で、富士山と北岳に次いで日本で3番目に高い山です。
 

 

 

東茶屋街

 

 

 

東茶屋街 ひがしちゃやがい

  https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot/detail_10212.html

 卯辰山山麓を流れる浅野川の川岸には、古い街並みが残り、昔の加賀百万石の時代を映す面影をとどめています。「キムスコ(木虫籠)」と呼ばれる美しい出格子がついている建物が並ぶ、通称「東茶屋街」で、武家屋敷と共に、金沢の観光名所となっています。

 

 灯ともし頃にもなれば、今でも軒灯がともる茶屋から三味線や太鼓の音がこぼれてきます。五木寛之著「朱鷺の墓」の舞台としても知られています。また、平成13年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、「街並みの文化財」として保存策が進められています。
 

 

 

浅野川に架かる梅ノ橋

 

 

浅野川

 金沢市内には、卯辰山山麓を流れる2つの川があります。

 犀川を男川と喩えられるのに対して、浅野川は女川と称され、金沢市民に親しまれています。犀川と共に、友禅流しの川でもあります。

 

 

 

尾山神社

鳥居の奥のユニークな建物は「神門」

 

尾山神社 おやまじんじゃ

   http://www.kanazawa-kankoukyoukai.gr.jp/spot_search/spot.php?sp_no=167
 

 

 明治6年に創建された加賀藩祖・前田利家と正室のお松の方を祀る神社です。

 明治8年に建てられた神門は、和漢洋折衷の3層式で、明治初期に建てられた数少ない擬洋風建築遺構の1つであり、国の重要文化財に指定されています。

 3層目には、ギヤマンがはめ込まれ、夕刻にはギヤマンが夕日に映え、日没から午後10時まで、明かりが点灯します。

 境内には、琴や琵琶など雅楽の楽器を模した橋や島を配した庭園や金沢城二ノ丸の門であった東神門もあります。

 

 

金沢城

 

金沢城公園
   http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/

 天正11(1583)年、前田利家が金沢城に入り、その直後から本格的な城づくりが始められました。キリシタン大名として知られる高山右近を招き、築城の指導をを仰いだと伝えられています。

 当初は重臣たちの屋敷があり、決して広い城ではありませんでした。慶長7(1602)年に、天守が落雷で焼失しましたが、その後、天守は再建されずにいます。本丸には、三階櫓と二の丸には御殿が建てられました。

 火災の後、二の丸の拡大したり、武家屋敷が城外へ出されたり、内堀を掘り、土を掻き上げて各曲輪が区画されていきました。

 一旦、整備されたものの、宝暦9(1759)年の火災で、城のほとんどを焼失しました。

 その後の再建では、実用性を重んじ、二の丸を中心とした整備が行われ、本丸の櫓は再建されませんでした。現存する石川門は、この後天明8(1788)年に再建されたものです。

 平成13年に菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓が復元され、安政頃の景観が再現されました。(公式サイトを参照して作成)
 

 

玉泉院丸庭園

 

 玉泉院丸庭園
   http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/gyokusen-in/index.html

 玉泉院丸庭園は、加賀藩三代藩主「前田利常」による、寛永11年(1634)の作庭に始まります。その後、五代「綱紀」や十三代「斉泰」などの歴代の藩主により手が加えられながら、廃藩時まで金沢城内玉泉院丸に存在していた庭園です。

 饗応の場として活用された「兼六園」に比べ、藩主の内庭としての性格が強い庭園だったと考えられています。

 庭園は、城内に引かれた辰巳用水を水源とする池泉回遊式の大名庭園です。池底からの周囲の石垣最上段までの高低差が22mもある立体的な造形でした。

 滝と一体となった色紙短冊積石垣などの、意匠性の高い石垣群を庭の構成要素としています。他に類を見ない独創的な庭園であったと考えられています。(公式サイトを元に作成)
 

 

兼六園

 

兼六園
   https://kenrokuen.or.jp/

 金沢といえば「兼六園」を連想しますが、岡山の後楽園、水戸の偕楽園と共に「日本三名園」のひとつとして知られています。江戸時代を代表する林泉廻遊式庭園です。

 春の桜、秋の紅葉、冬の雪吊りなど四季折々の美しさを見せ、いつ訪れても素晴らしい景観を見せてくれます。

 兼六園の写真として必ず登場するのが「ことじ灯籠」や雪吊りされた「唐崎の松」などです。園内には他にも美しく興味深い名勝がいっぱいあります。
 

 

 

長町武家屋敷跡

 長町界隈は、かつての藩士が住んでいた屋敷跡です。

 

「長町武家屋敷跡」として、観光客に人気の高い場所のひとつです。

 土塀の続く町並みの中では、今も市民生活が営まれています。

 

石畳の小路を観光客が散策し、当時の雰囲気をしのんでいます。

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

■ カシャリ! ひとり旅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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