経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編 プロの管理職のあり方2-106 社員の意識を変えるのは不可能に近い?

2023-01-31 12:33:00 | 【心 de 経営】 あたりまえ経営のすすめ2 管理編

■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編 プロの管理職のあり方2-106 社員の意識を変えるのは不可能に近い?

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 管理職も、“真”のプロ管理職にならなければなりません。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 エセプロの多くは、「あたり前のことが、あたり前にできる」ということを軽視しています。

 「今の時代、最新の経営理論に基づく経営が重要である」と「あたり前」を蔑視をしている人もいるほどです。

 では、「あたり前」とは、なんでしょうか?

 「“真”のあたり前」を知らずして、あたり前を軽視して欲しくないですね。

 あたり前は、その辺に転がっているのではなく、「あたり前は創るもの」です。

 1970年代から、半世紀近くの経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ 2部 【管理編】 プロの管理職のあり方

 本シリーズは、経営士・コンサルタントなどの経営専門業・士業の先生方を対象として、第1部の【経営編】をお送りしてきました。しかし、その内容は、視点を変えれば経営者・管理職のためのお話でもあります。ビジネス界においては、フレキシブルな視点の持ち方をできる人が高く評価されるのです。

 筆者は、経営コンサルタントという仕事柄、しばしば管理職研修も実施してきました。その時に、必ずといって問うことは、「管理とは何でしょうか?」ということです。

 管理職の皆さんは、よく勉強していて、私より立派な回答が返ってきます。

 「では、それをどの様に実務に活かしていらっしゃいますか」と問いますと、期待するような回答が返ってきません。

 難しいことを勉強しすぎているのではないでしょうか。知識と実務が乖離していますと、せっかくの知識が知恵として活かせません。

 管理職として、「あたりまえ」なことが、実務で行われているのかどうか、謙虚に自分自身を見ることも大切なのではないでしょうか。

 管理職は、「管理とは何か」「温かい管理」を正しく理解しなければ、部下からも、上司からも、社会からも正しく評価されません。

  温かい管理とは
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/8b7833c2ebc019660a3813e9dedbf92f

 ここでは、管理職なら誰もが知っているようなことを整理してみました。

 知識としてはご存知のことでしょうが、それを実務に活かすにはどうしたらよいのかを考えてくださる契機となると幸いです。

 

■ 第2部1章 リーダーシップあるプロの管理職の発想と行動 

 “真”のプロは、“真”の管理ができなければなりません。“真”の管理は、「温かい管理」が基本です。
 「管理」の基本について、考えてみましょう。

 

■2-06 社員の意識を変えるのは不可能に近い?

 

  カナダの精神科医でありますエリック・バーンの有名な言葉があります。

   他人と過去は変えられないが、
   自分と未来は変えられる

 この言葉を耳にしましたときに、最初は、「なるほどね~」と同調しました。

 経営コンサルタントになり始めの頃は、顧問先で、「こうすれば会社はよくなる」「これを実行すれば売上が上がり、利益率も改善される」と強調しても、空回りをした苦い経験を今でもはっきりと覚えています。

 これらの経験を通していろいろと体験しましたが、経営コンサルタントの存在意義を考えますと、自分自身の力のなさを痛感しました。

 しかし、そこで諦めたのでは、未来を約束されたようなサラリーマン人生を棒にふるってまでして転職したのか、何のために経営コンサルタントになったのか、その初心に戻ることにしました。


 それでは、どのような経営コンサルタントであるべきかという前向きな姿勢で、経営コンサルタントとして進むべき道を模索し始めました。

「他人を変えることができないのであれば、経営コンサルタントがいかによい提案しても企業は良くならない」「それでは、経営コンサルタント業は成り立たず、この様に経営コンサルタント業が存在することはない」と考えるようになりました。

 それでは、どうすれば、他人、ここでは顧問先の人達を変えられるか・・・

 連日、この問題に自問自答しました。その次の日も・・・ そして、また、その次の日も

 このままでは、自分は経営コンサルタントを続けることができないという、恐怖感さえ抱くようになりました。

 そこで思い出しましたのが、既述の通り、日本のロケット開発の先駆者、糸川英夫博士の「逆転の発想」という本のことです。この中で、「スキッドしないタイヤの開発」ということが記述されていたことを思い出したのです。

 顧問先の社員が「他人」なら変えることはできないかもしれませんが、他人ではなく、自分の身内ならどうなのでしょうか、自分の家族ならどうなのでしょうか、自分自身ならどうなのでしょうか、という発想に切り替えたのです。

 最初にご紹介しまた、バーンがいうように、他人は変えられないかもしれませんが、顧問先が「他人」ではなく、自分の会社なら、「変えられる」はずです。

 そこで、これまで顧問先を「御社」とか「貴社」と言っていたのを、「わが社」という言葉に代えるようにしました。他社(者)なら、変えることはできなくても、わが社なら変えることができるかもしれない、否、変えなければ成長派はおろか、存続する危うくなるかもしれないと考えたのです。

 しかし、知識や精神論をいくら説いても、人の考え方や行動、気持ちは変わりません。


 当時、私は、営業部門の戦略的強化という命題を掲げて、クライアントと契約することに焦点を合わせていました。

 自分がアメリカで営業活動をしていたときに感じたのは、顧客との商談の流れにおきまして、自分なりのノウハウを見出すことができるのではないかという仮説を持っていました。

 営業部門強化の骨子も、営業ノウハウの蓄積、←その蓄積は、日常の営業活動のコミュニケーションをベースに進める、←そのためには、営業活動とそれに対する管理職の指導・アドバイス等を関連付けた事項を蓄積することではないかと、仮説から、確信、それを自分の商品と、格上げして行きました。

 蓄積のためには、文書化が必要で、文書化の基本を営業日報としました。しかし、従来の営業日報は、日にち単位で管理されていて、商談の流れというフロー管理には不向きでした。

 フロー管理をしやすい日報を考案して、それを「営業設備」と称して、クライアント獲得活動を始めましたところ順調に進むようになりました。

 営業パーソンに、いくらアドバイスをしても、なかなか効果に結びつかないコンサルティングでしたが、営業設備を使うようになりますと、次第に、営業パーソンの意識も変わり、コンサルティングがしやすくなったのです。

 他人を変えることはできなくても、クライアントの営業パーソンの意識を変える効果的な方法を見つけることができたのです。しかも、その意識を持続させることにも繋がるのです。

 これが、私は半世紀近くも経営コンサルタントを続けられた主因だと断言できます。

  【 注 】 具体的な手法は、関連事項をご参照ください。

 

<次項に続く>

 

【経営コンサルタントの独り言】 プロの管理職のありかた

 社員の意識を変えるのは不可能に近い?
 しかし、管理職は、部下の意識を変えないことには企業は良くなりません。
 では、どうすれば良いのでしょうか。
 さらに重要なことは、それをどの様に維持していったら良いのかということです。

 

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【話材】 昨日01/30のつぶやき うまい話は早々多くはない

2023-01-31 07:20:17 | ブログ

  【話材】 昨日01/30のつぶやき うまい話は早々多くはない

 

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日も、複数のブログで、つぶやき済です。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/282bdb63087479c2a4b08dcbe126343a

晴れ

■ 昨日は、下記のリストのようなことをつぶやきました。

konsarutanto   ◇ 昨日のつぶやき ◇ 

>> もっと見る

 【カシャリ! ひとり旅】を映像にして紹介しています。

   ユーチューブで見

 

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■【きょうの人】 0131 ■ 賓頭盧 びんずるさんと親しまれていますが・・・ ■ 普明国師 春屋 妙葩 ■ 徳川 家康 幼少期は辛い日が多かったそうです

2023-01-31 06:33:00 | 【話材】 きょうの人01月

 

  【きょうの人】 0131 ■ 賓頭盧 びんずるさんと親しまれていますが・・・ ■ 普明国師 春屋 妙葩 ■ 徳川 家康 幼少期は辛い日が多かったそうです

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 徳川 家康 幼少期は辛い日が多かったそうです


 とくがわ いえやす、旧字体:德川 家康
 天文11年12月26日(ユリウス暦1543年1月31日、遡及グレゴリオ暦1543年2月10日)- 元和2年4月17日(グレゴリオ暦1616年6月1日)
 主君 今川義元 → 今川氏真 → 足利義昭 →織田信長[2]→ 豊臣秀吉→豊臣秀頼


 戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・戦国大名で、天下人と呼ばれます。安祥松平家9代当主で、徳川家や徳川将軍家、御三家の始祖です。

 家系は、三河国の国人土豪・松平氏、旧称は松平元康(まつだいら もとやす)で、戦国時代に終止符を打ち、朝廷より征夷大将軍に任ぜられ江戸幕府を開き、三英傑のひとりといわれます。

 幼名は、竹千代、通称は次郎三郎で、のちに蔵人佐とも呼ばれていたようです。諱は今川義元より元信(もとのぶ)を授かり、元康とも名乗っていましたが、今川氏から独立した際に「元」を返上して家康に改めました。

 本姓は、私的には源氏を称していましたが、徳川氏改姓と従五位の叙位に際し藤原氏と称し、豊臣政権では豊臣氏を称した形跡もあるほど、ブランディングを目的として苗字にはこだわりました。天正16年(1588年)以降に源氏を再び称しています。

 このことから、家康の出自は、それほど良いとは言えず、それを糊塗するための戦略でしょう。そこから読み取れることは、一般に知られるほどには肝が据わった男ではなく、小心な面を持っていたのではないかと、勝手に、独断と偏見でもって感じています。

 家康につきましては、多くを語る必要がないほど、よく知られています。

 

■ 賓頭盧 びんずるさんと親しまれていますが・・・

 

 びんずる
 出没不明

 

 釈迦の弟子の一人で、彼の説法が他の異論反論を許さずライオンのようであったため「獅子吼(ししく)第一」と称されています。

 名は、「ピンドーラ」、姓は「バーラドヴァージャ」で、その名前の意味は、「不動」、「利根」といいます。十六羅漢の筆頭です。

 博識であり慈悲深く十善を尊重し、阿羅漢果により神通力を得たといわれています。白髪長眉の相があったといわれることからも、神通力を持つことがうかがえます。

 自分の身体で悪いところがあれば、そこを撫でると除病の功徳があるとされ、なで仏の風習が広がりました。

 

■ 普明国師 春屋 妙葩


 ふめいこくし  しゅんおく みょう
 応長元年12月22日(1312年1月31日)-元中5年/嘉慶2年8月12日(1388年9月12日)


 室町時代の臨済宗の禅僧で、室町幕府の帰依を得て臨済宗相国寺の第二世となりました。事実上の開山国師です。

 五山文化の発展に寄与した。ほかに天龍寺や臨川寺の住職をしています。

 春屋は道号、別号に芥室、不軽子など。諡号は知覚普明国師です。

 母方の叔父である夢窓疎石のもとで受戒すると天龍寺の住職となりました。室町幕府に対して、五山第一の南禅寺の楼門(山門)新築を提言しました。

 幕府は楼門建設の援助をしましたが、南禅寺と紛争状態であった園城寺がこれに強く抗議をしました。

 比叡山の門徒もこれに加わり楼門撤去や妙葩の配流を求め、紛争は政治問題にまで発展してしまいました。

 妙葩は頼之と対立して天龍寺住職を辞して阿波国光勝院、さらに丹後国雲門寺に隠棲することになりました。

 1379年(康暦元年/天授5年)の康暦の政変で頼之が失脚した後に入京し、南禅寺住職として復帰しました。

 

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編 プロの管理職のあり方2-107 コンピテンシーを集合知に活かす

2023-01-30 12:03:00 | 【心 de 経営】 あたりまえ経営のすすめ2 管理編

■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編 プロの管理職のあり方2-107 コンピテンシーを集合知に活かす

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 管理職も、“真”のプロ管理職にならなければなりません。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 エセプロの多くは、「あたり前のことが、あたり前にできる」ということを軽視しています。

 「今の時代、最新の経営理論に基づく経営が重要である」と「あたり前」を蔑視をしている人もいるほどです。

 では、「あたり前」とは、なんでしょうか?

 「“真”のあたり前」を知らずして、あたり前を軽視して欲しくないですね。

 あたり前は、その辺に転がっているのではなく、「あたり前は創るもの」です。

 1970年代から、半世紀近くの経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ 2部 【管理編】 プロの管理職のあり方

 本シリーズは、経営士・コンサルタントなどの経営専門業・士業の先生方を対象として、第1部の【経営編】をお送りしてきました。しかし、その内容は、視点を変えれば経営者・管理職のためのお話でもあります。ビジネス界においては、フレキシブルな視点の持ち方をできる人が高く評価されるのです。

 筆者は、経営コンサルタントという仕事柄、しばしば管理職研修も実施してきました。その時に、必ずといって問うことは、「管理とは何でしょうか?」ということです。

 管理職の皆さんは、よく勉強していて、私より立派な回答が返ってきます。

 「では、それをどの様に実務に活かしていらっしゃいますか」と問いますと、期待するような回答が返ってきません。

 難しいことを勉強しすぎているのではないでしょうか。知識と実務が乖離していますと、せっかくの知識が知恵として活かせません。

 管理職として、「あたりまえ」なことが、実務で行われているのかどうか、謙虚に自分自身を見ることも大切なのではないでしょうか。

 管理職は、「管理とは何か」「温かい管理」を正しく理解しなければ、部下からも、上司からも、社会からも正しく評価されません。

  温かい管理とは
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/8b7833c2ebc019660a3813e9dedbf92f

 ここでは、管理職なら誰もが知っているようなことを整理してみました。

 知識としてはご存知のことでしょうが、それを実務に活かすにはどうしたらよいのかを考えてくださる契機となると幸いです。

 

■ 第2部1章 リーダーシップあるプロの管理職の発想と行動 

 “真”のプロは、“真”の管理ができなければなりません。“真”の管理は、「温かい管理」が基本です。
 「管理」の基本について、考えてみましょう。

 

■2-07 コンピテンシーを集合知に活かす

 

 ビジネスパーソンの多くは、ライバルとか自分が目標としたい人とかを持っているでしょう。それが、自分自身のモチベーションアップにつながることも多いです。

 なぜ、自分は、それらの人より劣っているのでしょうか、という思いを持つこともあるでしょう。

 その特性を知り、身に付ければ、少しは現状よりも自分を成長させることができると思いませんか?

 誰かの優れている点を、分析し、研究し、それを他に転用できれば、「蓄積は力なり」という考えで蓄積してきた自社のノウハウ、集合知を充実するのに活かすことができます。これを「コンピテンシー」といいます。


 「コンピテンシー(Competency)」とは、仕事を効率よくバリバリとでき、業績向上に効果を上げられる、優れた業績や働きぶりをもたらす人に見られる特性のことです。

 コンピテンシーは、「動機(Motive)、性向(Traits)、技能(Skills)、知識(Knowledge)」などにおける総合力であるといわれます。(【Wikipedia】)

 コンピテンシーを活かしている人が、なぜ業績が良いのかを、これらの切り口から見て行きますと、それを自分自身や、自分の業務、会社として等々に活かすことができます。

 業績がよい人は、どの様な気持ち、考え方で仕事に取り組んでいるのでしょうか。自分と、どこが異なるのでしょうかと検討しているうちに、目からうろこが落ちるように、その理由がわかるかもしれません。

 その人達は、どのような性格を持ち、それをどの様に活かし、自分の強みにしているのでしょうか。逆に、自分の弱点を、どの様にカバーしているのでしょうか。自分自身に、それを活用すると自分の長所を活かし、短所をカバーできるようになるかもしれません。

 それらの人達は、その様なスキルや知識を、どのレベルまで身に付け、どの様に活かしているのか、それを比較してみることにより、自分に不足しているスキルや知識を身に付けるとか、レベルアップをさせるとかなどの対応を考えることも必要でしょう。


 当然、コンピテンシーを活かしている人達と、自分は仕事のやり方や取り組み姿勢、性格や育成環境など、多くのことで異なるでしょう。ですから、彼等のコンピテンシーを、そのまま、まねをしてもうまく行かないでしょう。

 自分なりにアレンジして活かす方法を編みだすことにより、自分自身に変化をもたらすことができるでしょう。


 一般的に、コンピテンシーというのは、「長所を転用する」という意味で用いられますが、短所・欠点においても、同じ手法を用いることができます。

 コンピテンシーは、それを身に付けている本人も気づいていないことが多く、本人に直接聞いても、なかなか求めるような回答は得られないでしょう。本人から、感じ取ることが良策といえます。

 その時に、その人の外見的な能力や成果だけを見るのではなく、その人の思考特性とか行動特性というものを深く掘り下げて、多面的に見ていくことが肝要です。

<次項に続く>

 

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【カシャリ!ひとり旅】 山形県山形市 洗心庵庭園(洗心苑) 池泉廻遊式庭園と文化施設 160116

2023-01-30 10:33:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

  【カシャリ!ひとり旅】 山形県山形市 洗心庵庭園(洗心苑) 池泉廻遊式庭園と文化施設 160116

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

■■ 山形県山形市 洗心庵庭園(洗心苑) 池泉廻遊式庭園と文化施設 160116

 山形県緑町庭園文化学習施設「洗心庵」は、民間から寄贈された土地および建物について庭園修景と文化学習施設整備をしたもので、山形県生涯学習文化財団が運営する山形県生涯学習センターの分館です。“山形県緑町庭園文化学習施設”というキャッチフレーズが付いています。

 山形市のシンボル的存在ともいえる『文翔館』から、徒歩で10分もかからないところにあります。

 庭園は、実業家・服部敬雄氏の邸宅の庭園として造園され、氏が亡くなられた後に山形県に寄贈され、2013年より一般公開を開始ました。ホテルオークラなどの庭園を作庭した名造園家岩城亘太郎が手掛け、自ら「東北一」と称した大変見応えのある池泉回遊式庭園です。

 庭園の規模は、もととなる服部邸の庭園程大きくはないのですが、ゆるいアップダウンと流れが美しく表現されています。動から静へ、静から動へと、四季の移ろいを感じられる庭園といわれる由縁です。

 三十種千本の樹木をふんだんに使った池泉回遊式庭園は、限られた空間に自然のあらゆる条件を濃縮して取り入れています。

 庭園内の岩は、地元・蔵王の蔵王石を中心に、秩父の青石や伊豆の天城石なども多く用いられています。燈籠も多く、豊臣秀吉の命で朝鮮から大阪城に収集された“太閤朝鮮燈籠”は、そのひとつです。田中光顕伯爵が明治天皇から拝領したという“御所円筒形守柱”など由緒あるものもあります。

 作庭家・岩城が手掛けた『扇湖山荘』の元所有者であり、「わかもと」でも知られる長尾欽弥の邸宅の庭園にあった「不老門」石柱はユニークな存在です。

 庭園の雰囲気にマッチした、山形県産の木材で作られた和風モダンな建築があります。文化学習施設ですが、庭園鑑賞スポットとしては勿論のこと、書、絵画、写真等の展覧会、演奏会、研修会、会議など幅広い用途に使用できる多目的ホールと和室研修室を備え、多くの方々が心和やかに文化学習活動を楽しむことができる環境が提供されています。環境に配慮し太陽光や地下水など山形の自然エネルギーを最大限活かした先進性の高い施設です。 (解説文は【公式サイト】をもとに作成)

 

■ アクセス

 JR山形新幹線 山形駅より徒歩約30分(※駅にレンタサイクルあり。冬季休業)
 山形駅より路線バス「北高前」バス停下車 徒歩2分

 〒990-0041 山形県山形市緑町1丁目4-28  023-664-2800
 開館時間/午前9時から午後7時まで(夜間利用の申し込みがある場合:午後9時まで)
 休館日/月曜日(毎月第3日曜日、年末年始12/29~1/3)
 入館料/無料(多目的ホール、和室研修室を占有するときは有料)
 

 私は、市役所まで路線バスで移動し、そこから徒歩1分のところにある「文翔館」や「遊学館」を見学してから、徒歩で洗心庵まで行きました。

 

 

洗心庵の入り口はモダンです

 

門を入った前庭

 

田中光顕伯爵が明治天皇から拝領したという

“御所円筒形守柱”

 

豊臣秀吉の命で朝鮮から大阪城に収集された“太閤朝鮮燈籠”

 

 

 庭園の雰囲気にマッチした、山形県産の木材で作られた和風モダンな建築があります。

 文化学習施設ですが、庭園鑑賞スポットとしては勿論のこと、書、絵画、写真等の展覧会、演奏会、研修会、会議など幅広い用途に使用できる多目的ホールと和室研修室を備えています。

 多くの方々が心和やかに文化学習活動を楽しむことができる環境が提供されています。

 環境に配慮し太陽光や地下水など山形の自然エネルギーを最大限活かした先進性の高い施設です。

 

茶室前の池

 

庭園は、実業家・服部敬雄氏の邸宅の庭園として造園され、

2013年より一般公開を開始

庭園は、実業家・服部敬雄氏の邸宅の庭園として造園され、

氏が亡くなられた後に山形県に寄贈され、

2013年より一般公開を開始ました。

ホテルオークラなどの庭園を作庭した名造園家岩城亘太郎が手掛け、

自ら「東北一」と称した大変見応えのある池泉回遊式庭園です。

 

茶室前の池に流れ込む小滝

 

小滝上から茶室方向を望む

 

ホテルオークラなどの庭園を作庭した名造園家岩城亘太郎が手掛け、

自らが「東北一」と称した大変見応えのある池泉回遊式庭園です。

 

一枚板の石橋は、他所にもあります

 

三十種千本の樹木をふんだんに使った池泉回遊式庭園は、

限られた空間に自然のあらゆる条件を濃縮して取り入れています。

 

研修棟方向から流れ来るせせらぎ

 

庭園の規模は、もととなる服部邸の庭園程大きくはないのですが、

ゆるいアップダウンと流れが美しく表現されています。

動から静へ、静から動へと、

四季の移ろいを感じられる庭園といわれる由縁です。

 

大滝

 

庭園内の岩は、地元・蔵王の蔵王石を中心に、

秩父の青石や伊豆の天城石なども多く用いられています。

 

大滝の滝壺

 

大滝下の石橋

 

 

研修棟前庭を流れる

大滝からのせせらぎ

 

研修棟前庭

 

“山形県緑町庭園文化学習施設”というキャッチフレーズが付いた

山形県緑町庭園文化学習施設

山形県生涯学習文化財団が運営している山形県生涯学習センターの分館です。

 

研修東横の四阿風の休憩所より

 

 それほど、広くない庭園ですが、いろいろな物が、適度に配されているのと、ゆったりと流れるせせらぎが多いことから、変化に溢れた庭園といえます。

 ゆったりとした気分で、予定をオーバーして90分ほどの一時を楽しみました。

 この後、遊学館まで戻って、お茶をしながら、遊学館の庭園を楽しみました。

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています

 

 

 

 

  インデックス http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅


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■【あたりまえ経営のすすめ】2部管理編1章05 「逆転の発想」で問題に取り組む

2023-01-30 10:03:00 | ◇経営特訓教室

■【あたりまえ経営のすすめ】2部管理編1章05 「逆転の発想」で問題に取り組む

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 管理職も、“真”のプロ管理職にならなければなりません。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 エセプロの多くは、「あたり前のことが、あたり前にできる」ということを軽視しています。

 「今の時代、最新の経営理論に基づく経営が重要である」と「あたり前」を蔑視をしている人もいるほどです。

 では、「あたり前」とは、なんでしょうか?

 「“真”のあたり前」を知らずして、あたり前を軽視して欲しくないですね。

 あたり前は、その辺に転がっているのではなく、「あたり前は創るもの」です。

 1970年代から、半世紀近くの経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ 2部 【管理編】 プロの管理職のあり方

 本シリーズは、経営士・コンサルタントなどの経営専門業・士業の先生方を対象として、第1部の【経営編】をお送りしてきました。しかし、その内容は、視点を変えれば経営者・管理職のためのお話でもあります。ビジネス界においては、フレキシブルな視点の持ち方をできる人が高く評価されるのです。

 筆者は、経営コンサルタントという仕事柄、しばしば管理職研修も実施してきました。その時に、必ずといって問うことは、「管理とは何でしょうか?」ということです。

 管理職の皆さんは、よく勉強していて、私より立派な回答が返ってきます。

 「では、それをどの様に実務に活かしていらっしゃいますか」と問いますと、期待するような回答が返ってきません。

 難しいことを勉強しすぎているのではないでしょうか。知識と実務が乖離していますと、せっかくの知識が知恵として活かせません。

 管理職として、「あたりまえ」なことが、実務で行われているのかどうか、謙虚に自分自身を見ることも大切なのではないでしょうか。

 管理職は、「管理とは何か」「温かい管理」を正しく理解しなければ、部下からも、上司からも、社会からも正しく評価されません。

  温かい管理とは
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/8b7833c2ebc019660a3813e9dedbf92f

 ここでは、管理職なら誰もが知っているようなことを整理してみました。

 知識としてはご存知のことでしょうが、それを実務に活かすにはどうしたらよいのかを考えてくださる契機となると幸いです。

 

■ 第2部1章 リーダーシップあるプロの管理職の発想と行動 

 “真”のプロは、“真”の管理ができなければなりません。“真”の管理は、「温かい管理」が基本です。
 「管理」の基本について、考えてみましょう。

 

■2-05 「逆転の発想」で問題に取り組む

 

 経営コンサルタントを長年やってきていますが、新規の顧問先だけではなく、経営者・管理職とお会いするときにもしばしば、「御社では、営業日報を使っていますか」という質問をします。

 多くの場合、「何を、当たり前なことを訊くのか」という顔をされます。「もちろんです」という元気な声が返ってくることもあります。

「活用していますか?」と尋ねますと、一瞬戸惑ったり、口ごもったりしました後、「ええ、もちろんです」という答が返ってきます。

 さらに、「効果が上がっていますか?」と尋ねますと、次第に声が小さくなって行きます。


 これは、何を物語っているかといいますと、「実行しても,実効に繋がっているとは限らない」ということを認識して欲しいということです。

 宗教家のアーノルド・ウィパー氏は、「知っていても、実行していなければ、知らないのと同じことである」という名言を発しています。

 ゴルファーの中には、教え魔と呼ばれる人が多くいます。ゴルフ関連の書籍や雑誌は、数えられないほどで回っていますので、いろいろな知識や情報を得ることができます。

 しかし、いくら、それらを読んだり、ビデオを視たりしましても、なかなか上達しません。すなわち、「知っている」ということと「できる」ということは異なるのです。

 お役所の役人の多くは、超有名大学を卒業している方がたくさんいます。彼等は、頭もよく、エリートコースをばく進しています。ところが、お役所から出される法律案は、ざる法が多いです。

 それどころか、ざる法であることを知りながら、法律案として出して、数を背景に国会を通しています。

 法案が出されるということは、その必要性があるからで、頭のよい彼等は、それよくわかっています。しかし、自分達は、問題を解決するために、法案を出しています、と、自分達が、やっていることを主張する行為が横行しています。

 すなわち、必要性を「知っている」けど、本来、効果が上がるような立法を「やっている」とは、言えないのです。「知っている」ということと、「やっている」と言うことは異なるのです。

 ましてや、それにより「効果を上げている」とは、言えないことが多いのです。

 法律、営業パーソンでいいますと、「知識」を使っていますが、法律が機能しない、すなわち、「効果が上がっていない」のです。

 いくら実行しても、実効に繋がらないのでは、企業経営は成り立ちません。「一所懸命にやっています」だけで、「それは素晴らしいですね」とは言っても、経営者の存在価値は、「無」でしかありません。成果に結びつかなければ、企業は続けていけないのです。

 「管理とは、個を活かし、個を束ね、組織で動いて、結果に結び付ける」行為でもあるのです。

 

 

 

【 注 】 詳細は、それぞれの当該する項をご参照ください。

<次号に続く>

 

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【話材】 昨日01/2のつぶやき 江戸時代の男性は結婚難

2023-01-30 07:20:38 | ブログ

  【話材】 昨日01/29のつぶやき 江戸時代の男性は結婚難

 

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日も、複数のブログで、つぶやき済です。

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晴れb23

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■【きょうの人】 0130 勝海舟 咸臨丸には福沢諭吉も同船

2023-01-30 06:33:00 | 【話材】 きょうの人01月

 

  【きょうの人】 0130 勝海舟 咸臨丸には福沢諭吉も同船

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 目的を見つけよ インド独立の父ガンディーの名言

 

 マハートマー・ガーンディー、モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー
 1869年10月2日-1948年1月30日

 

 インドのグジャラート出身で、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで学んだのち弁護士となった宗教家、政治指導者で、「インド独立の父」と呼ばれています。

 「マハートマー」とは「偉大なる魂」という意味で、ガンディーの尊称として付けられています。インド人は、親しみをこめて「バープー」(「父親」の意味)と呼ぶということを知人から教えてもらいました。

 インドで毎年10月2日は「ガンディー記念日」という国民の休日となっています。

 インドのイギリスからの独立運動を指揮し、「非暴力、不服従」を提唱し、民衆暴動やゲリラ戦の形をとらずに独立を勝ち取りました。

 5回もノーベル平和賞の候補に挙がったのですが受賞を固辞したのか受賞には至っていません。2007年6月の国連総会で、ガンディーの誕生日を国際非暴力デーという国際デーとすることが決議されました。

 ガンディーの名言のひとつに、「目的を見つけよ。手段は後から着いてくる。」という言葉があります。めざすものが明確になりますと、その実現のために一所懸命に取り組みます。何を、どの様にやるかは、その過程で自ずとついてくると言うことでしょう。

 もし、手段を間違えているとしたら、「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり(吉田松陰)」ということではないでしょうか。

 

■ 勝海舟 咸臨丸には福沢諭吉も同船
 

 かつ かいしゅう
 1823年3月12日〈文政6年1月30日〉- 1899年〈明治32年〉1月19日)

 

 江戸時代末期(幕末)から明治時代初期の武士(幕臣)で政治家、位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は伯爵です。

 初代海軍卿となり、山岡鉄舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と呼ばれています。

 幼少時の文政12年(1829年)、親類・阿茶の局の紹介で、江戸幕府11代将軍・徳川家斉の孫・初之丞(後の一橋慶昌)の遊び相手として江戸城へ召されました。

 一橋家の家臣として出世する可能性もありましたが、慶昌が天保9年(1838年)に早逝しました。同年、父の隠居で家督を相続することになりました。

 嘉永6年(1853年)に、ペリー艦隊が来航(いわゆる黒船来航)し開国を要求されますと、幕府老中首座阿部正弘は幕府の決断のみで鎖国を破ることに慎重になりました。

 海防に関する意見書を、幕臣はもとより諸大名から町人に至るまで広く募集しました。これに海舟も海防意見書を提出、意見書は阿部の目に留まることとなりました。

 目付兼海防掛だった大久保忠寛(一翁)の知遇を得たことから安政2年(1855年)1月18日に、異国応接掛附蘭書翻訳御用に任じられて念願の役入りを果たしたのです。

 長崎海軍伝習所時代、海舟は頻繁に船酔いに苦しんでいたこともあり、船乗りにとても向かない体質から帰府の話が浮上しましたが、すぐには実現しませんでした。
 外国奉行永井尚志と水野忠徳が遣米使節を建言すると、安政6年1月5日に朝陽丸に乗って1月15日に帰府、幕府から軍艦操練所教授方頭取に命じられ、新たに造られた軍艦操練所で海軍技術を教えることになりました。

 咸臨丸には、軍艦奉行・木村喜毅(艦の中で最上位)、教授方頭取として海舟が任ぜられました。通訳のジョン万次郎、木村の従者として福沢諭吉(福澤諭吉)も乗り込みました。

 咸臨丸の航海を諭吉は「日本人の手で成し遂げた壮挙」と自讃しているが、実際には日本人乗組員は船酔いのためにほとんど役に立たず、ブルックらがいなければ渡米できなかったという説があります。

 アメリカ滞在中は政治・経済・文化など何もかも日本と違う文明に衝撃を受けました。

 海舟と木村の対立があったようで、自分達は一国を代表してアメリカへ来たという意識があった海舟と、そういう意識が無かった木村との間が上手くいかなかったことが原因のようです。

 明治も半ばを過ぎてから、諭吉が「瘠せ我慢の説」で新政府に仕えた勝を攻撃したことで知られる諭吉と勝の確執も、咸臨丸航海から始まっているといわれています。


 文久3年(1863年)に坂本龍馬の名前が海舟の12月29日付の日記に出てきますが、両者のそれ以前の交流は不明です。

 家茂を補佐するなどはあったものの、保守派から睨まれていた上、頼りにしていた松平春嶽も政局を放り出して離脱、海舟は孤立した時期もあります。

 家茂は朝廷から攘夷を約束されたため、攘夷が不可能であると考える海舟にとってはやりづらい状況となりました。幕府の命令で長崎に滞在、オランダ総領事ポルスブルックと交渉して、上奏したりしましたが、下関戦争が発生したり、期待していた参預会議も一橋慶喜の策動で解体されたりと思う様に進みません。

 佐久間象山が暗殺されたり、禁門の変が発生したり、続く第一次長州征討で幕府は勢いづき公議政体論の見通しは無くなったりして、海舟の立場は危うくなったりもしました。


 慶応4年(明治元年、1868年)、戊辰戦争の開始および鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が敗北し官軍の東征が始まると、幕府の要職を罷免された海舟は、最後の陸軍総裁に起用されました。

 幕府側についたフランスの思惑も手伝って徹底抗戦を主張する小栗忠順を慶喜が罷免、海舟はに海軍奉行並、続いて徳川家の家職である陸軍総裁に昇進しました。

 官軍が駿府城にまで迫ると、早期停戦と江戸城の無血開城を主張、ここに歴史的な和平交渉が始まり、新政府側を援助していたイギリスを利用し、英国公使のパークスを抱き込んで新政府側に圧力をかけさせました。

 その様なときに、有名な西郷隆盛との階段が開かれたのです。勝野準備が、西郷を納得させたとも言えるかもしれません。しかし、「パークスの圧力」を利用することはできなかったとも言われています。

 晩年の海舟は、ほとんどの時期を赤坂氷川の地で過ごし、政府から依頼され、資金援助を受けて『吹塵録』(江戸時代の経済制度大綱)、『海軍歴史』、『陸軍歴史』、『開国起源』、『氷川清話』などの執筆・口述・編纂に当たる一方、旧幕臣たちによる「徳川氏実録」の編纂計画を向山黄村を使い、徳川家のスキャンダルが外に出ないような工作もしました。

 最晩年は、孤独な生活だったといわれています。活躍が報われなかったのが、寂しいですね。

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

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◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

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◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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■【今日は何の日】 1月30日 3分間電話の日 月探査レインジャー計画

2023-01-30 00:03:00 | 【今日は何の日01月

 

  【今日は何の日】 1月30日 3分間電話の日 月探査レインジャー計画

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 月探査レインジャー計画

 
 1964年1月30日、アメリカの月探査機「レインジャー6号」が打上げられました。

 米ソ宇宙開発競争の中で、積極的に月探査計画を進めていました。月面近接撮影等が1959年より開始され、レインジャー計画と命名されました。レインジャー6号はその一環で大きな成果を上げました。
 

■ 3分間電話の日

 
 今日、固定電話を利用する機会は非常に少なくなっています。しかし、その必要性もあり、携帯電話利用者は、その維持管理のための費用を毎月数円ではありますが支払わされています。

 家族内は無料通話などのサービスのおかげで、通話料金は携帯電話初期ほどには気にしなくなりました。しかし、まだまだ料金は高いですね。

 私は、SKYPEを使って電話をすることが結構あり、そのおかげでSKYPEを利用していない人にも少ない料金で電話をかけられます。

 1970(昭和45)年1月29日までは局番内は10円で時間は無制限でした。ところが、この年1月30日からの公衆電話からの市内通話の料金が3分で10円になりました。

 ただし、自宅の電話からはその後数年間は、10円で無制限の時代がありました。

 

(ドアノブ)

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【話材】 昨日01/28のつぶやき 温かい管理 社員の意識を変えるのは不可能に近い?

2023-01-29 07:08:08 | ブログ

  【話材】 昨日01/28のつぶやき 温かい管理 社員の意識を変えるのは不可能に近い?

 

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■【きょうの人】 0129 ■ 公海 生誕 天海僧正の後継者 ■ 菊池大麓 生誕 数学者・教育行政官

2023-01-29 06:33:00 | 【話材】 きょうの人01月

 

  【きょうの人】 0129 ■ 公海 生誕 天海僧正の後継者 ■ 菊池大麓 生誕 数学者・教育行政官

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 公海 生誕 天海僧正の後継者


 こうかい
 慶長12年12月12日(1608年1月29日) - 元禄8年10月16日(1695年11月22日)


 江戸時代前期の天台宗の僧で、天海の弟子。父は花山院忠長、母は本願寺教如の娘で、天海の没後に日光山貫主を継承しました。

 1620年(元和6年)天海僧正の門に入り、1643年(寛永20年)に、天海が没するとその法をついで東叡山寛永寺に住し、天台宗の総本山である比叡山・徳川家康を祀る東照宮のある日光山を管理下に置いて天台宗一宗を管領するようになりました。

 1647年(正保4年)に、僧正に任じられ、翌1648年(正保5年)には大僧正に就任しました。

 天海の遺志をつぎ山科(現在:京都市山科区)毘沙門堂を復興しています。まさに、師展開を尊敬する功績ですね。

 

■ 菊池大麓 生誕 数学者・教育行政官


 きくち だいろく
 1855年3月17日(安政2年1月29日)- 1917年(大正6年)8月19日)


 明治時代から大正時代にかけての日本の数学者で、教育行政官を務めました。男爵の爵位を持っていました。

 東京帝国大学(東京大学の前身)や、京都帝国大学(京都大学の前身)ほか、数大学の総長等を務め、教育にも貢献しています。

 蘭学者の箕作秋坪とつね夫妻の次男として江戸に生まれ、父の実家・菊池家の養嗣子となりました。

 蕃書調所(東京大学の前身)で英語を学び、1867年(慶応3年)と1870年(明治3年)の2度に亘り英国に留学しました。2度目の留学ではケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジで数学と物理学を学び学位を取得しています。ケンブリッジ大学を卒業した初めての日本人留学生なのです。

 帰国後の1877年(明治10年)、東京大学理学部教授となり、近代数学を初めて日本にもたらしました。

 同大学総長、学習院院長、京都帝国大学総長など、錚々たる大学で共育に携わってきました。

 理化学研究所初代所長等を歴任し、1902年(明治35年)には男爵を授爵されました。福澤諭吉とは知己の仲で、1874年(明治7年)には、福澤に招聘されて明六社に参加、福澤がその後に設立した交詢社にも発足時常議員としてもその名を連ねています。

 菊池は数学者・教育者であるとともに政治的手腕も持っていたそうで、1890年(明治23年)9月に貴族院勅選議員に勅任されています。

 文部省で専門学務局長から、1897年(明治30年)11月から翌年5月まで第2次松方内閣から第3次伊藤内閣にかけての文部次官となり、後に文部大臣を拝命しています。

 

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■【今日は何の日】 1月29日 タウン情報の日 昭和基地開設記念日 人口調査記念日

2023-01-29 00:03:00 | 【今日は何の日01月

  【今日は何の日】 1月29日 タウン情報の日 昭和基地開設記念日 人口調査記念日

 


 一年365日、毎日が何かの日です。
 季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。
 これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。
 独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

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■ 人口調査記念日

 
 江戸は、世界第一の都市であったということを聞いたことがあります。

  日本の正確な人口数は、国勢調査による方法がありますが、近年、国勢調査に協力しない人が増え、住民登録による数値との乖離が大きくなっていると聞いています。

  1872(明治5)年1月29日に、日本で最初全国戸籍調査が行われました。それを記念して1月29日を「人口調査記念日」として制定されました。

  その当時の人口は、3000万人程度だったと言いますから、現在の四分の一ほどであったと言えます。また、今日では女性の比率が高いのですが、3%弱、男性が多かったようです。

 男性の結婚難の時代は、江戸時代から引き続き、明治の前半までもずれ込んでいたのですね。
 
■ 昭和基地開設記念日

 
 南極をテーマにした映画やテレビ番組では、感動が多いようです。

 1957(昭和32)年1月29日に、日本の南極観測船宗谷に乗って行った観測隊が、南極のオングル島へ上陸し、昭和基地を開設しました。これを記念して、1月29日を「昭和基地開設記念日」としました。
 
 奇しくもその年からその翌年にかけては「国際地球観測年」でした。当時、南極大陸には日本を始め12か国による観測網が敷かれたのです。

 毎年11月に観測隊が出発しますが、昔は「観測船」であったのが「観測艦」と名称が変わってきています。重装備になったと言うことでしょうか。

 観測船宗谷の時代に、宗谷が氷に阻まれて前進も後退もできなくなったときに、ソ連(現在のロシア)のオビ号によって氷海を脱出したというニュースはいまでも鮮明に覚えています。
 

■ タウン情報の日

 タウン情報全国ネットワークが、1973(昭和48)年に、日本初の地域情報誌『ながの情報』が発行されたことを記念して制定しました。

「全国各地からの最新ローカル情報を見よう!」というキャッチコピーで、ネットで情報が提供されています。

  https://www.tj-net.co.jp/

 その事業内容は、同社サイトによりますと、下記のようになっています。

  日本全国の地方都市で発行されている
  タウン情報誌・フリーペーパーを
  中心メディアとしたソリューション提供、
  およびコミュニケーションプランの企画立案


 地方の市町村ですと、なかなか定期的な発行はむつかしいでしょうが、それをサポートする企業があると継続しやすいですね。

 一方で、そのために、地方毎の特色が薄まってしまうのではないかという懸念もあります。

 

【経営コンサルタントの独り言】 タウン情報の日

 一時、タウン情報誌が脚光を浴びましたが、最近、やや下火のような気がします。

 トヨタが2023年にトップ交代を発表しました。
 その時に、「トヨタイズム」を強調しています。
 トヨタイズムは、地元を大切にする地域との関わり合い重視の考え方です。
 トヨタ・イズム(トヨタ主義)を「トヨ・タイズム」と区切ると「トヨタのタウン誌」のように読み取れる気がします。

 

■ その他
◇ 旧七草  
◇ 水沢黒石寺蘇民祭  
◇ 松山椿祭
 

(ドアノブ)

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【ブログ 経営コンサルタントの育成と資格付与】

 日本経営士協会は、特定非営利活動法人として内閣府による認証を受けた経営コンサルタント団体です。1951年に誕生し、経営コンサルタント育成と経営士・士補資格付与活動を1953年から積極的に行ってきている、日本で最初に設立され、約65年もの永きにわたりまして社会貢献をしてきています。
 このブログは、主に次のような方々を対象に、時宜に即した情報を毎日、原則として複数本のブログをお届けしています。経営というのは、根底に流れいるものは、下記のいずれにも共通し、視点を変えるだけでそれを応用することができるという信念を基に、あえて三兎を追っています。

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【話材】 昨日01/27のつぶやき 年間報酬3千万円越が10年続くコンサルタント

2023-01-28 07:46:36 | ブログ

 


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【話材】 昨日01/27のつぶやき 年間報酬3千万円越が10年続くコンサルタント

2023-01-28 07:46:36 | ブログ

 

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■【きょうの人】 0128 ■ 本聖上人 武田・羽柴・徳川の庇護を受ける ■ 真盛上人 天台宗真盛派の宗祖

2023-01-28 06:33:00 | 【話材】 きょうの人01月

 

  【きょうの人】 0128 ■ 本聖上人 武田・羽柴・徳川の庇護を受ける ■ 真盛上人 天台宗真盛派の宗祖

 

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■ 真盛上人 天台宗真盛派の宗祖


 しんせい
 嘉吉3年1月28日(1443年2月27日) - 明応4年2月30日(1495年3月26日)
 諡号は円戒国師・慈摂大師


 戦国時代の天台宗の僧で、伊勢に生まれました。天台宗真盛派(現在の天台真盛宗)の宗祖です。

 一四歳で剃髪し、幼名から「眞盛」と名を改めました。

 比叡山西塔の慶秀に師事し、天台宗の教学を20余年にわたって学びました。その後、黒谷青龍寺に隠遁し、「往生要集」に拠り称名念仏を唱えました。戒律と称名念仏の一致、無欲と慈悲などを説きました。

 かつて良源や源信などが住み、円観が円頓戒の本寺としたこともある近江国坂本の西教寺を再興して、天台宗真盛派の本寺としました。

 近江・伊勢・越前を巡錫(じゅんしゃく)し、後土御門帝に円頓戒を授け「円戒国師」の号を下賜されました。また、明治天皇より「慈摂大師」の号も賜っています。

 

■ 本聖上人 光前寺開祖、武田・羽柴・徳川の庇護を受ける


 長野県光前寺の開祖です。比叡山にて研学修業の後、太田切黒川の瀑の中より不動明王の尊像を授かり、現在の長野県駒ヶ根市赤穂29に寺を開きました。

 毎年1月28日には、初不動祈祷が執り行われます。

 同寺では、以来千百余年の長い歳月の間には幾多の火災等により古記録を焼失しました。古くは武田・羽柴家等の武将の保護を受け、特に徳川家からは地方寺院としては破格の六十石の寺領と十万石の大名格を与えられるなど、隆盛をきわめました。

 明治以後は、多くの末寺等 も廃寺となりましたが、今 なお樹齢数百年の杉の巨 木に囲まれた境内には、十 余棟の堂塔を備え、長野県 下屈指の大寺であり、南信 州随一 の祈願霊場として広 い信仰をあつめています

 光前寺公式サイトによりますと、開基本聖上人は、比叡山にて研学修行の後、太田切黒川の瀑の中より不動明王の尊像を授かり、この地に寺を開かれました。

 以来千百余年の長い歳月の間には幾多の火災等により古記録を焼失しました。古くは武田・羽柴家等の武将の保護を受け、特に徳川家からは地方寺院としては破格の六十石の寺領と十万石の大名格を与えられるなど、隆盛をきわめました。

 明治以降は、多くの末寺等も廃寺となりましたが、今なお樹齢数百年の杉の巨木に囲まれた境内には、十余棟の堂塔を備え、長野県下屈指の大寺であり、南信州有数の祈願霊場として広い信仰をあつめています。

 光前寺のサイトでは、次のように紹介されています。

 光前寺は貞観2年(860年)に本聖上人によって開かれた天台宗の古刹です。

 戦国時代には武田、羽柴家等の武将の保護を受け、徳川時代に入ると徳川家からは地方寺院としては破格の60石の寺領と10万石の大名格を与えられるなど、隆盛を極めた。

 境内には樹齢数百年の杉の巨木に囲まれ、本堂を始め、十余棟の堂塔を備える長野県屈指の大寺です。

 春の枝垂れ桜や光苔、そして秋の鮮やかな紅葉風景は光前寺庭園として国の文化財「名勝」に指定されております。

 霊犬早太郎伝説の寺としても知れ渡り、静寂な中にも風情と格式が漂い、年間約30万人の善男善女の人達が訪れ、信州の古刹と美しい庭園風景を楽しんでおります。

 2010年には開創1150年祭と7年に一度の御開帳が開かれました。

光前寺 【カシャリ! ひとり旅】
  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/nagano/nagano-kouzenji1.htm

 

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

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◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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