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2019年秋『ヘレン・ケラー 〜ひびき合うものたち』西日本・東日本ツアー【第4週目】

2019-10-24 00:54:00 | 全国巡回公演

 

トップの写真は姫路南高校さんから「ぜひ、使って欲しい!」ということでカーテンコール時にサプライズで頂いたうさぎのぬいぐるみ"ミナミちゃん"です。

生徒さんの刺繍入りです。ヘレンのおもちゃ箱に入っています。嬉しいサプライズを本当にありがとうございます!

 

 

 

お待たせして、申し訳ありません。2019年秋『ヘレン・ケラー 〜ひびき合うものたち』西日本・東日本ツアーの4周目のブログです。

まだまだ夏の空気が残る9月中旬に、岡山県で初日を迎えスタートした『ヘレン・ケラー〜ひびき合うものたち』の東日本・西日本巡回公演は、季節は秋を感じる時期に入りました。

 

 

10月8日  (火)【兵庫県】網干高校/姫路南高校 姫路市文化センター大ホール

10月9日  (水)【鳥取県】鳥取商業高校 同校体育館

10月10日(木)【愛知県】黄柳野高校  同校体育館

この4校の学校で公演を行ってきました。

 

巡回公演4週目の始まり、10月8日は2校合同公演で午前・午後の2回公演でした。

 

 

網干高校

午前の公演は網干高校での公演です。

開演の前には以前にもヘレン・ケラーの公演を一度見ているご担当の先生が「今日の公演を楽しみにしていました。」と劇団員に声をかけて下さいました。

公演中の網干高校の生徒さんは、開演の音楽が流れ始めるとピタッと静かになり、少し緊張感の漂う集中した劇場空間でした。

休憩をはさみ、2幕が開演すると今度はリラックスした状態で、いろんな表情を向けながら舞台に向かってくれていました。

カーテンコールでは素敵な花束と生徒会長さんがお礼の言葉を送ってくれ、言葉の中には「自分はヘレン・ケラーは三重苦の重い生涯を乗り越えた人、という認識だけでしたが、今日の公演を見てヘレンがサリバン先生と出会っていく中で一緒に生涯を乗り超えて行ったことを感じました。」

とありました。

終演後には生徒さんたちの送り出しにロビーに向かいました。

生徒さんたちは「ありがとうございました」「楽しかったです」と元気よく声をかけてくれたり、握手をしにきてくれたり、いろんな形で公演の感想を伝えてきてくれました。

最後にご担当の先生も声をかけにきてくださり、「過去にも一度見ているのですが一番自分の中にも響くものがありました。」と話して下さいました。

 

 

姫路南高校

午後の公演は姫路南高校での公演です。

前日の舞台仕込みから、ご担当の先生が演劇部の一年生の生徒さんたちと共に迎え入れてくれ、来てくれた2人の生徒さんたちは、自分たちの強い希望で保護者の方にも許可を得て「舞台の仕込みを手伝いたい」という意思できてくれました。

 

先生は生徒さんたちを公演はもちろん、舞台の裏側や風の仕事に触れさせたいという思いで生徒さんたちに声をかけて下さっていました。

生徒さんたちは大掛かりな舞台がどういう風に組み上がっていくのか、どれだけの道具が11トントラックの中に積まれているのか、最後の照明のあたりチェックまで興味を持ちながら、劇団員と一緒になって一生懸命に手を貸してくれました。

最後に手元の作業から離れ自分たちが組んだ舞台の全体を見て「すごい!」と驚いていました。

本番では一人一人が今出会っているものや感じていることを大事にしているかのように表情を変えながら、舞台上で起こっていることに体ごと向けて見てくれていました。

公演後には前日に舞台の仕込みを手伝ってくれた生徒さんたちに加え演劇部、放送部の6人の生徒さんが舞台の撤去作業に参加してくれました。

舞台をバラバラにする作業の前に、舞台見学を行い、作業の後には余った時間ではありましたが座談会を行いました。

生徒さんたちは自分がこれから向かうものへの不安や疑問、舞台を見て自分が感じたことをぶつけて来てくれました。

彼女たちから出てくる言葉はとても繊細なもののように感じました。

ご担当の先生は何度も風の公演を見て下さっていて本当にこの公演での生徒さんちの姿や今回の公演での繋がりをとても喜んで下さっていました。

ここで繋がった出会いがきっと新たな出会いへ広がっていくことを感じる、人の姿がありました。

 

 

鳥取商業高校

鳥取商業高校での公演は、鳥取県文化振興財団の主催で行われた公演でした。

人権学習の一環として、3年生のみ165人の参加で、鳥取商業高校の体育館で行いました。

生徒さんたちが人権学習の中で、障害を抱えている人の立場を実際に体験する学習を行っていることをご担当の先生から伺いました。

生徒さんたちはアイマスクをつけて"見えない"状態を経験したり、耳栓をして"聞こえない"状態を経験していて、その中で「ヘレン・ケラー」の舞台と向き合って欲しいという先生の思いと、鳥取文化振興財団の方々の鳥取の子供たちに本物の舞台に触れてもらいたいという思いが繋げた公演でした。

生徒さんたちは体育館に入ってくると、「うわーなにこれ!?」「すごーい!」と体育館に組み上がった舞台セットに驚きの声を上げながら元気よく入場して来ました。

 

本番に入ると一瞬にして賑やかだった客席は静かになり、ものすごく集中した様子で前のめりに舞台に向かっていました。

 

公演後にはほとんどの生徒さんたちが舞台見学に残り、舞台に上がって道具に触れたり、役者に声をかけてくれました。

生徒さんだけでなく先生方も一緒になって、舞台見学をしていました。

座談会にも多くの生徒さんが集まってくれ、自分自身が頑張ってることこれからやりたいことをヘレン・ケラー役の倉八にそれぞれの思いをぶつけている様子でした。

 

舞台見学後の撤去作業の中では本当に体いっぱい一生懸命に力を貸してくれ、劇団員や同じ学年の仲間たちとお互いに声をかけあいながらお手伝いをしてくれている彼らの姿に、彼らのチームワークを見たように思いました。

 

先生方もそんな生徒さんたちを褒めていました。

 

 

黄柳野高校

 

 黄柳野高校での公演は今回で4回目となる公演で、そのうち「ヘレン・ケラー」の上演は今回で2回目となります。

さらに、去年は「ジャンヌ・ダルク」を上演していて、2年連続の公演となりました。

先生からのご案内で昼食は学校内の学食を頂きました。食堂の入り口の目の止まりやすい場所には去年上演した「ジャンヌ・ダルク」の色紙が飾られていました。

入場時間前に何人かの生徒さんが舞台見学にきてくれました。

中にはこの日のために「ヘレン・ケラー」の本を読んで勉強して来た、という子や小学校のときに読んだ「ヘレン・ケラー」の伝記を思い返した、という子がいました。

 

本番中の彼らは自分の感覚で出会いたいものや見たいものに自由に向き合ってくれていたように思います。

カーテンコールでは代表の生徒さんが「ヘレン・ケラーがサリバン先生とぶつかり合いながら言葉に出会っていく姿に感動しました。」とあいさつしてくれました。

そのあと校長先生からのあいさつもあり、校長先生は舞台に向かう生徒さんたちを褒め、「涙が出そうになりました。」と熱のある言葉を我々劇団員、そして黄柳野高校の皆さんに伝えて下さいました。

 

終演後すぐにたくさんの生徒さんたちが舞台裏に来てくれそれぞれ役者やスタッフを捕まえて、自分が感じたことや受け取ったもの、思い返したことや自分の夢、いま夢中になっていることを話してくれました。

舞台の片ずけにも何人かの生徒さんが残ってくれ、「ジャンヌ・ダルク」の時もお手伝いに来てくれた3年生の女子生徒さんと生徒会の子たちが中心となって、最後まで一生懸命に手を貸してくれました。

黙々と手伝ってくれていた生徒会の子が最後に「自分は転校して来たんですが、前の学校でもこのヘレン・ケラーを見ました!」とその時の記憶を話してくれ、本当に再会の多い公演であったことを嬉しく思いました。

 

 

 

たくさんの自分以外の誰かを思う強い繋がりの中で出会っていること、そして人の願いが募っていく出会いや再会がここにあることを感じます。

出会った人たちが伝えて来てくれた思いや言葉を抱えて、待ってる人たちのところへ向かって行きたいと思います。

 

 

アニー・サリバン役 高階ひかり

 



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
重 h・kを評価しないことは差別でありヘンケんというのなラ (芋田治虫)
2020-10-20 18:10:01
これは障碍者差別がひどい国及びそうでない国ではもちろん、福祉大国でも、そうでない国でも、起こりえることであり、今後日本はもちろん、その周辺国、反日国家、親日国家関係なく、で十分にあり得ることであり、戦争が大好きな国でも、大嫌いな国でも、どういう主義思想、政策を行う国でも、起こりえることであり、寛容さを捨て、少数派と、ズレた意見を含む、他者の意見に耳を傾け、向き合おうとしなくなれば、いつでも起こりえることである。

重 h・kを評価しないことは差別でありヘンケんというのなラ
                                                                         
自分の住む国jという国で、多くの障碍者が殺される事件があったとき、その事件を起こした殺人犯と同じように「障碍者は皆殺しにするべきだ」という人達を、jの政府が攻撃したとき、jの多くの人達は攻撃した。
同時に「一部の障碍者を皆殺しにするべきだ」という人達も、jの政府は攻撃し、jの多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、障碍者だから過去に差別を受けて、差別を受けるのが怖く、また、そういう人達に報復をしようと思い攻撃した。
その直後、jの政府が、h・kという、幼い時に視覚と聴覚を失い、声を発することができない、重度の障碍者になったにも関わらず、ものすごく頭のいい人達が通う大学に合格して卒業し、世界各地を歴訪し、戦争や死刑制度に反対して、障害者の教育や福祉の発展に尽くした、重度の障碍者の偉人を、批判したり評価しない人達を、障碍者以外は攻撃した時、jの少数の人達は疑問を抱いたが、多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、h・kを尊敬していたから攻撃した。
そして時は流れ、jの政府が、重度の障碍者を皆殺しにした、uという国から来た難民は、保護したが、その国の移民を、障碍者以外は攻撃した時、少なくない人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達もいたが、半数以上の人達は攻撃した。
もちろん、自分は軽度の障碍者だったので、何か変だとは思ったが、uが怖いので攻撃した。
長い年月が経ち、jの政府が、精神病院を廃止した、iという国の移民や「精神病院を廃止しろ」という人達を、障碍者以外攻撃したとき、半数以上の人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達も少なくなかったが、半数近くの人達は攻撃した。
自分は、軽度の障碍者であって、何か不安に思ったが、精神病患者ではなく、jは好きではなかったので攻撃した。
そして、自分の晩年、jの政府が軽度の障碍者及び精神障碍者やバカな人達などを攻撃したとき、半数の人達が攻撃され、後悔したが遅すぎた。
自分は精神障碍者ではないが、軽度の障碍者でバカなので攻撃された。
その時、自分にできることは何もなかった。

追伸・この物語の主人公「自分」のモデルは実在します。
もちろん、俺はこの人を良く知っています。
その人は最近まで、h・kのような人を尊敬していました。
今では批判していますけどね。
この人は、5ちゃん(旧2ちゃん)や、いろんなブログにも、書き込んでいます。
もしかしたら、今日も5ちゃん(旧2ちゃん)や、いろんなブログを閲覧して、何か書き込んでるかもしれませんね。
返信する
2020-10-20 18:10:01の修正版 (芋田治虫)
2020-10-26 18:09:27
重 h・kを評価しないことは差別でありヘンケんというのなラ

自分の住む国jという国で、多くの障碍者が殺される事件があったとき、その事件を起こした殺人犯と同じように「障碍者は皆殺しにするべきだ」という人達を、jの政府が攻撃したとき、jの多くの人達は攻撃した。
同時に「一部の障碍者を皆殺しにするべきだ」という人達も、jの政府は攻撃し、jの多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、障碍者だから過去に差別を受けて、差別を受けるのが怖く、また、そういう人達に報復をしようと思い攻撃した。
その直後、jの政府が、h・kという、幼い時に視覚と聴覚を失い、声を発することができない、重度の障碍者になったにも関わらず、ものすごく頭のいい人達が通う大学に合格して卒業し、世界各地を歴訪し、戦争や死刑制度に反対して、障害者の教育や福祉の発展に尽くした、重度の障碍者の偉人を、批判したり評価しない人達を、障碍者以外は攻撃した時、jの少数の人達は疑問を抱いたが、多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、h・kを尊敬していたから攻撃した。
そして時は流れ、jの政府が、重度の障碍者を皆殺しにした、uという国から来た難民は、保護したが、その国の移民を、障碍者以外は攻撃した時、少なくない人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達もいたが、半数以上の人達は攻撃した。
もちろん、自分は軽度の障碍者だったので、何か変だとは思ったが、uが怖いので攻撃した。
長い年月が経ち、jの政府が、精神病院を廃止した、iという国の移民や「精神病院を廃止しろ」という人達を、障碍者以外攻撃したとき、半数以上の人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達も少なくなかったが、半数近くの人達は攻撃した。
自分は、軽度の障碍者であって、何か不安に思ったが、精神病患者ではなく、iは好きではなかったので攻撃した。
そして、自分の晩年、jの政府が軽度の障碍者及び精神障碍者やバカな人達などを攻撃したとき、半数の人達が攻撃され、後悔したが遅すぎた。
自分は精神障碍者ではないが、軽度の障碍者でバカなので攻撃された。
その時、自分にできることは何もなかった。
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