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天空を旅する その15 ( 富山県「立山博物館」 閻魔堂・姥堂跡 )

2014-09-23 06:27:43 | 不思議紀行
 極楽往生をかなえる儀式「布橋勧請会」に関連のある「布橋」などを歩いて見に行くことにしました。「立山博物館」の「展示館」2階では、閻魔堂から布橋を渡り、姥堂までの様子を小さなジオラマで見ることができますが、現在では姥堂の建物はなくて、広い芝生の跡地があるばかり・・・。涼しかった山の上と違って、下界は、暑い暑い! 汗だくになってしまいましたが・・・。
私たちは、赤い布橋を渡り、姥堂跡、閻魔堂と歩いたのですが、せっかくなので、ここでは「布橋勧請会」の時と同じように閻魔堂からまとめていくことにします。


     
     女性たちが、様々な罪を懺悔するという「閻魔堂」

『   閻魔堂

 芦峅寺中宮寺の講堂のひとつで、姥堂とともに布橋勧請会(橋渡りあるいは迎講の一種)と呼ばれる中心となるお堂です。このお堂は、古く文政元年(1466)の造営の記録があり、現在まで五百三十年の間篤い崇敬を集めています。現在の建物は、廃仏毀釈の際に取り壊され、昭和三年にかつての閻魔堂の部材を一部使用して再建されました。中に安置されている尊像は、正面に地獄の王、閻魔大王、左右に十王像の一つ、初江王、泰山王・閻魔王とその脇侍司令です。いずれも南北朝時代の作です。また奥の左右に安置されているのが、観音・勢至菩薩です。この他に姥堂に安置してあった姥尊像五体があります。これらの仏像は、昭和四十三年に富山県の有形民俗文化財に指定されています。』(案内看板より)

 お参りして、中を見ると、閻魔様の像が・・・。なんだか怖くてじっくり中を見たわけではないので、看板に書いてある仏像が実際に祀られているかどうかは、わかりません。


     
     閻魔堂脇の石仏  ひとつひとつが個性的、愛らしい石仏が並んでいます。


     
     阿闍梨法印龍淵が1830年(文政13)に造立した胎蔵界大日如来を現す(ア)(梵字)が書かれた石碑  


     
     石仏が並び、苔むした階段を下って行きます。


     
     木々に囲まれて下ると、赤い布橋が見えてきます。


     
     白装束、目隠しをして渡るという布橋(布橋勧請会に時には、白い布が敷かれるそうです。)


     
     この世とあの世の境界とされる布橋 下に流れる姥堂川は三途の川に見立てられたそうです。
 
 布橋は、
   
   橋の長さ  25間 → 二十五菩薩を現わし奉るなり
   橋の高さ  13間 → 十三仏と仰ぎ奉るなり
   桁の数   48本 → 阿弥陀如来四十八願いなり
   敷板の数108枚 → 百八の煩悩
   欄干の数  6個 → 六大無化(むげ)の地蔵菩薩を現じ給ふるなり

  と仏に関連した設計になっている。



     
     緑溢れるの姥堂跡     

 あの世である姥堂で、異形の姥尊(おんば様)に囲まれて一心に極楽往生を願った女性たちは、女人禁制の偉大な山を望み、地獄から極楽浄土への転生の感激を味わったという・・・。
 9月21日に3年ぶりにこの「布橋勧請会」が行われたそうです。(それより前に投稿しようとしましたが、間に合わず・・・、すみません。)


                                                      つづく