【てにあまる】
脚本 松井 周
演出 柄本 明
東京芸術劇場プレイハウス
暮れも押し迫った12月26日、
2020年最後の舞台鑑賞となる「てにあまる」を観に、友人と池袋に出かけて行く。
なんとも背筋がざわざわする。
じわっと怖い。
ちょっとイッちゃったヤバい人を演じると、柄本明さんも藤原竜也さんもめっちゃ怖い・・・
藤原竜也さんが演じるのは、アプリの開発で成功したIT社長。
高級タワマンに住んでるようだ。
ただ、新しいアプリがヒットせずに会社が陰り始めている。
妻(佐久間由衣さん)とも離婚調停中だ。
妻は夫の暴力的な面に気づいて、家を出てしまったらしい。
柄本明さんは藤原竜也さんの父。
かつてDVで藤原さんの兄を死なせて刑に服していたらしい。
藤原さんがアパートに迎えに来て、家政夫と偽り一緒に暮らしている。
最初のうちは藤原さんと柄本さんのやりとりがコミカル(?)に見えて、観客席からもちょくちょく笑い声が。
それがだんだんと笑えなくなってくる。
もしかしたら最初のほうもホントは笑っちゃいけなかったのかな、なんて思ってしまう。
成功者のちょっと傲慢な顔を見せたかと思ったら、急に気弱になる。
妻と娘を愛しているのに、何かを抑えきれずに暴力的になる。
父親の柄本さんとの不毛な会話に振り回され、徐々に精神が壊れていき、
圧倒的な信頼を寄せていた部下に対してさえも疑心暗鬼になる。
どこまでが現実でどこまでが妄想で、どこまでがアプリ中の話なのかだんだん分からなくなってくる。
改心してものすごく穏やかないい人になったかのような父親の柄本さんが、実はちっとも反省していなくて、自分と同じように暴力的な一面を持つ息子をあざ笑う。
その「いい人」から「人間のクズ」への豹変具合が怖すぎる。
息子が壊れていく様子を楽しんでさえいるようだ。
藤原さんの忠実な部下が、高杉真宙さん。
忠実過ぎて、距離感がはかれず、プライベートな部分にも入り込みすぎ、やがて、精神を病み始めた社長にあらぬ疑いをかけられる。
社長に恩義があって、どんな無茶な命令にも従っていたけれど、ある日独立を宣言する。
そのことがさらに悪い方向に・・・
この中で唯一普通の人なのが妻。
普通なので夫の狂気に気づき、娘を守るために家を出る。
でも荷物を取りに帰ったところで夫と鉢合わせとなり・・・
数々の誤解、妄想、かみ合わない会話、価値観の違い、そもそもの人格などなどが、重なって最悪な結果へと進んでいく。
藤原さんは亡くなった兄を含め、家族をそれはそれは愛していて、憎いはずの父に対してさえ淡い期待をいだいている。
強がって、父親に悪態をつき、自分のしたことの罪の深さを父親に知らしめようとするけれど、父には全く響かない。
それでもなお、心のどこかで父を信じているその思いが随所に現れて苦しくて切ない。
子供が親を思う気持ち、親に愛を求める気持ちってこんなに強いのか、と親への愛情がやや薄めの私にはちょっとリンクできない部分もあるけれど。
むしろ、子供の思いが全然響かない父親のほうにリアリティを感じるかも。
ところどころ、これはアプリの中の話なのかどうかが分かりにくいところもあったけれど、わからないのは私だけかもしれないし。
ハッピーエンドには程遠く、何とも言えない後味の悪さが残ったけれど、強烈だった。
このところ、演劇やコンサートを観に行ったら、両隣と前後の席が空いているのが普通だったので、この日ぎっちり満席だったのにはちょっと驚いた。
今まではそれが普通だったのに、なんだか窮屈に感じでしまう。
このまま普通に戻っていくのかな、と思って、1月末と2月初めの演劇のチケットをゲットしていたら、緊急事態宣言。
劇場では感染がおこった時のために、座った席と連絡先を書いてくるのも普通になっているが、今のところ連絡はない。
ここまできたらもう飲食店だけの問題じゃない気もする。
いったい何をどう気をつけたらいいのだろうか・・・。
嚙み合わない恐ろしさを舞台で観たあと、噛み合わないコロナ対策なのか、
と、不安を抱えたまま、新しい年が始まった。
穏やかに毎日を過ごせる日はいつになるのだろう。