美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

瓶詰の古本屋(三十五)

2011年06月04日 | 瓶詰の古本屋

   「さっきの娘もやっぱり世間の一遇かい。」
   「どういう意味だい。」
   「客との関わりの中から世間の風が吹き込んで来るっていうところでさ。」
   「あの子とおれがどんな関わりを持つって言うんだい。その世間の風とやらを感じ取らなきゃいけないような関わりを。」
   「いや、別に強いて感じ取らなきゃいけないんじゃなくて、なにがしか微風らしきものは感じるだろう。あんたが古本屋として、いろいろな客を通じて穏やかで平凡な世間と関わりを持っていたいと思うのは当たり前の道理ということさ。そうだろう。」
   「そうだろうなんて、おれに聞くなよ。そんなこと言うおまえさんこそ、世間の俗風を思いっ切り押し付けて来るじゃないの。ねえ。」
   古仙洞は鉛筆を動かす手は止めずに、こちらに話しかけた。変わらぬ調子で本の背文字が移動して行く。『動物哲学』、『川筋方言集』、『OCCVLT JAPAN』、『宇宙の謎』、『学生百科事典』、『美と慧智の生活』、『雲井龍雄全集』、『西遊記』、『洞窟の女王』。様々な心根の造り上げた雑然たる世界の雑多な重箱がそこにあるのに、呟く思いは聞こえない。書かれたものは残るとは言うものの、文字を書き残した人間の生身の体温に見合うだけの低声が洩れて出て来ることは今はない。限りなく空高く飛翔しあるいは地底深く掘進した心の跡は、あまりにも造作なく一所に吹き寄せられ、ここに吹き溜まっているように見える。しかし、偶々集まったように見えるこれらの古本が、実はここへ呼び寄せられていたとしたら。誰によってかは分からないにしても。

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