「可愛い子でしたね。ぼくはむしろ、あんな子がぼくの前に世間として現れたとしたら、切ないような気がする。感想にしては俗っぽ過ぎますか。」
「その通り俗っぽ過ぎるし、そのことを言い訳がましく付け足したから俗っぽいを上塗りした感想になる。しかし、まあ、仕方ないよな。おれも同じようなことを考えてたから。あの子が自分の前に出たとき世間になっていたら切ないと思うのは、こいつとならいくらでも世間と立ち会ってみせると思わせる姿を、かつて目の当たりにした時代を持っているからなんだと。こんなことをほざいているおれ達こそ、押しも押されもしない、見上げた世間そのものだなと。」
「まさにな。昔から自分のことを棚上げしちゃあ、そのすぐ後で棚卸しをする。全然変わらないね。それにしても、切ないと思う気持ちがいまだにあると言えるのは大したものだ。やっぱりあんた、商売人と言うより書生だね。青っぽい書生じゃないかも知れないが。」
がたがたと戸がなった。また誰か来たのかと思って目を上げたが、人の気配はなかった。
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