美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

「大辭林」序(宇野圓空)

2024年06月26日 | 瓶詰の古本

        

 言葉は生きものである。それは民族のいのちとゝもに成長してやまない。世に新しい物があらはれ、人々がその経験をつみ、考へかたが種々に変るにしたがつて、言葉も殖え言ひあらはし方もちがつて来る。それがまた社会の約束と、民族の生活様式によつて、各々の国語に特徴のある変化をしめし、人類文化の発達と国民的団結とが、それによつて代表されるのである。これを総合的に表現し、書物の形に適切に集成したところに辞書の意義がある。
 わが日本の国語は、はやくから支那の言葉と文字を取り入れて、今日まで著しい発達をとげたがすべての生活が国際的になつた現代では、英語をはじめ数多の外国語が、日に月に日本語となつて用ひられるテンポは早い。この世界的になつた言葉と知識との理解には、固有の国語辞書はもはや無能であり、むしろひろくこれらを網羅した百科的辞書の必要が痛切に感じられる。しかもその学理的な解説や冗長な説明を附したものは、スピードの時代の実用には縁が遠い。そこを簡単明白に要領を得てゆくのが本書の使命である。
 それをまとめるのに自分が適任であつたとは信じないが、幸ひに編輯を分担した堪能の士が、十分にその任務に努力された。必ずやこれが大衆の要求をみたすことを、この人々とゝもに期待してやまない。

   昭和六年一月
           宇 野 圓 空

(「大辭林」 宇野圓空先生監修)

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