文禄のころだから、豊太閤が朝鮮に兵を出した当時のこと。京の七本松で勧進相撲が行われた。もちろん勧進元には立石、荒波、黒雲などと呼ぶ一流の本職が顔をそろえている。
寄せ手は日本国中から集まって来たが、一人残らず負けてしまった。
「もう誰も勝負をいどむ者はおらんかっ」と行司がわめいていると、やがて一人の尼さんがあらわれた。二十歳ばかりの顔立ちの美しい女で、熊野辺の者だという。行司はあっけに取られて、
「女なら童と相撲でもやんなされ」
と答えると、尼は笑って、
「取るなら上相撲をだしなされ」
と言う。見物はワイワイはやし立てる。
尼は衣を脱ぐと下にかるさんを着ている。しかたなく横綱格の立石が土俵へあがって、大手をひろげてかまえるところへ、尼はツと進むかと見ると、立石を仰向けに突き倒した。
「油断したっ」と立石が尼の右手をつかんで二、三回ふりまわしたところ、尼は立石の後足を取って土俵の上にはわせた。次には出る者出る者、尼にしてやられ、相手がかわるたびに尼のワザは次第に電光石火のように速くなり、しまいには相手が倒れるのだけが見えたという。「嬉遊笑覧」という本にある。
(「歴史の謎」 加賀淳子)