美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

国語辞典によって語釈は独自様々である例

2020年04月25日 | 瓶詰の古本

ごよお 【御用】(体)……
3  上役やある権威などの意のままに動くこと。「学者〔組合〕」
(「例解国語辞典」)


ごよう【御用】
(名)……
3  上のもののためにだけはたらき、人々のためにはたらかないこと。◎御用組合(-くみ-あい)。御用学者(-がく-しや)。
(「講談社国語辞典ジュニア版」)


ごよう 
〔御用〕……
〔――学者〕――がくしゃ 君主や政府に都合のよい説をのべて真理に忠実でない学者
(「プリンス国語辞典」)


よお 2[御用]–ヨウ(名)……
―がくしゃ 4【御用学者】(名)時の政府におもねり、時勢にへつらう学者。
(「明解国語辞典 改訂版」)
 

よう 2 【御用】……
―がくしゃ 4 【-学者】 政府や有力な企業の言いなりになって真実をゆがめ、時勢の動向を見て物を言う無節操な学者。
(「新明解国語辞典」)


ごよう【御用】〈名〉……
3  権力にこびへつらい、そのいいなりに動くこと。「―学者」「―組合」
(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

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言葉を聴き分ければ道義なき人の心の底が見える(孟子+穂積重遠)

2020年04月22日 | 瓶詰の古本

ところで気を養うことは、間断なき仕事であるが、いつどうしてというような当てこみをしてはならぬ。さりとて忘れてしまつてはもちろんだめだ。忘れてはならぬが、しかし又性急に助長するな。苗を助けて長ぜしめたという宋人(そうびと)のまねをしてはいけない。宋の国の或老人が、苗の成長しないのを心配して、一本一本引きのばした。グッタリして帰つて来て家人に「ヤレヤレ今日はくたぶれた。苗を助けて長ぜしめたので。」と言つた。じいさん何をして来たかと、むすこが田へ走つて行つて見たら、苗はスッカリ枯れていたという。おろかだという通り相場の宋人のやりそうなことだが、この老人をメッタに笑えない。天下に苗を助けて長ぜしめるような事をせぬ者が実はすくないのじや。気を養うにしても、無益だとてうつちやりばなしにしておくのは、田の草も取らぬようなものだが、ことさらに助けて長ぜしめようとするのは、苗を引きのばすようなもので、ただに益がないのみならず、かえつて害がある。かの北宮黝のやり方は苗を助けて長ぜしめるものだし、告子のは除草もせぬようなものだ。わしの養気法はそのいずれともちがうのである。』『気を養うということはそれでよくわかりましたが、言を知るとはどういうことでござりますか。』『およそ言葉というものは心のあらわれだから、言葉をよく聴き分けることによつてその人の心の底が見抜ける。心が正しくないと正しくない言葉が出るわけだが、正しくない言葉に、詖辞(ひじ)、淫辞、邪辞、遁辞の四種がある。「詖辞」は一方にかたよつた言葉で、そういう言葉が出るのは、その人の心に蔽われる所があつて真実を見得ないのだとわかる。「淫辞」はとりとめのないみだらな言葉であつて、そういう言葉が出るのは、その人の心が何かにおぼれてしめくくりがないのだとわかる。「邪辞」は悪意のあるよこしまな言葉であつて、そういう言葉が出るのは、その人の心が正理正道をはずれているのだとわかる。「遁辞」はすなわち「逃げ口上」だが、そういう言葉が出るのは、その人の心に行きづまりがあるのだとわかる。ところでそういう正しからぬ言葉が政治を行う者の心から出るのであつたら、その政治の根本をあやまり、そのあやまれる根本から政令が発せられれば、事々物々をあやまる。それ故言を知ることは、自身の修養のためのみならず、天下国家のために大切である。たとい昔の聖人が再び出られても、必ずわしのこの議論を是認されるだろう。』

(「新譯孟子」 穂積重遠)

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仔細に観ればその行為には欠点が多く、また突飛である(榊保三郎)

2020年04月09日 | 瓶詰の古本

第二 爽快性変質者

此種の変質者の特性は前の鬱性変質と正反対の徴候をもつて居て、通常人に較べて頗る陽気である、運動及び挙動の静止的ならざること、思考力は敏捷であるけれども粗忽なこと、其気分が常に快活で心配や気苦労が少いこと、及び自己を高く値踏する傾を持つて居て、針小事も棒大事に誇張する癖等であつて、自己が病的の人であるといふことを毫も自覚して居らぬのみか、寧ろ自己は幸福に生れついたものと認めて居り、又他人に対しては傲慢不遜で自己の権利の主張者であり、且つ争論好きであり他に対しての同情心が乏しい、随つて他を誹謗し揶揄し弱者を虐待したり陵辱したりする。
其友人たるや深い親しい仲でなく、新生面の人から人からと移つて決して親密な交際に至らない、一日の中に甲友人を訪問してから乙友人に、乙から丙に次々に訪問し廻はつて行き、其様は恰も野の蝶の花香を追うて飛ぶが如き人は、能く其挙動は粗暴且つ不遜であつて、細密に行渡る如き問題或は詳慎を要する事柄などに対しては、毎に面倒臭がつてトモすれば回避しやうと試みる。しかし好んで世人と交はつて之を款待するに妙を得居り又磊落な点があるから沢山の友人を拵へる、此種の人の挙動には又確実といふことが欠けて居る、各種の事に手を出しては仲間入りをしたがり、非常に機敏に立廻る、しかし仔細に観れば其行為には欠点が多く又突飛である。随つて彼の生活は転々して一貫せず、或は冒険事業に従ひ或は慈善事業に身を入れ、又他方面に転ずるといふ工合に其一生は断片的連鎖である、此の如き人が小学校に在る時は、其教師から一個の倉卒なる児童又は注意人物と見做される、そして妙に饒舌で何事にも嘴を容れたがる、此が中年に達すると此学校でも信用を失ひ彼の学校でも信用を失つてしまふ。そして又此種の人はみつしりした耐忍力を以て勉強することが出来ぬから、学課の成績は極めて劣等である。

(「變り者」 榊保三郎)

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