次の朝。瓶詰の瓶の口を乗り越えて、泡立つ滝のような逆さ霧が山の頂から麓へと押し寄せて来る。逆さ霧は次々に湧き溢れて流れ降り、眼前に見えていた山の姿はすっぽりと覆われてしまった。濃密な霧は、街の隅ずみまで分厚く広がり、瓶の底の底にある駅のホームにいるぼくは、白く染まった濡れ風のなかに独り浮かんでいた。
いずれ列車は到着するとして、果たして乗り込むのがぼくなのか、降りて来るのがぼくなのか、それとも扉を境にお互いすれ違うことになるのか。そして、もはやホームの舗石も見分けられなくなった五里霧の向こうからは、列車の迫る震えが伝わって来る。
宿に着くと、おかみさんは帳場に座って新聞を読んでいた。こちらの姿を見ると、すぐに新聞紙を畳むと立ち上がって迎えに出てきた。
「どうでした。あんまり静かなんで驚いたでしょう。あんなに素気ないものだとは思わなかったでしょう。」
「うん、静かと言うよりか何かぼんやりとした遠い記憶のようなものでした。夢の中で自分が眠っている自分自身を見ているときのような気分かな。」
「私らなんか地元の人間だから、それこそ小さい頃からの物心そのものかも知れませんね。夢どころではなくって。昔から周りに住み着いているものの顔のような感じで。いつでも想った時に、呼べば現われるもののような。
「グリム童話の中の『鉄のハンス』というのをご存知ないですか。呪いをかけられた魔人であり巨人である鉄のハンスはもともとは森の湖の底に寝ているんです。いったんは父王に捕えられはするものの、王子の悪戯を奇貨として城の牢屋を破って森に再び戻り、連れてきた王子を試したのちに独りで世の中へ追い放つ。そこで魔人は王子に向かって、何事かあったときにはこの森に来て私を呼べと言う。必ず助けてやると言う。そして、確かにその後、王子の声に呼ばれて湖の底から現われた鉄のハンスの力に依って、王子は大きな 勝利を勝ち取ることになるというお話なんです。」
おかみさんはそこで口をつぐむと、静かに笑った。
「勿論、王子はもとの城には戻らなかったんですよ。その勝利とともに娶った王女の国を継ぐことになった、で終わりだったと思います。」
「自分の王国を出ていったとき、初めて自分自身を見い出し得る旅を始めたということですか。」
「そんな教訓的な話じゃないと思いますよ。そりゃ昔話ではあるでしょうが。なんでも話自体が好きなんですから。面白いで読んでただけですよ。役に立つからって読むようなものじゃなし。ただ、いつでも呼べば現われる顔のようなものがこの世の中にはあるのかなあということだけです。」
「それと、明日帰りますので。」
「あ、はい。承知しました。」
今の自分を転回させたい思いはここにわずかにある。思いだけがずっとある。そんな思い自体を断ち切ってしまいたいと考えないでもない。そんな思いを、着物のように身に纏い続けなければ世の中は渡って行けないものだろうか。
「手ごろな本がないようだったら、これでも持っていったら。」
こう言いながら脇に積んであった本を取り上げると、こちらへ差し出した。茶褐色に格子縞の古い文庫本が一冊、古仙洞の掌の中にあった。傷んだ本を覆うパラフィン紙に、『瓶詰地獄』とかすれた文字で書いてあるのが辛うじて読み取れる。
実の所ここを離れたくはなかったのだ。ガラス戸一枚隔てて、一流れの風も入り込まない店の中に立てこもって、三人で話を続けていたかった。常に自分の間近にいてしかも、決して姿を見せぬもの。それを強く感じるのだ。しかし、それは神秘的な感覚とは違う。むしろ、普通に日常的で小さい頃からずっと親しんできたはずの感覚であり、しかも、ほとんど意識に上ることのないものだ。裸で生まれて、以来一々の出来事、時には瞑暗そのもののような出来事にも潰されることなく小さな魂が生き続けてきた、その力の源となったもの。未だ意識が分明ならざるときから闇を怯えさせるとともに、闇を懐かしく思わせるものだ。
「この本いくらですか。」
「いいよ、それは。」
「じゃ、遠慮なく戴いてきます。」
「またいつでもお出で。二人ともここにいるから。ここにこうしてね。」
ガラス戸を引き開けて外へ出た。暖かな風が顔を撃った。振り返ると古仙洞と須川はそれぞれがそれぞれの場所で本に顔を埋めていた。じっとして動かず、二人して絵の中に姿を移したかのようだった。
気が付いてみれば、こちら側からは須川の横顔しか見えない。古仙洞の方に声を伝えているはずだが、その声は店の隅々まで広がって行く。拡散すると言うより浸透するといった感じか。別にこちらに話しかけている訳ではないだろうに、言葉は相手であるはずの古仙洞には伝わっていないような気がしてならない。須川の横顔を見ているうちに、この人間がいま言葉を発しているとは更に思えなくなって来た。
「そろそろ帰ります。それから、せっかくだから本を買って行きたいんだけどいいですか。」
何かを確かめなくてはいられない気持ちから、こう言いながら立ち上がると本棚の前に行った。売り物の古本が列んでいる本棚を眺めて歩く。古本がいっぱいに詰まった棚の空気の、その重みがこちらの気分を落ち付かせてくれる。
「まったく、どんな本であれ、いやしくも本てものを読もうと思い立つような人間は、なにかに打たれたいという思いに必ずとらわれているんだ。この世のどこかに自分だけのために書かれた書物が隠されていると考えているものだ。自分自身というあやうさや脆さを知っていると思っている人間の心の一端と言えるかも知れないね。今ある自分を螺旋に転回してみたい、あるいはされてみたいという願いを秘していることに救いを感じているんだ。」
「風か。何となく人恋しいか。別に客恋しくはないが。」
古仙洞は独り言のようにつぶやいた。外を人が歩いている様子はない。戸を叩く人はいない。時に風が吹き、戸を揺らす。それだけだ。三人の男が戸の内側にあるいは立ち、あるいは座ってそれぞれに言葉を発している。こうしていると、まるで男が一人、夜の河原に立ちながら闇の深淵に向かって自分自身の脳髄の裏を投影し、それに見入っているような思いがして来るのだ。この世というものの中にたった一人でいて、何人何十人何百人の言葉を脳髄の裏に撥ね返し、それに聞き耳を立てているような気がして来るのだ。
「今頃まで開けてるのはうちぐらいなものか。儲けに繋がる訳でもないのにね。おれもつまりは商売人じゃないということか。」
「店をやってるくせに商売人じゃない奴はいくらでもいるよ。その逆だって同じくらいいくらでもいる。店先を出たり入ったりして客の相手をしているのは確かにおれだとして、店商いをする成行きに自分の意思などなんの関わりがあったんだろうか。気が付いたらそこにいたとしかほかに言いようがないのさ。心も体も成行きも借りもの。一つはすべてであり、だから、そのままの一つは、すべてのそのままのことなんだってね。」
「可愛い子でしたね。ぼくはむしろ、あんな子がぼくの前に世間として現れたとしたら、切ないような気がする。感想にしては俗っぽ過ぎますか。」
「その通り俗っぽ過ぎるし、そのことを言い訳がましく付け足したから俗っぽいを上塗りした感想になる。しかし、まあ、仕方ないよな。おれも同じようなことを考えてたから。あの子が自分の前に出たとき世間になっていたら切ないと思うのは、こいつとならいくらでも世間と立ち会ってみせると思わせる姿を、かつて目の当たりにした時代を持っているからなんだと。こんなことをほざいているおれ達こそ、押しも押されもしない、見上げた世間そのものだなと。」
「まさにな。昔から自分のことを棚上げしちゃあ、そのすぐ後で棚卸しをする。全然変わらないね。それにしても、切ないと思う気持ちがいまだにあると言えるのは大したものだ。やっぱりあんた、商売人と言うより書生だね。青っぽい書生じゃないかも知れないが。」
がたがたと戸がなった。また誰か来たのかと思って目を上げたが、人の気配はなかった。
「さっきの娘もやっぱり世間の一遇かい。」
「どういう意味だい。」
「客との関わりの中から世間の風が吹き込んで来るっていうところでさ。」
「あの子とおれがどんな関わりを持つって言うんだい。その世間の風とやらを感じ取らなきゃいけないような関わりを。」
「いや、別に強いて感じ取らなきゃいけないんじゃなくて、なにがしか微風らしきものは感じるだろう。あんたが古本屋として、いろいろな客を通じて穏やかで平凡な世間と関わりを持っていたいと思うのは当たり前の道理ということさ。そうだろう。」
「そうだろうなんて、おれに聞くなよ。そんなこと言うおまえさんこそ、世間の俗風を思いっ切り押し付けて来るじゃないの。ねえ。」
古仙洞は鉛筆を動かす手は止めずに、こちらに話しかけた。変わらぬ調子で本の背文字が移動して行く。『動物哲学』、『川筋方言集』、『OCCVLT JAPAN』、『宇宙の謎』、『学生百科事典』、『美と慧智の生活』、『雲井龍雄全集』、『西遊記』、『洞窟の女王』。様々な心根の造り上げた雑然たる世界の雑多な重箱がそこにあるのに、呟く思いは聞こえない。書かれたものは残るとは言うものの、文字を書き残した人間の生身の体温に見合うだけの低声が洩れて出て来ることは今はない。限りなく空高く飛翔しあるいは地底深く掘進した心の跡は、あまりにも造作なく一所に吹き寄せられ、ここに吹き溜まっているように見える。しかし、偶々集まったように見えるこれらの古本が、実はここへ呼び寄せられていたとしたら。誰によってかは分からないにしても。
古仙洞は話しながら本の裏表紙を広げ、鉛筆で値段を書き込んでいる。いかにも古本屋らしい字体で数字を書き込んで行く。一冊書き込んでは、横に積み上げた本の山からまた一冊取り上げて、同じ動作を繰り返す。今日できるところまでやって、続きはまた明日といった感じで書き込んで行くのだ。そして、一冊一冊と積み上げて行く。『動物と人と神々』、『自然界における人間の地位』、『興亜風雲譚』、『花のひもとき』、『廿世紀聖書新釋』、『アラビヤンナイト』、『奇問正答』、『コクナ』、『古蘭』、『心性遺伝』などといった古本が場所を移して再び山を造る。
「お互いこうして商売をやっているから、いかにも世間と昵懇にする必要があるかのように見えるが、あにはからん、古本屋を覗く客は人の交わりよりも本が好きという性癖の人間が少なくない。世間の空気に鈍感で、独りよがりのえらがりのために世間から疎まれてしまい、人格的な部分で受け入れられるということは稀なのだ。自然に世間の風向きからも逸れて行かざるを得ないのだが、それなりの俗情は世間並以上にしぶとく心に蟠っている。砕片の俗情にしっかり囚われている一方で多分にズレているから、世間の持つ底意をうまく理解できなかったりするんだ。おれにとってみれば、まことにありがたいことなのよ。神秘的で訳の分からないものに出遭うなんておそれがまるでないからね。」
「もうお仕舞いかい。」
「ああ、ごめん。明日またおいでよ。おじさんたちの時間になっちゃった。」
「残念。お嬢さん方の時間は過ぎたみたいだな。明日ゆっくり来るとするか。じゃあまたね。」
「おやすみ。」
顔を引っ込めるや、女の子はばたばたと足音高く駆け出して行ってしまった。
「中学生。」
「あれでも、高二だよ。小さいから子供っぽく見えるね。今頃まで何をしてるんだか。部活で遅くなったのかな。」
「たまにここで見掛けるね。」
「未だ俗気の泥に汚れずか。」
古仙洞は呟いた。
「俗気なんて手荒な言葉は勘弁してくれよ。俗気なんてもの、どこにあるんだろ。おれたちが俗情の泥に溺れちまって目鼻もふさがってるってのは分かるがな。誰が誰に比べてより俗気の泥に塗れているかなんてこと、うっかり言えないぜ、危なくて。たしかに、喩えとしての汚れとやらはあろうけれど、じゃあ人間が汚れるってことはがどんなことなのかい。本当に。」
「単に大人か子供かってくらいの意味で言ってみただけなんだよ。そんな面倒な趣意を考えて人を観ることはしないし、そんなことできっこない。ただ、汚れるって言葉はとても日本人好みのする言葉だな。おれが読んだ西洋小説の中では、この言葉に出会ったっていう覚えがないんだ。日本人だからこそのこだわりじゃないのかな。」
「『椿姫』なんてのもあるがな。」
「うん。大衆小説の世界では案外ないとも言えないが、生業の形は似ていても、日本と外国とではそこで生まれる情愛の受け止め方には随分と違いがあると思うね。」
「機微、心情は彼我を問わず相通ずるものもあるような気がするが、世間やその風の吹回しは国により、土地により全然異なってくるものだしな。ひた隠しに隠す恋情を汚れと捉えることによって忍ぶ恋の美学が尊ばれることだってあるんだから。そんなことはどうだっていいが、子どもに対する感慨とか、男女の抱く恋情や同性に対する嫉妬とかがあってはじめて、世間、汚れというもののあることを感じ取れるのじゃないかい。どうだろうか。感慨らしきものをなにも持たず、情愛に縁のない人間ならば、そりゃ俗だの世間だのと言ったところで知れたことかとなるだろう。汚れもくそもないだろうと。」
「それと、金に権力な。しかし、それらがみんな生きる上で欠くことのできない大切なものであることも確かなんだよ。人がそれぞれの絶頂へ行き着くためにはさ、結局一番大事なことかもしれん。だからこそ、あれこれを含めて、むしろ汚れてしまいたいと冀う人間、汚れることを誇りと思う人間が情味豊かに数多生息しているのさ。」
「『精神の氷点』か。開けた途端にばらけそうだな。」
「せめて本の形だけは崩さないでよな。古本が本でなくなったら、古本屋は面倒みたくてもみられなくなるんだから。見捨てさせないでよ。」
帳場の隅に積んでおいた古本に値段を書き込み始めた古仙洞は、哀願するようにたしなめたが読むなとは言わなかった。
「この前だって齋藤秀三郎、あの英学の巨人の『携帯英和辭典』を繰ってたらさ、なにかでとがめた拍子に綴糸が切れちゃって、辞書の胴体が縦に割れて真っ二つ。情けなかったよ。」
「ああ、赤表紙の袖珍本ね。あれは、おれのせいじゃあないよ。」
「そうだ。やったのはおれ様です、まぎれもなく。自分で言ってて、また情けなくなる。掌の上で、西瓜みたいに二つに割れたんだぜ。」
「それを言うなら、おれも割れてしまったことがある。いつかの夏のことだ。海端で背中を甲羅干ししていて陽に焼き過ぎたことがある。その晩一晩中ひどい高熱にうなされたときに現われた世界では、自己の固有性なんてものは消し飛んでしまっていた。自我は割れて分裂し、何人もの分身としての自分が現われる。お互いに自分自身と向き合い、何人もの自分自身を見い出していると一つ一つ納得しないではおられない。自我は、すさまじい速さで転がり回る。あるいは、同じ顔をしている分身の間を、無限にめまぐるしく飛び跳ね、跳び移って行く。今起こっていることの訳を考え抜いて理路整然と得心しろとばかり、次から次に詰め寄って来る理不尽な自問と自答の終わりない繰り返しさ。夢魔のような問答に取り絡まれ、どうして息を継いだら良いのか分からない。摩天楼の高みから飛び降り、しかも、いつまで経っても地べたに足がつかぬまま窒息寸前の状態が永劫に続くような苦しさだ。その苦しさは、いま無造作に妄想と呼んだ世界でも味わうことはなかった。」
がたりと音がする。表のガラス戸を引いて女の子が顔を覗かせた。
「案外、犯罪者なんかにそちらの問題を実感できる人間がいるのかも知れんね。そりゃ、罪を犯す奴にはピンからキリまであるだろうよ。それこそ切羽詰まって人を殺そうかという惑乱の渦中で、思いも掛けず自分と向かい合ってしまう、そして、それがなんともかんともあろうはずのない自分であったというような。止むに止まれぬ思いの末に殺人者となってしまった奴の中には、そんな人間がいそうな気がしないかい。懐かしい自分というものとは違うとしてもさ。」
「昔、この世に一本しかない本を得るために某大学者の家に忍び込み、目当ての書物を奪いがてら主人を殺害して火を放った。そして、その場を逃げ去ろうとした丁度そのとき、燃え盛る炎を背にして、両手一杯に抱えた大きな書物の頁の間に鼻を突っ込んだ影法師、あわててこけつまろびつしながら駆け出そうとしている影法師とバッタリ対面してしまう。どこか見覚えのある姿形、まさに火を放って学者宅から出て来たばかりの己自身と出くわしてしまった。そんな話がある。」
須川は辞書を元の棚に返すと、別の本を物色しながら話を続けた。
「それはそれとして、人は、妄想の中では何でもできる。人を殺すことができる。犯してはならない罪を犯すことができる。しかし、たとえ妄想の中であっても、おそらくは自分の肉体を離れることはなかろう。他人の体に宿って、何かをしでかすことはないだろう。他人になろうなどとは思いもよらぬことなんだ。自分自身と他者との分別は、妄想の世界の中にもれっきとして存在している。これは、どんなことを意味するのか。」
今度は、藍色の褪せた薄い本を棚から引っ張り出して表紙を眺め始めた。
「気分と自分とは勿論別者さ。知識と自分とが別者なのと同じだ。もっと言わせてもらえば、記憶と自分とは別者よ。仮に、地上とは記憶にほかならずと詩人が呟いたとしてもだ。ましてや、集合的無意識なんぞと呼ばれている重宝な思い付きとは縁も所縁もないのさ。しかしな、話は飛ぶが、おれは最近、千年とか億年とかいった長さの時間ってものが、何かひどく身近に、とても懐かしく感じられるんだ。十年、二十年といった、人間の生まれて死ぬまでの須臾の間、歳月として数えられる時間は、逆に遠くて抽象的なものとしか感じられないんだ。千年、万年、億年の時間の流れの中に立っている自分の姿が、一番現実的で、生々しく心に感応されて来るんだ。その流れのすべてに行き渡るように時間に沿ってどこまでも伸長し、薄く薄く拡がりつつある存在が、本来元々にあった自分の姿じゃないかと思えるんだ。」
さっきから体がだるい。今何時頃だろう。まだ九時を回ることはないはずだが。それにしても、あの河原の光景は記憶の一片には違いないのだから、つまりは、自分の一部になってしまっているのだろうか。それとも、堤の上で暗闇とともに世界に溶け合ったものも自分ではないのだとすると、その懐かしい自分とやらはどこで眠りこけているのだろうか。
「そりゃ、いままで生きて来た途次途次でお馴染みになつた気分が、順繰りにまたやって来て、それでこれからの日々が生起し消滅して行くなんてことを得心できる理性はないだろうね。人はよく、なにが起きるか分からない、どんな災厄が身に降りかかるか分かったものじゃないと言ったりするけれど、本当は、どんな気分によって未来の自分が小突き回されるか分からないと言うべきだ。この辞書の中にある訳語で言うなら、天体の雰囲気ってものに限りはないだから。勿論、だからどうしたという話じゃない。ただ、生きて来た分だけたくさんの気分に馴染んでいるとしても、それで生き方を他人に説けるようには仕上がらないという他愛もない話に過ぎない。そうした色々な気分の覆い被さって重なり合っている底の底に、懐かしい自分というものが横たわっていたりする。時々の気分に翻弄され自分自身に向かって驚いたり、脅えたり、歓喜したりして見せていながら、あるいは、驚天動地の出来事に襲われ未来への気分を根こそぎ奪い尽くされていながらも、絶対に変わらない懐かしい自分というものがいるような気がする。それが一体どこに由来しているのか、一人一人に別々にあるものなのかどうか、いくら考えたって分からない。」
「ふむ。」
古仙洞は相槌とも、溜息ともつかぬ声を洩らした。
「しかしさ、そう考えてみると、今まで自分だ自分だと思っていたものは、案外その時々に、どこか得体の知れないところから落ち掛かって来た気分の様々な相に過ぎなくて、自分ってものはどっかほかにいるのかも知れんということかな。」
「懐かしい自分って。そう、記憶の中にある小さい頃の自分ってのは、誰にもあるんでしょうね。」
「それは、懐かしい世界のことではあっても、懐かしい自分のことではないでしょう。別に幼い時分のことを言っているのではないんですよ。」
ぼくは、分かっているのだろうか。ここに、こうやって須川や古仙洞相手に話をしているぼくという人間に、何が分かっているのだろうか。
仮に、ぼくにとって懐かしい自分があるとしても、そのものに出会うということがないとすれば、意味のない自分であることに変わりはないのだ。ぼくは、目の前の熟語完成英和大辞典という文字を、心の中で繰り返しなぞっていた。舵を失った難破船が、遙かな岸辺を願って呪文を唱えるように。
「人間の味わう気分には限りがあるもんかな。例えば、おれは五十を少し超えたところにいるが、およそこの歳までに実感して来た気分のありったけが、これらが、おれの味わい尽くすことのできる全ての気分とは言えない。まだまだ思いも寄らない、びっくり仰天するような気分に呑み込まれる瞬間が、この先に待っていると考えた方が自然なんだろう。」
「いいよ、いいよ。そんなことをくどくどと考えるのは、ちっとも可笑しなことじゃない。健全な体が考えることとして、烏滸の沙汰とは言うまい。ところで、降って来るって、どこから何が降って来るんだね。まさかとは思うが、例えば、恥ずかしながら誰ぞへの天職の告知とかだったりして。
金や女のしくじりで本当に進退谷まったっつうことで、人から隠れた陋巷に逃げ込むなんていうのは、話の上でだけだろうが、なかなか夢見心地のスリルな感じだわさ。そんな味のある泥濘、おれも一度ははまってみたいもんだ。それだったら、迷うも迷わないもないもん。
なあ、思い込み次第では女と天職は同じ言葉なのかも知れないぜ。そいつのためにそれまでの自分を全部放擲できるものって考えると、ほかには思いつかないよ。もちろん双方とも、おれにとって毫も縁がないってことのみならずな。」
須川は厚手の本を片手に持ったまま、帳場にやって来ると茶碗を持ち上げた。手にしている本の背には茶紙が貼られ、毛筆で『大正八年 熟語完成英和大辞典』と書かれた辞書の名前が読み取れる。
「懐かしい町というのはあるいはどこかにありそうだが、懐かしい自分てものがあると思いますか、あなたは。」