アーベーセスはその時ぐつすり眠つてゐた。そして明方に不思議な夢を見た。その夢の中の骸骨の山の上に大きな女がゐた。アーベーセスは此女に会つて話をすると、それは彼の哲学の「自然」であつた。二人は問答をしてアーベーセスは甚く叱られる。そのうちに洞穴から強い風が吹いて来た。そしてアーベーセスを秋の嵐が木の葉を弄ぶやうに空へ吹き上げて、死人の幽霊のゐる群の仲へ彼を連れて行く。アーベーセスは反抗してみたが、駄目であつた。そのうちに風にだんだん形が出来て来て鷲の様な翼と爪のある物になつた。
「お前は誰だ」とアーベーセスが訊くと、
「私はお前の認めてゐる者だ」と其の化物は声高らかに笑つて「私の名前は必然だ」
「何処へ連れて行くのだ」
「未知の世界へ」
「幸福の国か。悲しみの国か」
「お前が播いた物をお前が刈り取るのだ」
「そんな事はない。若しお前が生命の支配者であるならば、私の罪悪はお前の物であつて、私のではない」
「私は唯神の息に過ぎない」と大風が答へた。
「さうだと私の智慧は空しかつた」とアーベーセスがうめいた。
「百姓は薊を播いて穀物を刈り取る事が出来ないといつて、運命を呪ふことをしない。お前は罪悪を播いた。そしてお前が其結果を受けるからといつて、運命を呪つては不可ない」
(「ポンペイ最後の日」 リツトン原著 大町桂月譯著)