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イスラム教成立の背景

2023年01月24日 | 高2用 授業内容をもう一度
 東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス555年に東ゴーと王国を征服し、イタリアを回復しました。彼はこのほかにも北アフリカ一帯を征服し、地中海世界の再統一に成功しました。6世紀中ごろは西アジアのササン朝ペルシアホスロー1世が登場して、ササン朝の全盛期を築いた時期でもありました。ユスティニアヌスホスロー1世はライバルで、東西交易の重要地であるシリアをめぐって抗争しています。さらに、この2人の後になっても、シリアを両国の抗争は続きました。東ローマ皇帝ヘラクレイオスとササン朝ペルシアのホスロー2世とは長く戦争を続けましたが、7世紀にはいると東ローマ帝国がシリアを確保する状態でした。
 東ローマ帝国とササン朝ペルシアとが長い間シリアをめぐって戦争を続けた結果、シリアを通って交易することができなくなりました。そこで、アラビア半島を横断する交易ルートが活発になり、ラクダに荷を背負わせて砂漠を横断するベドウィン(隊商)がその交易を担ったのです。そのため、いままで砂漠の民であった彼らの生活は大きく変わってしまったしたわけです。とくにメッカやメディナに代表されるような砂漠のオアシスでは人々の行き来が盛んになり、豊かになった人々と失敗した人々との間でトラブルが発生しました。また、社会のモラルも低下しました。このような人々の中でイスラム教が必要とされたのです。

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