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洋務運動から変法自強 2008年早稲田大学 文

2012年07月26日 | 復習用入試問題

 次の文章を読んで,設問に答えなさい。1~5は所定欄に一つだけマークし,6は所定欄に記しなさい。

 アヘン戦争の直後,魏源は『海国図志』を著して,西洋諸国に対抗するためには西洋技術の導入が必要だと説いたが,その主張は,当時はあまり重視されなかった。しかし,a太平天国とアロー戦争の後になると,新技術導入の必要性が痛感され,太平天国鎮圧に活躍した有力官僚の主導の下に,各地に兵器工場や造船所などが建設されるようになる。いわゆる洋務運動である。こうした技術革新は,たしかに一定の成果をあげた。 b の率いる湘軍によるc新疆の回復は,その一例であろう。ところが,d洋務派官僚の作り上げた軍隊が新興国日本に完敗したことは,人々に大きな衝撃を与え,「変法」の主張が盛り上がってくる。その基本的な考え方は, あ というものである。ただし,興味深いのは,康有為の「孔子改制考」に見られるように,変法派が主張の正当性の根拠をしばしば古典の解釈の中に求めたことである。義和団事件の後,体制の限界を認識した清朝は,「変法」を本格的に推進するが,一方で,清朝打倒,共和政実現を目指す革命派の動きも活発化してくる。革命派の間では,主張のよりどころを古典に求める態度は,さすがに稀薄になる。たとえば,汪兆銘が e の機関誌『民報』の創刊号に寄せた論文には,古典への言及はほとんど見られない。

設問1 下線部aとほぼ同時期に清朝に反抗して蜂起し,主に長江以北で活動した集団はどれか。
イ 天地会 ロ 上帝会 ハ 淮軍 ニ 捻軍

設問2  b に当てはまる人物は誰か。
イ 袁世凱 ロ 左宗棠 ハ 劉永福 ニ 李鴻章

設問3 下線部cの直前の新疆に関する記述として,正しいものはどれか。
イ 南部のオアシス地帯に本拠をもつジュンガル部が,北部の草原地帯をも支配していた。
ロ 現地イスラーム教徒の反清蜂起に乗じて,ブハラ=ハン国出身のサイイド=アリー=ムハンマドが実権を握った。
ハ ヘディンの率いるイギリスの探検隊が,楼蘭の遺跡を発見した。
ニ ロシアは,通商路の保護を名目として,新疆の一部を占領した。

設問4 下線部dの戦争後,日本は朝鮮の植民地化を進めたが,これに対して,朝鮮(大韓帝国)の皇帝は万国平和会議に密使を送り,日本の不当性を訴えた。この会議が開かれた場所はどこか。
イ ハーグ ロ パリ ハ ジュネーヴ ニ ワシントン

設問5  e に当てはまる団体名は何か。
イ 華興会 ロ 国民党 ハ 中国同盟会 ニ 中国共産党

設問6 空欄 あ を,軍事技術・富国強兵・政治制度の三つの語を使用した30字以内の文章で埋めなさい。句読点も1字とする。


【解答6】 
設問1 ニ 設問2 ロ 設問3 ニ 設問4 イ
設問5 ハ
設問6 軍事技術の導入よりも政治制度の近代化による富国強兵を図る。


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