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19世紀以降のアメリカ現代史 08年上智大学文

2012年08月10日 | 復習用入試問題

設問1 次の文章を読み,問(1~10)に答えなさい。解答は選択肢(a~d)から1つ選びなさい。08年上智大学文 法

 1823年,第5代アメリカ合衆国大統領モンローは,議会に送った年次教書で,アメリカがヨーロッパに干渉しないかわりに,西半球へのヨーロッパ諸国の干渉を認めないと宣言した。このいわゆるモンロー主義は,後にアメリカ外交の基本方針として知られるようになるが,実際には当時のアメリカにそれを保障するだけの国力はなく,大西洋の制海権を握る(1)イギリスの承認のもとに成り立っていた。
 モンロー主義が現実味をおびた政策となるのは,19世紀末以降のことである。(2)西部への領土拡大によって(3)フロンティアが消滅し,南北戦争後の急速な開発で世界最大の工業国へと成長したアメリカは,世論の支持にも支えられて対外的膨張を開始する。まず,1898年に(4)キューバの独立運動を支持してスペインと戦争を起こし,(5)キューバを事実上の保護国とした。1903年には(6)運河建設をねらって,パナマをコロンビアから分離独立させた。( ア )大統領は1904年の年次教書で,モンロー主義に立脚して西半球へのヨーロッパ諸国の干渉を排除するために,域内諸国が政情不安に陥ればアメリカは武力干渉を行ってでも秩序を維持するとの政策方針を打ち出した。この政策は以後,(7)中米・カリブ海諸国に対して実施されることになる。
 しかし第一次世界大戦を経て,ヨーロッパ諸国の西半球への影響力が低下すると,アメリカは中米・カリブ海諸国に展開していた軍の撤収を開始する。また大恐慌後に世界的な(8)経済のブロック化が進行するなか,(9)フランクリン=ローズヴェルト政権は,善隣外交の名のもと,輸出入銀行を通したドル借款の供与や,各国の石油国有化政策への柔軟な対応など,ラテンアメリカ諸国との友好・協力体制の構築につとめた。

問1 下線部(1)について,モンロー宣言を支持し,ラテンアメリカ諸国の独立を支援したイギリス外相は誰か。
a ディズレーリ b チェンバレン
c カスルレー d カニング

問2 下線部(2)に関して,アメリカ=メキシコ戦争によって得られた領土はどれか。
a オレゴン b テキサス
c カリフォルニア d フロリダ

問3 下線部(3)について,アメリカ政府が「フロンティアの消滅」を宣言したのは何年か。
a 1880 b 1882 c 1890 d 1898

問4 下線部(4)について,この戦争によってアメリカが得た領土でないものはどれか。
a グアム b バハマ
c プエルトリコ d フィリピン

問5 下線部(5)について,キューバを保護国化するために同国憲法に組み込まれたプラット条項の説明として,誤っているものはどれか。
a キューバ領土内にアメリカ海軍基地を設置することが認められた。
b キューバの内政に対するアメリカの干渉権が認められた。
c 国民投票によるアメリカへの併合の可能性が規定された。
d 善隣外交の時代に廃止された。

問6 下線部(6)に関して,パナマ運河は何年に開通したか。
a 1914 b 1918 c 1924 d 1928

問7 下線部(7)に関して,1910年代にアメリカの武力干渉を受けなかった国はどれか。
a ニカラグア b ハイチ c コスタリカ d ドミニカ

問8 下線部(8)について,イギリス中心の経済ブロック形成を決めた会議は次のどれか。
a ロンドン会議 b ダンバートン=オークス会議
c ブレトン=ウッズ会議 d オタワ連邦会議

問9 下線部(9)について,この政権の実施した国内政策でないものはどれか。
a ワグナー法を制定して,労働者の権利を拡大させた。
b 農業調整法(AAA)を制定して,農民の生産力と購買力の回復を目指した。
c 反トラスト法を発動して,独占資本を規制した。
d テネシー川流域開発公社(TVA)を設立して,電力供給と生産力の増進,失業の解消を目指した。

問10 空欄( ア )に入る大統領名は次のどれか。
a マッキンリー b セオドア=ローズヴェルト
c ウィルソン d ハーディング

設問2 次の文章を読み,問(1~11)に答えなさい。解答は選択肢(a~d)から1つ選びなさい。

 第二次世界大戦が終わる頃からアメリカは,善隣外交の時代に緊密化したラテンアメリカとの関係を制度化するための枠組み作りをはじめた。1947年に開催されたパン=アメリカ会議では共同防衛と相互協力を定めた( ア )が採択され,翌48年には米州機構(OAS)が結成された。
 しかもその間もラテンアメリカ諸国では,改革を求める運動がしばしば(1)反米的民族主義のかたちをとってあらわれた。冷戦が本格化すると,アメリカは共産主義の浸透を危惧するようになった。とりわけ( イ )年に(2)キューバ革命が成功するとアメリカの警戒感はいっそう高まり,亡命キューバ人を支援して革命政権の打倒を試みたが,失敗している。そこで(3)ケネディ政権は,(4)キューバをのぞくラテンアメリカ諸国への総合的開発支援によって共産主義の浸透を阻止しようとした。1962年,ソ連によるキューバへのミサイル基地建設に対し,アメリカが海上封鎖を行い,(5)米ソは軍事衝突の危機に直面した。
 左派への警戒と敵意は冷戦終結まで続く。アメリカ政府は,(6)1970年チリで選挙によって成立した社会主義政権や(7)1979年ニカラグアで成立した革命政権などの左派政権に対して,反政府工作や反政府ゲリラ支援など各種の手段を用いて妨害・転覆をはかる一方,反共を掲げる軍事政権を支援した。反共政策は(8)カーター政権で一時的に緩和されたものの,(9)レーガン政権で再び強化された。

問1 下線部(1)について,社会正義と民族主義を掲げ労働者保護政策や国有化政策を行ったアルゼンチンの指導者は誰か。
a バティスタ b ヴァルガス
c ペロン d サン=マルティン

問2 下線部(2)について,この革命の説明として誤っているものはどれか。
a 革命時のアメリカ大統領は,共和党のアイゼンハワーであった。
b 指導者カストロは,メキシコで出会ったゲバラとともにゲリラ闘争を行った。
c 指導者カストロは,キューバ共産党を率いて革命を戦った。
d 親米的なバティスタ独裁政権が打倒され,特権層の多くはアメリカに亡命した。

問3 下線部(3)について,ケネディ大統領に関する説明として誤っているものはどれか。
a アメリカ初のカトリック教徒の大統領で,最年少で大統領に当選した。
b 部分的核実験停止条約を締結した。
c ベトナム戦争からの撤退を実現した。
d テキサス州ダラスで遊説中に暗殺され,副大統領のジョンソンが大統領に昇格した。

問4 下線部(4)について,この政策は何と名付けられたか。
a ニューフロンティア政策 b マーシャル=プラン
c 偉大な社会 d 進歩のための同盟

問5 下線部(5)について,当時のソ連共産党第一書記は誰か。
a フルシチョフ b ブレジネフ
c コスイギン d ゴルバチョフ

問6 下線部(6)について,当選した大統領は誰か。
a ピノチェト b アジェンデ c マルコス d フレイ

問7 下線部(7)について,革命を率いた組織の名称はどれか。
a サンディニスタ民族解放戦線 b 7月26日運動
c サパティスタ民族解放軍 d 人民戦線

問8 下線部(8)について,この政権が行った外交政策を何と呼ぶか。
a 宣教師外交 b 平和共存 c ドル外交 d 人権外交

問9 下線部(9)について,この政権の政策でないものはどれか。
a 中距離核戦力(INF)全廃条約 b 米中国交正常化
c プラザ合意 d 戦略防衛構想(SDI)

問10 空欄( ア )に入る用語は次のどれか。
a リオ協定 b トラテロルコ条約
c ボゴタ憲章 d モンテビデオ条約

問11 空欄( イ )に入る年は次のどれか。
a 1948 b 1952 c 1954 d 1959


【解答】 
設問1 
問1 d 問2 c 問3 c 問4 b
問5 c 問6 a 問7 c 問8 d
問9 c 問10 b
設問2 
問1 c 問2 c 問3 c 問4 d
問5 a 問6 b 問7 a 問8 d
問9 b 問10 a 問11 d


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