“氷姿雪魄”に背のびする……しろねこの日記

仕事の傍ら漢検1級に臨むうち、言葉の向こう側に見える様々な世界に思いを馳せるようになった日々を、徒然なるままに綴る日記。

雨戸を引くように

2013-02-12 23:55:31 | 日記
こんばんは。

今日は、久々に9時台まで職場にいました。明日までの決めごとがあったので、つい話し込んだのです。
職場が閉まるので慌てて荷造りしたら、なんと要覧を入れ忘れてしまい、今日は就寝まであと僅かですが、途中になっている熟字訓の書き出しをこの後することにしました。
いつもなら要覧は手提げに納まっているのですが、今日に限って「慙」と「慚」のような偏と旁が入れ替わる異体字の話を授業でする為に(国立過去問にそのようなポイントが出ていたので)、資料作りでふと取り出して机上に置いてしまったのです。

話は変りますが、昼時仕事の合間に、ある方の公式サイトで過去のその方のコメントを読んでいたところ、
お仕事で同じような種類の場所を殆ど毎日忙しく往き来している様子のことを、

雨戸を引くように

と表現なさっていて、一瞬はっとさせられてから、日本家屋の風情が感じられてきて、何ともいいなあ、と妙に感じ入ってしまいました。
使い手の方は何ということもなしに使っているのかもしれませんし、ご本人は案外現代的な雨戸を指しているのかもしれませんが、しろねこには新鮮な言い回しだったのです。

しろねこはそれこそ職場と自宅を毎日新幹線とバスで行ったり来たり、朝は携帯か本に目を落とし、夜は外の景色は真っ暗で見えず、桜の開花の季節を迎えても落ち着いて目にしないまま、という年もざらにあります。
しかしこの方のようには自分の忙しさを表現し得ない(思い付きもしない・そして住む世界の異なるこの方の忙しさと比較するのはお門違いなのでしょう)、慌ただしさの中にも、毎日のお勤めを欠かさない規則正しい生活の堅実さと情緒と気品とが感じられる、なんて素敵なのだろう。と暫しじっとしていたい気持ちでした(いえいえまたすぐ授業と添削(笑))。

職場から通勤駅までに柳の木が2本並んでいて、ここ数年は朝晩通り掛かりに心のなかで話しかけていたりするのですが、その葉を落とした枝のそよぎにも、今夜は何故か昼間の雨戸の風情の記憶がふと蘇りました。

こうして書いてみると勝手なイメージによるこじつけの感覚もかなり入っていそうですが、西洋式のごく普通のアパートに住むしろねこは、日本家屋の風情をやはり忘れないで大事にしていたいと思うのでした。