漢字を学び心を育む

「漢字」 感じたままに....
いつの日にかは漢検一級ホルダーに。

お〜〜〜、コワッ。

2012-05-29 10:57:58 | ◇1級:書き(書き取り)
 
 知人宅で山菜 おこわ をご馳走になる。








おこわ
御強


こわめし(強飯)。赤飯。女房詞。

【強飯】こわめし
おこわ、強飯(コワメシ・ゴウハン)とも。元来は米を甑(コシキ)や蒸籠(セイロウ)で蒸して作った飯のことで、釜で水を加えてたく飯を姫飯(ヒメイイ)というのに対し、堅かったのでこの名前が付いた。現在はアズキを混ぜて赤く染めることが多く赤飯(セキハン)と呼んで、おもに祝事に用いるが、凶事の際などに白おこわといって黒豆を入れて作ることがある。





思った通り「女房詞」でした。


wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%88%BF%E8%A8%80%E8%91%89

女房言葉(女房詞・にょうぼうことば)とは、室町時代初期頃から文書に現れ出した、宮中に仕える女房が使い始めた(現在でも用いられている)隠語的な言葉である。



「おこわ」の ”こわ” が思い浮かばない。

 強面(こわもて)の ”強” から「おこわ」が連想できない。


 強飯 こわめし ⇔ 姫飯 ひめいい

の関係を頭に入れておかないといけないのでしょう。
どちらも普段目にしない、耳にしない言葉ですが。



通常「おこわ」といえば「赤飯」のことを指すようです。

赤飯といえば、北海道では小豆の代わりに甘納豆(大豆)を入れるのをご存知でしょうか。

北海道ではメジャーなのですが、

本州の方に言ったら信じてもらえませんでした。苦笑



甘納豆とゴマ塩、紅生姜のハーモニーが堪りません。


  ヤ

  ミ

  ツ

  キ

  ・
  ・
  ・


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月に願いを at KOTONI

2012-05-22 20:31:54 | ◇1級:読み(音読み)
 
   朏魄 は三日月の異称である。








みかづき


【解字】会意。月+出。月が出はじめて、まだ光の明らかではないもの、みかづきの意味を表す。

  1. みかづき。三日月。陰暦三日めの月。



ひはく 三日月。


少し古い話で申し訳ありません、、


この日(4/24)は新月から三日目の月。
太陽が沈んだばかりの札幌の西空に輝く三日月です。



撮影日時:2012.4.24 19:15
撮影場所:札幌市琴似


姮娥 コウガ

《西王母の仙薬を盗んで月へ逃げたという「淮南子(えなんじ)」覧冥訓に見える女の名から》月の異称。嫦娥(じょうが)。



烏兎 ウト

烏=太陽、兎=月
金烏玉兎の略。太陽にはカラスが月には兎が住むという中国の伝説から。



--
そして、5月5日、月が地球に最も接近する時と満月が重なるスーパームーン。

撮影日時:2012.5.5 23:35
撮影場所:札幌市琴似





そうそう、月の満ち欠けのことを表す熟語なんですが準一級では、

盈虚 エイキョ

がよく出題されます。


でも一級では、

盈虧 エイキ  、虧盈 キエイ

が出題されますね。


--
5月21日

わたしも札幌で金環食を堪能しました。
お天気も最高で感慨深いものがありましたね。
人生最後の金環食かと思うと。
でもナマで見れて本当によかった。

時間旅行...


撮影日時:2012.5.21 7:45
撮影場所:札幌医大


わたしのコンデジではこれが限界。苦笑




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湯桶読み? :琴似神社

2012-04-28 10:15:09 | ◇1級:読み(音読み)
  


 
毎朝かかさず願懸けに詣でている琴似神社。

この神社の敷地内に「琴似屯田兵屋」があるみたいなので、ある朝ここの禰宜に聞いてみた。


わたし:「琴似屯田兵屋」はどこにあるのでしょう。

 禰宜:あぁ、あの建物の左脇の小径を行けば突き当たります。

わたし:「フツザ」の左脇ですか。

 禰宜:んn? あぁ、「はらいざ」のことですね。そうです、そうです。
       あそこは車をお祓いするところです。





なるほど、ちゃんと車を置くスペースがあります。
祓座 の ”読み方” については、本職の方がそう仰っているのですから異論をはさむ余地はないでしょう。
この「祓座」という熟語、いろんな辞書(神職とか)とネットを駆使し調べたのですが全くヒットしない。
どうやら一般的な用語ではないみたいです。
漢検ではまず出題されることはないでしょう。


祓座脇の小径を行けば・・・



琴似屯田兵屋が。



そして、これが本殿。



ぱんぱん!

どうぞご利益がありますよう。。

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してはいけない:食事作法篇

2012-04-19 13:00:26 | ◇1級:読み(音読み)

    摶飯 で昼を済ます。








セン、タン
まる(い)、まる(める)、もっぱ(ら)



【解字】形声。扌(手)+專。音符の專(セン)は、糸を糸巻きにまきつけるの意味。手を付し、まるめるの意味を表す。

  1. まるめる。また、まるい。
  2. むすぶ。かたまる。
  3. あつまる。
  4. うつ。
  5. もっぱら。
  6. ほしいままにする。





たんぱん(飯をまるめる⇒握り飯)




白川先生の字統によると、


声符は專セン(専)。専に團タン(団)の声がある。専は橐フクロの中にものを入れ、これを外から撃ちたたいて砕き、団めることをいう字である。
【摶飯】飯をまるめる。[礼記、典礼上]飯を共にするときは、手を澤タクする(こする)毌ナカれ、飯を摶マルめること毌れ、放飯すること毌れ、流歠リュウセツすること毌れ。



どうやら出典は、行儀作法に関することが書いてある「礼記ライキ」から。
「摶飯」は、人前ではお行儀悪い作法でやってはいけない事のようです。
では、握り飯は人の目の触れるところでは握っていなかったのか(笑)。
まあ当然、茶碗に盛ったご飯を箸(手)でまるめることの意味であろうが。
当時の中国に”にぎりめし”があったかどうかはしらん。


その他にも、


タン

 摶沙 タンサ
 砂をまるめて団子にすること。少しも団結力ないたとえ。

 摶埴 タンショク
 陶器作り。

 摶治 タンチ
 瓦作り。

 摶摶 タンタン
 うち堅めたもの。

 摶謎 タンメイ
 なぞかけ。

 摶食 タンジキ
 指でまるめて食べる。仏者の法。

 摶力 タンリョク
 ???力をあつめる???


セン

 摶一 センイツ
 もっぱら。一事にはげみ他をかえりみないこと。

 摶心 センシン
 心をもっぱらにする。一意摶(専)心。





 摶沙の譬喩は個人的には好き。





 によく似た字で  がある。

小さいフォントだとほとんど見分けつきません。

そう、 と  のように・・・・。













摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶搏摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶摶

崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇祟崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇崇


ウォーリーを・・・・。。


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話、戻します。



ハク 音符の甫+寸(フ)=(ハク)は、斧に通じ、おのやつちで「うつ」の意味。手を付し、うつの意味を表す。

同じく一級配当。
四字熟語で「竜攘虎搏」は、よく出題されているようです。



そういえば、常用の さんもそっくりさんなんですねえ〜。(←しつこいっ!)




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人を愛するということ

2012-04-15 16:50:50 | ◇1級:文章
北海道ニセコ町有島記念館

 
 愛と憎みとは、相反馳する心的作用の両極を意味するものではない。憎みとは人間の愛の変じた一つの形式である。愛の反対は憎みではない。愛の反対は愛しないことだ。だから、愛しない場合にのみ、私は何ものをも個性の中に奪い取ることが出来ないのだ。憎む場合にも私は奪い取る。それは私が憎んだところの外界と、そして私がそれに対してったおくりものとである。愛する場合に於ては、例えば私が飢えた人を愛して、これに一飯をったとすれば、その愛された人と一飯とは共に還って来て私自身の骨肉となるだろう。憎しみの場合に於ても、例えば私が私を陥れたものを憎んで、これにばりを加えたとすれば、憎まれた人も、その醜い私のばりも共に還って来て私のに巣喰うのだ。

惜みなく愛は奪ふ/有島武郎




   
有島 武郎
(ありしま たけお 1878年3月4日 - 1923年6月9日(満45歳没))

 小説家 東京小石川出身。大蔵官僚の有島武の長男。学習院中等科卒業後、農学者を志して札幌農学校に進学、キリスト教の洗礼を受ける。1903年渡米。ハバフォード大学院、その後、ハーバード大学で歴史・経済学を学ぶ。ハーバード大学は1年足らずで退学する。帰国後、志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加。1923年、軽井沢の別荘(浄月荘)で波多野秋子と心中した。


代表作

『カインの末裔』(1917年)
『惜みなく愛は奪ふ』(1917年、評論)
『生れ出づる悩み』(1918年)
『小さき者へ』(1918年)
『或る女』(1919年)



 相反馳  あいはんち
 擲     なげう
 遣     や
 ばり    罵詈
 衷     うち



有島記念館の建つニセコ町は、わたしの生まれ育った故郷の隣町。
国道5号線沿いにある「有島」という地名は高校生の時から知っていた。
同級生がそこに住んでいて足繁く通ったから。
小説は読んだことはなかったが、有島武郎の名だけはその頃から知っていた。
でも、地名の「有島」が小説家の「有島武郎」と繋がったのは大人になってから。
有島記念館
http://www.town.niseko.lg.jp/goannai/arishima.html
有島記念館の建つニセコの地は、有島の出世作「カインの末裔」の舞台ともなった所です。また、父から引き継いだ広大なニセコの農場を、土地共有という形で小作人に無償で解放し、当時の社会に大きな反響を呼んだことでも知られています。



 
 愛は惜しみなく奪う

 「愛は惜しみなく与う」(トルストイ)をもとにした言葉。人を愛するということは、相手のすべてを奪って自己のものにしようとすることである。有島武郎が評論「惜みなく愛は奪ふ」で主張。 <コトバンク>より


慧眼である。

有島のこの有名な一文を読んでいるととても他人事とは思えない。
愛は相手を独占すること。相手を自分色に染めること。
相手を憎んで別れるのが、一番ベストな別れだと思っていたがとんでもない間違いだった。
愛するという感情がないと、”憎しみ”なんて湧いてきやしない。
実際、心が離れた相手と別れるときには何も感情が湧いてこなかった。

クリスチャンとして洗礼を受けた身での人妻との無理心中。
不倫と自害(縊死)。
かなり罪深いことだったのだろうと察する。


ちなみに同じクリスチャンである三浦綾子は、人を愛することについてこう語っている。


 ”ほんとうに人を愛するということは、その人が一人でいても生きていけるようにしてあげることだ。”



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