不破さんの「前衛」誌連載「ス ターリン秘史 巨悪の成立と展開-第7章フランス・スペイン・中国(上)」を読みました。「1930年代後半に、統一戦線戦術の具体化が特別に重要な意義をもったのは、フランス、スペイン、中国の三国の運動でした」(「前衛」8月号193頁)
「スターリンは、すでにみたように、社会主義や革命の事業とは無縁な専制主義、覇権主義の巨悪への変貌を決定的にしていました。
ですから、これらの国々の運動へのスターリンの介入は、表面的には統一戦線政策の適用だとされ、必要な時には、そういう用語を使って説明されましたが、その内容を現実に支配していたのは、ソ連の国家的利害や外交戦略であり、とくにスペインの場合には、軍事援助を通じてスペインを『衛星国』化しようとする覇権主義的思惑が早くも姿を現してきました」(同前、194頁)
今号では、ほとんどが、スペインの人民戦線政府の成立とフランコの反乱、スターリン・ソ連の人民戦線政府への介入を歴史的事実に基づいて検証されています。
まさに、生きた歴史のドラマを見ているようでした。
是非、多くの方にお読みいただきたいと思いました。
1939年3月28日マドリード陥落。同年8月24日、ソ連・ドイツ不可侵条約公表。「この日を転換点にして、ディミトロフもコミンテルンも、つい前の日までその空気を呼吸してきた反ファシズムの世界から、まったく異質な親ファシズム、より率直・正確に言えばファシズムとの同盟の世界に、なんと事前の準備も心構えもなしに、いきなり投げ込まれることになりました。(中略)
しかし、スターリンの方は、スペイン内戦への干渉の経験から将来の活動のための重大な教訓を引き出し、きわめて意義ある成果を手にすることができました。
それは、他国の政権の指導権を奪い、その国をソ連の『衛星国』化するためには、どんな手段が必要であり、また有効であるかという点での経験と教訓です。
スペイン内戦へのソ連の介入は、第二次世界大戦後の東ヨーロッパの『衛星国』化戦略にとって、最大の実験場を提供するものとなったのでした」(同前、231頁)
こうした、歴史の事実に基づく「解明」は、科学的社会主義の理論活動の歴史のなかでは、初めてのことではないでしょうか。
今後の不破さんの論究に期待が膨らんでいます。