宮応かつゆきの日本改革ブログ

●日本共産党
総選挙で市民と野党の共闘で政権交代を、共産党の躍進をめざします。

「逆流を止め、将来の展望を開いた歴史的意義」ー志位発言

2017年11月28日 | 検証ー2017年総選挙

 志位和夫委員長は今月18日、革新懇全国交流会で「総選挙の結果と革新懇運動の役割」について特別発言を行いました。そのなかで「今回の総選挙はどういう選挙だったか。共産党はどうたたかったか」を4つの角度から語りました。(「しんぶん赤旗ー19日付」) この発言は、私たちが総選挙からの教訓を学ぶ上で重要なものと考えています。 以下、要旨を紹介します。

 「第1に、安倍自公政権が追いつめられての選挙だったということです。『安倍政権が最も恐れたのは、市民と野党の共闘の成功でした。』と指摘し」次の点をあげました。

「▼解散直前の9月20日に共産、民進、自由、社民の4野党の書記局長・幹事長が小選挙区の候補者1本化で合意

 ▼同26日には4野党が市民連合と7項目の共通施策を合意したと述べ、『この流れが成功していれば全く違う結果になったしょう』と語りました」

「第2は、市民と野党の共闘に対する突然の逆流に、日本共産党がどう対応したのか」について、「希望の党への民進党『合流』の決定という、市民と野党の共闘に分断を持ち込む重大な背信行為に共産党がとった2つの対応を語りました」

「一つは、逆流と断固たたかうことを表明したことです。希望の党の政治的主張の2つの要は、安保法制容認と9条を含む憲法改正であることを批判。『自民の補完勢力』という正体を暴き、「民進党の候補者が希望の党の公認候補となった場合は、原則として候補者を擁立してたたかうこと」

「二つ目は、共闘をあきらめなかったことです。『共闘の道をしっかり追求しようという政党、議員、候補者とは連携・協力』することを表明。社民党との間で直ちに候補者を1本化することを合意」

「危機の瞬間に2つのメッセージを発信したことは、その後の共闘再構築の流れにつながった」と述べました。

「第3は、共闘の再構築とそれを可能にしたものについてです。10月2日に立憲民主党が結党した際、ただちに共産党が『歓迎』を表明。『選挙戦までの短い時間のなかで共闘を再構築ができたのはなぜか』まず、『全国の草の根での市民の頑張り』をあげました」

さらに、「共産党が共闘の危機という緊急事態のなかで67の小選挙区で候補者をおろす決断をした」と強調し、この対応に、「共闘が危機にひんした際、身をていして逆流を止め、日本の民主主義を守った」と評価されたことに「大変うれしいこと」と語りました。

第4は、たたかいの歴史的意義についてです。『逆流を成功させていたらどうなっていたのか』市民と野党の共闘が破壊されただけではなく、改憲勢力による2大政党化が一気に進み、暗たんたる政治状況となる危険があったと指摘」

「危機の瞬間に日本共産党は共闘の道を揺るがず貫き、逆流を止め、展望を開いた。歴史に貢献する役割を果たしたことを確信にして共闘の本格的な発展に力つくす決意」を語りました。

 この「確信」を自分自身のものにし、同時に広く、国民全体の確信に広げていきたいと思います。


新しい政治対決時代下の日本共産党の独自活動について

2017年11月27日 | 検証ー2017年総選挙

 日本共産党は今年、2017年1月第27回党大会を開催しました。 3年間の政治対決の大きな変化、発展を踏まえて、新しい政治対決の構図を「自公と補完勢力」対「野党と市民の共闘」という日本政治が「新しい時代が始まった」と特徴付けました。

 また、それは日本政治が「歴史の本流と逆流が真正面からぶつかりあう、戦後かつてない激動的な新しい時代」に入ったことを意味していることを指摘しました。

 こうした、日本政治の特徴は、次のような事実ー力で開かれたことを「大会決議」は明らかにしました。

 第1は、安倍政権の暴走政治に対抗する新しい市民運動が発展したことです。 とくに、安保法制=戦争法に反対するたたかいを通じて、国民一人ひとりが、主権者として、自由な、自発的な意思で立ち上がり、声をあげる、戦後かつてない新しい市民運動、国民運動がわきおこり、豊かに発展したこと。この運動のなかから「野党は共闘」という切実な声が広がり、この声に背中を押されて、国会内外で野党共闘がつくられ、それは参院選での野党共闘へと発展したことです。

 第2に、日本共産党がこうした市民運動、国民運動にどう応えたかということです。2013年の参院選、14年の総選挙、15年の統一地方選などで躍進をかちとったことが、1980年の「社公合意」以来30年余にわたって国政を支配していた「日本共産党を除く」体制が打ち破られ、中央でも地方でも野党と市民の共闘をすすめる力となりました。そして、市民の「野党は共闘」という声にこたえ、「私たちも変わらなけれならない」と決断し「戦争法(安保法制)廃止の国民連合政府の提唱、全国規模での野党の選挙協力の追求という新しい道に踏み出した」(「2015年9月19日」)のです。

 そして、始まった「野党と市民の共闘」をどうやって発展させるかー日本共産党の「基本姿勢」を「決議」では次のように述べています。

 一つは、野党と市民の間でも野党間でも、一致点を大切にしながら、互いに違いを認め合い、互いに信頼し、敬意をもち、心一つにたたかう、「本気の共闘」をつくりあげていくために、誠実に力をつくすこと。

二つは、野党と市民の共闘が掲げている「大義の旗」を国民多数のものとするために全力をつくしながら、どんな問題でも根本的打開をはかろうとすれば、党綱領が示した国政の民主的改革が必要になることを、太く明らかにするわが党独自の活動に取り組むこと。

 そして、今回の総選挙をたたかって痛感されたことですが、次の方針の具体的取り組みの重要性です。

「政府・与党による野党共闘攻撃、共産党攻撃を打ち破るために、他の野党、市民と力をあわせて奮闘する。同時に、かなり変わってきたとはいえ、国民のなかに日本共産党に対するさまざまな誤解や拒否感がなお存在することも事実である。その克服のために、私たち自身の努力として、党の歴史、路線、理念を丸ごと理解してもらう取り組みを強めるとともに、不断に自己改革をすすめ、名実ともに『日本の労働者階級の党であると同時に、日本国民の党』(党規約第2条)への成長をめざす。一部にある『共産党と一線を画す』といった傾向を克服するために努力する」ことです。

 

 


統一戦線についてー第26回党大会決議ー2014年1月

2017年11月24日 | 検証ー2017年総選挙

 日本共産党は2014年1月、4年ぶりに第26回党大会を開催しました。その党大会決議の「政党戦線」について振り返ってみたいと思います。

 「日本共産党は、単独政権ではなく、民主連合政権という連合政権をめざしている。その場合の連合の相手はどこから出てくるか。革新懇型の共同――日本共産党と無党派の人々との共同が、いいよ本流になってくるだろう。同時に、いま「一点共闘」をともにたたかっている人々のなかからも連合の相手が生まれてくるだろう」

 この可能性の指摘は、いまの「市民連合」の誕生への期待とも受け取れるものでしょう。

 そして、政党戦線については、次のような展望を明らかにしました。

 「政党戦線においても、日本共産党との連合の相手が出てくると、私たちは確信するものである。そのさい、私たちの連合の相手が、従来の保守の流れも含む修正資本主義の潮流であることも、大いにありうることである」

 「日本共産党は、社会主義・共産主義の日本を展望する党だが、当面する変革の課題は、資本主義の枠内で『2つの異常』を正し、『国民が主人公』への変革をはかることにあると考えている。将来的な展望の違いがあっても、『2つの異常』を正すという当面の課題での一致がえられるならば統一戦線をともにつくりあげることは可能であり、共同のために努力する」

 【2つの異常】とはー「第26会大会決議から」

 一つは、「異常な財界中心の政治」です。「日本は、働く人の所得が減り続け、経済全体が停滞・縮小する国となり、国内総生産比での長期財務残高が先進国で最も高い水準の国に落ち込んでいる」こと。

 二つは、「異常な対米従属の政治」です。「米軍基地の矛盾が限点をこえるとともに、TPP問題にみられるように日本の経済主権・食料主権が根底から破壊される危機に直面している」こと。


検証・総選挙ー市民と野党の共闘は再生された

2017年11月22日 | 検証ー2017年総選挙

 日本の未来がかかった2017年総選挙の投開票日かうら1カ月が経ちました。 この間、1年近くブログを休んでいましたが、今日から再開したいと思います。よろしくお願いします。

 総選挙から1カ月が経過し、新しい衆議院の勢力関係が決まった中で、国会論戦がはじまりました。今度の総選挙が日本の戦後、現憲法下のもとでのどのような意義をもったたたかいであったのか。その経過と結果が今後の日本の未来、憲法にもとづく政治の展望にどのような意味をもつものとなったのか考えて見たいと思います。

 朝日新聞は、今月20日、21日「検証 民進分裂」(上・下)を掲載しました。 この中で、私が特に注目させられたのが、次の記事でした。

 「『20年間気づかなかったけれど、国民は政権交代のための合従連衡をのぞんでない。より良い政治をしてほしいというのが国民の考えだ』」「党代表に就いた枝野は衆院選で全国を回って、初めて”1996年体制の終わり”に気づいたという」

「96年は小選挙区制が導入されて最初の衆院選があった年。 旧民主党もこの年に結党された。以来、旧民主党は合従連衡をして、政権交代をめざしてきた。だが、有権者からは、数合わせとしてしか見られていなかったのではないかーー」(下)

 この民主党枝野幸男代表の「思い」も一つのベースにしながら、検証してみたいと思います。