
最近はブログ主流、誰でも簡単に開設でき、インターネットを通じて情報発信並びに収集もできる。さらに交流もできるといった便利な時代となっております。
という私もブログをはじめて1年半余り、独り言的な内容ながらも、少なからず反応もいただきコメントをお寄せいただきます皆様には感謝申し上げます。
さて、5年前にホームページを開設、「遠野松崎じぇんご弐」として今も継続中である。
さらに一年後、東北史を扱う「奥州虎猫舘」を開設、今や本編サイトでの松崎じぇんごのアクセス数に迫ろうかという場面でもありますが、思うところあって、虎猫舘内のカテゴリー、「一山百文」という奥羽越戊辰戦争を扱った頁を閉鎖いたしました。
幕末、明治維新という時代は歴史ファンが多く、サイトも数多く存在しております。中にはアクセス数百万台を誇るヒットサイトも存在している反面、浮き沈みが激しく新人歌手ではございませんが、出たり消えたり・・・そんな中、東北というローカルでマイナーな内容である我サイト、なんとか常連さんも付いてくれて、それなりにその道では少しは知られるサイトとなり、また掲示板も結構賑やかな部類でもありました。
今回の幕末維新部門からの撤退、一番は郷土史分野の確立、充実・・と偉そうなことを考えてのことでもありますが、閉鎖するに当たって、掲示板で交流を持つことができ、そしてネットという世界のみならず、現実の世界で実際にお会いして交流が成った皆様が居たこと、住む地域、育った環境、性別、年齢も違う方々との出会い、これらが一番の収穫であり、喜びでもありました。
会津オフ・・東北、関東、北陸から私のサイトを通じて会津若松でのオフ会、全く文字以外では見ず知らず、わざわざ富山から列車を乗り継いで7時間半もかけて参加いただいた方、高速バスで来てくださった方、ガイド要らず、現地を詳細にご案内いただいた方、私も自家用車で5時間かけて会津入り、はじめて会ったのにすぐ打ち解けることができる、夜の懇親会も思い出深く、楽しかった。
サイトを開設して4年、変わらず開設当初から訪ねてくださった皆さんでもありました。
とかくインターネットでの交流のイメージは、掲示板の場合、最初は興味あることへの質問、意見、情報交換、これらからはじまる、最初の一ヶ月くらいは頻繁に訪ねるが、言い方は悪いが飽きてくるとそれっきり・・通りすがり的なことが多い・・私もそういった一人でもありましたが、こうして変わりなくお越しいただいた皆さんが居たこと、これはホントありがたいことでもあります。
この方々とは会津オフ後も東京で同窓会的な集まりを持ったこともあります。無論、今後も盛岡や思い出の地、会津若松、或いは函館や松前、そして東京と・・機会あるごとに集まりたい・・そう考えております。
ひとつのきっかけ的なことは無くなってしまいましたが、むしろ人間としての交流はこれから・・・インターネット時代とはいえ、これによって出会えたことに感謝しつつ、またの再会を楽しみに頑張っていきたい、そう思っております。
画像は閉鎖した我サイトの一部
なお、記事とは関連ありませんが、遠野市における城館屋敷一覧表を本編サイトへアップいたしました。
こちら
という私もブログをはじめて1年半余り、独り言的な内容ながらも、少なからず反応もいただきコメントをお寄せいただきます皆様には感謝申し上げます。
さて、5年前にホームページを開設、「遠野松崎じぇんご弐」として今も継続中である。
さらに一年後、東北史を扱う「奥州虎猫舘」を開設、今や本編サイトでの松崎じぇんごのアクセス数に迫ろうかという場面でもありますが、思うところあって、虎猫舘内のカテゴリー、「一山百文」という奥羽越戊辰戦争を扱った頁を閉鎖いたしました。
幕末、明治維新という時代は歴史ファンが多く、サイトも数多く存在しております。中にはアクセス数百万台を誇るヒットサイトも存在している反面、浮き沈みが激しく新人歌手ではございませんが、出たり消えたり・・・そんな中、東北というローカルでマイナーな内容である我サイト、なんとか常連さんも付いてくれて、それなりにその道では少しは知られるサイトとなり、また掲示板も結構賑やかな部類でもありました。
今回の幕末維新部門からの撤退、一番は郷土史分野の確立、充実・・と偉そうなことを考えてのことでもありますが、閉鎖するに当たって、掲示板で交流を持つことができ、そしてネットという世界のみならず、現実の世界で実際にお会いして交流が成った皆様が居たこと、住む地域、育った環境、性別、年齢も違う方々との出会い、これらが一番の収穫であり、喜びでもありました。
会津オフ・・東北、関東、北陸から私のサイトを通じて会津若松でのオフ会、全く文字以外では見ず知らず、わざわざ富山から列車を乗り継いで7時間半もかけて参加いただいた方、高速バスで来てくださった方、ガイド要らず、現地を詳細にご案内いただいた方、私も自家用車で5時間かけて会津入り、はじめて会ったのにすぐ打ち解けることができる、夜の懇親会も思い出深く、楽しかった。
サイトを開設して4年、変わらず開設当初から訪ねてくださった皆さんでもありました。
とかくインターネットでの交流のイメージは、掲示板の場合、最初は興味あることへの質問、意見、情報交換、これらからはじまる、最初の一ヶ月くらいは頻繁に訪ねるが、言い方は悪いが飽きてくるとそれっきり・・通りすがり的なことが多い・・私もそういった一人でもありましたが、こうして変わりなくお越しいただいた皆さんが居たこと、これはホントありがたいことでもあります。
この方々とは会津オフ後も東京で同窓会的な集まりを持ったこともあります。無論、今後も盛岡や思い出の地、会津若松、或いは函館や松前、そして東京と・・機会あるごとに集まりたい・・そう考えております。
ひとつのきっかけ的なことは無くなってしまいましたが、むしろ人間としての交流はこれから・・・インターネット時代とはいえ、これによって出会えたことに感謝しつつ、またの再会を楽しみに頑張っていきたい、そう思っております。
画像は閉鎖した我サイトの一部
なお、記事とは関連ありませんが、遠野市における城館屋敷一覧表を本編サイトへアップいたしました。
こちら
幕末掲示板の閉鎖を確認させていただきました。私は館主様のところにお邪魔してまだ1年と経たないものではありますが、館主様を始めとする様々な皆さんと交流をもてたこと、また個人的にもメールなどでのお付き合いをさせていただいていること、大変ありがたいことと感謝申し上げます。
その出会いの場所がなくなってしまったことは残念ではありますが、館主様のこの4年間の御苦労や御苦慮をお察ししますとこれも致し方ないことと心得ております。
館主様、まこと長い間お疲れ様でした。
これからは郷土史関連に力をお入れになるとの由、頑張ってくださいませ。
これからも応援しております。
さらなる交流、無論、今までお世話になった皆様含めて今後もできたら・・と思います。
よろしくお願いします。
ここのところの忙しさで一日PCを開くことのない日もあり、一山百文の閉鎖をのちに知りました。
とても残念ではありますが、熟考されて決断されたこととお察しします。
歴史に興味を持ってまだ日が無い私が、自分のルーツでもある東北の歴史を学ぶことが出来たのは、何にもまして虎猫舘主さまのサイトに巡り合えて、UPされた貴重な歴史的資料や掲示板にお出でになる方々の大いなる知識や見識を拝見させていただけたからに他なりません。
浅学な私がなかなかしゃしゃり出る事も出来ずに、掲示板をもっぱら拝見するばかりでしたことをお詫び申し上げます。
舘主さまはじめ、鍵屋さま、総司さま、松前さまには掲示板の新参者にも関わらずあたたかくお迎えいただいたこと、今でも嬉しく思っております。
どうぞこれからもご無理のないように、かつ存分にご興味ある分野を極めていかれることを影ながら応援いたします。
これからもよろしくお願いいたします。
当サイトでのこと、色々とご迷惑をおかけいたしました。
また、励ましの言葉と共に私が4年余りやってきたことが、それなりに評価されていること、これも羚英さんをはじめ支えていただきました皆様のおかげと考えております。
ありがとうございました。
今後はまた違った時代、分野で頑張ろうかなと思ってますが、やることは歴史関連、今後も何かとご教授なり意見、情報等をいただく場面もあるものと思います。
今後もどうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。