日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【東国を歩く会】高幡・百草・関戸を歩きます!【第9回 歩く日】

2017-02-27 13:11:05 | 八王子・東京・西関東の歴史
 以下の記事ですが、本日高橋さんが斥候に出向いた結果、集合時間を変更することになりました。

 9:00 ⇒ 8:30

 それと、想像以上にアップダウンが激しいとのことですので、

 足腰に自信のある方

 のみ参加して欲しいとの意向でした。

 ただ、今までもそうですが、途中棄権も全然平気ですし所々バス停もありますから、あまり深刻に考えていただかなくて結構ですよ。

 私たちは気軽に歩ける趣味の会ですからね。


※          ※          ※
 


 今日のお昼は妻が作ってくれたサンドウィッチでした。



 いつもはおにぎりを握ってもらっていますが、たまにはサンドウィッチもいいですね。

 世の中に無尽蔵にあふれているサンドウィッチの中で三佳のが一番好きです。

 なんていうと、「新婚なんだからそう思うのは当たり前だろ!」と、お叱りの声をいただきそうなので、自慢話はこの辺でやめておいて、東国を歩く会の「第9回 歩く日」の告知をします。

 ・3月12日(日)

 ・京王線高幡不動駅改札を出たところで待ち合わせ

 ・9時出発 ⇒ 8時半出発

 コースは今回も高橋さんが作成しました。

 あくまでも予定ですが以下の通りです。

 高幡不動尊 → 高幡城跡 → 日野市郷土資料館 → 百草観音堂 → 小島善太郎記念館 → 百草八幡宮 → 百草園(百草城跡) → 百草ファーム → アルディージャーノ → 落川遺跡 → 小野神社 → 関戸城跡

 ゴールは聖蹟桜ヶ丘駅を考えています。

 参加費はいつもと同じくらいの額にする予定で、別途メンバー向けのメールあるいはFBでお知らせします。

 いつもの通り、ビックリするような金額なのでお覚悟ください!

 それ以外でも、以下の費用が掛かります。

 高幡不動尊の奥殿と大日堂の参拝で500円
 小島善太郎記念館 300円
 百草園 300円

 もしあまり興味がないなあというものがありましたら無理せずに外で待機でも構いませんが、とくに百草園は城郭ですので入らないのはもったいないです。

 それと、今回のコースは距離に関してはいつもよりも少ないですが、多摩丘陵を歩き回るのでアップダウンは大きいです。

 その点をどうかご了承ください。

 お昼に関しては百草団地あたりの公園で食べると思うので、お弁当を持参か途中のお店で購入ということにします。

 それではよろしくお願いいたします。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【中生代白亜紀】懐かしいにもほどがある!【1億年前】

2017-02-24 05:02:54 | 八王子・東京・西関東の歴史
 たまには懐かしい思い出に浸りたい時もありますよね。

 私たちの「東国を歩く会」は昨年始動したのですが、「第1回 歩く日」の下見を新年早々の1月2日に挙行しました。

 私と高橋さん、それにS源寺さんの3人で津久井城を見た後、高尾まで戻る際に町田市の大地沢から山に登って、尾根伝いに高尾まで帰ってきました。

 結局、本番の時は山道はやめて町田街道を北上したわけですが、本番ではお見せできなかった、それはそれは懐かしいものを今、何となくアップします。

 それは、「小仏層」と呼ばれる1億3500万年前から7000万年前の地層です。



 多分、子供の頃の思い出なども懐かしいと思いますが、1億年前というオーダーとなりますと、脳内に残っている私たちがまだ人間になる前のずっとずっと昔の記憶をたどっていくことになると思います。

 そのため、「まったく懐かしいにもほどがある!」と、お叱りの声が聞こえてきそうですが、1億年前ってどんな世界だったんでしょうね?



 私は歴史好きが高じて、かなり昔のことにまで興味を持ってしまいました。



 ちなみに地質学では、現代は約6500万年前から始まった新生代に入ります。

 でも1億年前というとその前の中生代の白亜紀なのです。

 かの有名な恐竜さんたちが闊歩していた時代ですね。

 その頃の地層が町田市の大地沢で見れるんですよ。

 あ、今日の話題はちょっと昔すぎましたね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【関戸城】多摩市関戸【霞ノ関南木戸柵跡】

2017-02-23 21:46:35 | 八王子・東京・西関東の歴史
 少し前のことになりますが、昨年の秋にお掃除の見積りで多摩市関戸のお客さんのお宅へお伺いし、そこからお店に帰る途中、とても見晴らしの良いところを通過したので写真を撮りたくなってチラッと一瞬見えた神社の道路傍に車を止めました。



 何の神社かな?

 説明板がありますね。



 なるほど金比羅宮ですね。

 しかも鎌倉時代末期の新田義貞の鎌倉攻めで義貞と北条泰家が戦った際に築砦された場所と伝わっているんですね。



 では先ほどの見晴らしの良かった場所へ行ってみます。

 おや?何か標柱が建ってますよ。



 おおーーっ、関戸城!



 ここに関戸城があったのか・・・





 残念ながら説明板の文字はかなり読みづらくなっています。



 関戸城の存在はもちろん以前から知ってはいましたが、遺構は何もないはずなので今まで探訪をしませんでした。

 ところが今日は偶然にも関戸城に来てしまったわけです。

 やっぱり「好きだ好きだ」と思っているとこうやって引き寄せられるんですね。

 ※あとで宮田太郎先生から聞いたところでは上の説明板の文章は宮田先生の作成とのことです。

 やや移動するとなかなかの眺望の場所がありました。



 いやー、ここは本当に見晴らしが良い場所ですね。

*          *          *


 ということで偶然関戸城の標柱を見つけてしまったわけですが、つい先日、たまたま午前の現場と午後の現場の移動ルート上に鎌倉時代の関所跡があったのでチョロッと寄ってみました。

 何しろ「関戸」という地名がそのものズバリ、「関」の「戸」ですからね。

 何もないほうがおかしいです。

 目指すは熊野神社。

 よし、車止めれた。



 おっ!柱列と説明板がありますぞ!









 なるほど、ここは「霞ノ関南木戸柵跡」という名称の東京都指定史跡なんですね。

 立派な石柱も建っています。



 石仏もありますね。







 拝殿へ向かいます。





 本殿は覆われていますね。



 境内神社。



 この熊野神社自体の由緒は境内に説明板がないため分かりませんねー。

 ※『東京都神社名鑑』によれば、延徳元年(1489)に紀州の熊野三山を勧請したと伝わっているそうです。



 境内からの眺め。





 神社の前の道路は往時の鎌倉街道ですよ。

 府中方面を見ます。



 この先の関戸の渡しを渡れば国府はすぐそこですね。

 反対側の鎌倉方面を見ます。



 今はこの「旧鎌倉街道」に並行して多摩ニュータウン通りが走っているので、普通はそっちを使うでしょうね。

 実は私もこちらの旧鎌倉街道は今まで走ったことがありませんでした。

*          *          *


 そういえば、3月12日(日)の「歩く日」ではこの辺も歩く予定ですよ。

 参加される方は楽しみにしていてくださいね。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小平市ふれあい下水道館

2017-02-21 22:01:29 | 八王子・東京・西関東の歴史
 先日の土曜日(2月18日)は、クラブツーリズム主催の講座「さかのぼって学ぼう 東北の古代史・中世史」という全12回の講座の第2回目、「東北の城館の特徴とおススメ城館案内」を開催しました。



 7名のみなさま方、どうもありがとうございました!



 参加された方からは東北の中世城館跡のツアーをクラツーでやって欲しいとの声もいただき、とても嬉しかったです。

 ただ、旅行会社のツアーですので、どうしても採算の合う最少催行人数が集まらないと催行できないため、今のところは難しそうです。

 しかし今は無理でも、ゆくゆくは他の有名な先生たちのように遠方のツアーが開催できるようにしますので、どうぞ応援お願い致します!

 次回は3月25日(土)の10時半から12時で、「室町幕府の東北への影響と領主たち」というタイトルでやります。


 ⇒クラブツーリズム公式サイト内の詳細ページはこちらです!


 ところで、最近このブログの更新頻度が落ちているので、稲用さんは歴史活動が下火になったのかな?と心配される方もおられるかもしれません。

 でも心配は無用ですし、いくらヴェリーを可愛がっているからといっても私は相変わらず「猫派」ですので、それも合わせて心配なさらないでください。

 あ、犬・猫の話は良いとして、実はフェイスブックでは「昼休憩歴史探訪」と銘打って、昼休みの短い時間に移動途中や現場近くの史跡を訪れて欲望を満たしている様子をアップしています。

 なので、(ほぼ)リアルタイムで私の歴史活動を知りたい方は、フェイスブックの方もどうぞご覧ください(ただし、友達申請は基本的にはリアルで会ったことがない方は受け付けませんのでお許しください)。

 さて、その問題の「昼休憩歴史探訪」ですが、本日は1月26日の現場の移動途中に立ち寄った「小平市ふれあい下水道館」の探訪レポートをお伝えします。



 小平市ふれあい下水道館には、昨年の10月9日に東国を歩く会の「第7回 歩く日」の際に訪れました。

 ところが、閉館時間が16時だということを知らず、入館したのはその5分前だったのです。

 「大丈夫、ラストオーダー」とか言いながら私が先頭切って入っていくと、受付の女の子が地下5階にまず行ってくださいとのことだったので、みんなでエレヴェーターに乗って地下5階へ行き、実際の下水道を見れるコーナーへ行ってみると、係のおじちゃんに「今日はもう終わりなんだよねー」と言われ、見学することができませんでした。

 なので、みんなでガッカリしてここを後にして、今日はそのリベンジなのです。

 というわけで侵入・・・

 うわーーっ!

 こういう図、大好き!



 武蔵野台地、多摩丘陵、狭山丘陵、大宮台地・・・

 上がるー!

 このマニアックな専門用語が羅列されている説明も素敵。



 地形や地層をやっていくと徐々に理解できるようになって行きますよ。

 前回はエレヴェーターですぐに地下5階へ行きましたが、階段もあるので階段で1フロアずつ降りてみましょうか。

 おっと、これは・・・



 どうやら階段が地下深く潜っていくのを利用して、リアルにその深さの地層を表現した展示になっているようです。

 地下1メートルくらいまでは黒土ですね。



 そこから下は赤土と呼ばれる関東ロームの層になりますよ。





 後期旧石器時代はここの説明にあるように、鹿児島県の姶良カルデラができたときの噴火による火山灰(姶良Tn火山灰)の降灰時期を境にして二つの時期に分けます。





 ここでまた「更新世」という聴きなれない言葉が出てきました。

 地質学の世界では地質時代区分として、1万年前から現在までは完新世と呼び、それより前は更新世と呼びます。

 期間は約260万年前からで、ちょうどそれは我々ホモ属の発生と同じ頃です。

 その更新世という時代は、歴史学の世界が旧石器時代と呼ぶ時代に当てはまり、旧石器時代はさらに前期・中期・後期と3期に分かれます。

 中期は十数万年前から、後期は約3万5千年前から始まり、約1万5千年前に旧石器時代は終わって日本の場合は縄文時代に移行しますので、縄文時代は更新世にギリ掛かっているんですね。

 そしてさっきも言った通り、後期旧石器時代は姶良Tn火山灰の降灰時期により前後に二分されるというわけです。







 地下2階まで降りてきました。

 この階には展示室があり「くらしと下水道」というタイトルが付いてますね。

 それでは展示を見てみましょう。



















 はい、階段に戻ってより深い地層へ潜り込みますよ。

 赤土が終わりいよいよ礫が登場です。





 関東ローム層は水を良く通すのですが、その下にあるこちらの武蔵野礫層には滞水します。

 武蔵野台地には、石神井池・三宝寺池・富士見池・善福寺池・井の頭池などの著名な池がありますよね。

 それに仙川の水源もそうなんですが、これらはこの武蔵野礫層が地表に露出している部分なのです。

 なので、そこから水が湧き出て池となり、東京湾の方(土地の低い方)に向けて水が流れて東京にはたくさんの谷ができたのです。

 今度井の頭公園に行って池を見たら、「この水は武蔵野礫層から湧き出てるんだぜ!」と心の中で雄大な武蔵野の歴史を味わおうと思います。



 地下3階の展示「小平の水環境」を見ます。

 おー、まいまいず井戸。





 羽村のまいまいず井戸は東国を歩く会で実物を見てきましたね。





 階段へ戻って再び武蔵野礫層を潜っていきましょう。









 『江戸の川 東京の川』(鈴木理生著)では、約5万年前くらいに現在の流路に近くなったと書いてありますが、こちらの説明では1万年前とありますね。

 2~3万年前もだいたい今と同じような感じですが、もっと最近では戦国時代の終わりくらいにようやく今の流路になったようで、中世の多摩川の形跡は府中市内を歩くとまだ散見することができます。





 今度は地下4階の展示室に来ましたよ。

 江戸の町は炊事洗濯などの生活用水を下水へ流し、糞尿はくみ取って再利用という、世界で最も清潔な街だったのですね。

 ヨーロッパなんかより遥かに先進的。

 では、階段へ戻ります。







 古東京湾をチラ見させて階段の展示は終わりました。

 私は現在、地形マニアからさらに地層マニアへ進出している途中ですが、もう少し古い時代(250万年前くらいまで)の地層も見てみたいです。

 でも地下5階では20万年前が限界なんでしょう。

 ということで、地下5階に来ましたよ!

 これは前回も写真を撮りました。



 これの掃除を生業としている私にとってはメカニズムが分かるこういったものの展示はとても勉強になります。









 そして前回おじちゃんに追い返されてしまった実物の下水道管にやってきました!



 私は以前、下水道処理施設などを管理している会社に少しだけいたことがあるのですが、そのとき嗅いだ懐かしい匂いが生ぬるい風と共に顔を撫でまわしました。

 巨大な下水管を眺めていると、急に濁流が迫ってくるような恐怖感に見舞われ、あまり長居できない感じです。

 今日は30分だけの探訪でしたがとても時間が足りません。

 館内では超楽しくて顔の表情筋が緩みっぱなしでしたよ。

 ところで、ここは施設名が良いですよね。

 「下水道」と「ふれあい」という非常にくっつきの悪いものをくっつけちゃったことによる勝利です。

 このネーミングからは作った方々の並々ならぬ覚悟を感じ取ることができ、見学する我々にも柔軟な対応が求められましょうぞ。

 というわけで、興奮状態のまま次の現場へ行ってきます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【東国を歩く会】第8回歩く日 調布・三鷹【古墳・白鳳仏・式内社・新選組・戦闘機などなど】

2017-02-13 19:56:07 | 八王子・東京・西関東の歴史
 一昨日は近畿日本ツーリスト八王子営業所が主催した八王子城ツアーでガイドを行ったことは前回の記事でお伝えしていますが、昨日は私と高橋さんでやっている東国を歩く会の「第8回 歩く日」を無事に催行することができました。

 その様子を至極簡単にご報告します。

 いや、貼り付けた画像が多すぎてかなり重いかも・・・

 朝9時に調布駅に集合。

 数年前に調布駅は地下へ潜ってしまい、現在は往時のゴチャっとした面影はありません。



 しかし、ホームから地上へ上がるのにかなりエスカレーターが長いですね。

 歩き出してすぐ、みなさんマンホールの上で引っかかりました。



 調布市はいろいろと「ゲゲゲの鬼太郎」をフィーチャーしています。

 駅の北口、甲州街道の向こう側には式内社の布多天神があり、参道が伸びていますね。



 参道の何か所かには、これまたゲゲゲの鬼太郎のキャラクターが。



 布多天神では骨董市が開催されていました。



 布多天神という名前から連想されるように、今は学問の神様である菅原道真を祀っていますが、もともともは少彦名(すくなひこな)のみが祭神でした。



 10世紀の延喜式という一種の法律書に登場する神社ですので、少なくとも創建は1000年以上前にまでさかのぼります。



 おっと、うちのヴェリーと同じ種族が拝殿へ向けて主人を引っ張って行ってますよ。



 きちんと参拝できたかな?



 つづいて、住宅街の中をニョロニョロと歩き、何の変哲もない公園にやってきました。

 でも、ここは「鬼太郎公園」というネーミングがされているんですね。



 あ、それだけのようです。

 さらに歩き、武蔵野の森公園へやってきました。



 調布飛行場に着陸する飛行機が見えますね。



 公園を出て、今度は調布飛行場の門柱。



 それにしても高橋さん、よくこんなマニアックなもの見つけてきますねえ。





 野川に出ました。





 富士山が見えますね。



 野川の両岸は遊歩道になっており、お散歩に最適です。



 水車がありますよ。



 でももっと凄いのがこの後に待ってたんですねー。



 「三鷹市 大沢の里水車経営農家」では、入場料を100円払って水車について詳しい説明を受けます。



 江戸期に作った水車は、コアとなる水車の部分をベースとして、その後システムを拡張していき、稲の脱穀などの基本的な機能だけでなく、蕎麦粉を挽くこともできるようにしたりしてヴァージョンアップされていきました。





 ここでは有名な深大寺蕎麦も挽いていたんですよ。









 あー、しかしまあ、お腹が空いてきたなあ。

 つづいて掩体壕。



 ここはフェイスブックでは上げていますが、実は先週、偶然にも調布飛行場内の某所にお掃除に来ており、その日のお昼にこの辺をちょろっと歩いていたのです。



 掩体壕というのは太平洋戦争の時に米国の空襲から飛行機を守るために作られた施設です。

 ここには飛燕が配備されて、B-29を落とすべく頑張ってたんですよ。

 今日初参加のN島さん(先日、高橋さん・A斉さんとともに八王子城を探訪)は軍事マニアでとくに飛行機に造詣が深いため、N島さんに解説していただきます。

 私も小学生のころから第二次大戦の飛行機は大好きなんですが、こういうときはさらに詳しい人に話していただく方がいいですね。

 (N島さん、独自に資料まで集めてきてみなさんに配ってくださりありがとうございました!)

 飛燕はなかなかみなさんに好評なようですが、私が一番好きな日本機は三菱の雷電です。

 なので私の愛車であるマツダのデミオは「雷電號」と名付けており、運転する時は常に高度1万メートルへ向けて急上昇してB-29を撃滅する気持ちで運転しています。

 そして午前中の最後は新選組関連。

 近藤勇の生家跡とその道場である撥雲館(はつうんかん)です。







 実は私はかつて天然理心流に入門したことがあったのですが、身から出た錆の女性問題の「ような」というか「みたいな」的な原因で道場に行けなくなりました。

 なので私は相変わらず武力が低いのですが、「力の勝負では分が悪い!知謀で勝負だ!」と中学生のころから虚弱な自分を励まし続けています。

 ちなみに、近藤勇の生家の復元ジオラマは調布市郷土博物館にありますので、見てみたい方はどうぞお出かけください。





 さて、それはそれとして、お昼になり野川公園で休憩です。



 売店で食事を買ってきて食べていると、今日は不参加ですがサイクリングの途中というヒラさんが立ち寄ってくれました。

 食後はN島さんが持参した戦闘機を並べて、同じく飛行機が好きな高橋さんとS源寺さんとともにいかにして米英を殲滅させるか謀議を行います。



 あ、謀議は冗談なので特別高等警察とかには絶対に教えないでくださいね。



 飛燕は横から見ると中肉に見えますが、上から見るとスレンダーですし、鍾馗もイメージ的には米国のサンダーボルトみたいだと思っていましたが、これまた上から見ると華奢なんですね。

 私が大好きな雷電(一番左上)はぽっちゃり型ですが、みんなと並べてみると、ぽっちゃりというより「ちょいぷよ」でしょうか。

 でも大好きですよ。

 はい、そんなわけで午後の部開始。

 再度、野川沿いを歩いて北上、しょっちゅう車で通る東八道路を上から見ます。









 そして野川の湧水を見学。





 私が猫好きなことを知っているこばやしさんは、猫を見つけるとすぐに私に大声で喚起してくれるのですが、ここで見かけた猫ちんは撮り損ねました!



 再度、野川沿いを歩きます。

 おや?この先には道路側に登るところはなさそうですぞ。

 やっぱり。

 引き返してきました。



 次は高橋さんが私に見せたかったという出山横穴墓を見学。

 横穴墓(よこあなぼ)を目で観察できる場所はとても珍しいですが、ここは崖に穴があいているのが辛うじて分かります。













 そして少し歩いた場所に小さな見学施設もありました。





 こんなに見学者でごった返すことなんて滅多にないんじゃないでしょうか。











 高橋さん、ナイス!

 ちなみに横穴墓も古墳の仲間なんですよ。

 一般的に古墳というと前方後円墳などの塚状のものを想像すると思いますが、そういうのは高塚古墳といいます。

 あ、展示されているのは8号墓です。

 住宅街をニョロニョロ歩いていると、高橋さんと「古」が付いているのが気になるねえと話していた古八幡社がありました。



 神社の前のこの道は古そうですねえ。



 つづいて高射砲の台座。



 ここから調布飛行場方面を見ると間に谷があることが分かります。



 この辺の地名は大沢と言いますが、まさしくこの凹みが「大沢」じゃないかなあ、なんて思います。

 初参加のえんどうさんが少しお疲れのように見えたのですが、まだ歩けるそうで安心しました。

 そして次は本日のメイン史跡。

 あ、私の心の中でメインなだけで、みなさんはそれほど興味はないかもしれませんね。

 そのメインの史跡がある国立天文台へやってきました。









 見学をするにはきちんと入門許可をもらわないといけません。

 皆さんは天体の施設の方に興味がありますが、私はこっち!



 天文台古墳だーーーーっ!!!



 今日はこれを見るために来たといっても過言ではありません。

 みなさんは施設の中から出てこないので、古墳にも興味を持ち始めているとお見受けするS源寺さんにそっと解説します。



 やがてみなさん施設から出てきました。

 古墳を確認してきたおおもりさんは、「なんだ、その辺の公園にあるようなものと同じじゃない」と言いましたが、外見からは想像つかないロマンがこの「土饅頭」の中に隠されているんですよ!

 この古墳の築造時期は、645年の乙巳の変の頃で、有名な武蔵府中熊野神社古墳と同じ頃です。

 しかもこちらの天文台古墳は熊野神社古墳と同じ上円下方墳である可能性があり、規模からするとその当時の武蔵の「王」的存在が熊野神社古墳の被葬者で、この古墳の被葬者はナンバーツーだったと考えられます。

 ただし、八王子市の北大谷古墳と多摩市にある八角墳である稲荷塚古墳の被葬者もかなりの権力者と思われ、これら4つの勢力が当時の南武蔵の有力な豪族だったのです。

 さっきまで第二次世界大戦の戦闘機の話しをしていたと思ったら今度は古代の話ですね。

 こういった時代横断型の歴史歩きが「東国を歩く会」の面白い点の一つだと我ながら思っています。

 天文台の敷地内にはいくつか資料館などの見学施設がありますが、今日は時間がないので先を急ぎます。

 私は念願の古墳が見れたので全然オッケー。

 ここでかとうさんが離脱。

 途中離脱とはいえ、ほぼ一日のお付き合いありがとうございました!

 古刹深大寺へ向かう途中、野菜の無人直売所を発見。

 おおもりさん、爆買!

 みんなで買い占めてしまったようです。

 売り上げに貢献できて良かった!

 そして深大寺へ到着。

 ここの目玉は何といっても白鳳仏!





 私は仏像の中ではとくに白鳳仏が大好きで、しかも関東地方にはあまり白鳳仏がないため、この貴重な仏さまと再会できて本当に嬉しかった。



 うわー、この山門いいねえ。







 私はお寺の建築物の中では門が一番好きで、その次が観音堂とか阿弥陀堂などのお堂です。

 主役よりもサブキャラの方が好きなんですよね。

 それでは、城好きの参加者がとくに楽しみにしている深大寺城へ向かいましょう!

 深大寺城へは水生植物園から入ります。

 水生植物園の前に来ると・・・

 うわーっ、間に合わなかったー!



 そうだった、ここは16時までしか入れなかったんですよね。

 ということで、今日は深大寺城は見れません。

 最後に青渭(あおい)神社。



 こちらも式内社ですが、論社という式内社候補が複数ある神社です。

 かなり寒くなってきましたねえ。





 今日はこれにてお終いです。

 こばやしさんは調布駅まで歩きたいとまだまだ歩く気充分でしたが、一番若い私を含めて皆さんお疲れモードなのでここはバスで調布へ向かいましょう。

 ちょうどピッタリ、バスが来ました。

 そして予定通り、17時に調布駅で「歩く部」は終了!

 本日の参加者!

 ・S源寺さん
 ・えんどうさん
 ・おおもりさん
 ・かとうさん
 ・岸本さん
 ・こばやしさん
 ・さくみやさん
 ・スーさん
 ・N島さん
 ・高橋さん
 ・稲用

 今日は初参加の方2名を加え、以上、11名でしたね。

 歩いた歩数は2万歩少しだったようです。

 みなさん今回もありがとうございました!

 次回は3月12日(日)ですよー。

 ぜひまたご参加ください!

 つづいて「飲む部」は調布駅前の居酒屋で開催です。

 いつも同じことを言ってばかりで恐縮ですが、歩いた後のビールは最高に美味い!

 高橋さんが若い女の子と話してデレデレしているところを激写。



 あ、でも高橋さんの奥さんに誤解されないように言っておきますが、これは店員さんにクレジットカードの作成を勧誘されているところです(もちろん断っていました)。

 はい、参加者!

 ・S源寺さん
 ・えんどうさん
 ・岸本さん
 ・スーさん
 ・高橋さん
 ・稲用

 以上、6名!

 さらに、たかお食堂で2次会。

 参加者!

 ・S源寺さん
 ・えんどうさん
 ・岸本さん
 ・高橋さん
 ・稲用

 ・・・さらに私の妻も合流して6名!

 たかお食堂の閉店時刻を厳守して22時に終了です。

 いやー、今日も一日楽しかったですねえ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加