日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【東国を歩く会】第9回「歩く日」活動レポートその3/代々木八幡探訪

2017-03-20 09:49:32 | 東国を歩く会
 昨日(3月19日)は、久しぶりに夫婦同時に仕事の休みが取れたので、まずは朝から浅草に婚儀の衣装合わせに行きました。



 こういうのを着るのは生まれて初めてです。



 多分、七五三の時も着ていないので、ようやく5歳になった気分です。

 妻は着物を5種類試着しましたが、決断が早いためすぐに決めてくれて助かります。

 ついで、せっかく浅草に来ているのでお団子とジェラートを食べ、お煎餅もゲット。



 なんでこのおっさんはお煎餅を構えて満面の笑みを浮かべているのでしょうか。

 しかも電車の中です。

 代々木八幡駅へ移動して小田急を激写。



 小田急の電車はお掃除の仕事で移動中にたまに見ますが、実はあまり乗ったことが無いので珍しいのです。

 13時を過ぎ、婚儀の後に昼食会をするレストランでランチ。



 お店の方がとても親切に対応してくださり、料理やお店の雰囲気もバッチリなので、ここであればみなさん喜んでくれると思います。

 つづいて、婚儀を執り行わせていただく代々木八幡宮に参拝です。



 あ、猫ちん!







 社務所へ行くと、宮司さんの奥様(?)と三佳に不思議な共通点があることが分かり、それはまさしく奇縁と呼べるもので、しかも今日はちょうど三佳の誕生日だったので、極めて「神社ならでは」と言える誕生日プレゼントまでいただいてしまいました。

 代々木八幡宮さん、当日は宜しくお願い致します!





 ちなみに代々木八幡宮の社地は縄文時代の遺跡なんですよ!



 憧れの竪穴式住居も復元されています。



 私は竪穴式住居に住むのが夢なのですが、妻からは「私は住みたくないから」と冷たく言い渡されているため、竪穴式住居は仕事場として築造しようかと志を変更しました。

 壮大なロマンですね。

 ところで、神社は幡ヶ谷丘陵の突端にあり、比高も10m以上はあります。



 神社下のこの切り通しが素敵。



 次に新宿へ向かい、伊勢丹で買い物。

 今度は西新宿のクラツーへ行き、妻はイヴェントをやっている同僚たちに挨拶し、私はそこでたまたま石見国(島根県西部)の観光PRに来ていた「イワミノチカラ」の代表の方と会い、私の先祖の土地である石見国の話しを伺いました。

 以前、国分寺の本を8名ほどのライターで書いたときに私は山陰地方を担当しましたが、白状しますと山陰には一度も行ったことが無いのです!

 いずれは行くのだ。

 ちなみに、クラブツーリズムでは山陰の旅もたくさん開催していますが、

 『春めく山陰路 世界遺産・石見銀山と温泉津温泉 出雲大社・玉造温泉3日間』は、木次線や三江線にも乗れ、石見神楽が貸切で鑑賞できる楽しいツアーです。

 って、行ったことが無い人がお薦めしても説得力が無いかもしれませんが、昨日、上述の代表の方から魅力をたっぷり聞いてきたので、歴史マニアにして鉄道好きの私の直感で良さを感じました。

 興味のある方は詳細ページを見てみてくださいね。

 ⇒詳細ページはこちら

 そんなわけでもう夕飯時になり、八王子へ移動し、三佳のリクエストで「となりわ」でお誕生日のお祝い。

 ここは以前、岩手の中野さんが八王子に来た時に一緒に歩いていて偶然見つけて、それ以来三佳は気になっていたようで、せっかくなので来てみました。





 古民家をリノベーションしたとても雰囲気の良い店内。

 私たちが座った席は、押入れだったのかなあって感じです。



 そして料理も最高!



 三佳がちょっと画像を加工しましたが、お通し(一番右上)からして素晴らしく、頼んだ料理は全て満足です。

 とくに私はラムチョップと燻製が良かった・・・

 ウズラの卵の燻製って美味しいですねえ。

 日本酒も良いものが揃っていて、なつかしい岩手の南部美人が飲めて嬉しかった。

 というわけで、久しぶりに丸一日妻とデートして楽しい一日を過ごすことができました。

 あ、デートと言っても「東国を歩く会」なみに1万5千歩は歩きましたよ。

 しかも三佳はピンヒールでよくそれだけ歩けるものだと感心します。

 さて、ちょうど東国を歩く会の話が出たところで、3月12日の「歩く日」の続きをお伝えしましょう。

*          *          *


 昼休憩を終えて歩き出してから少し経つと、高橋さんが「あれが百草城です」と指をさしました。



 この後、訪れますよ。

 道すがら、ちょうど私が自称「弟子」と勝手に言っている中世史研究家の峰岸純夫さんのお宅の近くに来ました。

 こちらは正真正銘の峰岸さんお教え子であるふみこさんが「先生いらっしゃるかな?」と言って玄関へ向かいます。

 私もここ半年くらいお会いしていないので一緒に行くと、峰岸さんはお昼を食べているところでしたが、わざわざ外に出てきてくださりました。

 東国を歩く会には私や高橋さんをはじめ「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」のメンバーが結構いるのですが、峰岸さんも「会員番号1番」ですので、峰岸さんを知っている人も多いです。

 一言では言えないほどの実績を誇る峰岸さんですが、いつも気さくで私みたいなアカデミズムから逸脱しているヒヨっ子に対しても対等に扱ってくださり、全然偉ぶらないのでとても尊敬しています。

 ※私は峰岸さんの本はほとんどすべて持っていますが、とくにオススメはこちら!

中世 災害・戦乱の社会史 (歴史文化セレクション)
峰岸 純夫
吉川弘文館


足利尊氏と直義―京の夢、鎌倉の夢 (歴史文化ライブラリー)
峰岸 純夫
吉川弘文館


新田義貞 (人物叢書)
峰岸 純夫
吉川弘文館



 その峰岸さんに見送られた私たちは、観音堂公園へやってきました。



 ここに観音堂があるわけではないのですが、説明が少し書いてあります。



 そして、百草観音堂はこちら!







 「枡井山」とありますが、この辺りは昔、百草と呼ばれるより前は枡井と呼ばれていました。



 百草観音堂には上の説明板に書かれている通り、古くは平安時代の仏さまを始め、大変貴重な仏像がいらっしゃるんですよ!



 貴重な仏さまは大概どこかに運ばれていって保管されたりするんですが、ずっとこの場所にいて地域を見守ってくれていることがとても嬉しいですね。



 ついで、小島善太郎記念館にやってきました。

 こちらへは300円払って入ります。

 私は今の仕事を始めてから、毎週のように新滝山街道の「善太郎坂下」交差点を通っているんですが、その善太郎さんが、画家の小島善太郎さんだったんですね。

 確か以前、高橋さんに「善太郎坂下の善太郎って誰ですか?」って聞いたことがありましたが、今日しっかりと理解することができました。



 記念館には40点もの絵画作品が展示され、小島善太郎のお嬢様がいろいろな話を聞かせてくださり、お抹茶とお菓子までいただきました。

 私がとくに興味を持ったのは、小説家の吉川英治との交流です。

 何しろ、私が生まれて初めて読んだ歴史小説は吉川英治の『三国志』で、そんなこともあり未だに一番好きな小説家は吉川英治なのです。

 青梅の吉川英治記念館にも行ったことがありますよ。

 私たちの会は歴史歩きの会ですが、こうやって美術の世界に触れるのもまた楽しいですね。

 みなさんも喜んでくれたようで、出た後「今日も充実してるね」という声も聞こえてきます。

 この表札好き。



 つづいて、百草八幡宮へやってきました。



 すると、ちょうどNHKがドラマの撮影をしていて少し待たされてしまい、解除となった後社殿へ向かいます。



 天平宝字!



 さきほどの百草観音堂も素晴らしいですが、こちらには秘仏がいらっしゃいます。









 境内には女優さんがいたようですが、私は美しい女優さんより仏さまの方が好き!

 そしてもちろん、お城も好き!

 なんと、この百草八幡宮の裏山が百草城跡なのです。

 N島さんから「特殊潜行員」と呼ばれている私が、まっさきに急斜面を直登します。



 でも、直登しなくても普通に登れる場所がありましたね。

 みなさんはそちらから登ってきます。

















 でも、神社から登れる場所は百草城の南半分ということで、北半分は京王百草園の敷地内となっているんです。

 そのため、裏口から百草園に入ります。

 こちら側は係の人がおらず、入場料の300円は箱の中に入れます。



 14人分、ちゃんと4200円入れましたよ!

 これで今日は一人当たり、900円も使うという今までで一番ゴージャスな旅となっています。

 (画像を貼り過ぎてかなり重くなったので続きはまた後日)

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【東国を歩く会】第9回歩く日 その2

2017-03-18 20:40:47 | 東国を歩く会
 東国を歩く会の「歩く日」は気心の知れた仲間たちと歩くので、無責任と思われるかもしれませんが、最近は私もガイドというより参加者のようになっており、終わった後はみなさんと「あー、楽しかったー!」とビールを飲んだりしています。

 ところが、クラツーや近ツーでガイドをしたときは、いつも終わった後反省点ばかりが思い浮かんできて、「みなさん喜んでくれたかなあ」と、忸怩たる思いをします。

 先日の谷田川ツアーも、4人くらいの方がとても喜んでくれたので、その方たちのお役には立てたかなあと思うのですが、それ以外の方々をガッカリさせてしまっていないか心配だったのです。

 でも昨日、クラツーの方からアンケートの集計結果について連絡をいただき、概ね満足頂いたようで安堵しました。

 とくに、「レジュメの内容」と「丁寧な説明」が高く評価されましたので、頑張った甲斐があったと思います。

 みなさん、どうもありがとうございました。

 次回のクラツーは、「群馬の古代史」ツアーでバスを使った日帰り旅行なのですが、お陰様で24名様満席となりました。

 参加していただけた方々の期待を裏切らないように、次回も充実した内容になるように努力致しますのでよろしくお願いいたします。

 さて、今日は昨日の続きで、「第9回 歩く日」の模様をお届けします。

*          *          *


 高幡城跡から南へ降り程久保へ向かい、程久保六地蔵尊に来ました。





 程久保川は少し荒れている感じがしますね。



 掃除したいなあ・・・

 モノレールの程久保駅。



 そういえば何年か前、ドラッカーの『マネジメント』の小説版がヒットしましたが、あの舞台が「東京都立程久保高校」でしたね。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら (新潮文庫)
岩崎 夏海
新潮社


 もちろん実在しない高校です。

 程久保川が流れている場所はもちろん低地で、今度は高幡台へ登ります。

 どこからか「あ、猫!」という声が聞こえてきました。





 私が猫好きなことはみなさん知っているため、猫ちんを見つけるとみなさんが教えてくれるのですが、私以外にも例えばS源寺さんも猫好きで、S源寺さんはその猫を口実として・・・(後略)。

 今度は中の台公園という一見普通の公園が現れました。



 「カッコ意味不明」が素敵ですね。



 こんなところでも少しの間引っかかって動かなくなるのが私たちの特徴です。

 どんな小さなものでも「歴史」を見つけてやろうという意気込みは素晴らしいです。

 住宅街の細い石段を登っていきます。



 丘の上に来ましたよ。



 こうやって遠くから高幡城跡を見ると城跡らしく見えますね。



 はい、日野市郷土資料館です。





 お、学校だ。



 玄関では靴を脱ぎましょう。

 私は初めて来たとき、何も気にせずに靴のまま上がって行って施設の方に注意されてしまいました。

 玄関には日野市の地形の模型が展示されています。







 今日は日野のビールや煉瓦などの展示をしていますね。

 日野市郷土資料館は展示は少ないのですが、こういった写真を多用した近代の展示は面白いです。

 一通り見終わったので外に出ます。

 おや、五輪塔。



 みんなと喋っていると、少し遅れて出てきたS源寺さんたちに「稲用さん、アケボノゾウ見ました?」と聞かれ、前回来た時も今回も、一番奥の部屋は自然と動物の展示なので実は部屋の中をのぞいていなかったのです。

 皆さんには先に行ってもらって、私一人で急いで戻ると、なるほど、アケボノゾウの展示があります。

 おー、すごい。

 ゆっくり見る時間がないので、とりあえず写真だけ押させてみんなを追いかけます。

















 実はこの展示が日野郷土資料館の中の目玉じゃないすかねえ?

 では、歩きを再開します。

 高幡団地から百草団地へ向かいます。



 歩いているとスーさんが「ねえ、あれも戦闘機が隠れるやつ?」と遠くの斜面を指さしました。



 あれは防空壕ですかねえ?

 時刻ももうお昼となり、ちょうどいい時間に百草団地の中にあるショッピングセンターへやってきました。



 なんかこういう雰囲気の場所好き。



 ここで自由昼食です。

 公園でお弁当を食べる人たちと、ショッピングセンター内で食べる人に分かれ、私・いとうさん・ヒラさん・岸本さんの4名は「らいおん百草店 治(はる)」に入りました。



 事前のいとうさん情報によって、実はここのラーメンは期待していたのです。





 おーっ、期待を裏切らない美味しいラーメン!

 濃いめ醤油ラーメンで、これはかなりヒットですよ。

 仕事で百草周辺に来ることは結構あるので、また食べに来れるかもしれません。

 食後は公園のベンチで談笑している皆さんを高所から激写。



 さて、そろそろ午後の部を始めますよ!


 ⇒続きはこちら

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高幡不動尊&高幡城【東国を歩く会】附クラブツーリズム活動報告

2017-03-17 19:45:00 | 東国を歩く会
 今日、退社の際にお店の人たちと話していてスロット(パチンコ)をする人についてチョロッと話が出たのすが、以前からお伝えしている通り、うちの掃除メンバーにはそういうのが好きな人が多いです。

 そんななかでも染まらない私はギャンブルは一切しないのですが、だからといって彼らに「やめたほうがいいよ」と説教することもしません。

 依存症の人には何を言っても無駄だと思っているからです。

 ですから、「稲用さん、先月30万負けたんっすけど、今月は14万取り戻しましたよ!」って嬉しそうに報告してきたときには、「おー、よかったね。あと16万じゃん、頑張れ!」と笑顔で励ましてあげるのです。

 そういう依存症の人たちも社会を構成するメンバーですし、そのおかげでパチンコ業界で働く人たちは家族を養うことができて、その業界のトップの人たちはとても良い思いができているのです。

 頭の良い少数の人たちが欲望を抑えきれない人たちの心を上手に利用しているだけのことですし、社会全体が頭が良い人たちだらけになってしまったら私も困ります。

 私は所得の低い人ほどそういうのが好きだという傾向を感じているのですが、所得が低い人にそんなことを言われたくないですよね、ゴメンナサイ。

 はい、ちゃんと謝罪したので気持ちを切り替えて前を向いて進もうと思いますが、今日お話しするのは過去の話です。

 といっても、つい先日の話ですよ。

 2点お話ししますが、まず、3月11日(土)はクラブツーリズム主催の歴史歩きでガイドをしてきました。

 13名様のご参加、ありがとうございました!

 自分がガイドをしているためほとんど写真が撮れず、撮れたのは朝、集合場所へ行く途中の神田駅構内で食べた朝定食と昼に食べたラーメンくらいです。





 王子駅を出発して上野公園まで2万歩も歩かせてしまったので、参加された方々は疲れたかもしれません。

 しかしこういうツアーの難しいところは、ガンガン歩ける人とそうでない人の差が激しいことで、ガイドは基本、歩きの遅い方に合わせるのですが、そうすると早く歩ける方が私よりも前に行こうとしたりします。

 私はかなり歩くのが早いので分かるのですが、ゆっくり歩くと疲れちゃうんですよね。

 それでも、何とかバランスをとるように頑張っており、早い人と遅い人の両方に満足していただけるような内容にできるように努力します。

 あ、最後の摺鉢山古墳の写真もあった。



 ちなみに、「東国を歩く会」の仲間たちは平均的に歩くのが早いですし、険しい斜面や藪の中も平気で進むので、むしろ私たちの仲間の方が特殊スキルの持ち主なのかもしれません。

 というわけで、今話題に出た「東国を歩く会」ですが、本日お伝えしたい2点目として、クラツーの翌12日に開催した「第9回 歩く日」について簡単にご報告します。

 コースは高幡不動駅に集合して、高幡・程久保・百草を歩いて聖蹟桜ヶ丘を目指しました。

 今回のコースは本当は1月8日にやりたかったのですが、天候不良のため変更となったものです。

*          *          *
 

 本日も昨日に引き続き快晴。

 絶好のお散歩日和ですね。

 私がガイドをしているクラブツーリズムの歴史歩きの場合は、9時半とか10時とかに開始して夕方早目に終わるのですが、「東国を歩く会」は主宰者の私と高橋さんが「W(ダブル)ドS」なので、ちょっと早目の8時半に高幡不動駅に集合です。

 早目と言っても、私なぞは本気を出すときは5時に出発するので、まだまだゆっくり目。

 5時から17時まで歩くと4万歩を超えますよ。

 さて最初は、いきなり私も知らなかった社です。

 藤治権現社。



 先日、高橋さんが高幡まんじゅうの社長さんからこちらのことを教えていただいたそうです。



 このように、江戸時代の義民と言われる人が神として祀られることは良くありますが、電車からも見えそうなこの場所にこんな社があったのは知りませんでした。

 つぎに高幡不動尊。

 ここはあまりにも有名ですね。

 真言宗智山派の別格本山ですよ。

 正月三が日はものすごい人手になりますよね。

 でも、このキャラクターは知っていますか?



 この近辺は掃除でしょっちゅう来るので以前から気になっていました。

 川崎街道側に建っているのは入口となる仁王門です。



 いとうさんと「アニキ、いますね」と目配せをして、よーく目を凝らして仁王像を見ますが、この門がまず凄いのです。



 この説明にある通り、室町時代の建立で、重要文化財に指定されていますね。

 では、仁王門をくぐって境内に入りましょう。



 私も高幡不動尊(「尊」を言わずに「高幡不動」と呼ぶ人が多い)には数え切れないほど来ています。

 でも、注意深く見たことはなかったので、今日はみなさんとゆっくり見れることを楽しみにしていますよ。

 まずは、高幡不動尊にはどのような貴重なものがあるかですが、説明板に一覧されていますね。





 中央の不動堂も重要文化財だったんですね。



 で、高幡不動とみなさん呼んでいますが、お寺の正式な名前は高幡山明王院金剛寺ですよ。

 高幡不動には宝物殿ともいうべき奥殿があるのですが、その前に上杉堂(上杉憲顕の墓)を見ます。





 上杉憲顕(のりあき)って誰でしょう?

 ちょっと長くなりますが説明しますと、室町時代、京都の室町幕府が鎌倉に出先機関を置いており、それを鎌倉府と呼びます。

 鎌倉府のトップは将軍家の親戚で「公方」と呼ばれ、それをサポートしたのが関東管領という役職の人で、山内上杉家と犬懸(いぬがけ)上杉家の人物が任命されました。

 その山内・犬懸上杉家の親戚には、宅間、扇谷、庁鼻和(こばなわ)などの上杉氏がおり、憲顕というのは犬懸上杉家の人物で、憲「秋」と表記されることが多いです。

 さて、鎌倉公方は代々非常に個性的というが自我の強い人で、あわよくば将軍になりたい野望を抱いていましたが、関東管領がそれをなんとかなだめて幕府との仲を取り持っていました。

 ところが、4代目の鎌倉公方持氏と関東管領上杉憲実がケンカしてしまい、結果的には持氏は鎌倉で死亡、一時期鎌倉公方は不在になったのですが、幕府はそれではやはり不便だと思い、持氏の遺児成氏(しげうじ)を鎌倉公方に任じました。

 しかし今度も公方と関東管領上杉憲忠はケンカしてしまい、成氏は憲忠を殺害し、「公方vs上杉」の戦いが惹起され、関東地方はついに戦国時代に突入します。

 享徳3年(1454)の暮れのことで、それを「享徳の乱」と呼ぶのですが、今日は「享徳の乱」の名付け親の方と会えるかもしれませんよ。

 そして翌年の正月21日と22日の両日、上杉軍と成氏軍は、立河原(東京都立川市)から分倍河原(府中市・国立市)にかけての多摩川の河原で合戦となります。

 このときの21日の戦いをとくに「第一次立河原合戦」と呼びます。

 上杉憲顕はこの時の戦いに上杉方として参戦していましたが、上杉軍は負けてしまい、庁鼻和上杉憲信が戦死し、憲顕もここまで逃れてきたものの、この場で自害したと伝わっているのです。

 なおかつ、扇谷家当主顕房も深手を負い、24日に入東郡夜瀬(埼玉県入間市あるいは東京都八王子市)で自害してしまいました。

 ちなみに、上の説明板にある通り、憲顕は禅秀(ぜんしゅう)の子で、禅秀というのは1416年に「上杉禅秀の乱」というのを巻き起こした有名人です。

 上杉禅秀の乱とは・・・

 おっと時間がないのでまた今度。

 それでは、お待ちかねの奥殿に入りましょう。

 入館料は300円(他に大日堂を拝観するには200円必要)で、高橋さんは中身はかなり良いと言っています。

 その言葉通り、中に入ってみると予想を越える素晴らしい内容でした!

 残念ながら写真撮影は禁止なので、とくに私が惹かれたものを列挙すると、

 ・昭和31年に不動堂を解体工事したときに見つかった南北朝時代の古材
 ・日野市指定有形文化財 金剛界大日如来像 ・・・ 10世紀の一木造り
 ・歓喜天像 ・・・ 日本最古(平安時代)
 ・重要文化財 鰐口 ・・・ 東日本最古(文永10年<1273>銘。八幡太郎の故事が刻されている)
 ・伝北条氏照所持の地蔵菩薩像
 ・新選組井上源三郎の佩刀
 ・重要美術品 五部権現社 神牌五基 ・・・ 暦応3年(1340)製作で表側に垂迹神を、裏側にそれに対応する本地仏が刻まれ、本地垂迹説の好資料

 みたいな!

 ちょっと小難しい説明でスミマセン。

 分からなければ今度お会いした時にでも口頭でご説明いたします。

 そして、メイン(とか言うと怒られそう・・・)が重要文化財としての名称を「木造不動明王像並びに両童子像」と称する、要する中央の不動明王とその左右のこんがら童子とせいたか童子なわけです。

 建物の中で写真を撮ることはできませんが、外から拝んで撮ってしまいました。



 いやー、高幡不動、見直しちゃったなあ。

 ところで、この金剛寺の本堂がどこかなんですが、最初にバーンと現れた不動堂も本堂ですが、本堂の中の本堂と呼べるのが奥にある大日堂なのです。

 非常に雰囲気のある山門をくぐります。



 いつもそうなのですが、東国を歩く会の仲間たちはみな非常に好奇心が旺盛で、一箇所をかなり熱心に見る傾向があります。

 なので、この時点ですでに10時を過ぎてしまい、今日のコースを設計した高橋さんがちょっと急ぎたいということで大日堂の見学は今回は割愛です。



 ちなみに、不動とか大日如来とかそういった仏様が何なのかはこれを見てー!









 おっけー?

 あと、もう一つ重要なのが五部権現社ですよ。





 それでは、時間が無いといつつもう少し境内を少し散策します。





 あー、スズメさんがテキヤさんの留守の隙にご飯頂戴しているー!



 スズメさんって働かなくても食べていけるんですよ。

 ところで、金剛寺は新選組副長土方歳三の菩提寺ですね。



 この辺は土方さんが多く住んでいるのですが、戦国時代にこの辺りの土豪として活動した「三沢十騎衆」の筆頭が土方氏で、北条氏照の麾下として活躍しました。

 歳三もその子孫だと思うのですが、細かいところまでは分かりません。







 はい、それでは高幡城跡へ登りましょう。



 高幡不動の裏山が城跡だということはそんなに知られていないようですね。







 急な上り坂を登っていくと視界が開けました。



 うすーく、富士山が見えてます。

 真冬だったらかなりきれいに見えるでしょうね。

 はい、説明板。



 頂上に近い部分に遺構が残っています。

 といっても、尾根が土橋状にくびれていて、その左右に竪堀らしきものが見える程度です。



 雰囲気的には初沢城に似ていて、戦国時代初期(15世紀)の城でしょう。

 16世紀に後北条氏の手が加わっているようには見えません。

 主郭。



 主郭は多摩川方面の眺望にすぐれています。



 多摩川~浅川の南側、つまり多摩丘陵には一定間隔で城郭が築かれており、初沢城跡・平山城跡・片倉城跡は昨年この会で探訪しました。

 高幡城は先ほど言ったように古風な戦国城郭で、多摩川を挟んで二つの勢力が対峙していた時期に造られた一時的な使用に限定された城だと思います。

 今のところ、私の感触では、山内と扇谷の両上杉氏が対峙した長享の乱(15世紀後半)のときの城じゃないかなあと思いますが、まだ決めかねています。

 すると、いきなり高橋さんが空を指さして、「あれは何ですか?」と聞きました。

 すかさずN島さんが「P-1です。海自の最新の対潜哨戒機です」と答えました。

 おおもりさんが「え、戦闘機?」と聞いたので、私が「潜水艦を見つけて攻撃する飛行機ですよ」と答えると、「戦争に使うんだから戦闘機じゃなーい」と返したので、N島さんが「戦闘機というのは、制空権を確保するために敵の戦闘機と戦うんです」という塩梅に、興味が無い人に対して、私とN島さんはまったく面倒くさい軍事マニアですね。

 ちなみに今日もN島さんはレシーバーを構えており、横田基地の電波を傍受しています。

 「東国を歩く会」もさらに怪しさがアップして楽しいですねえ。

 あ、スミマセン、もともと怪しい会ではないですね。

 では、高幡城跡から南へ抜けましょう。



 何となく、竪土塁っぽい。



 なんでしょうねえ。


 ⇒つづきはこちら


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【東国を歩く会】高幡・百草・関戸を歩きます!【第9回 歩く日】

2017-02-27 13:11:05 | 東国を歩く会
 以下の記事ですが、本日高橋さんが斥候に出向いた結果、集合時間を変更することになりました。

 9:00 ⇒ 8:30

 それと、想像以上にアップダウンが激しいとのことですので、

 足腰に自信のある方

 のみ参加して欲しいとの意向でした。

 ただ、今までもそうですが、途中棄権も全然平気ですし所々バス停もありますから、あまり深刻に考えていただかなくて結構ですよ。

 私たちは気軽に歩ける趣味の会ですからね。


※          ※          ※
 


 今日のお昼は妻が作ってくれたサンドウィッチでした。



 いつもはおにぎりを握ってもらっていますが、たまにはサンドウィッチもいいですね。

 世の中に無尽蔵にあふれているサンドウィッチの中で三佳のが一番好きです。

 なんていうと、「新婚なんだからそう思うのは当たり前だろ!」と、お叱りの声をいただきそうなので、自慢話はこの辺でやめておいて、東国を歩く会の「第9回 歩く日」の告知をします。

 ・3月12日(日)

 ・京王線高幡不動駅改札を出たところで待ち合わせ

 ・9時出発 ⇒ 8時半出発

 コースは今回も高橋さんが作成しました。

 あくまでも予定ですが以下の通りです。

 高幡不動尊 → 高幡城跡 → 日野市郷土資料館 → 百草観音堂 → 小島善太郎記念館 → 百草八幡宮 → 百草園(百草城跡) → 百草ファーム → アルディージャーノ → 落川遺跡 → 小野神社 → 関戸城跡

 ゴールは聖蹟桜ヶ丘駅を考えています。

 参加費はいつもと同じくらいの額にする予定で、別途メンバー向けのメールあるいはFBでお知らせします。

 いつもの通り、ビックリするような金額なのでお覚悟ください!

 それ以外でも、以下の費用が掛かります。

 高幡不動尊の奥殿と大日堂の参拝で500円
 小島善太郎記念館 300円
 百草園 300円

 もしあまり興味がないなあというものがありましたら無理せずに外で待機でも構いませんが、とくに百草園は城郭ですので入らないのはもったいないです。

 それと、今回のコースは距離に関してはいつもよりも少ないですが、多摩丘陵を歩き回るのでアップダウンは大きいです。

 その点をどうかご了承ください。

 お昼に関しては百草団地あたりの公園で食べると思うので、お弁当を持参か途中のお店で購入ということにします。

 それではよろしくお願いいたします。

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【中生代白亜紀】懐かしいにもほどがある!【1億年前】

2017-02-24 05:02:54 | 八王子・東京・西関東の歴史
 たまには懐かしい思い出に浸りたい時もありますよね。

 私たちの「東国を歩く会」は昨年始動したのですが、「第1回 歩く日」の下見を新年早々の1月2日に挙行しました。

 私と高橋さん、それにS源寺さんの3人で津久井城を見た後、高尾まで戻る際に町田市の大地沢から山に登って、尾根伝いに高尾まで帰ってきました。

 結局、本番の時は山道はやめて町田街道を北上したわけですが、本番ではお見せできなかった、それはそれは懐かしいものを今、何となくアップします。

 それは、「小仏層」と呼ばれる1億3500万年前から7000万年前の地層です。



 多分、子供の頃の思い出なども懐かしいと思いますが、1億年前というオーダーとなりますと、脳内に残っている私たちがまだ人間になる前のずっとずっと昔の記憶をたどっていくことになると思います。

 そのため、「まったく懐かしいにもほどがある!」と、お叱りの声が聞こえてきそうですが、1億年前ってどんな世界だったんでしょうね?



 私は歴史好きが高じて、かなり昔のことにまで興味を持ってしまいました。



 ちなみに地質学では、現代は約6500万年前から始まった新生代に入ります。

 でも1億年前というとその前の中生代の白亜紀なのです。

 かの有名な恐竜さんたちが闊歩していた時代ですね。

 その頃の地層が町田市の大地沢で見れるんですよ。

 あ、今日の話題はちょっと昔すぎましたね。
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