ヨブ記 15:1-6
『そこでテマンびとエリパズは答えて言った、 「知者はむなしき知識をもって答えるであろうか。東風をもってその腹を満たすであろうか。 役に立たない談話をもって論じるであろうか。無益な言葉をもって争うであろうか。 ところがあなたは神を恐れることを捨て、神の前に祈る事をやめている。あなたの罪はあなたの口を教え、あなたは悪賢い人の舌を選び用いる。 あなたの口みずからあなたの罪を定める、わたしではない。あなたのくちびるがあなたに逆らって証明する。」』
ヨブの友のうち一番の年長者であるエリパズが口火を切って、何故私が苦しみに遭わなければならないのですかと神様に問いかけるヨブに反論しました。エリパズの論拠は、祈りを忘れて虚しい言葉を語っているヨブの言葉こそが罪の証拠だというものです。しかし前の章のヨブの言葉を冷静に読めば、私たちの心の苦しみを素直に神様に打ち明ける哀歌の形を取っていることは自明です。この哀歌をエリパズは祈りと受け止められなかったところがエリパズの心の狭さです。
聖歌「いつくしみ深き」の歌詞に「心の嘆きをつつまず述べて、などかは下ろさぬ負える重荷を」とあるように、私たちには心の嘆きや叫びを神様に直接訴える祈りが許されています。私たちの悲しみの祈りを神様の御前で執り成してくださる主イエス様に心から感謝いたします。
http://bible.com/81/job.15.1-6.ja1955
*****
ヨブ記 15:7, 10, 17-18
「あなたは最初に生れた人であるのか。山よりも先に生れたのか。
…
われわれの中にはしらがの人も、年老いた人もあって、あなたの父よりも年上だ。
…
わたしはあなたに語ろう、聞くがよい。わたしは自分の見た事を述べよう。 これは知者たちがその先祖からうけて、隠す所なく語り伝えたものである。」
エリパズの論拠の中にあるものは、年長者の知恵こそが正しいという思想です。私はヨブの父親よりも年上なのだから、黙って自分の言うことに聞き従いなさいということです。しかしこの態度こそ、人の経験や知恵に頼って神様の御言葉を無にする、実に傲慢で不信仰な罪そのものであることに、エリパズは気付いていませんでした。
ともすると私たちもまた、自分の経験や知恵に頼って物事を判断してしまうことがあります。しかし私たちは、先人たちから受け継いできた人生訓や処世術がいかに優れていたとしても、神様の御心を求めることよりも優先させてしまってはなりません。特に年長者や上の立場にいる者は、人生経験のあるなしを判断基準にして人を裁くことのないように注意しなければなりません。
http://bible.com/81/job.15.7,10,17-18.ja1955
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ヨブ記 15:20-21, 24-26, 29, 34-35
「悪しき人は一生の間、もだえ苦しむ。残酷な人には年の数が定められている。 その耳には恐ろしい音が聞え、繁栄の時にも滅ぼす者が彼に臨む。
…
悩みと苦しみとが彼を恐れさせ、戦いの備えをした王のように彼に打ち勝つ。 これは彼が神に逆らってその手を伸べ、全能者に逆らって高慢にふるまい、 盾の厚い面をもって強情に、彼にはせ向かうからだ。
…
彼は富める者とならず、その富はながく続かない、また地に根を張ることはない。
…
神を信じない者のやからは子なく、まいないによる天幕は火で焼き滅ぼされるからだ。 彼らは害悪をはらみ、不義を生み、その腹は偽りをつくる」。
エリパズの語った言葉は、単にヨブの置かれている現状を物語っているだけで、それ以上の深い洞察はありません。そして目に見える不幸を並べ立てて、これは罪人に下る神の裁きに他ならないと短絡的に断定しているだけです。何故苦しみに遭わなければならないのかというヨブの訴えに対して、人の教えや経験、因果応報の思想に基づいて、単に自分の考えを押しつけているだけの短絡的な答えに過ぎません。
神様の御心を求めることなしに、私たちの人生の諸問題に対する真の解決はありません。私たちもまた悩み悲しみの中にある人々に対してエリパズのような高圧的な態度で接することのないよう、共に神様の御心を尋ね求める慰めと励ましの器とならせていただきたいと願います。
http://bible.com/81/job.15.20-21,24-26,29,34-35.ja1955
『そこでテマンびとエリパズは答えて言った、 「知者はむなしき知識をもって答えるであろうか。東風をもってその腹を満たすであろうか。 役に立たない談話をもって論じるであろうか。無益な言葉をもって争うであろうか。 ところがあなたは神を恐れることを捨て、神の前に祈る事をやめている。あなたの罪はあなたの口を教え、あなたは悪賢い人の舌を選び用いる。 あなたの口みずからあなたの罪を定める、わたしではない。あなたのくちびるがあなたに逆らって証明する。」』
ヨブの友のうち一番の年長者であるエリパズが口火を切って、何故私が苦しみに遭わなければならないのですかと神様に問いかけるヨブに反論しました。エリパズの論拠は、祈りを忘れて虚しい言葉を語っているヨブの言葉こそが罪の証拠だというものです。しかし前の章のヨブの言葉を冷静に読めば、私たちの心の苦しみを素直に神様に打ち明ける哀歌の形を取っていることは自明です。この哀歌をエリパズは祈りと受け止められなかったところがエリパズの心の狭さです。
聖歌「いつくしみ深き」の歌詞に「心の嘆きをつつまず述べて、などかは下ろさぬ負える重荷を」とあるように、私たちには心の嘆きや叫びを神様に直接訴える祈りが許されています。私たちの悲しみの祈りを神様の御前で執り成してくださる主イエス様に心から感謝いたします。
http://bible.com/81/job.15.1-6.ja1955
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ヨブ記 15:7, 10, 17-18
「あなたは最初に生れた人であるのか。山よりも先に生れたのか。
…
われわれの中にはしらがの人も、年老いた人もあって、あなたの父よりも年上だ。
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わたしはあなたに語ろう、聞くがよい。わたしは自分の見た事を述べよう。 これは知者たちがその先祖からうけて、隠す所なく語り伝えたものである。」
エリパズの論拠の中にあるものは、年長者の知恵こそが正しいという思想です。私はヨブの父親よりも年上なのだから、黙って自分の言うことに聞き従いなさいということです。しかしこの態度こそ、人の経験や知恵に頼って神様の御言葉を無にする、実に傲慢で不信仰な罪そのものであることに、エリパズは気付いていませんでした。
ともすると私たちもまた、自分の経験や知恵に頼って物事を判断してしまうことがあります。しかし私たちは、先人たちから受け継いできた人生訓や処世術がいかに優れていたとしても、神様の御心を求めることよりも優先させてしまってはなりません。特に年長者や上の立場にいる者は、人生経験のあるなしを判断基準にして人を裁くことのないように注意しなければなりません。
http://bible.com/81/job.15.7,10,17-18.ja1955
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ヨブ記 15:20-21, 24-26, 29, 34-35
「悪しき人は一生の間、もだえ苦しむ。残酷な人には年の数が定められている。 その耳には恐ろしい音が聞え、繁栄の時にも滅ぼす者が彼に臨む。
…
悩みと苦しみとが彼を恐れさせ、戦いの備えをした王のように彼に打ち勝つ。 これは彼が神に逆らってその手を伸べ、全能者に逆らって高慢にふるまい、 盾の厚い面をもって強情に、彼にはせ向かうからだ。
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彼は富める者とならず、その富はながく続かない、また地に根を張ることはない。
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神を信じない者のやからは子なく、まいないによる天幕は火で焼き滅ぼされるからだ。 彼らは害悪をはらみ、不義を生み、その腹は偽りをつくる」。
エリパズの語った言葉は、単にヨブの置かれている現状を物語っているだけで、それ以上の深い洞察はありません。そして目に見える不幸を並べ立てて、これは罪人に下る神の裁きに他ならないと短絡的に断定しているだけです。何故苦しみに遭わなければならないのかというヨブの訴えに対して、人の教えや経験、因果応報の思想に基づいて、単に自分の考えを押しつけているだけの短絡的な答えに過ぎません。
神様の御心を求めることなしに、私たちの人生の諸問題に対する真の解決はありません。私たちもまた悩み悲しみの中にある人々に対してエリパズのような高圧的な態度で接することのないよう、共に神様の御心を尋ね求める慰めと励ましの器とならせていただきたいと願います。
http://bible.com/81/job.15.20-21,24-26,29,34-35.ja1955