私の釣りの仲間は数え切れないくらい多くいます。
自分が最初に飛び込んだ,阪急沿線に有る庄内のダイエーの中にあった坂本釣具店
そこからが始まりで北摂フイッシングクラブももう54年からなりますが、今年を持って
磯つりくらぶとしては解散となるでしょう、長く続いてきました。
このクラブも皆さんが年を取り、磯が危なく感じるようになりましたのでボチボチ
解散しょうかということになる、そして危なくない釣堀に半数は移行することになるのです。
遊びのためのクラブ、釣クラブというのはいつも言うのですが会長が動かなくなると
もう発展しないのです、口先だけの会長も多くおられますがそのような会長は早く辞めるべきです。
肩書きだけで口先ばかりの大きなことを言う人も知っていましたがそのような方は
何時までたっても、ひとのいう「風呂やの釜」の湯(言う)ばかりとなる。
親しい釣り仲間のことは、時々書いていますが、今日はもう50年来の親交の有る横田氏の
ことを書いてみます。
彼が、ゴルフをやめて今のように釣に入り込んだのは、私が引っ張り込んだようなものです、
当時ゴルフをやっていた彼を5月のある日、僕の事務所にいた、N君と一緒に和歌山県の
田辺の磯に釣りに誘いました。
そして「オオジブ」に上がりました、大きな磯ですがところどころに水溜りの穴があり、真っ黒な
うちに磯に上がるので初めてのメンバーには船を下りたところにじっとしていてといいます。
薄明かり担ってきて、2人の仕掛けをしてポイントを教えてつり始めました、始めは中々
思うように飛ばないのですが、だんだんと慣れてきてうまくポイントに入り始めました。
そして横田氏のウキにあたりがあり、私がやいやいとうるさく言いながらうまく釣り上げたのが
なんと年なしといわれる50センチを越すチヌでした、ビキナーズラックとは言うものの、始めて
の磯つりで年なしを上げたのですから、たいしたものです。
この日彼が続けてもう1匹チヌをあげたのです、私とN氏は残念ながらボウズでした、
此れを期に彼の磯つりが始まりました、それからは私のクラブにも入ってもらいアチコチと
磯に通いました、今はお互いに腰が弱くなり釣堀ですが機会があればもう1度磯に
行きたいなーといってます。