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ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2024.11.27 腫瘍内科診察後、ポートフラッシュ、薬剤説明 夕食後エスワンスタート 最期まで私らしく?

2024-11-27 23:15:40 | 治療日記
 
 昨夜はブログアップ後、早々に消灯したが、さすがに早過ぎたのか寝付く迄に1時間以上かかった。しかも夫と息子が家族LINEで延々お喋りしているので、その通知音が気になること。もう、2人でやってください・・・。

 就寝したのが早かったので、コデインを飲んだ時間も普段より2時間ほど早かった。夜中3時半にお手洗いに目が覚めた段階ですっかり薬が切れた感じで、咳込みが止まらなくなった。結局、涙目のまま2時間ほど眠れず、ちょっとトロリとしたかと思ったらスマホアラームが鳴ってしまった。それでも4時間ちょっとは眠れたのか。
 夫は休務日なので、おはようLINEを打つのは出かける前にして、ニュースを見ながら身支度を済ませ、階下のレストランへ降りた。今日もちょっとずつ色々和洋折衷のおかずを頂き、ポタージュスープ、黒酢ドリンク、珈琲と水分もちょっとずつ色々。新聞を頂いて部屋に戻った。

 昨日検査は終わっているし、ホテルまでドアツードアで数分。朝ドラを視て、荷物整理を済ませ、ゆるゆると出発だ。チェックアウトして手荷物を預け、病院へ向かう。アスファルトの道路はびっしょり濡れているが、日が差している。昨夕は雨傘だった晴雨兼用傘は、今朝は日傘になった。今日は20℃を超え、10月並みの暖かさになるとの予報。帰りはコートが邪魔になるかもしれない。
 
 予約時間の10分ほど前に病院に到着した。受付のIDカード機には若干列が出来ていたが、それほど待たずに腫瘍内科受付へ移動出来た。待合椅子はまあまあの混み具合で、ソファ席に陣取った。
 態勢を整えてから血圧測定。109-70、脈拍が91。血圧測定を終えたら、読書再開だ。今日のお供は昨日の続き「ここに物語が」。頁を開いて短いエッセイを読むだけでふっと気持ちが静かになっていく。

 今日はトップバッターではなかった。予約時間から10分ほど経って電子掲示板の中廊下へどうぞ、に自分の番号が出た。待ちながらも咳が断続的に出てしまう。エコバッグに入れたコート等荷物をまとめてえっちらおっちら中廊下に移動する。冬になると荷物がどうしても増える。しかも今日は傘も持っている。
 20分ほど待って先生が扉を開けて出ていらして「〇〇様、お待たせしました。」と呼ばれる。

 「おはようございます。よろしくお願いします。」とご挨拶をして入室する。
 「体調はいかがでしたか。咳が大分苦しそうですが・・・」と訊かれ、「はい。咳や息苦しさが前回より増しています。掃除をしていて咳込みと息苦しさのダブルパンチで座り込んでしまったこともありました。朝方はまだしも夕方から夜にかけて酷くなります。ちょっと咳払いをしたり喋ったり、食事をしたりすると咳き込みのきっかけになるようです」と説明しながら、何度も咳込む。

 少し落ち着いたかと思って話し出すとまた咳き込む。とうとう止まらなくなり、涙目で酷く咳込み、口がきけなくなる。先生が見かねて背中をさすってくださる。嗚呼、先生にそんなことをさせるとは、かたじけない・・・。
 何とか落ち着いてきたところで、「ストレス軽減と体力温存のため、便秘は薬で調整するとしてコデインを我慢しないで飲んでください」と言われ「はい。」と応ずる。
 左の眼の前がチカチカすること、膀胱炎、頻尿のその後についても確認して頂く。咳と息切れ以外は食欲もあり、元気であるとお応えする。

 CTの結果、フェスゴとタモキシフェンの治療では病状進行を止めるには不十分なのが否めないということで今回から思い切ってエスワンに治療変更することについてもう一度確認がある。
 PCには昨日と前回、前々回のレントゲンの画像が3枚並んでいる。「レントゲン画像上では急に増悪しているというわけではない。CTで視た範囲内の増悪。ただ肺の真ん中に腫瘍があるので、刺激が出やすく咳が出ていると考えている」とのこと。

 新しい薬に変更することで、身長体重の確認。前回の47キロから4キロ減の43キロだが、体表面積的には薬の量は変わらない模様。前回、相談センターでソーシャルワーカーのMさんに、そして昨日は看護師のOさんにしっかり面談をして頂いたこともご報告する。既に先生にも情報が入っていた。
 通院出来る体力があるうちに、その後も安心して暮らせる環境づくりを整えておいた方が良いとのことで、訪問診療等の話が出る。そのためには前提として抗がん剤治療はしないことになる。新しく始めるエスワンが効いてくれることを望むが、もし効果が望めないようであればあまり長く引っ張らず、抗がん剤治療にしがみつかない、ということについては十分理解している。

 介護保険認定申請には時間がかかるので、実際に体調が待ったなしになる前に申請だけはしておいた方が良い、もう手続きを始めてOKとのこと。主治医意見書について対応して頂けるそうだ。

 採血結果も夫々説明してくださり、プリントアウトも頂く。概ね問題はないようだが、マーカーCA15-3は前回より2割増だった。

 エスワンは、一般には28日内服14日休薬だが、3週間に1度の通院ペースを崩さないために14日内服して7日休薬のペースでいきたいとのこと。次回も前日採血・レントゲンが入り、翌日診察で年内最後になる。
 診察の後、中廊下でポートフラッシュ、薬剤師による説明があるので待っているように、とのことで診察終了。
 体温は6度6分、SpO2は95%、脈は81。薬の処方は今まで通りミヤBM、タリージェ、コデインにエスワン2週間分。ホルモン剤タモキシフェンは抗がん剤エスワンを始めるため、終了。それ以外、特に不足がないのでこの4種類のみ。お礼を言って診察室を出た。今日も30分近く診察室にいたことになる。

 中廊下で門前薬局のLINEに処方箋を送り、呼ばれるのを待つ。外来の別の処置室で看護師Tさん(初めましての方だ)にポートフラッシュをして頂く。針刺しは殆ど痛まずラッキーだった。
 再び廊下で待っていると、薬剤師のAさんが見えてまた別室へ向かう。TS-1のハンドブックをくださって、注意事項を説明してくださった。今日の夕食後から内服スタートである。ちょうど門前薬局からは薬の準備が出来ました、とLINEが入った。

 腫瘍内科の会計を通してから総合会計へ移動。1,000円強をカード払い。
 外に出ると、ポカポカだ。コートの前を開けていても全く問題なし。門前薬局に寄ると、そこそこ混んでいたが、ほどなくして担当のIさんから呼んで頂く。「咳込みが酷くて今日は診察室でも止まらなくなり・・・」等と報告。
 新しいエスワンの薬を一緒にチェックして6,000円弱のコード決済を済ませた。ジェネリックだからこんなに安いのかと驚く。これなら高額療養費にも該当しない。今日の病院と薬局滞在時間は2時間半ほど。

 ホテルに戻って預けた荷物を受け取り、ロビーで荷物をまとめる。
 まだ昼前なのでそのままJRの駅に。ちょうど快速電車が来たので、席を確保して文庫の続きを読んだ。
 迷った末、乗換駅でなく最寄り駅まで行って昼食を摂り、映画を観て帰ることにした。駅前でパパっとおうどんを啜り、観たのは「海の沈黙」。

 “巨匠・倉本聰が長年構想し、「どうしても書いておきたかった」と語る渾身の物語がついに映画化。人々の前から姿を消した天才画家が秘めてきた想い、美と芸術への執念、そして忘れられない過去が明らかになる時、至高の美と愛の全貌がキャンバスに描きだされる。撮影は多くの倉本作品の舞台になっている北海道でも行われ、小樽でのロケ撮影を敢行。運河の美しい風景が重厚な物語を彩る。人間にとって「美」とは何か?私たちは人生の終わりに何を見つけるのか?観客の心を揺さぶり続けてきた作家・倉本聰がついにたどり着いた集大成的作品が幕を開ける。“という触れ込み。
 今自分がしている咳と天才画家(肺がんステージⅣ以上で手の施しようがないとの設定)の咳がやけに似ているのに苦笑した。

 映画終了後、夫と合流してカフェでスイーツとお茶で一服してから帰宅した。荷物を持ってもらい生協のお届けも夫が取り込んでおいてくれたので有難かった。
もろもろ片付けているとあっという間に時間が経ってしまう。
 母にMeet通話をかけるもうまく出てくれないので、今日は携帯電話に切り替えた。母がWさんサロンに行くためにバスに乗るのを従姉が見届けてくれて(写真が送られてきた)、バス停ではWさんが待っていてくださり、帰りもバス停まで送ってくださり、とVIP対応。
 「いらした時より元気にお帰りになり、無事に到着した連絡も頂きました」とWさんからLINEが入った。めでたしめでたし、である。本人も「久しぶりに行ってとても気持ち良かった、帰りはスーパーでお寿司を買って来て食べた」とご機嫌だった。
 クリニックから帰って来た夫と、生協から届いたおうどんやお蕎麦、お寿司の簡単な夕食を摂る。そして食後は初めてエスワン25㎎2錠を飲んだ。

 前回から今回の診察迄の間に、患者サポートセンターソーシャルワーカーのMさんにも看護師のOさんにも、そして門前薬局薬剤師のIさんからも口を揃えて「いかにも○○さんらしい・・・」と言われた。
 “私らしい”というのは、どうも予めきちんと準備をして外堀を埋め、物事を迎え撃つということらしい。本当にそうなのかどうか自分ではわからない。ただ、出来る準備を怠って土壇場になってジタバタするのが好きではないことは確かだ。

 ただ、今回はどうもひと事のような気がしているというか、上手く言えないが、自分の事として準備しているというよりも、何となく母のために、とか夫のために、とか思いながら淡々と準備をしているような感じさえある。
 あえてそんな振りをして無意識に現実から目を背けようとしているのかもしれない。夫には、客観的というかそれが俯瞰的ということなのではないか、と言われた。もしそうなら、現在断捨離読書会で勉強中の俯瞰力が全く身についていないというわけでもないか。いずれにせよ、出来る準備は早めに、ということが貧乏性な私らしい、ということなのかもしれない。
コメント
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