今日は朝から冷たい雨。中待合に呼ばれるまでに15分ほど待ち、それから15分ほどして診察室へ。特に変わりはないとご報告。急に寒くなったけれど、特に手のこわばりも悪化していない。先生から「その後生理の兆しのようなものはないですか」との質問があり、ノルバデックスを飲み始めた年の11月が最後だったこと、その後4年間1,2度“らしきもの”はあったけれど、殆ど全くないです、とお答えする。確かに最初1,2年は生理前の頭痛やだるさなどを感じることがあったけれど、今やすっかり忘れている。お気楽なものだ。現在は閉経状態、という前提で治療をしている。3月と6月に血液検査をしたときには(タキソテール後で)問題なく“閉経状態”であったけれど、半年ほど経過するのでまた卵巣に刺激がいっているかもしれない、次回の採血でもう一度確認しておきましょう、ということで12月1日の採血予約になった。
今日は予定どおりのハーセプチン投与。院内では季節性のワクチン接種は少し動きがあったけれど、新型の方は全く接種のめどが立っていないとのことだ。そのため、お願いして新型インフルエンザの優先接種対象者証明書を出して頂いた。
今日は2冊の読書。1冊目は藤原正彦先生の『人生に関する72章』(新潮文庫)。少女の頃一生懸命読んだ藤原ていさんの『流れる星は生きている』の三人兄弟の真ん中、数学者の藤原先生による読売新聞・人生相談のやりとり。本当に胸のすくような明確なお答えに元気をもらいつつ読み進む。解説はご夫婦で質問と回答をなさっており、なんとチャーミングなご夫妻だろう、と読後感はとてもさわやか。
2冊目は中野雅至さんの『公務員大崩落』(朝日新書)。「国のキャリアで政策にかかわるわけでもなく、市町村で住民とやりあう第一線の職員でもなく、早晩中途半端だ、と思うようになるよ。」と大学時代のゼミの先輩から言われたことを思い出す。私も今は派遣の身ではあるものの、地方公務員の端くれ。いろいろ思うところはありつつも、あっという間に読破。
今日はアロマシン30日分を処方して頂き、薬局経由で帰宅した。その後、近所の複数のクリニックに新型インフルエンザ優先接種予約の電話を入れたけれど、どこも延々と待たされた挙句、「いつになるかわからない」、「とりあえず予約だけ受けますが、ワクチンが実際どのくらい入ってくるかわからないし、全員の方に行き渡るかどうかわからないので確約ではありません」、とか、「昨日で受付が終わってしまい、次回はめどがつかない」、とか。本当にいつになったら受けられることやら、といった感じだ。
病院の最寄駅も自宅の最寄駅もクリスマスのイルミネーションが始まった。去年はとても楽しむ余裕がなかったけれど、我が家でも週末に3年ぶりにリビングに小さなツリーを飾りつけ、息子の部屋の窓にサンタクロースの電飾を飾った。
今日でちょうど中心静脈埋め込みポート設置1周年になる。当時はハーセプチンの点滴が始まって以来4ヶ月強経ったところで、毎回のように血管確保が難儀で、看護師さんや先生に汗をかかせてしまっていた。ポートにするとちょっとチクリとするだけで刺針の失敗はないし、両手が空くから本も自由に読めるし、そんなに目立たないし・・・と先生からも看護師さんからも薦められていたけれど、抗がん剤投与開始前はまだ迷っていた。結局タキソテールを始めるにあたって薬が漏れたりしたら大変・・・、と観念した。
初回タキソテール投与開始の前日から入院して、その日の午後ポートの埋め込み手術、翌日タキソテール開始、様子を見るため1泊し翌日退院の2泊3日の入院スケジュールだった。
それにしても局部麻酔の手術というのは、もろもろ見えるし聞こえるし痛みはなくても感じるし、電気メスを使えばタンパク質の焦げる匂いがするし・・・、で精神衛生上実によくない。先生もやりにくそう。アンギオ(血管造影)の処置室で目を開ければ、自分の胸部の画像が見えつつ麻酔が切れてくると薬を増量して頂くまで痛みにも耐えつつ・・・。なんとか中心静脈に無事カテーテルが入り、縫合。傷は右鎖骨下3センチ弱。普通は左、のようだが、左は初発のときの傷があるので、右しか選択肢がなかった。
前日から吐き気止めのステロイド(デカドロン)を飲んでいたためか、どうもお腹が気持ち悪く調子がよくなかった。実際初めて目にしたタキソテールは透明の液体、これが今後どんな副作用を起こすものやら、という感じだが、当日は少しぽっぽとした感じ以外特に何ごともなく終了、翌日も熱も出ずに無事退院した。そんなに大げさに騒ぐこともないかもしれない、と迎えに来てくれた夫と帰宅。
退院当日デカドロンを飲んでいるうちはまだ元気だったけれど、週末からガクンと具合が悪くなった。とにかく体中痛くて起きられない。吐き気はそれほどなかったけれどむかつきはあり、顔中吹き出物がひどく、熱っぽい。便秘だったかと思うと今度は下痢が続く。
翌週火曜日に何とか病院に行ってハーセプチンの点滴を受け、ほうほうの体で帰宅、その日の夕方からしっかり38度の発熱があった。
粘膜がやられたのか鼻血は出るし、熱が高くて殆ど固形物が食べられない、水曜日朝から熱は38度台後半のまま、1日ベッドから動けない始末。
木曜日にはのどの痛みで水も飲めなくなり尿量も減った。熱は39度まで上昇。土日をはさんでこのままではまずい、と病院に連絡した。とにかく受診をとのことで、昼過ぎに夫と初めて家から病院までタクシーで2時間近くかけて行った。夫が休んでくれてよかった。こういうときに限ってタクシーも慣れない道に迷ったり、で病院に到着したのは3時過ぎ。立って歩くのもしんどかった。
すぐに看護師さんが車椅子を用意してくれて生まれて初めて車椅子に乗った。処置室直行で採血。熱は39度を超えていた。点滴をして帰りましょう、ということだったが、採血の結果白血球そのものは1300だったけれど、中味は、というと普通は3~40%あるはずの好中球が0.5%ということで、一桁の値。幸いベッドが1つだけ空いていたため、“好中球減少症による発熱のため緊急入院”になってしまった。万一ということで入院セットは持っていたし、また2時間以上かけて帰宅する元気もなかったので、入院できてほっとした。
それでも今回の入院は12月初めまで8日間、退院までかなり大変だった。
一ヶ月に二回の入退院で、夫は、この病気が如何に大変なものか、改めて実感したそうだ。もちろん本人が一番不安だったけれど。
長くなるので、次回の治療日にこの続きを書きます。
今日は予定どおりのハーセプチン投与。院内では季節性のワクチン接種は少し動きがあったけれど、新型の方は全く接種のめどが立っていないとのことだ。そのため、お願いして新型インフルエンザの優先接種対象者証明書を出して頂いた。
今日は2冊の読書。1冊目は藤原正彦先生の『人生に関する72章』(新潮文庫)。少女の頃一生懸命読んだ藤原ていさんの『流れる星は生きている』の三人兄弟の真ん中、数学者の藤原先生による読売新聞・人生相談のやりとり。本当に胸のすくような明確なお答えに元気をもらいつつ読み進む。解説はご夫婦で質問と回答をなさっており、なんとチャーミングなご夫妻だろう、と読後感はとてもさわやか。
2冊目は中野雅至さんの『公務員大崩落』(朝日新書)。「国のキャリアで政策にかかわるわけでもなく、市町村で住民とやりあう第一線の職員でもなく、早晩中途半端だ、と思うようになるよ。」と大学時代のゼミの先輩から言われたことを思い出す。私も今は派遣の身ではあるものの、地方公務員の端くれ。いろいろ思うところはありつつも、あっという間に読破。
今日はアロマシン30日分を処方して頂き、薬局経由で帰宅した。その後、近所の複数のクリニックに新型インフルエンザ優先接種予約の電話を入れたけれど、どこも延々と待たされた挙句、「いつになるかわからない」、「とりあえず予約だけ受けますが、ワクチンが実際どのくらい入ってくるかわからないし、全員の方に行き渡るかどうかわからないので確約ではありません」、とか、「昨日で受付が終わってしまい、次回はめどがつかない」、とか。本当にいつになったら受けられることやら、といった感じだ。
病院の最寄駅も自宅の最寄駅もクリスマスのイルミネーションが始まった。去年はとても楽しむ余裕がなかったけれど、我が家でも週末に3年ぶりにリビングに小さなツリーを飾りつけ、息子の部屋の窓にサンタクロースの電飾を飾った。
今日でちょうど中心静脈埋め込みポート設置1周年になる。当時はハーセプチンの点滴が始まって以来4ヶ月強経ったところで、毎回のように血管確保が難儀で、看護師さんや先生に汗をかかせてしまっていた。ポートにするとちょっとチクリとするだけで刺針の失敗はないし、両手が空くから本も自由に読めるし、そんなに目立たないし・・・と先生からも看護師さんからも薦められていたけれど、抗がん剤投与開始前はまだ迷っていた。結局タキソテールを始めるにあたって薬が漏れたりしたら大変・・・、と観念した。
初回タキソテール投与開始の前日から入院して、その日の午後ポートの埋め込み手術、翌日タキソテール開始、様子を見るため1泊し翌日退院の2泊3日の入院スケジュールだった。
それにしても局部麻酔の手術というのは、もろもろ見えるし聞こえるし痛みはなくても感じるし、電気メスを使えばタンパク質の焦げる匂いがするし・・・、で精神衛生上実によくない。先生もやりにくそう。アンギオ(血管造影)の処置室で目を開ければ、自分の胸部の画像が見えつつ麻酔が切れてくると薬を増量して頂くまで痛みにも耐えつつ・・・。なんとか中心静脈に無事カテーテルが入り、縫合。傷は右鎖骨下3センチ弱。普通は左、のようだが、左は初発のときの傷があるので、右しか選択肢がなかった。
前日から吐き気止めのステロイド(デカドロン)を飲んでいたためか、どうもお腹が気持ち悪く調子がよくなかった。実際初めて目にしたタキソテールは透明の液体、これが今後どんな副作用を起こすものやら、という感じだが、当日は少しぽっぽとした感じ以外特に何ごともなく終了、翌日も熱も出ずに無事退院した。そんなに大げさに騒ぐこともないかもしれない、と迎えに来てくれた夫と帰宅。
退院当日デカドロンを飲んでいるうちはまだ元気だったけれど、週末からガクンと具合が悪くなった。とにかく体中痛くて起きられない。吐き気はそれほどなかったけれどむかつきはあり、顔中吹き出物がひどく、熱っぽい。便秘だったかと思うと今度は下痢が続く。
翌週火曜日に何とか病院に行ってハーセプチンの点滴を受け、ほうほうの体で帰宅、その日の夕方からしっかり38度の発熱があった。
粘膜がやられたのか鼻血は出るし、熱が高くて殆ど固形物が食べられない、水曜日朝から熱は38度台後半のまま、1日ベッドから動けない始末。
木曜日にはのどの痛みで水も飲めなくなり尿量も減った。熱は39度まで上昇。土日をはさんでこのままではまずい、と病院に連絡した。とにかく受診をとのことで、昼過ぎに夫と初めて家から病院までタクシーで2時間近くかけて行った。夫が休んでくれてよかった。こういうときに限ってタクシーも慣れない道に迷ったり、で病院に到着したのは3時過ぎ。立って歩くのもしんどかった。
すぐに看護師さんが車椅子を用意してくれて生まれて初めて車椅子に乗った。処置室直行で採血。熱は39度を超えていた。点滴をして帰りましょう、ということだったが、採血の結果白血球そのものは1300だったけれど、中味は、というと普通は3~40%あるはずの好中球が0.5%ということで、一桁の値。幸いベッドが1つだけ空いていたため、“好中球減少症による発熱のため緊急入院”になってしまった。万一ということで入院セットは持っていたし、また2時間以上かけて帰宅する元気もなかったので、入院できてほっとした。
それでも今回の入院は12月初めまで8日間、退院までかなり大変だった。
一ヶ月に二回の入退院で、夫は、この病気が如何に大変なものか、改めて実感したそうだ。もちろん本人が一番不安だったけれど。
長くなるので、次回の治療日にこの続きを書きます。