alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

ものの価値

2011年10月16日 | 私の人生


 価値のあるものって一体何かなとよく考える。
私が1年半前に言ったイベントでものすごく
驚いたのは、私とペアになって作業をしていた人が
「前に行ったワークショップで人生が変わった。
それは参加費が8万円だったけどそれでも
8万円で人生が変わるなら安いと思う」と
言い放ったことだった。は 8万円!!
それを彼は安いと言うのか。イベントをする側の
値段設定もすごいなあと思うけど 行った人も
そういうことが言えてしまうんだなあ、、、


 「8万円で人生が変わるなら安い。」

 これは私の心にけっこうなショックを与えてしまった。


 私はこの夏精神的ダメージの最盛期だったとき
思いがけず会うことになった知人との会話に
相当助けられ 彼女が勧めてくれた3千円もする
バラの香りのヘアワックス兼リップクリームの香りに
ほれて 3千円でこんないい気分が持続できるなら
それでいい!と思って帰りの電車の乗換駅で
速攻お金を払ってしまった。それくらい
人はそれで自分の人生が上向きになり
喜びを感じられるものにだったら 喜んで
お金を払うんだなあ


 先日横浜の山下公園周辺に行ったとき
自分がお金持ちだったと仮定したなら
私はどんな行動をとるだろうかと考えた。

 お金持ちになりたいのなら、まずは自分が
お金があると思い込むことが大切らしい。
その上でそうだとしたらどういう行為をしているのか?

 それってもう投資に近いと思うんだけど
アイパッドを買ってみて なんだか少し
わかった気がした。「決意」して それなりの
お金を払うと何かが動く。おそらく後から
それをペイできるくらいの何事かが動いてくれる。
けれどもそれを「払う」「先に与える」までは
何1つ帰って来る保証はない。それはもう
信じるか 信じないかの世界で お金を
払うというのは「信じてます」というのを示す
相当な行為ということなんだ。だって
お金を払うのは誰しも痛い。誰だって アイパッドが
安くないのは知っている。それでも払う。
それは「決意」に近いと思う アップルが
あえてあんな値段で分割払いもさせずに
私たちに提示するのは「あなたはその世界に
入りたいと本当に思っているか」くらいのテストに
近いものなのだろう。


 だけど「投資」を「まず与える」ことをするまでは
何がどうなるかなんて誰にもわからない。
だから普通は「お金に余裕ができたら買おう」
になるのだけれど どうもそうではなくって
「今お金があると仮定すること」が大切らしい。


 さて 今私がすでにお金持ちだったなら?
私は何をするだろうかと山下公園あたりで考えた。
それで行くカフェはどこになるだろう?日本大通近くのカフェか
Cafe de la pressは行ってみたい。 でも蓮太郎と2人で行くのは
やっぱりお金の無駄かなあ 色々考えていた結果
とる行動はたいして変わらないだろうという結論になる。
そこで私がやったのは シルクセンターの1階にある
ドラッグストアでお菓子を買って なんといれたての
コーヒーが100円で持ち帰りできるというので
カフェラテも購入し 全部で260円。


 そうして息子と海の見える公園に行き、
敷物もしかずに芝生に座り なんだかパリみたいだねー
でもパリには海はないから横浜もいいよねーとか
いいながら 美しい氷川丸のある光景を眺め
2人でチョコとクッキーを食べ 息子は
変なアートの真似をして布をかぶってゴロゴロしたり
私は風を感じながらコーヒーを飲む。
ああ こういうの 豊かだなあ、、、


 山下公園周辺には驚くくらいカフェがあるけど
費用対効果、効用を考えると私はこのドラッグストアの
コーヒー100円持ち帰り が 一番効用が高いと思う。
だって山下公園で船と、場合によっては氷川丸と
お月様なんか眺めながらお茶ができるって 
最高のシチュエーションじゃないですか?


 さて そんなことを考えながら 最近は
ちょっとカフェで働かせてもらったり 電車に乗ったり
する時間も増えたので 実際のカフェに行ってかなりの
お金を払うより 電車のホームの椅子を想像で
カフェにしてしまったほうがいいのかもと思ったりして
缶コーヒーとパン屋さんのパンという 300円台で
どれくらい価値があるのかよくわからない組み合わせから
魔法瓶を買って自分でコーヒーを持ち歩くという生活に変えてみた。


 それでもパンやクッキーやらがあると便利なんだけれどなあ

 私が働かせてもらってるカフェはあまりによくできた
カフェなので そこでのケーキやパンの味が本当に美味しい。
ところが それを覚えてしまうとドトールやパン屋さんの
150円以下くらいのパンがしょうもなく思えて仕方ない。。
うーんでも食べないわけにはいかないし!


 と 思っていたら 今日ひょんなことにより
お昼に家でカレーパンをつくることになってしまい
ちょっと大変だけどやってみたら意外とできて
え?じゃあカレーもいいけどこれって調理パンにみたてて
ハムとかジャガイモとかキノコとかごぼう入れてもいいんじゃない?
と思い立ち 夜にまた第2ラウンドをすることに。。。
まだ食べてないけど今度はひき肉の炒めたのに豆や
ピーマンやキノコを入れてトマト味にしてかなりよさそう。
6個つくったのでしばらくは食べれるかしら
これでコーヒーもパンも手作り!これは
缶コーヒーにコンビニパン時代よりも進化したし
多分値段的には安くて効用が高い。
こうなったら最後にデザート欲しいなあ
今度はマフィンをつくろうかなあ コンポート?それも素敵。。。
(今日はイタリアの固いお菓子ビスコッティも
つくりました。これはクッキーより簡単で
バターがいらないので便利です)


 意外にも フライパンでピザは作れるみたいだし
そしてその美味しさといったらサルバドーレより上だと思った
それならもっと作ること が面倒でなくなったなら?
洗い物も苦じゃなくなったら 毎日自分の作ったもので
即席ピクニックができて いろんな場所が
即興カフェになるかしら。



 世の中には価値のある0円がある
(カルディのコーヒーは素晴らしい!
あと心底素晴らしいのはフランスのインターネットラジオ、radio classique
これはフランスが誇るクラシックの美しい曲達を毎日タダで聴ける!!)
価値のある100円がある
価値のある700円がある(カーズのミニカー
一台が子供に対して果たす役割は700円以上の価値がある
あとドゥマゴのショコラは700円するけどあれも価値があると
思うなあ。それから素晴らしいスーパー銭湯とか
あとは有機栽培の小麦粉はこれくらいするけどやっぱり違う!)
価値のある1000円があり 価値のある5千円というのがある。
それらを価値がある と思えることは 実際はその他の多くのものが 
意外にもあまり価値を感じられないものだからなのだろう。
だから通常の値段で感じられる価値以上のものを感じられると
本当にうれしくなるのだろう。


 価値のあるもの 価値があると感じられるものに
囲まれるくらし そしてそれらを大切にして愛おしむ。
そんな暮らしが送れる人に なれたらいいなあ

フランスに行くなら

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