語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『スパイス戦争 -大航海時代の冒険者たち-』

2017年07月17日 | 小説・戯曲
 歴史的事実は小説よりも奇・・・・いや、興味深い。
 歴史的事実は、別の歴史的事実とどこかで交差し、いまの私たちの生活環境を築いている。
 くわえて、本書はありふれた冒険小説以上に血沸き肉踊る事件が描かれている。

 時は17世紀。
 ヨーロッパは、まだ正確な世界地図を持っていなかった。
 海路、北極を経由して東洋の香料諸島に到達できるはずだと信じる探検家もいた時代である。
 喜望峰をまわるルートが開発されていたが、損害が大きかった。
 イギリス東インド会社は、1601年以来10年間余に三つの船団、延べ12隻と1,200人を送り出したが、三隻のうち一隻は沈没ないし行方不明になり、800人が死んだ。悪天候、暑熱、悪疫、壊血病、異文化の民による襲撃、事故によって。東洋航路は、まさしく冒険そのものであった。

 これに加えて、国家間の争いがあった。
 オランダ東インド会社は、膨大な資本力にものをいわせて大型の船舶を多数派遣して、陸海軍力によって先行のポルトガルを駆逐し、通商上の要地を要塞化した。資本力に劣るイギリス東インド会社が派遣する小型船舶は、いたるところでオランダから圧迫を受けた。

 当時も今もおなじだが、組織において、本部との情報が途絶している末端の動き方は、その出先機関のトップの器量次第である。
 たとえば、三次遠征隊で小さな船の長をつとめたデイヴィッド・ミドルトンは、きわめて効率的に行動した。東インド諸島までごく短期間で往復し、人命の損失も最小限にとどめている。

 個性的な船長たちのうちで、本書はナサニエル・コートホープに多くの紙数を割く(原題は『ナサニエルのナツメグ』である)。
 彼は、覇権を誇るオランダに対して、モルッカ諸島の南部、バンダ諸島のうちナツメグ豊富なルン島にこもって抵抗を続けた。水も食糧も乏しい中、島民と小数の部下とをよく信服させ、戦略的な才能も発揮した。暗殺されなかったら、抵抗はさらに続いたにちがいない・・・・と著者はいう。

 いささか美談めいたこのくだりに、著者のナショナリズムを感じとる読者もいるだろう。
 海外に雄飛した日本人もしばしば登場するのだが、ジャンクに乗った無表情な海賊、オランダ側の傭兵、長刀による斬首・・・・といずれも物騒な一面しか描かれていない。
 このあたりにも、著者の英国一辺倒な姿勢を見てとることができる。
 本書には書かれていないが、英蘭両国の力関係は18世紀後半にはいると完全に逆転する。

□ジャイルズ・ミルトン(松浦伶訳)『スパイス戦争 -大航海時代の冒険者たち-』(朝日新聞社、2000)
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