【中東】「イスラム国」打倒か「アサド政権打倒」か ~フランスのジレンマ~
(1)11月13日、パリ北郊の競馬場「スタード・ド・フランス」における爆弾テロによる死者は129人、負傷者350人余(うち重体約100人)に達した。
サッカー場付近での自爆のほか、レストランなど4か所を同時に襲って警備を分散させた後、コンサート・ホールに突入、舞台の上からAK47自動小銃の弾倉を次々に交換しつつ観客に銃弾を浴びせる巧妙な手口は、戦闘に慣れた者のしわざと推定される。
(2)犯行声明を出した自称「イスラム国」(IS)に決定的な反撃を行うのは、戦術的に容易ではない。
フランス空軍は、昨年9月19日からイラク領内のIS拠点の航空攻撃に参加し、今年9月27日からはシリア領内での攻撃にも加わったが、出撃機数は形ばかりの6機程度だった。当時、フランス空軍はアラブ首長国連邦のアブダビに戦闘機「ラファール」9機を置いていた。
今回のテロ事件後の11月15日、フランス空軍はヨルダンからこれまで最多の戦闘機10機でシリア北部のラッカ(ISの“首都”)を2日間攻撃し、「2目標を破壊した」と発表した。
しかし、これまで米軍、ロシア軍などがラッカを何度も叩いても決定的効果はなかった。10機、爆弾20発では大打撃を与えられない。
(3)米軍は、アブダビやカタールにF15Eなど戦闘機30機、B-1B爆撃機6機などを配備し、アラビア海と地中海には空母各1隻を派遣し、IS攻撃を行ってきた。しかし、出撃した戦闘機などが攻撃目標を発見できず、爆弾、対地ミサイルなどを付けたまま基地に戻ることが多かった。
パキスタン、アフガニスタン、イラクなどで民間人誤爆の例が少なくないため、パイロットは確実に敵とわかる目標を攻撃するよう指示されている。だが、ISか一般人かを空から見分けるのは不可能に近い。かくて、爆弾を投下できないまま戻ることになりがちだ。
今後、フランスがシリア周辺に配備機数を急増させたり、原子力空母「シャルル・ド・ゴール」(戦闘機、爆撃機32機搭載)を派遣しても、バルス首相が叫ぶ「ISを全滅させる」目標は達成しがたい。
(4)11月13日の自爆テロ以前から、米軍では「少なくとも目標探知には地上部隊の投入が必要だ」という意見が高まり、特殊部隊50人をシリアに潜入させることになった。
シリア政府は、米軍などのIS航空攻撃は黙認しても、「アサド政権打倒」を公言した米国の地上部隊の入国を許可していない。無許可の入国は国際法に違反する。
(5)もし、フランスが本気で「IS全滅」をめざすなら、アサド政権と和解し、シリア政府軍と協力してシリアの二大反政府勢力の
・IS(推定兵力3万人)
・アルカイダ系「ヌスラ戦線」(同調する雑多な勢力を含め1.2万人)
を相手に戦い、地上戦による内乱の鎮定をめざすしかない。
(6)内戦が終結すれば難民の流出は止まる。その後各国が復興を援助すれば、国外に逃れたシリア難民400万人、国内避難民760万人も帰郷できる。
だが、アサド政権が倒れたら、次にISとヌスラ戦線の内戦が起こる公算が大だ。いずれが勝とうが、難民は安心して帰郷できない。
だから、ロシアだけでなく、米、英、独なども事実上アサド政権存続を容認して停戦をはかる方向に傾くなか、フランスはなぜか「アサド退陣」を強硬に主張してきた。今回のテロ事件は、オランド大統領に戦略の再考を迫っている。
□田岡俊次「IS打倒は困難なフランスのジレンマ」(「週刊金曜日」2015年11月20日号)
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(1)11月13日、パリ北郊の競馬場「スタード・ド・フランス」における爆弾テロによる死者は129人、負傷者350人余(うち重体約100人)に達した。
サッカー場付近での自爆のほか、レストランなど4か所を同時に襲って警備を分散させた後、コンサート・ホールに突入、舞台の上からAK47自動小銃の弾倉を次々に交換しつつ観客に銃弾を浴びせる巧妙な手口は、戦闘に慣れた者のしわざと推定される。
(2)犯行声明を出した自称「イスラム国」(IS)に決定的な反撃を行うのは、戦術的に容易ではない。
フランス空軍は、昨年9月19日からイラク領内のIS拠点の航空攻撃に参加し、今年9月27日からはシリア領内での攻撃にも加わったが、出撃機数は形ばかりの6機程度だった。当時、フランス空軍はアラブ首長国連邦のアブダビに戦闘機「ラファール」9機を置いていた。
今回のテロ事件後の11月15日、フランス空軍はヨルダンからこれまで最多の戦闘機10機でシリア北部のラッカ(ISの“首都”)を2日間攻撃し、「2目標を破壊した」と発表した。
しかし、これまで米軍、ロシア軍などがラッカを何度も叩いても決定的効果はなかった。10機、爆弾20発では大打撃を与えられない。
(3)米軍は、アブダビやカタールにF15Eなど戦闘機30機、B-1B爆撃機6機などを配備し、アラビア海と地中海には空母各1隻を派遣し、IS攻撃を行ってきた。しかし、出撃した戦闘機などが攻撃目標を発見できず、爆弾、対地ミサイルなどを付けたまま基地に戻ることが多かった。
パキスタン、アフガニスタン、イラクなどで民間人誤爆の例が少なくないため、パイロットは確実に敵とわかる目標を攻撃するよう指示されている。だが、ISか一般人かを空から見分けるのは不可能に近い。かくて、爆弾を投下できないまま戻ることになりがちだ。
今後、フランスがシリア周辺に配備機数を急増させたり、原子力空母「シャルル・ド・ゴール」(戦闘機、爆撃機32機搭載)を派遣しても、バルス首相が叫ぶ「ISを全滅させる」目標は達成しがたい。
(4)11月13日の自爆テロ以前から、米軍では「少なくとも目標探知には地上部隊の投入が必要だ」という意見が高まり、特殊部隊50人をシリアに潜入させることになった。
シリア政府は、米軍などのIS航空攻撃は黙認しても、「アサド政権打倒」を公言した米国の地上部隊の入国を許可していない。無許可の入国は国際法に違反する。
(5)もし、フランスが本気で「IS全滅」をめざすなら、アサド政権と和解し、シリア政府軍と協力してシリアの二大反政府勢力の
・IS(推定兵力3万人)
・アルカイダ系「ヌスラ戦線」(同調する雑多な勢力を含め1.2万人)
を相手に戦い、地上戦による内乱の鎮定をめざすしかない。
(6)内戦が終結すれば難民の流出は止まる。その後各国が復興を援助すれば、国外に逃れたシリア難民400万人、国内避難民760万人も帰郷できる。
だが、アサド政権が倒れたら、次にISとヌスラ戦線の内戦が起こる公算が大だ。いずれが勝とうが、難民は安心して帰郷できない。
だから、ロシアだけでなく、米、英、独なども事実上アサド政権存続を容認して停戦をはかる方向に傾くなか、フランスはなぜか「アサド退陣」を強硬に主張してきた。今回のテロ事件は、オランド大統領に戦略の再考を迫っている。
□田岡俊次「IS打倒は困難なフランスのジレンマ」(「週刊金曜日」2015年11月20日号)
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