語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【欧州】マルタと日本、知られざる交遊 ~対Uボートの護衛に就いた日本海軍~

2017年07月23日 | 歴史
 長靴のようなイタリア半島の南西に、蹴飛ばされた岩のように見えるシチリア島がある。その南に小石のように浮かんでいるのが、マルタ島である。淡路島の半分ほどの大きさで、人口わずか40万人だが、れっきとした独立国家である。ヨーロッパを代表する保養地であり、米ソ首脳が冷戦終結について話し合ったマルタ会談の舞台でもある。
 本年5月にシチリア島で行われたタオルミーナ・サミットの帰途、安倍首相は日本の現職首相として初めてマルタを訪問し、ムスカット首相と会談を行った。メディアではあまり報道されなかったが、ユニークな外交成果を挙げた訪問だったように思う。
 まず、マルタは本年前半のEU理事会の議長国である。EU理事会では、全加盟国が持ち回りで、任期半年の議長国を務めることになっている。議長国は対等な加盟国間の取りまとめ役であり、特別な権限を持っているわけではないが、議事の進行やアジェンダの選定など、その影響力は決して小さくない。安倍首相は、ムスカット首相との共同記者会見で、欧州統合と自由貿易を推進することの重要性で一致したと述べた。日欧EPA(経済連携協定)交渉が大詰めを迎える中で、その大枠合意を早期に実現する方針を議長国と確認したことの意味は大きい。
 両首脳は、「法の支配を重視する海洋国家」として、緊密に連携することでも一致した。今後日本が、法と対話に基づいて東アジアの安全保障問題の解決を進めるには、基本的価値を共有し、国際的発信力を持つヨーロッパ諸国からの理解や支持が不可欠である。サミット後に発表された首脳宣言に続いて、改めて日本の立場への理解がEU首脳から得られたのは、大変有意義であった。
 しかし、注目すべきはこれだけではない。私は第一次世界大戦を研究しておりマルタ訪問はその観点においても重要な意味合いがあったと考えている。
 安倍首相は、マルタに滞在中、旧日本海軍戦没者墓地を訪問して慰霊を行った。日本は、1914年に同盟国イギリスからの要請に基づいて第一次世界大戦に参戦し、1917年に巡洋艦1隻、駆逐艦12隻から成る艦隊を地中海に派遣した。同艦隊は、当時イギリス領だったマルタ島を根拠地として、連合軍(イギリス、フランスなど)の兵員・物資輸送を同盟国軍(ドイツ、オーストリアなど)のUボートによる攻撃から守るため、護衛を担当した。日本海軍はこの作戦で、総計788隻、約75万人の護送を行うという活躍を見せたが、駆逐艦「榊(さかき)」がオーストリア海軍からの攻撃を受けて大破するなど、78名の戦没者を出した。本年は海軍派遣からちょうど百年に当たっており、慰霊はこの節目の年に行われたことになる。安倍首相は共同記者会見で、当時の先人の活躍に思いをはせつつ、国際貢献を行う決意を新たにしたと述べている。
 近年「歴史認識問題」が激化し、日本近代史が国際的話題に上る際には、第二次世界大戦関係の「謝罪」「反省」にばかり注目が集まる傾向がある。しかし、第一次世界大戦期の日本は、日英同盟に基づいて行動し戦勝国となり、戦後に国際連盟の常任理事国にもなっている。今回の安倍首相のマルタ訪問は、その歴史に光を当てることによって、日本近代史の多面性を示し、「歴史認識問題」をいわば相対化する意味があったと言えるのではないだろうか。
 地中海の要衝であるマルタには、これまで多くの日本人が訪れている。第一次世界大戦後には、皇太子時代の昭和天皇が外遊途中に訪問している。昨年は、海上自衛隊の練習艦隊が寄港したが、私は同艦隊に随行する機会を得て、日本人墓地での慰霊行事に参加し、昭和天皇ゆかりの史跡を巡ることができた。かつて日本海軍が拠点としたヴァレッタ港は、NHKドラマ「坂の上の雲」のロケ地としても使用されたという。
 公用語の一つが英語であることもあり、マルタには近年毎年1万数千人もの日本人が訪れているが、こうした歴史や史跡が十分に知られていないのは残念である。イギリスのEU離脱で、日本の対EU外交の弱体化を懸念する声が挙がっている昨今、この機会にマルタとの関係を強化し、EUにおける日本のゲートウェイ拡大を図ってはどうかと思う。

□奈良岡聰智(京都大学大学院教授)「マルタと日本、知られざる交遊」(文藝春秋 2017年8月号)
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