語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~

2018年03月15日 | ●佐藤優
 <人間の思考において理性が中心的な地位を占めるようになった啓蒙主義の時代以降、「宗教は時代遅れになった。人間は宗教なしに生きていくことができる」というようなことが何度もいわれた。しかし、その後も宗教はしぶとく生き残っている。これは過渡的現象で宗教はいずれ死滅するのか、あるいは、人類の文明、科学技術がいくら発達しても宗教は残るのであろうか。このような基本的問題について、根源的に考えてみたい。
 近過去の歴史を振り返ってみよう。科学的無神論を掲げたソ連も、世俗化された形態で終末論的希望を保全していた。ナチズムの世界観の背後にもドイツ・プロテスタンティズムの影響があった。宗教には、宗教を否定する人々の思考の枠組みですらつくる特別な力がある。東西冷戦が終結し、アトム(原子)的人間観を基礎とする新自由主義が地球的規模で広がっても、宗教は解体されない。
 宗教が絡んだ問題が、世界の現実に対して無視できない影響を及ぼしている。例えば国際テロリズムだ。プレモダンな表象を掲げつつも、サイバー空間を最大限に活用して地球規模での混乱を引き起こしている過激派「イスラム国」(IS)の内在的論理を理解するためにも宗教に関する知識が不可欠だ。
 自然科学と宗教の関係も古くて新しいテーマだ。遺伝子組み換え、再生医療、AI(人工知能)が提起する問題も宗教と深く関係している。
 われわれが生きている世界には、三つのパラダイムが並存している。自由、民主主義、市場経済、啓蒙的理性などわれわれが親しんでいるモダン(近代)とともに、イスラム原理主義者のようにプレモダンな価値を重視する人々、また国家や民族の枠組み、制度化された知の枠組みを超克するポストモダンな思考をする人々がいる。宗教は、モダン、プレモダン、ポストモダンのすべての状況に適応する力を持っている。それだから宗教についての理解を深めることが、複雑な世界を解釈する上でとても役に立つ。
 世界の理解だけでなく、われわれ一人一人の生き方においても、宗教に関する知識は重要だ。その大きな理由は、人間は、例外なく、死ぬからだ。死んだ世界から帰還した人はいない。それだから、死について考えるときには、どうしても啓蒙的理性の外側に出なくてはならない。これも宗教が得意とする領域だ。
 今回のシンポジウムで私は「二時間でわかる宗教」というような即効性のある話はしない。すぐには役に立たないが、しかし、人間の思考と魂の根底に迫るテーマについて語ろうと思っている。このシンポジウムに参加された皆さんに、二十年後にも私たちが話したことを覚えていてもらえる内容にするための努力をしたい。> 

□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「開会の辞」の「人間の思考と魂の根底に迫る」を引用

 【参考】
【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次
 


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